ハンターナイフ ―老いた狩人の回想―   作:はせがわ

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プロローグ。

 

 

 ――――――餌だったと、おじいちゃんは言った。

 

 あの頃の人類は、竜にとっての餌。

 決して、その逆はなかったと。

 

 僕のおじいちゃんがハンターとして生きていた時代とは、まさにそういう時代だ。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「おれ、大きくなったらスラアク使いになるんだ!」

 

「わたしは操虫棍のハンターになる! ブレイブスタイルで竜なんてやっつけちゃうんだから!」

 

「ぼくは大剣使いになって、エリアルスタイルで戦う! かっこいい狩り技たくさんあるもん!」

 

 

 いつものようにぼくたちは、村の広場でハンターごっこをして遊んでいた。

 みんな思い思いに木の棒なんかを握り、それぞれの役になりきって遊ぶ。

 

 ぼくらの村は辺境にあって、ベルナやユクモ村にいるような有名な英雄なんかは居ない。それでもぼくらにとって“ハンター“という物は、まさに憧れの存在だった。

 どこどこのハンターがディノバルドを倒した、ライゼクスというモンスターを誰々が討伐した。そんな噂を伝え聞いては、みんなで憧れを募らせた。

 

 自分も将来、ハンターになりたい。かっこいい武器を操り、竜を倒す。

 いつか英雄となって、世界を救うんだと。

 

 そして今日も“訓練“と称して、みんなで木の棒を振り回して遊ぶ。

 伝え聞いただけの“狩り技”や、見た事もなく自分で想像しただけの“スタイル”で戦う真似をする。

 

 そんな中、いつも僕だけはミソッカス。

 身体も弱くてチビな僕は、ハンターごっこの仲間には入れてはもらえなかった。

 

「お前みたいなよわっちぃヤツ、ハンターにはなれっこねぇよ!」

 

「しゃーねぇ! じゃあお前イャンクックの役な! よぉ~しみんなぁ! かかれぇー!!」

 

 たまに運悪く見つかってしまえば、追いかけ回されて、棒で滅茶苦茶に叩かれる。

 狩り技だと言って滅多打ちにされたり、エリアルだと言って上にのしかかられたり、ペイントだと言って泥玉を投げつけられたりした。

 

 ――――ぼくらはハンター。悪い竜をやっつけているんだ。

 

 みんなはそう思い描きながら、いつも楽しそうに僕を叩いていた。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「おじいちゃんはハンターだったのよ。といっても若い頃だから、随分と昔の話だけどね」

 

 そうおかあさんが話してくれたのは、ある日の夕食の時。

 

「別に有名なハンターじゃなかったらしいけど……。

 おかあさんはよく知らないわ。もし話を聞きたいなら、一度お願いしてみたら?」 

 

 そう勧められるままに、僕はおじいちゃんの部屋へと足を運んだ。

 いつも優しいおじいちゃんが、実は昔ハンターだったなんて。それを聞いた僕は、すごく誇らしい気持ちで一杯だ。

 

 みんなの憧れ、モンスターハンター。そんなすごい人がこんなにも身近にいたなんてと。

 

 いつもみんなにいじめられている僕だけれど、僕のおじいちゃんは英雄だったんだ。

 本当のハンターに会った事もない、みんなとは違う。それだけで優越感が湧いてくる。

 みんなに自慢だって出来るし、おじいちゃんの英雄譚を聞かせてあげれば、僕も一緒に遊んでもらう事だって出来るかもしれない。

 

 そんな事を思いながら、おじいちゃんの部屋のドアを叩いた。

 いつものようにおじいちゃんは、僕を優しく中へと迎え入れてくれた。

 

「おぉ坊(ぼん)、どうした? なんぞワシに用事かぃ?」

 

 いつもニコニコ、でも少し気弱。そんなもうヨボヨボのおじいちゃん。

 この人が昔ハンターだったなんて、とてもじゃないけど信じられない気持ちだ。

 でももう僕は、この気持ちを抑える事なんて出来ない。だからおもいきって、お願いしてみたんだ。ワクワクしながらおじいちゃんの手を握って、僕は言ったんだ。

 

「おじいちゃんは、昔ハンターだったんでしょう?

 その時のお話を聞かせてよ!」

 

 

 ……………。

 …………………………。

 

 

 なぜその時、おじいちゃんが目を見開いたのか。そしてしばらく絶句し、固まってしまったのか。

 期待に胸を膨らませていた僕には、それを理解する事なんて出来なかった。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「坊はハンターになりたいのかい?

