萌え声クソザコ装者の話【and after】   作:ゆめうつろ

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あなたの歌を守りたい

 遂に翼さんのライブの日が来た、入場までまだまだ時間があるので街を散策する、当然ながら男装である。

 

 今日は配信は休み、翼さんのライブを楽しむ為だけに全ての用事はキャンセル、あるいは始末してきた。

 

 

 会場は、かつてあの「惨劇」があったあの場所。

 

 ツヴァイウィングの片翼である「天羽奏」が死んだ場所。

 

 そこで歌うという事は、翼さんはあの惨劇を、奏さんの死を乗り越えたのだろうか。

 その答えはきっと今日の翼さんの歌でハッキリするだろう。

 

 

 

 私は天羽奏という人をよく知らない、ツヴァイウィングとしての彼女、ガングニールの装者だった彼女、そして死んでしまったという事、そして立花さんが装者になる理由となった事、それぐらいしか知らない。

 

 だから私が彼女の事を話題として出す事はない、翼さんを傷つけてしまう事が怖いから、翼さんに嫌われる事が怖いから、彼女の話題は私の中ではタブーの様なモノになってしまっている。

 

 

 

 …………。

 

 いつも考え事をしながら歩くと人気の無い場所に向かうのは私の悪い癖だ、まだまだ17時、時間には余裕がある、いざとなればタクシーを呼んでもいい、それだけの財力は今の私にはある。

 

 

 打ち捨てられたベンチに腰をかける、これ以上フラフラして迷子になって翼さんのライブに間に合わなくなろうものなら後悔しても仕切れない、多分しばらく寝込むだろう。

 

 ……私にとって相変わらず翼さんは、輝くステージの上の存在だ。

 でも翼さんは私に何処に居て欲しいのだろう?

 

 傍観者、配信者であった私にとって「友達」とは未知の距離、一体何処を歩けばいいのだろう。

 

「隣、いいか?」

 

 ふと聞き覚えのある声が聞こえ、顔を上げる。

 

「クリスさん、また会いましたね」

「おう、何か悩んでるみたいだったからな」

「それじゃまるで私の悩みを聞きに来たみたいじゃないですか」

「あるんだな、悩み」

「常にありますよ、人は悩みと闇からは逃げられませんからね」

 

 今日はそんなに汚れも傷もない様な格好をしている、少し安心する。

 この謎の少女は一体どんな理由でさまよっているのだろう。

 

「じゃあ、お悩み交換会でもしましょうか」

「なんだよそれ」

「私、配信をやってるんだけど、よくダンg……リスナーの皆と悩みを打ち明けたり、一方的にぶつけたりして発散してるんだ」

「あんたのリスナーってなんだか迷える子羊みたいなイメージがあるな」

「ただのダンゴムシですよ、石の下にいる様な日陰の生き物みたいな奴らです」

「すげぇ例えだな……じゃあアンタの悩みを打ち明けてみろよ、言いだしっぺの法則って奴だろ」

 

 すごいコミュ力ですよねクリスさん、たった二回会っただけでグイグイ距離詰めて来ますね、これはきっと根は陽キャなんでしょう。

 今はきっと大きな闇を抱えているだけで、彼女の本当の居場所は「ひだまり」な気がしますね。

 

「私、友達って分からないんですよ。憧れの人にせっかく友達と呼んでもらえたのに、何処に居ればいいのかまったくわからないんです。はっきり言って、その人の隣に居るに相応しいだとか相応しくないだとか考えてしまうんです」

「難儀な奴だな、アタシに今こうしてるみたいに隣に居てやればいいんじゃねぇか?」

「それはあなたとの関係がそんなに深くないから出来ているんです、私が怖いのは幻滅、あの人に嫌われたら生きていられない、かもしれません」

「……わからなくもない、な」

「私は吐き出しました、次はクリスさんの番ですよ」

 

 それにしても、私らしくもありませんね。

 やっぱり翼さんや立花さんと出会って、私も変わったか……それとも変えられたのかもしれません。

 昔の私なら最初にクリスさんと出会った時、そのままその場を後にしていて、こうして二度も関わりを持つ事もなかったし、こうやって悩みを打ち明けあうなんて、とてもしなかったでしょう。

 

 私も変われるのだろうか、臆病なままではなく、勇気を持った人になれるだろうか。

 

「アタシは、迷ってるんだ。差し出された手を取ってしまうか、それともこのままで居るか」

「取ってしまえばいいんですよ」

「簡単に言うなよ」

「だって現状詰んでるじゃないですか、衣食住足りてないんですよ、礼儀だとか思想なんてものは足りてる時にやってしまえばいいんです」

 

 私が小学生ぐらいの頃、両親が食べ物を家に買い置きしてない時期があった、そのせいで夜遅くまで飢えに苦しませられる様な時代があった、その頃はまともに思考もできず、まるで檻に入れられて飢えた獣みたいな生活でした。

 

「そんな、簡単な事かよ」

「なんなら、私の上司に言って色々用意できますよ。こう見えて国がバックについてるので」

「はぁ!?ナニモンだよお前!?」

「表の顔はただの学生、裏の顔は人気配信者、そしてその正体は正義のヒロイン」

「いや、わけわかんねぇからさ……」

「とまあ冗談は置いておいて、大人は信用できませんか?」

「……ああ」

 

 うーん、やっぱり大人への不信感かー、虐待かそれに近い状態ですよねぇ……。

 やっぱり司令に仕事でも斡旋してもらって……自立あるいは独立して貰うのが一番でしょう!

