ハンターナイフ ―老いた狩人の回想―   作:はせがわ

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プロローグ。

 

 

――――――餌だったと、僕のおじいちゃんは言った。

 

 あの頃の人間は、竜にとっての餌。

 決して、その逆はなかったと。

 

 僕のおじいちゃんがモンスターハンターとして生きていた時代とは、まさにそういう時代だったのだと。

 

 

 

……………

…………………………

 

 

 

「おれ、大きくなったらスラアク使いになるんだ!」

 

「わたしは操虫棍のハンターになる! ブレイブスタイルで竜なんてやっつけちゃうんだから!」

 

「ぼくは大剣使いになって、エリアルスタイルで戦う! かっこいい狩り技たくさんあるもん!」

 

 

 いつものようにぼくたちは、村の広場でハンターごっこをして遊んでいた。

 みんな思い思いに木の棒なんかを握り、それぞれの役になりきって遊んでいる。

 

 ぼくらの村は辺境にあって、ベルナやユクモ村のように有名な英雄なんかは居ない。それでもぼくらにとって“ハンター“というのは、まさに憧れの存在だった。

 どこどこのハンターがディノバルドを倒した、ライゼクスというモンスターを誰々が討伐した。そんな噂を伝え聞いては、みんなで憧れを募らせた。

 自分も将来、ハンターになりたい。かっこいい武器を操り、竜を倒す。いつか英雄となって世界を救うのだと。

 

 そして今日も“訓練“と称して、みんなで木の棒を振り回して遊ぶ。

 伝え聞いただけの“狩り技“や、見た事もなく自分で想像しただけの“スタイル“で巨大な竜と戦う真似をする。

 そんな中、いつも僕だけはミソッカス。身体も弱くてチビな僕は、ハンターごっこの仲間には入れてはもらえなかった。

 

「お前みたいなよわっちぃヤツ、ハンターになんかなれっこねぇよ!」

 

「じゃあお前イャンクックの役な! よぉ~しみんな! かかれぇー!!」

 

 たまに運悪く見つかってしまえば、追いかけ回されて、棒で滅茶苦茶に叩かれる。

 狩り技だと言って滅多打ちにされたり、エリアルだと言って上にのしかかられたり、ペイントだと言って泥玉を投げつけられたりした。

 

 ぼくらはハンター。悪い竜をやっつけているんだ。

 みんなはそう思い描きながら、いつも楽しそうに僕を殴りつけていた。

 

 

……………

…………………………

 

 

「おじいちゃんはハンターだったのよ。といっても若い頃だから、随分と昔の話だけどね」

 

 そうおかあさんが話してくれたのは、ある日の夕食の時だった。

 

「有名なハンターじゃなかったらしいけど……、おかあさんはよく知らないの。

 もし話を聞きたいなら、一度お願いしてみたら?」 

 

 

 そう勧められるままに、僕はおじいちゃんの部屋へと足を運ぶ。

 いつも優しいおじいちゃんが、実は昔はハンターだったなんて。それを聞いた時から、僕はすごく誇らしい気持ちで一杯だ。

 

 みんなの憧れ、モンスターハンター。そんなすごい人がこんなにも身近にいたなんて。

 

 いつもみんなにいじめられている僕だけれど、僕のおじいちゃんは昔英雄だったんだ。

 本当のハンターに会った事もないみんなとは違う。それだけでなにやら優越感が湧いてくる。

 みんなに自慢だって出来るし、おじいちゃんの英雄譚を話して聞かせてあげれば、僕もみんなと一緒に遊んでもらう事だって出来るかもしれない。

 

 そんな事を想いながら、僕はおじいちゃんの部屋のドアを叩いた。そしていつものようにおじいちゃんは、僕を優しく中へと迎え入れてくれた。

 

「おぉ坊(ぼん)、どうした? なんぞワシに用事かぃ?」

 

 いつもニコニコ、でも少し気弱。そんなもうヨボヨボのおじいちゃん。このおじいちゃんが昔ハンターだったなんて、とてもじゃないけど信じられない気持ちだ。

 でももう僕は、この気持ちを抑える事なんて出来ない。だからおもいきって、おじいちゃんにお願いしてみたんだ。

 ワクワクしながらおじいちゃんの手を握って、僕は言ったんだ。

 

 

「おじいちゃんは昔ハンターだったんでしょう? ハンターだった頃のお話を聞かせてよ!」

 

 

 

…………………………

 

 

 

 なぜその時、おじいちゃんが目を見開いたのか。そしてしばらくの間、何もしゃべらず固まってしまっていたのか。

 

 期待に胸を膨らませていた僕には、その理由を理解する事なんて出来なかった。

 

 

 

 

……………

…………………………

……………………………………………………

 

 

 

 

「坊(ぼん)はハンターになりたいのかい?

