ハンターナイフ ―老いた狩人の回想―   作:はせがわ

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最終話、“狩り“

 

 

――――リオレウスの目に、根本までハンターナイフを突き刺す。

――――――それが、開戦の合図だった。

 

 

 今の今まで寝息を立てて横たわっていた赤い竜は、その行為により悲鳴をあげて跳ね起きた。

 

 その咆哮の衝撃波を一身に受けながらも、自分にはさしたる影響はない。あらかじめ、この耳は泥だの粘土だので塞いである。

 まるで、もうこの耳が使えなくなっても構わないとでもいうように、ここに来るまでの間に完膚なきまでに自ら耳を潰した。よって、自分が竜の咆哮を受けて立ちすくむ事はない。

 そしてこの竜が暴れ出す事を見越し、剣から手を放して、余裕をもって安全圏へと回避する。

 

 人間のように“手“という物を持たないレウスには、自らの目に深く突き刺さったその剣を引き抜く事は出来ない。ただ痛みにのたうち回り、轟音を上げて地面を転がるばかり。

 そんなレウスの身体に向かって、冷静に次々と“支給品“を投げつける自分。次々と辺りに爆発音が響く。

 狙うのは、常に頭部。あのハンターナイフが突き刺さっている顔面めがけ、ありったけの爆弾を投げ続ける。

 

 竜の巣と呼ばれる巨大な洞穴。

 そこで今、この“リオレウス討伐作戦“、最後の戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 

………………………………………………

 

 

 あの集落での、仲間達との邂逅。その直後に自分は行動を開始した。

 

 向かうべきは、あの竜の巣。

 時にランポス達から身を隠し、地面を這いずり、洞穴を目指す。

 

 途中、いくつもの仲間達の死体と遭遇した。そのどれもが身体を欠損し、食い荒らされ、原型を留めてはいなかった。

 その姿を見て、今更思う事などない。自分は死体を見つける度にその身体を漁り、機械的に武器や道具などの目ぼしい物を貰っていく。

 

 特に欲しかったのは、未使用の“支給品“だ。これは数えきれない程いくつもの死体を漁っていくうち、なんとか数個程は手に入れる事が出来た。

 

 そして次に、武器であるハンターナイフ。これは比較的綺麗な物を厳選して選んだ。

 死体は探すまでもない程に沢山転がっている。使用に耐えうる十本ほどを選び厳選していくのに、さしたる苦労はなかった。

 

 食料などは最初から持たされていないし、この時代には回復薬などという便利な物は存在していない。ゆえに見つける事が出来たのは、この二つだけ。

 手に入れたいくつかの爆弾をポーチに入れ、そして沢山のハンターナイフを腰に装着する。これが自分に出来た戦支度の全てだ。

 

 

 夜の森を泳ぐように歩き、無心でただひたすらに竜の巣を目指した。

 

 自分は何故、あの竜の元へ赴こうとしているのか。

 そのような理由、考える事もない。

 

 あの仲間達の亡霊を見た事によって、敵討ちをしようなどと考えたワケではない。

 そんな殊勝な感情、とうに自分にはありはしなかったのだから。

 

 ならば自暴自棄か? どうせ死ぬのならば戦って死のうというのか?

 あの竜に対して最後に一発かましてやろうというのは、とても良いアイディアだと思える。どのような形であれ自ら決着をつけるならば、意外とスカッとするかもしれない。

 だが重ねて言うが、自分にはそんな殊勝な感情はない。“勇敢な死“など狩場にはないのだから。

 

 

 何も、考えずに向かった。

 

 自分は何も考えず、ただあの竜の元へと向かったのだ。

 

 

 そうしようと心に決めた後は、それを成す事だけ。

 意義も、理由も、自分には要らない。もうそんな上等な感情は持てない。

 

 ただ、“成すべき事を成す“。

 今まで自分は、ずっとそうしてきたから。

 

 

 一歩あるく度に、ジャラジャラとやかましく腰のハンターナイフが音を立てる。この一本一本に、それぞれ持ち主のハンターがいたのだ。

 みんな大した意味もなく、無残に死んでいった。

 この軽く、非力で、か弱いハンターナイフは、まるで自分達の存在そのもののように思える。

 

――ならばいつも通り、ヤツらに喰わせに行こう。

――――この身体を、この鉄塊を、俺達“ハンター“を喰わせに行こう。

 

 

 ずっとそうしてきた。今日もそうする。

 

 あるとしたら、ただそれだけの理由だ。

 

 

 

………………………………………………

 

 

 

 リオレウスが身体を回転させ、尻尾で薙ぎ払う。

 でもそんな物は、自分には当たらない。

 

