2013年8月17日リンガ泊地着任
初期艦:漣
私の艦これはここからはじまりました。
5年という歳月を一緒に過ごせば、遠慮もなくなるだろうというお話です。
ものすごい急いで書いたので誤字脱字あるかもしれません。
Pixivにも同じものを投稿しています。
午後二時、炎天はアスファルトを焼き、地表からは陽炎がゆらりと現れた。漣はサンダルの裏からじわりと地面の熱を感じ、街路樹の影に身体を入れた。
上からは真夏の強い陽光、下からは照り返しと熱を持った地面。日陰に入れば多少はマシではあるが、むせ返るような湿気は変わらなかった。漣は太陽を恨みながら額に浮き出た汗を左手の甲で拭った。薬指のチタンリングが太陽光線を反射した。
Tシャツにハーフパンツという夏休みの小学生のような格好で出てきたが、薄く化粧はしてきた。だが、こうも蒸し風呂のように暑くては汗で化粧も崩れてしまう。
「あー、暑いし熱い……。こうも暑くちゃやってられんのですよ。夏だからってここまで暑くする必要はないでしょ」
漣は不平を漏らし、のそのそと街路樹の影から出て、再び強い日差しの中を歩き始めた。日光の直撃を受けているピンク髪の頭に掌を触れさせると、想像以上の熱を感じ、すぐさま手を引っ込めた。あまりの熱さに驚いたと同時に諦観のため息が漏れ出した。
地獄の窯のような暑さの中をとぼとぼと一人で歩きながら、雨でも降れば少しは涼しくなるのに、と思った矢先。彼女の耳に遠くからドロドロと大太鼓を叩くような音が届いた。先ほどまで白い薄雲を浮かべていた青天井に急に真っ黒な雲が湧きあがり太陽を隠した。鼻の頭にぽつりと水滴が落ち、それを人差し指で拭って天を見上げるや否や、ドッと水の大群が襲ってきた。
「うひゃ!なんぞ!」
バタバタと激しく雨粒がアスファルトを叩き、跳ねる。直に肌に当たると痛いほどの大粒の雫であった。
漣はこれはかなわないと雨宿りをできる場所を探すが、ほんの数十秒の間に全身がずぶ濡れになってしまった。Tシャツが身体に張り付き下着が透け、太ももにハーフパンツがまとわりついた。化粧が崩れる云々などとは言ってはいられない。それに、ここまで濡れては今更雨宿りなどしても意味はない。彼女は雨宿りを諦め、サンダルで水を跳ねさせながら駆けだした。
* * * * *
数分間、前も見えぬような雷雨の中を突っ走り、赤いレンガ調の外壁が目を引く集合住宅の入口へと飛び込んだ。
屋根の下に入り、弾む息を整えながら表を見ていると、目の前で電光がうねり、ドーンという艦砲射撃のような轟音が駆け抜けた。
「まいったねこりゃ……」
漣は一度頭を振ってから集合住宅の廊下を奥へと進んだ。全く同じ形のドアが続いているが、迷うことなく一階の一番奥のドアの前に立ち、水が滴るハーフパンツのポケットから鍵を取り出して差し込んだ。引っかかることもなくガチャリとスムーズに錠が回った。
水が滴る身体を玄関の中に入れて扉を閉めた。すると、激しい雨音が玄関内で反響した。
身じろぎもせず立っていると、袖や裾から落ちた水滴が三和土に落ちて水玉模様を作った。三和土には踵が減ったストレートチップの革靴とまだ新しい真っ赤なランニングシューズが並んでいた。
漣は横を向き、靴箱の上に置いてある鏡を見つめた。鏡には幼さの残る美少女(?)が映っていた。しかし、出かけ際にセットしてきた前髪はぺたりと額に張り付き、ツインテールに結った髪の両端から雨水がぽたぽた滴っていた。せっかく明るめにチークを入れた頬も台無しである。
不満そうに口をとがらせ、髪留めを押さえてゴムから髪を引き抜くと水滴が鏡に散った。水滴にピンク色の頭がいくつも映り込んだ。
鏡から顔を逸らし、漣はサンダルを三和土に乱暴に脱ぎ捨て、濡れた足でペタペタと足跡を付けながら廊下を進んでリビングに入った。人気のないリビングは冷房が入れっぱなしになっており、快適な温度に保たれていた。
「いや~、ずいぶんとやられてしまいましたが~。休みだからって珍しくご主人様の家の掃除でもしてやろうかと思ったのが運の尽き。慣れないことをするもんじゃないですな」
漣は主のいない家の中でひとりつぶやいた。
