とてつもなく巨大な機械が吼えた。どこまでも無機質で虚ろな声に、千草はスクナという力を得ている筈なのに身を強張らせる。それは、RAYを命を奪う「兵器」と認識した本能的な恐怖から来るものであったが、彼女はすぐさま己の野望を思い出して恐怖を頭の片隅へと押しやった。されど、振り払う事は出来ず、その選択は後に間違いであったと語る事も知らずに。
声を張り上げ、恐怖を取り除く様にして目を見開いた。
「スクナァァァァァァァァアッ!!」
―――ゥォォォォォオオオオオオオオオン!
呪符を握りしめ、木乃香に施した術式を強める。もはや妖怪寄りの存在になった刹那には、千草の行動によって木乃香が気絶しながらも苦悶の表情を浮かべている事に気付いたが、既に手遅れ。スクナの全体を覆っていた薄ぼんやりとした発光が収まり、遂に三途の向こう岸から鬼神の魂が還されてしまったのだ。
実体を持ち、赤黒く屈強な剛腕を持った鬼神は、刹那によって右腕の一つを失おうとも先ほどとは比べ物にならぬ程の威圧を咆哮と共に撒き散らす。明確に向けられた「神」からの敵意に一同は身を竦めるが、それも一瞬の事でしかなかった。
各々は拳を握り、本来の目的を思い出すと自らに喝を入れて千草を睨みつける。スクナの恐ろしさが伝わっていないのかと千草が驚愕に目を見開いた瞬間、RAYの外部スピーカーから千雨の声が流れ始めた。
『≪桜咲ィ、空飛べるんならさっさと近衛を取り戻してこい! 織姫さんはそこの先生達の為に足場作るか、強めの結界張っててくれ!≫』
「ああ!」
「人使いの荒い小娘ですこと。まぁ此方としても協力する気なので構いませんけど。そこな幼子、私が丁寧に見える足場を作ってあげますので、あちらの機械と連携して注意を反らして下さい」
「は、はいっ!」
言うと、彼女は自分用の強固な結界の中に閉じこもり、この場に魔力の糸をばら撒いた。四散した糸はスクナの周囲数十メートルを取り囲むと、すぐさま空気に溶け込んで行くようにして姿が見えなくなる。この現象を目にした千草は、最初は細いワイヤーの様な斬撃がくるかと警戒していたが、呆気も無く消えたことからスクナの魔力で霧散してしまったのだろうと、彦星を離れた裏切りものに嘲笑を送っていた。
そして、織姫が舞うように両手の指を動かし始めると、それが合図となってネギたちは一斉に動き出した。ネギは走りながら詠唱を続け、RAYの向かい側へ移動すると挟み打ちの形で呪文を唱え終わり、杖の先をスクナに向けて魔法を放つ。
「
しかし、それはある意味期待外れの魔力切れが訪れてしまったのかと言わんばかりの低級呪文。光の矢が予想以上の「遅さ」だと分かるや否や、相手にする価値も無いと判断した千草は鼻を鳴らしRAYにスクナを向き合わせる。そして、指示を出して残った右上腕に持った無骨な大剣をRAYに振り下ろさせた。しかし、とても機械とは思えないサイドステップでそれをかわし、着弾地点に巨大な津波を引き起こすに留まる。確実に当たる速さだと確信していたのに、想像以上の相手の動きの良さに、彼女の不機嫌さが増していた。
「くそっ、何で当たらん―――!?」
地団太を踏むように叫んだ千草に、ネギはニヤリと狙い通りに動いてくれる相手にほくそ笑んだ。実際、確かに彼の魔法は打ち止め寸前で低級呪文が十回程度しか打てず、その攻撃は完全召喚された鬼神に通る事は無いだろう。だが、織姫の四散させた「糸」が作戦と皆の動きを伝えてくれていた。そうして繰り出される鬼神の攻撃に合わせ、巨体の肘や肩、腕の横辺りに
ネギたちの策によって舞い上げられた水飛沫がRAYの機体を覆い隠し、熱感知センサーも何もない千草の肉眼には捉えられない位置に隠れる。