 そうか……、かっこいいものなぁハンターは……」

 

 

 少しだけ時間が経った後、そう言っておじいちゃんは僕の頭を撫でてくれた。

 いつもしてくれるように優しく。でもその顔だけは、少し苦笑いするように悲しく笑っていた。

 

「でも爺が狩人をやっていた頃は、今とは全然違う時代でな。

 今みたいにかっこいい武器も、かっこいい技なんかも無かった。

 坊が喜ぶような話は、してやれんかもしれん」

 

 困ったように笑うおじいちゃんに、当然のように僕は食い下がった。

 でもハンターだったんでしょ? 聞かせてよ! どんなモンスターと戦ったの? どんな武器を使ってたの?

 いつもはおとなしい僕の熱烈なお願いに、きっとおじいちゃんもビックリしていたハズだ。それでもかまわず僕はお願いし続けた。こんなチャンスを逃がしてなる物かと。

 

「……そうじゃなぁ。旅先でどんな景色があったとか、どんな人と出会うたかとか。

 そういった話ならば、してやれるけどなぁ」

 

 そういっておじいちゃんがしてくれた話は、僕にしてみれば、なんかつまらない話ばかり。

 こんな花を見たとか、海が綺麗だったとか、虫がすごく大きかったとか……そんな狩りとは関係のない話ばかりだ。

 僕はプリプリ怒りながら竜やモンスターと戦った話をしてとお願いするのだけれど、おじいちゃんはずっと困った顔をするばかり。

 

「いいかけんにしてよおじいちゃん! ぼくはおじいちゃんの戦った話を聞きたいんだよ!

 竜と戦った話とか、どんなクエストをしたかとか、そういうのを教えてよ!」

 

 僕にとって、これは死活問題だったんだ。ずっと憧れてたハンターの話だし、明日からの僕の友達関係だってかかっていたんだ。

 だからおもわずおじいちゃんに強い声で怒ってしまう。それでもおじいちゃんは僕をみて、優しく微笑むばかり。

 

「……困ったのぅ。本当にワシらには、坊に聞かせるような話はなかったんじゃ。

 みんな命懸けじゃったし、とてもベルナやココットの英雄様のような、

 すごい狩りなんぞ出来なんだからなぁ」

 

 坊の夢を壊してしまうかもしれん。そんな風にいつまでも渋っているおじいちゃん。

 挙句の果てには「爺がなんぞ英雄譚の本でも買うてこようか?」と言い出す始末だ。僕が聞きたいのはおじいちゃんのハンターのお話なんだ。そんな本なんかいるもんか。

 

 話してくれないおじいちゃんなんかキライだ! その伝家の宝刀を抜きそうになった頃……、ついにおじいちゃんが渋々といった風にボソボソと話し始める。

 

「爺の話、か……。本当は誰かに聞かせるような話でもないんじゃが……、

 坊も将来ハンターになりたいんじゃもんな」

 

 そう呟いたおじいちゃんが、どこか一瞬遠くを見つめるような顔をする。

 

「ならば気持ちのいい話ではないが、お前に聞いておいてもらうのもえぇのかもしれん。

 今の時代とは違う……、ワシらの頃の話を……」

 

 昔の自分に想いを馳せているのか、はたまた僕の根気に音を上げたのかは分からない。だけどその表情が妙に印象に残ったのをおぼえている。

 

 やがておじいちゃんがそっとその場を離れ、どこかに仕舞ってあったんだろうひと振りの剣を取り出し、僕に見せてくれた。

 

「……これ、おじいちゃんの剣!? おじいちゃんが使ってた剣なの!?」

 

 それは未だに鈍く光る、よく手入れのされた鉄の剣だった。

 初めてみる、本物のハンターの武器。僕はきっと目を輝かせてこれを見ていたに違いない。自分ではわからないけれど。

 