 レウスが咆哮をあげて、こちら目掛けて突進してくる。

 でも自分には、そんな物は当たりはしない。

 

 時に身体を屈め、数歩後に下がり、逆に距離を詰め。ただひたすらにレウスの攻撃を捌いていった。

 

 

 こいつは“ノロマだ“。 何の脅威もない。

 

 いつしか心の片隅で、そんな事を思うようになっていた。

 

 

 自分達の周りを、いつものようにランポス達が取り囲んでいる。

 洞穴の入り口を塞ぎ、オゥオゥと歓声をあげてこちらを見守っている。早くあの人間が喰いたいとランポス達が鳴いているのが見える。

 しかし数十分がたっても、その時が訪れる事はなかった。

 

 レウスの吐く炎をすり抜け、頭部に一撃を入れる。

 回転する尻尾をやり過ごし、頭部に一撃を入れる。

 そしてこちらに噛みつこうとする顎を横に交わし、即座に頭部に一撃を入れる。

 そんな事を、もう長いこと自分は繰り返していた。

 

 その姿にじれたランポスが、少しちょっかいをかけようと自分に寄って来るが、即座にレウスの放った流れ弾を喰らい、消し炭になる。

 自分に飛びかかろうとしたランポスが、次の瞬間にはレウスに跳ね飛ばされてバラバラになる。

 そんな事を繰り返しているうち、次第にランポスはその数を減らしていった。

 だが自分は、それを振り返る事もない。

 

 

 避けては、斬る。避けては、斬る。ただそれの繰り返し。

 その姿は、どこかとても単調な物に思えた。

 

 時折、切れ味がなくなってしまったハンターナイフを地面に放り投げ、腰から新たな獲物と交換する。それがこの単純作業にも見えるレウスとの戦闘の、唯一のアクセントとなっている。

 

 竜種の知能は、とても高い。

 しかしどれだけ知能が高くとも、その動きには“癖“がある。無意識に決められたパターンがある。死角がある。

 そしてレウスが戦闘中、それを修正する事はない。

 当然だ。今までそんな事をする必要がなかったのだから。ただ思うがままに動き、炎を吐いているだけで、敵を一掃出来たのだから。

 

 幾千もの仲間を目の前で殺され、幾度もこの竜と立ち合ってきた。

 自分には、この竜がどう動くのかが解る。どのように動けば良いのかが解る。

 

 ゆえに、自分にはコイツの攻撃は“当たらない“。 身体にかすらせもしない。

 

 もう自分はすでに、右手に盾すら持っていなかった。

 そもそもこれは、持っていても仕方ない物だ。仮にレウスの攻撃を防御したならば、その時点で自分の身体はバラバラだ。

 今思えば前衛的な考えだったかもしれないが……、ならばもうとばかりに、最初から持たない事にした。

 役に立たない割に、いっちょ前に重さだけはあるのだから。この盾は。

 

 

 やがてこの洞穴には、自分とリオレウスしか居なくなる。

 

 ランポスはすでに死に絶え、見ているのは天上に光るお月様だけ。そんな薄暗い洞穴の中、いつまでも自分達の戦いは続いた。

 

 躱して、斬る。

 躱して、斬る。

 

 いつまでもいつまでも、その繰り返し――

 

 現代における“片手剣“というのは、その手数と華麗な剣捌きが魅力の武器なのだろうが……、当時の自分には、それは望むべくもない事だ。

 

 そもそもこのハンターナイフは、レウスに刃が通らない。

 足にも、背中にも、尻尾にすら。攻撃をすれば必ずその強靭な肉体に攻撃は跳ね返される。そんな仲間の姿を、自分は幾度も狩場で見てきた。

 

 比較的攻撃が通るのは、レウスの頭部だった。

 あと何故だかは知らないが……、レウスの“ケツ“だ。理由はおじいさんにもわからない。斬ってみたら通ったんだから、斬るしかない。

 そしてそこを重点的に……というより、その部位だけを目掛け、ひたすら斬りつけていった。

 

 しかし悲しきかな、自分の持っているのはこの“ハンターナイフ“。たとえ弱点部位を狙おうとも、レウスの身体にはろくに攻撃が通らない。

 

 “2発“。 一度に2発だけだ。

 

 このハンターナイフで出来る連撃は、レウスに対して2発。

 それ以降の連撃は、必ずその鱗に跳ね返された。

 

 助走をつけて渾身の力で斬りかかる、片手剣の最初の斬撃。そして返す刀で行う斬り上げ。

 その二つの攻撃だけが唯一、レウスの弱点部位に通す事の出来る威力を持つ。

 その後に続く、ろくに力の籠らない斬撃はやるだけ無駄。むしろ“絶対にやってはいけない“という行動だった。

 