その瞬間、操縦席の中で千雨はレバーを握って、RAYと意志を伝えあった。
≪チサメ、運動制御は此方が貴方は兵器類のトリガーと照準をお願い≫
≪オーケー。ここで先生巻き込む訳にはいかないから、高水圧カッター行くぞ≫
≪接近するわ≫
織姫の糸から作戦を伝えて一旦は湖の中に潜行する。その頃には霧が晴れ、RAYの巨体が居なくなった事に鬼神共々千草は焦っていた。あんな巨大な物が一気に見えなくなることなどあり得ないと、そう言った常識が混乱を引き出していたからである。
そして、直後に下からの衝撃。織姫が水面に張った結界のうち、鬼神の片足が乗っていた部分だけを持ち上げると、サイの様に強烈な突きあげを行った。関節部や人工筋肉がギシギシと不快な音を鳴らすが、まだまだ限界が来るには程遠い余裕があると知って、千雨はその体勢から照準を合わせた鬼神の体に向かってトリガーを引く。
そして衝撃。RAYの頭部装甲内より発せられた細い水の刃が鬼神の右わき腹から左肩に掛けて発せられ、直撃した地点からは鬼神のおびただしい血液が噴き上がった。スプリンクラーの様に撒き散らされるそれに顔を青くしつつも、ネギは血を見ないように杖に跨ってその場から一瞬で退避して指示を出した織姫の近くへと舞い戻るとすぐさま中級呪文の詠唱を始めていた。
ネギの着地と共に、RAYは逆関節の足を器用に動かしながらスクナの水圧カッターで切ったばかりの箇所に蹴りをかまし、最早鬼神を立たせる事もさせないと言わんばかりに連続で回し蹴りを放った。その一撃ごとに空気が打ち震えるような轟音が鳴り響いて、千草の意志でしか動かす事の出来ないスクナの体はサンドバッグのように左右に揺れた。
「―――吹きすさべ 南洋の嵐……長谷川さん!」
『≪オッケー…!≫』
ネギの詠唱が完成する。彼の意図をくみ取ったRAYは体ごとの大質量を伴った突進でスクナの体を崩すとその上に飛び乗った。間近に迫った無機質な兵器から発せられる搭乗者の殺気と、その威圧感を間に受けた千草は半狂乱になりながらも呪符の効果でスクナを動かそうとするが、意識の下で抑え込んだ筈の本能的な恐怖によって指一本動かす事が出来ない。
その間に、彼女は視界の端に場違いな穢れ無き純白を見たような気がした。その事に気付いた時、先ほどまで見下していた筈の人物の中の一人を思い出したが、手遅れとはこういう事を云うのだろう。舞い散る純白の羽根が千草の目を隠し、事は為されていたのである。
「に、贄が…!」
「空を自在に飛べる私の方が上手だったようだな? しかと、返してもらったぞ! 反逆者、天ヶ崎千草よ!」
「こ、の―――半端者、風情がぁぁぁぁああっ!!」
声は聞こえど姿は見えず。
ここぞとばかりにわざと散らかされた羽根は刹那と木乃香の姿を彼女から隠していた。声に頼って届きもしない手を伸ばすが、当然ながらその手は空しく宙を切るだけ。千草の怨嗟と渇望の混ざった醜い悲鳴を背にしつつ、刹那は木乃香を取り戻す事が出来た翼へ労わりの念を送りながら、決して放すまいと織姫の閉じこもる結界の元まで向かった。
「
『≪喰らえデカブツゥッ!!≫』
直後、大気中の間にターゲットマーカーを付けていた
巻き起こるのは当然の結果ながら、百メートルはあろうかと言うスクナの全身を覆い隠すほどの大爆発。轟音と呼ぶのもおこがましい爆発音と衝撃波が周囲の自然を巻き込みながら巨大な水飛沫を巻き上げ、神である筈のスクナに致命傷を与えて行く。爆発と魔法で生じた高熱によってスクナの皮膚は焼けただれ、二本も生えていた筈の左腕は溶けた皮膚によって一本になってくっついていた。
だが、その中でも天ヶ崎千草は召喚主だったと言う事だろうか。スクナを呼び出した神の加護によって強力な結界を張られ、奇跡的にも被害を被ったのは目の前で炸裂した音響による二次被害のみ。だが、一般人にも近しい感性の持ち主である彼女にとって、目の前の光景は見るに堪えない物だった。