「あぁ、これが爺が昔使っていた剣だよ。これは“ハンターナイフ“といって、

 爺の時代のハンターは、みんなこれを使って狩りをしていたんだ」

 

 触ってみてもいいかと許可をとってから、僕はおじいちゃんのハンターナイフを握らせてもらう。それはズッシリと重かったけれど、子供の僕でもなんとか両手を使えば持てるくらいの重さだった。

 

「これは今でいう“片手剣“という種類の武器じゃが……、坊はハンターの武器は

 沢山知っておるんかの?」

 

「うん! スラッシュアックスとか、操虫棍とか! 大剣とか!

 僕はガンランスが一番かっこよくて好きだけど、みんなあんまりわかってくれないんだ!」

 

「……そうか。でもワシらの時代には、操虫棍も大剣もなくてな。

 狩りの武器と言えばこれ、ハンターナイフしかないような時代じゃった」

 

 ナイフとついてはいるものの、その重さと大きさは軽いナタほどもある。

 振る事なんか出来ないけれど、楽しくハンターナイフを上げたり下げたりしている僕。それをおじいちゃんが微笑ましそうに見つめている。

 

 

「たまに今でいうハンマーや、弓なんかを持っている者もおったがの?

 でもそれは、あくまで人間が“人間“と戦う為に作っておった武器。

 当時はそんな雑多な物を担いで、竜退治へと出かけて行くしかなかった。

 大きなモンスターと戦う為、初めて考案され作られたのが、このハンターナイフだったんじゃ」

 

 

……………

…………………………

 

 

 

 

 “ランポス“。

 

 鳥竜種の中型モンスター。主に群れで行動し、単独ではなく集団で獲物を狩る。

 全国各地、あらゆる場所に生息し、初めて狩り出掛けて行ったハンター達が一番初めに対峙するであろう肉食獣。

 

 しかしこのランポスこそが、おそらく当時一番“ハンターを殺した“モンスターであった。

 

「今でこそ大剣やランスなど、強く大きな武器が沢山作られておるがの?

 ワシらの時代にはまだ、そんな強い武器などなかった。

 みんながこのハンターナイフを握り、モンスターと戦うしかない時代じゃった」

 

 素材を集めて武器を強化するという、その発想も技術もない時代。ハンター達はなけなしの鉄鉱石で作ったこの武器を握り、モンスターと対峙していった。

 しかしこのハンターナイフには、今の時代から見ればとても武器と呼ぶ事の出来ない程に、大きな欠陥があった。

 

「一発二発はいいんじゃがな、じゃが続けていくうちに、もう斬る事が出来んようになる。

 モンスターの血や油が、刃に付いてしもうての。刃が通らんようになるんじゃ」

 

 その一発二発で倒す事が出来れば、何の問題もない。しかしこのハンターナイフという貧弱な武器に、そんな殺傷力はありはしない。

 

「腕の立つ者でも、15回も20回も斬らねばランポスは殺せんかった。

 それほどにモンスターの身体という物は丈夫なんじゃ。

 頭を斬ろうと胴体を斬ろうと、とても少ない手数では殺しきれんかった。

 しかし殺すのに必要なその十数発と持たん内に、この武器の切れ味はのぅなってしまう。

 だいたい8回も斬り付けたらば、このハンターナイフはもうそこらの

 棒きれと変わらんようになってしまう」

 

 それ以降はもう、小さな鉄の棒で殴っているのと何も変わらない。攻撃はランポスの固い鱗に弾かれ、そして態勢を崩してしまった所にランポスの群れが襲い掛かって来た。

 

「もしランポスが一匹だけであったなら、仲間たち数人でかかればなんとかなる。

 しかしランポスは群れで行動しよるヤツらじゃから、常に6~10匹は同時に

 相手取らねばならん」

 

 固い鱗に攻撃を弾かれ、思わず態勢を崩してしまった所に別のランポスが飛びかかって来る。そして身体を組み伏せられた所に大勢のランポスたちが群がり、一斉に牙をむく。

 身体を食いちぎられて絶叫を上げていられるのも、ほんの束の間。まるでパンに群がる大量のハトのようにして、数秒と経たずに人の身体が解体されていく。

 そんな光景を、何度も何度も目にしてきた。

 