 ゆえに、一度のチャンスで出来る攻撃は、常に2発だけ。

 いつくものレウスの攻撃を避け、ただひたすら機会を伺い、そしてやっと来た攻撃チャンスに出来るのは、か弱いハンターナイフで繰り出す2発の斬撃だけ。

 

 これが、“ハンターナイフで竜に挑む“という事。

 それが自分に出来る、レウスに対する最大火力。それをひたすら、ただただ延々と繰り返した。

 

 

………………………………………………

 

 

「とても不思議な感じがしたよ……。

 あの薄暗い洞穴で、ワシとレウスだけ。

 ひとりと一匹が……、月明りの下、ただひたすらに舞い続ける……」

 

「……とても静かじゃった。

 ワシら以外、動いている物が何一つない世界。音の無い世界――

 お互いが、お互いだけを見て、お互いの存在だけを感じる」

 

「無心で戦いながらも、その静けさだけを感じていたよ。

 ここは本当に、静かな世界だと――」

 

 

 どれくらいの時間がたったのか。その感覚すら解らなくなる程の時間を、自分達は戦った。

 ここには自分達、二人だけ。

 自分達だけがいるこの世界で。自分達二人が、いつまでもクルクルと舞っている。

 

「そんな事をずっとしておるとな……、いつの間にか戦いながら、

 色々な事を考えるようになる」

 

「戦いに集中しておるハズなのに……、

 ワシはその時……、心の片隅で色々な事を考えておったよ」

 

 

 考えるのはただ、レウスの事。

 

 死んでいった仲間達の事や、自分の事などは考えなかった。

 今はただ、目の前のコイツの事。リオレウスの事だけ。

 

 

――なぁ、お前はいったい何だ? どこから来た?

 

――――どうして、ここに来た?

 

 

「動物と違い、喰う為でもない。縄張りの為でもない。

 ただ竜は人間を求め、見つけ、殺していく」

 

「食料として動物を狩る事はあろう。しかしそれ以外では決して動物は狩らん。

 奴らは人間だけを殺す。殺す為に、殺していく」

 

「そんな竜種の事を……、コイツの事を、ずっと考えておったよ」

 

 

――どうして殺す? どうして人間を殺そうとする?

 

――――憎いのか? お前たち竜は。

 

――――――俺達が……、憎いのか?

 

 

「やがてワシの一撃を喰らい、初めてレウスが大きくバランスを崩した。

 それと同時にへし折れてしもぅたハンターナイフを地面に投げ捨てながら、

 新しい物を腰から取り出す」

 

「そんな動作をしながらも、わしはひしひしと感じておったよ」

 

「――あぁ。たとえどれだけ時間をかけようが……、自分にコイツを倒す事は出来んのだと」

 

 

 狩場となったのは、大きな洞穴の中。ゆえにレウスの動きは、大幅に制限されていた。

 もしレウスが大空を飛び、ただそこから炎を振りまいていたならば……。それだけで自分は成す術もなく倒されていたハズだ。

 

 そしてふと横を向いてみれば、そこにはレウスの子供なのであろう、いくつかの大きな卵の姿も確認出来た。

 

「コイツは、この卵を守らんが為に……、決してここを離れんかったんじゃ」

 

 竜の存在意義。竜の意志。それは自分などには、到底解らない。

 ただ、ついに最後の一本になってしまったこのハンターナイフを見つめながら、自分は思う。

 

「わしにこいつは倒せない。自分はこの竜を、倒し切る事は出来ない。

 ……そう、ひしひしと実感したよ」

 

 多少の傷を負いながらも、それが何でもないと言うように、レウスが咆哮を上げる。憎らしい程に雄々しく構えをとった。

 それに対して自分は全身打撲、血まみれ、おまけにいつの間にやら右腕もへし折れていた。

 

 

「――勝てん。わしは竜には勝てん。

 そう痛感しながらも……、仕方がないから、また剣を構えたよ」

 

 

 思わず苦笑いなんぞをしてしもぅたが、そんな事は久しくなかったなぁと、おじいさんは語る。

 

 とても命の獲り合いになんて、ならなかった。自分と竜との間には、それ程の差があった。

 それでもこの長い時間を共に過ごしてきたコイツに、自分は報いてやらねばならん。

 

 この命が尽きる時まで、この目の前にいる“友“に報いてやりたい。

 柄にもなく、自分はそんな事を考えていたのだという。

 

 

 薄暗い洞穴の中……、また二人の織りなす、ダンスが始まった。

 

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

 

 ただ、その二人の時間は、長くは続かなかった。

 

 その気配に気づく事もなく、二人の時間はあまりにも唐突に終わりを告げた。

 

 