「う、おうぇ…な、なんでや…う、ぐ……なんで、勝てへん……!」
焼け落ちる、人の形をしたモノの姿。弾け飛んだ皮膚の下からはおびただしい血液が溢れ出してくるとともに、衝撃でちぎれた巨大な肉塊とその断面が彼女の視界に映ってしまう。両面宿儺も伝承を辿れば奇形に生まれた人間でしかない。そして、同じ「人間」である千草は押し出されるように見せつけられた自分達の中身を知り、その場で胃の中の者をすべて吐き出してしまった。
込み上げた胃酸によって喉が傷つき、力を得ても理不尽な機械によって全てを崩される。積み重なったストレスは彼女の精神をいとも容易く削り取り、正気を保つ事さえも精一杯にさせる。だが、それでも自我を保っているのは執念故か、はたまた別の原因か。
召喚者がそうしてもがき倒れ伏す中、意外な事にもスクナはそこまでの損傷を負いながらにして未だ現界を続けていた。普通、術者に召喚された鬼や異形の妖怪は自分が戦闘行動が出来ない程に傷を負うと、そのまま元居た黄泉へ戻っていく筈である。そのまま現界した時の事を酒の肴にしながら盛り上がるのが常であるが、生憎とスクナは破壊と略奪の限りを尽くした凶賊だった。これが――――天ヶ崎千草の最大の不幸だったのかもしれない。
「うぇ……ぎぃ!? げ、ぐが……か、ひぃ……」
全てが尽き果てたと絶望を感じ取っていた千草は、突如魔力を無理やりに引き出される感覚に襲われる。その引き出された先は当然ながら両面宿儺である事に気付いたが、彼女がまだ魔力を持って行かれると思った時には、すでにスクナの焼けただれた指が彼女の体を持ち上げていた。加減を知らずに潰されるような圧迫感、そして強烈な痛みに声も出せずに更なる恐怖を味わっていた彼女は、自分の体が何処に向かうかを知って、意識を途切れさせた。
彼女の体が取った行動は、自我を持つ生命として最期の抵抗だったのだろう。自分が自分で在り続けるために、「スクナの口の中に放り込まれる」前に意識を断つ事が出来たのだから。
「…な」
「天ヶ崎を…喰った?」
強制的に必要以上の魔力を吸いだされ、気絶したままの木乃香を抱える刹那は、爆風が晴れた先で信じられない物を目にし、そうつぶやいた。その言葉に肯定するかのようにスクナは千草を胃の中へ呑み込むと、次は其方だと言う意味を込めた目をその場の人間に向ける。
操られていた鬼が枷を引きちぎった瞬間だった。
「ごぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
自由の喜び、暴れられる喜び。人間としての意思をとうに失くした怪物は、本能の中に秘められた欲望から歓喜の咆哮を響かせる。そして、同時に魔力の波動が湖を覆い尽し、織姫の今まで傷一つつかなかった結界に咆哮だけで大きな罅を入れたのだ。
「皆、逃げ――」
誰がその言葉を放ったか。一同が不味いと思った思った時、すでに鬼神は行動を開始していた。先ほどの木偶に等しい姿からは予想がつかない程の速度で、織姫達が籠っている結界に焼けただれて肘から先が無い右腕、そこから覗く骨を叩きつけて来たのだ。
これまで常識外の速さで動くフォックスを見ていた織姫は、即座に自分の体に命令を出して目の前に盾の役割を持った一枚の三角形の結界を張ったが、そんな物など無いかのように鬼の骨が貫き、一直線に自分達を「刺し潰す」ために腕が迫る。そして、織姫と同時に行動を起こしたネギが織姫の腕を引いて杖に捕まり、刹那が気で強化した脚力で離脱してから翼を羽ばたかせると、その場からの離脱に何とか成功する事が出来た。