 そうか……、かっこいいものなぁハンターは」

 

 

 やがて、少しだけ時間が経った後……、おじいちゃんは僕の頭を撫でてくれた。

 いつもしてくれるように優しく。でもその顔だけは、少し悲しそうに笑っているように思えた。

 

「でも爺が狩人をやっていた頃は、今とは全然違う時代でな。

 今みたいに強い武器も、かっこいい鎧なんかも無かったんじゃ。

 坊が喜ぶような話は、してやれんかもしれん」

 

 困ったように笑うおじいちゃん。でも僕は当然のように食い下がった。

 でもハンターだったんでしょ? どんなモンスターと戦ったの? どんな武器を使ってたの? きかせてよ!

 いつもはおとなしい僕の熱烈なお願いに、きっとおじいちゃんもビックリしていたハズだ。それでもかまわずお願いし続けた。こんなチャンスを逃がしてなる物かと。

 

「……そうじゃなぁ。旅先でどんな景色があったとか、どんな人と出会うたかとか。

 そういった話ならば、してやれるけどなぁ」

 

 そう言って話してくれたのは、僕にしてみれば、なんかつまらない物ばかり。

 こんな花を見たとか、海が綺麗だったとか、虫がすごく大きかったとか……そんな狩りとは関係のない話ばかりだ。

 僕はプリプリ怒りながら、竜やモンスターと戦った話をしてとお願いするのだけれど、おじいちゃんは困った顔をするばかり。

 

「いいかげんにしてよ、おじいちゃん!

 ぼくはハンターの話を聞きたいんだよ!

 竜と戦った話とか、どんなクエストをしたかとか、そういうのを教えてよ!」

 

 これは死活問題だったんだ。ずっと憧れてたハンターの話だし、明日からの僕の交友関係だってかかっていたんだ。

 だからおもわず、おじいちゃんに強く言ってしまう。それでもおじいちゃんは僕を見つめて、ただ優しく微笑むばかり。

 

「弱ったのぅ……。本当にワシらには、坊に聞かせるような話はなかったんじゃ。

 みんな命懸けじゃったし、とてもベルナやココットの英雄様のような、すごい狩りなんぞ出来なんだからなぁ」

 

 坊の夢を壊してしまうかもしれん。そんな風におじいちゃんは、いつまでも渋る。

 挙句の果てには「なんぞ英雄譚の本でも買うてやろうか?」と言い出す始末。

 僕が聞きたいのは、おじいちゃんのハンター話なんだ。そんな本なんているもんか。

 

 話してくれないおじいちゃんなんかキライだ!

 僕がついに、その伝家の宝刀を抜きそうになった頃……、ようやくおじいちゃんは、渋々といった風に頷いてくれた。

 

「爺の話、か。

 本当は、誰かに聞かせるような話でもないんじゃが……。

 でも坊も、将来ハンターになりたいんじゃもんな」

 

 そうおじいちゃんが、どこか遠くを見つめるような顔をする。ここではないどこかを。

 

「ならば、決して気分の良い話ではないが、お前に聞いておいてもらうのも、えぇかもしれん。

 今の時代とは違う、ワシらの頃の話を……」

 

 昔の自分に想いを馳せているのか、はたまた僕の根気に音を上げたのかは分からない。

 だけど僕は、そのおじいちゃんの表情が、妙に印象的だった。

 しみじみと呟く静かな声が、とても深い気持ちを表しているように感じたんだ。

 

 やがて、おじいちゃんが一度この場を離れ、どこかに仕舞ってあったんだろうひと振りの“剣”を取り出して来て、僕に見せてくれた。

 

「これって、おじいちゃんの剣!? おじいちゃんが使ってたヤツなの!?」

 

 それは、未だに鈍く光りを放つ、よく手入れのされた鉄の剣だった。

 初めて見る、本物のハンターの武器。僕はきっとキラキラ目を輝かせていたに違いない。自分では見えないけれど。

 

「あぁ、爺が昔使っていた剣じゃよ。

 これは“ハンターナイフ“というてな?、

 爺の時代のハンター達は、みんなこれを使って、狩りをしていたんだ」

 

 触ってみても良いかと訊いてから、おじいちゃんのハンターナイフを握らせてもらう。

 それはズッシリ重かったけれど、子供の僕でもなんとか両手を使えば持てるくらいの重量だった。

 大人の人であれば、右手だけでも軽快に振り回すことが出来るんだろう。想像してみると凄くカッコイイ。

 

「これは今でいう、“片手剣“という種類の物じゃが……。

 坊はハンターの武器の事は、どのくらい知っておるかの?」

 

「うん! スラッシュアックスとか、操虫棍とか! 大剣とか!