あれほど暑さを感じていたにもかかわらず、雨水でずぶ濡れになって冷房の風に当たるとぞくっと寒気を感じた。このまま濡れネズミでいるわけにもいかないので、彼女はシャワーを使うため風呂場へ向かった。
* * * * *
脱衣所で雨水の滴るTシャツとハーフパンツを脱ぎ、洗濯ネットに入れてから洗濯機へ放り込む。下着にも雨水が染み込み、冷たさが皮膚に伝わってくる。身に着けている安物のブラジャーといちごぱんつも洗濯ネットに入れて洗濯機の中に放り込んだ。
下着の上下の柄はそろってはいなかった。
脱衣所の鏡が一糸まとわぬ小柄な少女の身体を映している。しかし、その表情は心なしか曇っていた。
実のところ漣は自分の身体には魅力がないと思っている。特に自分の姉妹艦と比べるとそれがさらに際立って負けているように感じていた。
天霧や朧は引き締まった身体をしており、女の自分から見ても格好がいい。狭霧は骨格が整っていて、すらりと上背もありモデルのようだ。潮は丸っこくやわらかで豊満。もう何も言うことはない。曙は……。あれはあれで一部の人に需要がある。
そう考えると自分はどうも中途半端であると感じていた。
腕を頭の後ろに回し、上体を反らしてポーズをとってみる。鏡には全体的になだらかなラインの身体が映り、ツンとした乳首とふわりとした陰毛が女性としての存在を主張していた。
漣はしばらく色々なポーズをとってみたものの、どうもしっくりこない様子で肩を落とした。
「はぁ、何をやってるんだ私は……。お風呂お風呂っと」
彼女は飽き飽きした表情で洗濯機を回してから風呂場へ向かった。
* * * * *
頭から熱いシャワーを浴びて雑念を洗い流す。手直にあったシャンプーを手に取り、ぐしゃぐしゃと頭を泡立てる。しばらくして、ふと手が止まった。なぜなら、密閉された風呂場という空間で風が吹いているわけでもないのに、やけに頭がスースーしたからだ。
今、頭を泡立てているシャンプーは自分がいつも使っているのとは違うシャンプーである。漣は謎の清涼感を不思議に思い、頭に泡を乗せたままボトルのラベルに書かれた文字を目で追った。ボトルには商品名と力強いゴシック体が踊っていた。
『今ある髪を守るために』
その文字が目に入った瞬間、漣は顎を上げ目を閉じた。
「あっ……。最初に会ったときと比べると……。あー、ご主人様も苦労してるんですなぁ」
そして、泡が目に入らぬようゆっくりと頭を下げて、今度は隣に置いてあるボディーソープのボトルを目で追った。
『体臭予防 男のニオイをブロック』
「……うーん。確かに最近加齢臭が……」
漣はあまり知りたくもない情報を得ながら再びスースーする頭を泡立てた。
そして、近いうちに自分の風呂道具やメイク道具を少し隠して置いておこうと一考しながらシャワーで泡を洗い流した。
* * * * *
風呂場から出て棚から適当なバスタオルを取り、身体を拭いた。柔らかなタオルを顔に押し付けると、自分がいつも使っている洗剤や柔軟剤とは違うにおいがした。
それからドライヤーでゆっくりと髪を乾かしたが、いつもの髪留めは使わなかった。
漣はバスタオルを首から下げて、リビングの中央で仁王立ちしている。服はもちろん何も身に着けていない。
「さて、洗濯が終わって乾くまで、何か服を借りましょうかね」
そうつぶやくと、彼女は寝室の中に勝手知ったるように入っていった。
「とりあえず上はTシャツでもあれば……」
ベッドのサイドテーブルを見ると、おあつらえ向きにカーキ色のTシャツが無造作に置いてあるではないか。
「これでいっか」
小さな少女の身体には大きすぎるTシャツであるので、頭と両腕がするりと入った。とりあえず上半身に服を身に着けたことで一息ついて深く呼吸をした。しかし、一息ついた途端、妙な違和感を覚えた。
「ん?」
漣は一度首を左右に振ってあたりを確認した後、今着たばかりのTシャツをたくし上げ、顔に近づけてにおいを嗅いだ。
「クサッ!このシャツ臭い!」
臭いに気が付いた瞬間、物凄い勢いでTシャツを脱ぎ、思い切り床に投げつけた。その風がレースのカーテンを揺らした。
「あー! もう!シャワー浴びたばっかりなのに!」