「やがて戦いの中で、レウスが再び、大きく態勢を崩したんじゃ」

 

 それを見て、すかさず追撃にかかるべく、自分はレウスへと駆け寄っていった。

 

「そしたらの? いきなりわしの身体が、空中に吹き飛ばされておったんじゃ」

 

 

 ……何が起こったのかは、わからなかった。

 ただ自分の身体は唐突に吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。

 そうして自分の意識は、闇の中へと、沈んでいってしまった。

 

 気を失ってしまうその瞬間……、火薬の爆発音、そして人間たちの歓声が聞こえたような気がした。

 

 

………………………………………………

 

 

「気が付いた時、わしは地面に寝かされておった。

 腕を失ってしまった右肩には、すでに包帯が巻かれておったよ」

 

 

 起きた時には、隅の方へと寝かされていた。

 虚ろな頭で確認してみると、現在この竜の巣と呼ばれる洞穴の中には、沢山の人間たちの姿がひしめいていた。

 

「さっきのは、爆発だったんじゃな。

 その正体は、人間たちの撃った大砲の爆発じゃった」

 

 

 後で聞いた話をまとめてみると、この人間たちは、自分達と同じく“リオレウス討伐作戦“に派遣されてきた某国の兵士たちだという。

 そして“先遣隊“としてここに送り込まれてきた自分達に続き、今日になってようやくこの狩場へとたどり着いたのだという。

 

 そして先ほどの爆発は、その兵士たちがレウスに対して撃った、砲撃の物。

 自分はまったく気が付かなかったが、彼らは自分達が戦いに集中している隙を見計らい、数門の大砲を洞穴の入り口へと設置していったのという。

 

――――そしてレウスが大きく態勢を崩したあの瞬間、一斉に砲撃を慣行した。

――――――その場にいた自分ごと、砲撃はレウスの身体を吹き飛ばした。

 

 

『貴方がひとりでレウスを引き付け、そして弱らせてくれたおかげで、倒す事が出来たんだ』

 

 自分の右腕を吹き飛ばし、その手当をした某国の兵士が、言う。

 

『貴方は私達の英雄だ』、と

 

 心からの笑みをし、そう言ってのけた。

 

 

 

 やがて痛みとけだるさをおして、身体を起こしてみれば、そこには沢山の人間たちが死んだレウスの身体に群がっている姿が見えた。

 

 巨大なレウスの身体が見えなくなる程に、大勢の人間がレウスの身体に張り付いていた。

 

 鱗を剥ぎ。

 爪を剥ぎ取り。

 次々に牙を叩き折り。

 大きなのこぎりを使い、レウスの首を斬り落とす。

 

「よくも俺達の仲間を殺しやがったな!」

「散々人間を喰らいやがって!!」

「この悪魔めが! ぶちのめしてやる!!」

 

 ある者はレウスの腹を裂き、その内臓を取り出す。

 ある者は、大きな刃物で目をえぐり出し、それを頭上で高く掲げる。

 またある者はゲラゲラと笑いながら、死んだレウスの肛門に、棒を突き刺す。

 

 踏みつけ、乗り、鈍器で殴りつける。

 レウスの亡骸に、沢山の人間たちがアリのように群がった。

 そのレウスの傍らには、彼が懸命に守っていた卵が、無残に叩き割られているのが見えた。

 

 やがてリオレウスという名の竜は、皮を剥がれた鹿肉のようになる。

 そして大勢の人間の手によって、ただの肉塊としてバラバラになっていくまでに、そう長い時間はかからなかった。

 

 

………………

…………………………………

 

 

 その後自分は某国の兵士たちに保護され、狩場を後にした。

 

 右腕を失ってまでリオレウス討伐に多大な貢献をしたとして、褒賞を与えられた。

 

 無事に褒賞のひとつとして国の市民権を与えられ、それからはハンターを引退し、普通の生活をおくるようになった。

 

 そしてあれから長い時が流れ、現在に至る。

 それで、おじいさんの話は終わりだ。

 

 

「英雄など、おらんよ。わしらの時代にはな」

 

「わしらはただの“餌“じゃった。それ以上でも、以下でもない」

 

 

 おじいさんは、未だにあのレウスの姿を夢にみる――――

 抉られて高く掲げられた目玉。ドロリと腹から零れ出した臓物。切断されていく首。

 そしてレウスの遺体の上に乗り、返り血で真っ赤になった姿でゲラゲラと笑い声を上げる、人間達の顔。

 

 おじいさんは少年の肩を抱き、静かな声で伝える。

 

 

『未来を拓き、希望を与え、そして命を尊ぶ』

 

「どうか坊は……、そんな英雄譚に出てくるような、立派なハンターになっておくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

――Fin――

 

 

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