 僕はガンランスが一番かっこよくて好きだけど、みんな分かってくれないんだよ!」

 

「……そうか。でもワシらの時代には、操虫棍も大剣も無くてな?

 狩りの武器と言えば、コレ。

 ハンターナイフしかないような……時代じゃった」

 

 ナイフとは言いつつも、その重さと大きさは、軽いナタほどもある。

 僕にはとても振る事なんか出来ないけれど、なんとかよいしょとハンターナイフを持ち上げて、軽く動かしてみたりする。

 その光景を、おじいちゃんは微笑ましそうに見ていた。とても優しい顔で。

 

 

「たまに今でいうハンマーや、弓なんかを使ってとる者もおったがの?

 でもそれは……あくまで“人間“と戦う為に作られた武器じゃ。

 爺がハンターじゃった当時は、そんな雑多な得物を担いで、狩場へ行くしかなかった」

 

「そして、人間とは違う大きなモンスターと戦う為……、初めて考案されて作られたのが、このハンターナイフだったんじゃ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 “ランポス“

 

 鳥竜種に分類される、中型モンスター。

 主に群れで行動し、単独ではなく集団で獲物を狩る。

 全国各地、あらゆる場所に生息し、初めて狩り出たハンター達が、一番初めに対峙するであろう肉食獣。

 しかし、このランポスこそが、当時一番“人間を殺した”モンスターであった。

 

「今でこそ、大剣やランスなどの、強くて大きな武器が沢山あるがの?

 でもワシらの時代には、まだそんな物は無かった。

 みんなが、このハンターナイフ一本を握り、モンスターと戦うしかない時代じゃった」

 

 素材を集めて、武器を強化する。まだその発想も技術もない時代。

 ハンター達は皆、なけなしの鉄鉱石で作ったこの武器を使い、襲い来るモンスター達と対峙した。

 

 しかし、このハンターナイフという武器には。

 今の時代からすれば、とても武器と呼ぶ事の出来ない(・・・・・・・・・・・)程に、大きな欠陥があった。

 

「一発二発ならば、良いんじゃがな?

 でも何回か続けていくうち、すぐにもう斬れんようになる。

 モンスターの血や油が、刃に付いてしもうての? 刃が通らんようになるんじゃ」

 

 その一発二発で倒す事が出来れば、何の問題もない。しかしこのハンターナイフという貧弱な武器には、そんな殺傷力などありはしない。

 

「たとえ腕の立つ者でも、十数回は斬らねば、ランポスは殺せなんだ。

 頭を斬ろうと胴体を斬ろうと、所詮は人の力じゃ。なかなか死んではくれん。

 それほどまでに竜種の身体というのは、頑丈に出来ておるじゃよ」

 

「もう嫌になるほど、こちらの手が痛くなるほどに、滅多切りにせねば倒せんかった。

 しかし……、この脆弱な武器は、たった数発斬り付けだけで、切れ味が無ぅなっての?

 もうそこらの棒きれと、なんにも変わらんようになってしまう」

 

 それ以降はもう、脆弱な鈍器で殴っているのと、何も変わらない。

 せっかく繰り出した攻撃は、ランポスの固い鱗に弾かれ、そして態勢を崩してしまった所に、ランポスの群れが襲い掛かって来るのだ。

 

「もしランポスが一匹だけであったなら、数人がかりでやれば、なんとかなる。

 しかしランポスは群れで行動しよるヤツらじゃから、常に何匹もの数を、同時に相手取らねばならん」

 

 固い鱗に攻撃を弾かれ、グラリと態勢が崩してしまった所に、別のランポスが飛びかかって来る。そして身体を組み伏せられ、大勢のランポスたちが一斉に群がり、牙をむく。

 

 身体を食いちぎられて、絶叫を上げていられるのも、ほんの束の間だ。

 パンに群がる大量のハトのように、数秒と経たずに人の身体など、解体されてしまう。

 そんな光景を、おじいさんは何度も何度も、狩場で目にしてきた。

 