その一瞬の間を置いて、鬼のグロテスクな腕が自分達の居た場所を跡かたも無いほどに粉砕する。飛び散った木材の破片がまだそれほど離れる事が出来ない四人を襲っていたが、織姫がネギに掴まっていない左手から生み出した魔力糸によって弾くことに成功。そのままネギは杖に跨ると、織姫を腰かけるような形で自分の杖に乗せ直した。
「…オイオイ、どうするんだよアニキ! あの鬼神―――」
「暴走、してるみたいだね」
『≪私らが抑える! 織姫さん、何か作戦立てといてくれ!≫』
「…どうにも無責任な小娘のようですね。まぁ、頼られて悪い気はしませんが」
RAYは暴走し始めた鬼神に、もはや効果も薄くなった蹴りや体当たりなどで体勢を崩し、反撃を演算で割り出された結果の通りに最小限の動きでかわす。再び巨体が戦い合った場面もいつまで持つか分からない。そんな緊迫した状況の中、カモミールはぼそりと呟いた。
「あの姉ちゃんも飲み込んじまって…ありゃ、もう」
「生存は奇跡に頼るしか不可能でしょうね。自業自得の生み出した結果ではありますが」
「ッ、そうだけど…でも!」
カモミールと織姫の言った通り、直接的ではないものの、目の前で人が殺される形になった場面を見たネギは、その未熟で何処までも甘い理想を掲げて二人に反論しようとした。だが、彼とて分かっていたのだ。最早、天ヶ崎千草という女性は助からない、と。
ネギは年の割には知識を蓄えており、その知識を探る中でこう言った史実にも目を通す事がある。実力を過信した結果、高名な悪魔を召喚しようとして生贄や裁量不足で召喚した悪魔に喰われ、そのまま凶悪な悪魔をこの世に解き放ってしまった召喚者もそう少なくは無かった。
先ほど行われたのはその最たる例。こう言っては何だが、自分達が木乃香を取り戻しさえしなければ、与えるべき生贄を用意していた千草は喰われる事は無かっただろう。
「………」
「黙りこくる暇があるなら、とにかくあの鬼神をどうにかして消し済みにするのが先決。いくら子供とは言え私は皆さんの様に甘くありませんので、存分に使わせて貰います。ああ、貴方に拒否権があると思いあがらないでください」
「…でも、でも……!」
「ならばこう言えば私に使われますか?」
「え?」
織姫の冷徹な言葉に、決して耳を傾けたくない。こんな場所で発揮されたネギの子供心溢れる意地は、結局次の言葉で崩壊する事になった。
「早々に倒せば、天ヶ崎の魂が完全に吸い取られる前に助ける可能性があるかもしれません。まぁ可能性の話でしかありません。私としてはどうでもいい事ですので」
「助け、られる?」
「アニキ……この美人な姉ちゃんの言うとおりだ。とにかく今は可能性に賭けるんだったら、さっさと動きやがれ! それでも俺っちのアニキなのかよッ!!」
カモミールの叱咤に、ネギの瞳には希望の火が灯された。その事を確認した織姫は面倒な子供ですね、と微笑んで乗っていた彼の箒から飛び出した。ネギやカモミールが何か言う前に実体のある結界で足場を作り、その上にとん、と降り立って全体を見回す。まだ自分の張った魔力糸が漂っている事を確認すると、大丈夫ですねと呟いた。
「先ほどと同じく、
「…お嬢様に危害を加える気はないのだな?」
「ええ、勿論でございますよ」
誰もが無差別に暴れ始めたスクナの動向へ注意を払いながら、彼女達は言葉を交わす。
織姫に一応の信用を感じた刹那が飛んでくるスクナが暴れた残骸を避けながら織姫の元に羽ばたいていくと、彼女に対して念を込めた言葉と共に木乃香を渡す。
織姫も、千雨たちから聞いたように木乃香が彦星の魔の手に掛かっていたと知っていたからだろうか。彼女を傷つけぬよう柔らかな動作で身柄を預かると、刹那に視線を向けて真剣な面持ちで頷いた。