 

「なら大人になってしまえばいいんですよ、どうせ人間いつかは歳を取って大人になるんです。私も仕事してますし、そういう法に詳しい人が知り合いにいるからまずは自立した生活できる様になりましょう?それから悩みに向き合っていけばいいんです」

 

 解決できない問題は先延ばしにしてもいいと思う、大事なのはやっぱり今生きる事だよ。

 

「アンタ、どういう生き方して来たんだよ……」

「ぶっちゃけ両親に放置され気味で何度も死に掛けたのでとっとと一人で生きれる様になりたかったんですよ、中学生の頃から既に配信で稼いでましたからね、私」

 これはちょっとしたイキりだ、アフィリエイトとか投げ銭で自分の小遣いは賄ってました。

 

 両親から放置されてる件は、まぁ、うん、今も解決してないけど。

 

 とまあ話し込んでいたらこんな時間だ、そろそろ会場に向かわないと。

 辺りは大分暗くなってしまっているし……。

 

「ッ……!?」

 するとクリスさんが何かに気付いたらしく、私の腕を掴んだ。

 

「どうしました?」

「炭だ、ノイズが近くに居やがる」

 

 確かによく見ると風に乗って黒いモノが舞っている。

 

 てか、はぁっ!?なんでこんな時にノイズ!?待ってこれじゃあ翼さんが「戦わなきゃいけない」じゃん!!!

 翼さん、これからライブなんだぞ!?

 

 ありえない、せっかくの翼さんのライブが見れないとかマジでない。

 

 …………それに、ライブを楽しみにしているのは私だけじゃない、大勢のファン、それに翼さん自身。

 この間、チケットを渡してくれた時、とっても嬉しそうにしてたんだよ!!!

 

 それをこの空気の読めないノイズどもは……。

 ノイズ……。

 

 そうだ、あるじゃないか、私の手には。

 

「ごめん、クリスさん、ちょっと内緒にして欲しい事があるの」

「こんな時になんだよ、危ないから逃げるぞ」

 

「私、ノイズと戦えるの」

 

 私の端末に着信が入る、それは二課からの連絡だ。

 

『はい、加賀美です』

『加賀美くん、すぐにその場から離れろ!ノイズの反応を検知した!』

『司令、私。戦います』

『加賀美くん!!』

『翼さんはライブを楽しみにしてました、いつも守られている分、今日くらいは私が守ってもいいじゃありませんか』

『待て、加賀美くn』

 

 端末の電源を落とし、胸のペンダントを手にする。

 

「おい、アンタ……それは……」

 クリスが私の腕から手を離す。

 

「表の顔はただの学生、裏の顔は人気配信者、そしてその正体は正義のヒロイン、さて……この中で嘘はどれでしょう」

 

 イカロスの聖詠を唱える、闇の中、更に黒い闇が私に纏わりつき「月」の様な灰銀の装甲を纏う。

 

「正解は人気配信者、所詮はちょっと最近流行ってるだけの配信者にすぎないの」

 

 これは私なりのジョーク、クリスさんを安心させたいが為の。

 

 果たして私にクリスさんを守りながら戦う、なんて事が出来るかはちょっと不安ですが。

 

「大丈夫……大丈夫です、クリスさんは私が守りますし、ノイズは全部倒しますから……」

 

「何が大丈夫なんだよ、震えてるじゃねぇかよ」

 

 すると再び、クリスさんが私の手を取る。

 

「アタシも戦うよ」

 

 するとクリスさんが「その歌」を口ずさむ。

 

 眩い光と共にその姿を現したのは、間違いない、私達と同じシンフォギア。

 

 

 ――その子もシンフォギアを持っていたの

 

 それはいつだったか、立花さんから聞かされた相談事、敵対していた少女がシンフォギアを纏っていたという話、その時はハイハイと聞き流していたが。

 もしかして、それってクリスさんの事だった……?

 

「大丈夫だ、アタシはお前を信じる。大人どもみたいに私に変な同情だとかで近づいたんじゃないって、だからとっととノイズ共を倒しちまおうじゃねぇか」

 

 ……そうですね、今はそんな事はどうでもいいんです、翼さんのライブを、翼さんの歌を守る為に。

 

 私は戦うんです。

 

 

 


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