「8回ほど斬っては、背を向けて逃げる。少しでも安全な所まで走って、砥石で

 武器を研ぐ。その繰り返しじゃった。腕に噛みつかれても、身体を掴まれても、

 それを必死に振り切って走る。ただひたすらに遠くへ逃げる。出来ない時は死んだ」

 

「もし仲間の誰かがランポスに群がられたなら、いつもそれを合図にして皆が走った。

 一人が喰われているその隙を使って、何度も何度も繰り返し逃げていったんじゃ」

 

 今の時代でこそ、ハンター用の武器や防具などがたくさん開発されている。マカライト鉱石やドラグライト鉱石などの良質な素材を使った武具があり、その優秀な性能がハンター達の命を守ってくれている。

 しかしこの時代の武器という物は、あくまで“対人間“に作られた物の延長線上でしかない。粗末な鎧を着た人間をなんとか殺す事が出来ても、固い鱗に覆われた強靭な生き物を相手するようには出来ていない。

 竜の神秘的な効果を持つ素材、それを使う発想もなければ、作る技術も確立されていない。

 それどころかこの狩り用に考案されたというハンターナイフでさえ、複数のモンスターを相手取れるようにはとても出来ていないというのが現状だった。

 

 もし仮に強力な素材がすでにどこかにはあり、その技術がすでに開発されていたとしても、それを手に取る機会はついぞ自分にはなかった。

 いや、“自分には“ではなく、共に戦ったどのハンターの手にもその姿は見られなかった。

 きっとその強力で神秘的な武具を握る事の出来るものは、当時世界でもほんの一握りの存在だけだったのだろう。

 

 少しでも鱗を切り裂けるよう、肉に食い込むよう。

 そう気休め程度に改良された雑な鉄鉱石の片手剣。それが貴族でも裕福でもない自分達に許された唯一の武器、“ハンターナイフ“という名の棒きれだった。

 

「やっとの思いでその場のランポスを殲滅し終わった頃には、毎回仲間の

 3割ほどはおらんようになっていた。ランポスに喰われて死んだ者もいれば、

 一人逃げた先で、別のモンスターに喰われた者もいた」

 

 今でこそ狩りのパーティは4人という決まり“ジンクス“がある。

 しかし武具にも知識にも乏しかった当時では、それこそ4人という人数では、どんな依頼も達成出来はしなかっただろう。

 人数こそを頼りとして、毎日のように貧弱で雑多な武具に身を包んだ者達が狩りへと出かけ、そして死んでいった。

 

「そんな風にして狩りを繰り返し、何らかの目的を達成してから“クエスト“を終える。

 ランポス討伐が目的なら、あのトサカの部分を切り取って、報酬と交換する。

 一匹で、だいたい酒場の料理が一皿食える位の値段じゃった。

 そんなはした金さえ受け取る事が出来ず、毎回毎回何人もの仲間が死んでいったよ」

 

 そう笑うでもなく、泣くでもなく、どこか懐かしむような顔で話をする。

 久しぶりに取り出した自身の武器、ハンターナイフ。愛剣と呼ぶにはあまりにも弱弱しいそれを見つめて。

 

「こんな割に合わないハンターなんて物、一体誰がやるんだって思うかぃ?

 確かにこんな仕事、ワシの周りでも好き好んでやっとるヤツは居なかったよ。

 でもそれは、もし選択肢があれば……、の話じゃったな」

 

「あの時代……、ワシらにはハンターとなるしか道はなかった。

 村々を鳥竜種達が襲い、人と作物が無残に食い荒らされとるような状況で。

 ならば動ける若者達は皆ハンターとなり、戦いに出るしか道は無かったんじゃ」

 

 

 

…………………………

 

 

 

 詳しい原因は、自分も知らない。未だはっきりとした事は何も分かっていないのだ。

 

 しかし自分が若者として人生を謳歌しようとしていたその頃……、突然各地の村々に、示し合わせたようにモンスターが大挙した。

 太古の昔から今に至るまで共存関係にあった、人とモンスター。その均衡は一瞬にして、なんの前触れもなく唐突に崩れた。

 

 人間の平穏な時代は、そこで終わる。

 そして今までは伝承の中で語られていたのみであった巨大な“竜種“の存在が、全国各地で一斉に確認されていったのだ。

 

 

 

 


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