「そこな坊」
「あ、なんでしょう……わわっ!?」
ネギを呼びとめた織姫は、右手から放った魔力の糸をネギに絡みつけ、左手の指先を木乃香の胸元に当てた。その光景を見ていた刹那は体が動きそうになるが、この状況下で仮にも「味方」である織姫がする行動を予測して、自分を制した。
織姫は管の様になった魔力糸でネギと木乃香を繋ぐと、ぼそぼそと理解できない言語を呟いた後に魔力を滾らせた。
「どうせ戦闘の術も知らぬ娘。この者の魔力を譲渡せよ」
木乃香は、あれほど鬼神の制御の為に無駄な量を含めて魔力を吸い上げられていた。それにも関わらず、魔法使いで言うなら上級呪文をあと4発は撃てそうなほどに彼女の魔力は枯渇して居なかったのだ。だから、この戦闘で使えない木乃香の代わりにネギを戦わせるため、残った魔力の7割を吸い上げてネギに委譲する。
突きかかっていた力が再び湧き上がってきたネギは、予想外な魔力の受け渡し方法に、この戦いが無事に終わってから詳しく聞いてみようと織姫の多彩さに感心する。
『≪よう、作戦会議は…終わった、かっ!?≫』
「はい! とにかく鬼神の牽制をお願いします!」
『≪良し来た!≫』
先の大放出でミサイルの残りも少ない以上、体そのものを凶器として鬼神と殴り合っていた千雨は、刹那のナノマシンから会話の内容から作戦が終わった事を読み取り、戦いながらそう答える。刹那の叫びが乗せられた通信を受け取った千雨は、一気にジャンプして鬼神の顔面部分にタックルを喰らわせると、そのまま相手の体を踏み台にして後退。その間もエイムを鬼神から外さないようにしながらRAYの両腕から大量の機銃を展開させ、まさしく弾丸の雨を横殴りに降らせ始めた。
先ほどの派手な水圧カッターやミサイル兵器に比べると現在展開している細かい銃弾は効果が無いように見えるが、実際の人間がこの銃弾を喰らえば、即座にミンチ以下の肉塊に変えられる程の威力を持っている。事実、そういった弾丸の雨が降り注ぐスクナの体表は背中で卵を温める蛙の様な、見ていて気分が悪くなるような生々しい穴が幾つも空けられ、その着弾地が重なった場所は僅かながらも血肉を少しずつ抉り取っている。
そして、吹き飛ばされた反動で一時的に動きを止めた左腕に空けられた穴の中に、爆弾を仕込むかのようにネギの魔法の矢が入り込んだ。それらが着弾すると先ほどの大爆撃と同じようにスクナの残り少ない無事な部分が内側から吹き飛んでいく。ネギは惨たらしい光景に吐き気を催しながらも、織姫の指示から次なる詠唱に入った。そうして構成が脆くなった右腕に向かって、翼を広げた少女が強い意志を瞳に宿し、ゆるぎない力を込めた太刀を振りかぶる。
「神鳴流―――奥義」
「魔法の射手、
体を弓なりにしならせて、いや自分の体そのものを弓と認識して力を溜める。
気が体の中を駆け巡り、これからするべき力の流れを如実に表した。彼女は両手で持った夕凪を天頂に構えると、そこにネギの下級呪文では有り得ない量の魔力を持った雷が直撃する。しかし雷の矢は刀を折る事はなく、既に起こった事象をなぞるかのような自然な流れで刀身に眩い光が収束する。反発しあう魔力と気は、次の一瞬まで互いを抑えあって強大なエネルギーを蓄えていた。
それは―――振り下ろされる。
「極大雷光剣!」
言霊と共に、刀身で微妙なバランスを保っていた気と魔力の内、気が大きく力を傾けた事で暴れ牛の様な振動で刹那の手を離れようとしていたエネルギーが鬼神と接触した瞬間、光が爆ぜた。
空を駆け、そのまま走りぬける。振られた刃は一度もつっかえることなく鬼神の左腕を貫通し、刀から発せられた極大の雷の光は鬼神の二つめの左腕をも輪切りにしてしまった。これで、残る鬼神の腕は一本。刹那が激しい力の消耗を感じてその場から離れながらそう思っていると、織姫の巻き散らかされた糸から指示が伝わってくる。