「8回ほど斬りつけては、背を向けて逃げる。

 少しでも安全な所まで走って、砥石で武器を研ぎ、また向かって行く。その繰り返しじゃった。

 腕に噛みつかれても、身体に組み付かれても、それを必死に振り切って走る。

 ただひたすら、遠くへ逃げる。出来ない時は死んだ」

 

「仲間の誰かが、ランポスに群がられたなら、皆いつも、それを合図に走った。

 一人が喰われているその隙を使って、何度も何度も、繰り返し逃げていったんじゃ」

 

 今でこそ、ハンター用の武器や防具などが、たくさん開発されている。

 ドラグライトや、エルトライト鉱石など、沢山の良質な素材を使った武具があり、その優秀な性能がハンター達の命を守ってくれている。

 しかしこの時代の武器という物は、あくまで“対人間”に作られた物、その延長線上でしかない。

 粗末な鎧を着た人間をなんとか殺す事が出来ても、固い鱗に覆われた強靭な生き物を相手するようには、出来ていなかった。

 

 竜種が持つ、神秘的な効果を持つ“素材”。それを使うという発想もなければ、作る技術も確立されていない。

 それどころか、まがりなりにも狩り用に考案されたというハンターナイフでさえ、複数のモンスターを相手取れるようには、とても作られていないというのが現状だった。

 

 もし仮に、すでに強力な素材がどこかにはあり、もうその技術が開発されていたとしても、それを手に取る機会など、おじいさんには来なかった。

 むしろ、狩場で共に戦ったどのハンターの手にも、その姿は見られなかった。

 

 少しでも鱗を切り裂けるように、肉に食い込むように。

 そう気休め程度に改良された、不純物だらけの低湿な鉄鉱石で作られた片手剣。

 それが裕福でもなく、貴族でもない自分達に許された、唯一の武器――――

 “ハンターナイフ“という名の、棒きれであった。

 

「やっとの思いで、その場のランポスを殲滅し終わった頃には……。

 毎回仲間の何割かは、おらんようになっていた。

 喰われて死んだ者もいれば、一人逃げた先で、別のモンスターにやられた者もいた」

 

 今でこそ狩りのパーティは、4人という決まり、いわゆる“ジンクス”がある。

 しかし武具にも知識にも乏しかった当時では、それこそ4人などという少人数では、どんな依頼も達成出来はしなかっただろう。

 むしろハンターたちは、この“人数”こそを唯一の頼りとして、毎日のように貧弱な武器を手に狩りへと出かけ、そして死んでいった。

 

「そんな風に狩りを繰り返し、何らかの目的を達成してから“クエスト”を終える。

 ランポス討伐が目的なら、あのトサカの部分を切り取って、報酬と交換する。

 一匹で、だいたい酒場の料理が一皿食える、その位の値段じゃったよ。

 そんなはした金(・・・・)さえ受け取る事も出来ずに、毎回何人もの仲間が死んだ」

 

 笑うでもなく、泣くでもなく、静かな表情で話をする。

 坊やにせがまれ、久しぶりに取り出してみた自身の武器、ハンターナイフ。

 愛剣と呼ぶには、あまりにも弱々しい、それを見つめながら。

 

「こんなハンターなんて割に合わない物、一体誰がやるんだって、そう思うかの?

 確かにこんな仕事、ワシの周りでも好き好んでやっとるヤツは、居なかったよ。

 でもそれは、もし他に選択肢があれば……の話じゃったな」

 

「あの時代……、ワシらにはハンターとなるしか、道は無かった。

 村々を鳥竜種達が襲い、人と作物が無残に食い荒らされとるような状況。

 ならば、動ける若者達は皆ハンターとなり、戦いに出るしか道は無かったんじゃ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 詳しい原因は、おじいさんも知らない。未だはっきりとした事は、何も分かっていないのだ。

 

 しかし自分が若者として、人生を謳歌しようとしていたその頃……、突然各地の村々に、示し合わせたようにモンスターが大挙した。

 

 太古の昔から今に至るまで、ずっと共存関係にあった、人とモンスター。

 その均衡は一瞬にして、なんの前触れもなく、唐突に崩れた。

 

 

 人類の平穏な時代は、そこで終わる――――

 

 そして、これまでは伝承でのみ語られていた、巨大な“竜”の存在。

 それが世界中の国々で、一斉に確認されていったのだ。

 

 

 

 


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