萌え声クソザコ装者の話【and after】   作:ゆめうつろ

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儚きかな

「夷敵による蹂躙を許すとは……ましてや風鳴の血まで道具と使わせるなどと!何故あの場でアレを討たんかった!」

「……それは、私の甘さもあります。敵のシンフォギア装者を生け捕りとし、可能なら戦力として使いたいという欲も……」

「果敢無き哉……!」

 

 二人の顔を仮面で隠した従者が控える部屋の中、詩織は訃堂の叱責を受けていた。

 敵を取り逃がした事、多くの損害を出した事、この二つは詩織の責任となった。

 

 イカロスと風鳴の血の流出、それは二課からS.O.N.G.への再編の際に解体された部門などからの流出、という事で片付けられたが、実際の所は訃堂の手引きである。

 風鳴機関の本部は消失したが支部はまだ国内各所にある、そこに保存されていたデータサンプルが錬金術師達に提供されたのだ。

 

 その対価が訃堂の私兵として利用可能な戦力および技術の提供だった。

 

「やはり愛する者の姿をした敵は討てぬか」

「……はい」

 

 何故訃堂は「風鳴翼」の血を提供したのか。

 それは詩織への「試練」だ。

 

 錬金術やアルカノイズを手に入れ、国防の為の力を得るのも確かに目的の一つだ。

 だが訃堂はお世辞にも先が長いとはいえない歳だ。

 

 故に後継者が必要となる。

 訃堂は、あろうことか「血」の繋がりのない詩織を後継者としようと目論んでいるのだ。

 

 この混迷の時代に必要なのは「防人」ではなく「護国の鬼」。

 武力を全く持たぬ八紘、甘さの捨てきれない弦十郎、辛うじて見込みはある翼。

 他にも子はいるが、その誰よりも詩織を選んだ理由、それは。

 

「お前は、愛が故に冷酷な決断の出来る人間よ。己を切り詰め、心を殺せる。後一歩、敵を殺す覚悟を持て。さすれば……お前は真の戦士となれるだろう」

 

 彼女の中に「漆黒」の輝きを放つ素質を見たが故の判断だ。

 それが「咲けば」儲けもの、ダメであれば「本来の計画」に注力すればいい。

 

 腹立たしい事に八紘とその周囲が政治力をより強固としつつあり、訃堂の取れる手は段々と少なくなっている。

 風鳴機関すら動きに制限がかかり始めており、そう遠くないうちに手詰まりとなる。

 

 故にその前に加賀美詩織を護国の鬼とし、自身の後継者として立たせる。

 そしてもう一つ、次世代抑止力である「神の力」だが、今はまだ時期ではない。

 

「ワシはな、この国を愛しておる。かつての大戦の様にこの国が燃ゆる姿はみたくはない」

 

 それは訃堂の本心だ、彼が守りたいのは人ではなく「国」だとしても。

 

 故に詩織にも、訃堂が自身を「後継者」として求めている事が理解できた。

 強き力と意志で国を守る者を求めているという事が。

 

 

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『っはぁ……』

 バァンと容赦なくエナジードリンクが注がれたグラスを机に置く。

 「容赦しろ」「パワーおりん」「パワーバルクやめろ」「仕事終わりの居酒屋のおっさんみたいな挙動をするな!」

 

 訃堂の説教を受けた後、家に戻った詩織は配信をしていた。

 ここの所、忙しさのあまり全く配信が出来ておらず、おまけに「広報」の仕事も出来ていないのだ。

 やる事盛りだくさんである。

 

 

『仕事滅茶苦茶つかれた』

 「社畜の風格」「管理職特有の心身疲労が感じ取られる」「摘発ニュースみたけど大変だったね」「勉強どう?できそう?」

 

 愚痴を言わねば体が持たぬ、いくら訃堂に後継者候補として選ばれたとはいえ中身は加賀美詩織である。

 三つ子の魂百まで、フィーネの魂5000年くらい、アダムの性根変わらず。

 限界まで取り繕った戦士としての姿を脱ぎ捨て、ジャージというだらしない格好を晒している。

 

『えーまずご報告です、みなさんご存知の通り。特異災害対策機動部にて准尉の階級を頂き、国内の異端技術犯罪などを取り締まっております加賀美詩織です。ここの所、アルカノイズを使った犯罪がそこそこ起きています。現在製造元を探して徹底的に始末している最中です、可能な限り人通りの無い場所や暗い所は避けましょう』

 「仕事乙」「早く特定して潰してくれよな」「国外もあるから大変だね…」「珍しく真面目なおりんだ…」

 

 今日はゲームの配信はしないし、歌も歌わない。

 そしてやる時間も一時間といった短い時間だ。

 

 一時間というのは切歌と調、そしてカメリアが帰ってくるまでのタイムリミットでもある。

 詩織がここ最近配信できていなかったのはカメリアの件もあったからだ。

 

『それと、同居人が増えた事によって少し忙しさが二倍ぐらいになってるのですが、なかなか可愛いのでそこは癒しですね……』

 「ファッ!?」「そういえばおりん、同居人いるんだったね……」「かわいい同居人…ネコかな?」

 

『あーいや、人間の女の子です』

 

 

 普段の疲れからか、脳死状態でコメントに反応してしまう詩織。

 一瞬コメントが停止する。

 

 

 「ファッ!?!?」「まずいですよ!!」「ロ リ コ ン」「おりん討ち死にシリーズ」「やめようね!」

 

『あーうん、保護したんだけど色々あって、私の権限でしかどうにもならなくて……ほら、錬金術師にちょっと触られている女の子だからさ……』

 「あっ……」「申し訳ナスビ」「許してクレメンス」「疑った俺達を許してくれ」

 

 次々と明かされていく衝撃の事実、阿鼻叫喚のコメント欄。

 

『そんなわけだからさ!色々と私、限界状態だったんだ!だからエナドリ配信してもいいよね!?』

 「許すよ」「いまはね」「ゆるす」「存分に飲め!栄養剤もいいぞ!」

 

 一転コメント欄は詩織を労わるものに染まる、一部は相変わらず罵倒を続けているが、とにかく仕事がとてつもなく重いという事だけは多くの者に伝わったようで、詩織は一先ず重荷が減った気がした。

 

『早く平和になってアイドル活動に専念したいですねぇ……』

 「切実すぎる」「というかおりんトレーニングとかやってるの?」「そもそもおりんのアイドル像があまりにヤバくて草」「アイドル(偶像)」「王カツ!」

 

 視聴者達から見る「詩織のアイドル像」とは、例えるなら「神」あるいは「王」、そして「救世主」である。

 もっと言えば、現状でも詩織は既にその「アイドル像」に一歩踏み込んでいる。

 

 パヴァリア光明結社との戦いでロードフェニックスとなった詩織の姿を見て、多くのモノは畏怖を覚えた。

 更にそこからアダムを倒す為に「女神」となった詩織は神聖さを感じさせた。

 

 今現在はこんなだらしなくジャージ姿でビールのごとくエナドリを飲む詩織であるが、十分に人類の守護者と見なされ、中には本気で「信仰」に目覚めた者まで居ると噂されている。

 

 「おりんはもう十分アイドルだよ…」「もう少し体を労われ」「臣下が必要だな……」「ところでおりんのジャージ姿ってかわいくないか?」「そうか?だがシンフォギア姿はエッチだと思う」

 

 

 背負う覚悟を持った少女、だらしなくも等身大の少女。

 どちらも加賀美詩織であり、そうさせるのは……。

 守りたいと思える存在のおかげか。

 

 

 うとうとしていた詩織はキーボードにエナドリを注いでいた。


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