―――とどめです。
瞬間、機械が吼えた。そうして開かれた口からは圧縮された水が射出され、鬼神の残る右腕の肩口に喰らいつく。刹那とネギが連携して左腕を消し飛ばしている間、貯水タンクが満たされるまでの大量の水が、最早残りを気にすることなく延々と吐き出され続けている。そうしてゆっくりと板を切る鋸の様な水のレーザーは、鬼神の右手を完全に切り取ってしまう。完全に水を吐きだしきったRAYは、戦闘能力を失った鬼神に頭から突っ込むと、倒れ伏したその巨体に橋を駆けるようにして二本のコードを突き刺した。
これに何の意味がある、そう思ったネギたちが次に目にしたのは、信じられない行動。RAYの頭部装甲が完全に開き切ると、中に乗っていた千雨がソリッドアイを付けたまま、その手にフォックスが使う予備の高周波ブレードを手に持ち、RAYの伸ばしたコードの上を駆け抜けて行ったのだ。
一般人で、気も魔力も使えない。いくら鬼神が倒れているとしても、二十メートルを超えた高さから千雨が落ちてしまえば死を免れる事は出来ない。だと言うのに、織姫が結界を作る間も無くスクナの腹の上に千雨が乗ると、焼けただれて血で滑る事も気にせず、彼女はその腹に刃を突き立てた。
―――ぉぁ…ぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおお!
「黙れ! RAY、頼んだ!」
何が言いたいかを理解したRAYは、千雨の足場になったコードをコクピット付近に収納すると頭部を再び閉じてスクナの両足を圧し折るために飛びあがった。そして、重力と体重に従うままに踏みつけると、極大のゴギッという骨の折れた音が鳴り響く。両足が折れ、全ての腕を無くし、腹を掻っ捌かれているスクナは完全召喚された時の高揚感も忘れて苦痛の叫びを上げるが、同情すべき人間でも無い限り千雨たちの行動は止まらない。
変わらずに猟奇的なまでの気迫を発しながら千雨が鬼神の腹を切り進んで行き、次に切り裂いた皮膚の下にあった臓物が裂けると、持っていた高周波ブレードの接触点が瞬く間に融解されてしまった。
「……ビンゴ!」
「は、長谷川さん!」
血に塗れながら凶悪な笑みを浮かべた千雨に、この行動の意味が読み取れない刹那が同じくスクナの腹の上に降り立った。暴れるスクナの上はバランスがとりずらいが、そうした不安定な土地での戦闘に慣れ親しんでいる二人はスクナの振動にものともせずに各々の行動を続ける。
千雨がその臓物の中に、先の方にナイフを括りつけた紐を投げると、刹那にその血濡れの顔を向けた。生臭さに思わず顔をしかめる刹那に仕方がないかと思いつつ、手に持っていた干物もう片方の先端を向けて言った。
「桜咲、この紐の先を持って、思いっきり引っ張ってくれ」
「この先は…もしや!」
「ああ。あの召喚者を引っ張りだす。これで完全に供給も断たれて、このデカブツは自己消滅するだろうからな」
そう言った千雨の言葉を聞いたからか、こんな所で消えるわけにはいかないと、スクナは仮面の様な口に光を収束させた。膨大な魔力によって千雨もろとも消し飛ばそうと言うつもりだったのだろうが、それは容易く防がれる事になる。
「
刹那のように突如スクナの首元に着地したネギが、魔力で強化した拳でアッパーを放ったのだ。強制的に閉じられたスクナの口で、収束されていた魔力が指向性を失って爆発する。スクナの前方の頭を消し飛ばした爆風でネギは吹き飛ばされたが、すぐさま杖に乗って織姫の元から二人を見下ろした。