彼女は感情を爆発させ子供のように地団太を踏んだ。だが、すぐに大人しくなり、しゃがんで先ほど投げ捨てたTシャツを拾った。そしてそのまま、おもむろにTシャツを顔に押し付けて再びにおいを嗅ぎ始めた。
「すんすん……。臭い……。いや、だけど、まぁ、うん。ふむ、……なるほど」
誰もいない部屋で一人全裸でぶつぶつ独言すると、すくっと立ち上がった。
「まぁー、臭いけど最悪とまではいかないし、なにより他の女のにおいがしなかったのは合格でしょ」
彼女はそう言い放ち、またTシャツを床に投げ捨てた。
今度はちゃんと衣装ボックスを漁り、洗濯済みの白いTシャツを引っ張り出し身に着けた。
後は〝下〟である。
「流石に女ものの下着は持ってないよね。持ってたら殺すけど」
少々物騒な言葉をわざと選んで、タンスの引き出しを開けて物色をはじめた。
漣はそれなりに念入りに探したが、幸いなことに〝それ〟は出てこなかった。
「仕方ないから、ご主人様のパンツでも借りますか」
彼女は部屋の主のトランクスを無造作に掴み取り、パンっと一度、目の前で広げてから右足から履いた。サイズはもちろん大きいが、ずり落ちるほどではない。男物のトランクスにすっぽりと小ぶりなお尻がおさまった。
「うーむ。スースーして落ち着かんですね。解放感バツグン? ボクサーパンツの方がぴったりするのに、ご主人様はトランクス派なんですよねえ」
そう言いながら、小柄な少女は男物の下着の上から両手で自分の尻をポンと叩き、寝室を後にした。
雨はずいぶん前に上がっていた。
* * * * *
夜の帳が降りる頃、男の「あれ?」という声と同時に玄関のノブが回った。
青年とも壮年ともとれる小柄な男が玄関のドアをそろりと開け、三和土を覗き込むなり「なんだ、あいつ来ていたのか」と呟いた。脱ぎ捨てられたサンダルを見て男は〝あいつ〟を特定した。
かれは不審がる様子もなく灯りのついたリビングのドアノブに手を掛け、見えない相手に話しかけた。
「長い付き合いだけど、来るときは連絡してほしいなぁ……」
ガチャリとドアを開けると良く見慣れた小柄な少女が出迎えていた。
「おかえりなさいませ、ご主人さま」
話しかけられた相手の漣は何も戸惑うことなく、いつもの挨拶を返した。
かれは出迎えた漣の姿を見て、静止した。頭だけを動かし、目の前の少女の顔を見て、上半身を見て、下半身を見て、また顔を見た。
五年前、この泊地に提督として着任して初めて会った艦娘が、自分のシャツと使い古した下着のパンツを履いて、手にお玉を持って立っているのだ。
「どうしたんだその恰好……」
「雨で濡れたので借りただけですよ」
彼女はなんのためらいもなく、当たり前のように返答した。かれは腕を組み、眉間にしわを寄せ訝し気な顔で再び漣の身体を上から下まで眺めた。
その表情を見て漣はニヤリと右の口角をあげてから言葉を発した。
「なんか目線がいやらしいですぞ。ご主人様は変態ですね」
「それ、お前が言うことかい? 連絡もせず人の家に上がり込んで、人のパンツ履いてさ」
そして、かれはリビングに入り彼女の身体を見た時に最初に気が付いたことを口にした。
「それに、乳首透けて浮いてるし。そっちの方が変態じゃないか」
それを聞いた漣の顔がふっと赤くなったと同時に、両腕を前に回して胸部を隠した。
「この、変態! スケベ! 女の胸ばっかり見て!」
漣は大声でかれを罵倒すると、お玉をもった右手を思い切り振りかぶった。それを見た提督は思わず頭を下げて目をつぶり、彼女の攻撃を防御するため両手を前に出した。艦娘の力で殴られたら痛いじゃ済まされない。
しかし、しばし待ってもお玉がかれの頭に振り下ろされることはなかった。
かれは両手はそのままに薄目を開けて漣の様子を窺うと、ピンク髪の小さな少女はニンマリと目を細め提督を見下ろしていた。
「今更そんなことじゃ怒りませんよっ。ご主人さまと漣の仲じゃないですか」
提督は「ははっ」と力なく笑い、頭を上げようとすると、後頭部を小さな手で押さえられ阻まれた。かれは何だと思う間もなく、そのまま細い腕に抱かれ、小さくも柔らかな胸に顔を押し付けられた。
「改めまして。おかえりなさいませ、ご主人様さま」
いつの間にやら五年の歳月が過ぎていました。
艦これ二期も楽しみです。