もはや自分が出来る事は無い。だが、こうして天ヶ崎を助ける事が出来る可能性を二人が持っているのなら、それを見守るのがもう空を浮くしかできない自分が出来る最後の手助け。
「今です、刹那さん!!」
「は、ぁぁぁぁぁ……あああああっ!」
これを逃せば第二射が来る。そのことを危惧して、刹那は言われるがままに力の限り千雨から受け取った「蜘蛛の糸」を引っ張った。彼女自身は紐の先にどのようにして引っ掛けたのかを見ていないが、紐だけではない重さを感じて、必ずこの先に天ヶ崎の体があると信じて天に向かって翼を羽ばたかせた。
そうして力一杯に刹那の手で引っ張られた紐は鬼神の肉を捲り上げながら、ずぶずぶと皮下を膨らませた。それが人間程の大きさにまで膨らむと、不意に魚を吊り上げた瞬間のように一気に手ごたえが軽くなる。
ズズズズズッ……
鬼神の胃の中から、体のほんの一部が溶けた姿になっていたとしても、彼女は天ヶ崎千草だと一目で判別できるほどの人間の体が吐き出された。高周波ブレードをすぐに溶かすような胃酸がこびり付いていたようだが、あの鬼神を火傷だらけにした爆撃からも召喚主を守った加護が働いていたのか、鬼神の腹の上に放り出された千草は千雨が受け止めた瞬間に顔をしかめて全身を苛んでいるのだろう魔力欠乏の痛みの声を上げた。
一連行動が終わるのを待っていたのか、RAYは全ての砲門を空けて召喚者さえ失って尚消えぬ鬼神の肉体に、多数の照準を合わせている。正に「殲滅」するのだと言うプレッシャーを感じた刹那と織姫は、すぐさま二人を退避させるための行動を起こした。
「長谷川さん、天ヶ崎を此方に渡してください!」
「小娘! すぐに私の糸に乗るのです!」
千草を放り投げた千雨は、指示に従って即座に織姫の糸を掴み取った。そして釣り上げられるように彼女の元に向かい、刹那は放り投げられた千草の体を器用にキャッチしながら、同じく織姫の居る空中の結界範囲内に逃れる。
そして、RAYの全ての兵器が指導する。
砲門は全て動けぬ
どどどどどどどどどどどどぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!
スクナの体は爆発で生じた煙で再び覆い隠され、煙の端からはみ出た脚や肩の先は自動照準を付けられてすぐさま物言えぬ肉塊へ変えられる。ほぼ対角線上に位置するRAYは射出されたミサイルをノーロックで放っているので、時折スクナを素通りしたミサイルは対岸の木々と衝突して無差別破壊を繰り返す。
正に殲滅であった。如何に巨大な力を持とうとも、それを上回る暴力は確実に圧倒していた筈の存在を容易く抑えつけてしまう。それは見る者を畏怖させ、刷り込まれた恐怖は決してソレに手を出さないようにと本能に訴えかける。
そこにあるだけで、その存在が「抑止力」となった瞬間。その刷り込みをこの光景を見ている者たちへ与えているのだ。
――――ヴォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!
破壊の限りを尽くし、遂に塵さえ残さず鬼神を葬り去ったRAYは勝利の雄たけびを上げる。あまりに理不尽な力の前にネギたちが身を竦めて恐怖する中、引っ張り上げた織姫の腕の中で、千雨は静かに笑っていた。それを知る者はいない。彼女が何を思って笑ったのかも、ナノマシンすら観測することすらできなかった。
すいません。
本当はフォックス編と交互に進めながら一万三千ほどで書き上げようとしたのですが、なぜか逆境造らないとダメなのです、という電波を受け取った結果こうなりました。
自分でハードルあげる事になりそうなのですが、次回のフォックスVS彦星戦もこんな感じで濃く、心理描写を増やした状態で書きたいと思います。
今度こそ、後篇をお待ちください。