萌え声クソザコ装者の話【and after】   作:ゆめうつろ

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卑しき錆色にあらず

 鎌倉の屋敷、二人の仮面の侍女が控える部屋で訃堂と詩織は対面していた。

 

「ふむ、前に比べると随分マシな顔つきになったではないか」

 

 明らかに凛々しさを増した詩織の表情に、訃堂は少し困惑していた。

 初めてその手でヒトを殺めた者特有の焦燥と後悔の表情とは明らかに異なる、強く決意を抱いた者の顔。

 

 言うなれば訃堂が仕立てたかったのは「妖刀」、だが今の詩織は「魔剣」の様な力強さを感じさせる。

 

 求めていたものとは若干違うものが出てきたが、それはそれとして間違いなく「力を振るえる」人間にはなっていたので結果としては問題は無かった。

 

「……用件を」

 

 それはいつもなら威圧を反発するだけだった少女ではない。

 まるで水の壁の様に威圧を弱め、静かに受け止める。

 

「……お前達の不甲斐無さは今に始まった事ではない、だがあまりにもあまりだったが故に……我が手の者を貸しだす事にした。夷狄によるこれ以上の蹂躙は、間違いなくこの国を燃やす……それはワシの望むものではない」

 

 夷狄……錬金術師による諸々の事件、それは訃堂が仕組んだ事でもあるが、彼らから得られるものは得た。

 つまりもはや「用済み」、始末のフェーズに入っている。

 

 そしてその始末を行うのは詩織であり、訃堂が用意した「手駒」。

 合図と共に扉が開き、3つの影が現れる。

 

「はじめまして、加賀美准尉……私達はノーブルレッド、これから貴女と共に仕事をする事になるわ」

 

 挨拶をしたのはパヴァリア光明結社に「かつて」所属していた者であるヴァネッサ。

 そしてその後ろに控えるのは獣の耳を生やした少女「エルザ」とコウモリの羽を生やした少女「ミラアルク」。

 

 

「この者達は、かつて結社によって不完全な怪物と改造された哀れな失敗作の被検体、とてもではないが日の下で歩ける身ではない……故にワシの下で働く事を条件に面倒を見てやっておる。敵が結社残党なら、それに詳しき味方が居れば便利であろう?」

 

 フランクとベルを始末する為の手駒、それは彼ら結社の錬金術師が実験体の一つとしか見ていなかった怪物の失敗作。

 利用できるものは全て利用する、それが訃堂のやり方だ。

 

 

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 復讐、それは甘美な言葉。

 未来、それは望むもの。

 ノーブルレッドは自分達の望みの為に訃堂の手下となる事を選んだ。

 

 だが誇りを捨てたわけではないし、決して完全な怪物になりたい訳でもない。

 

 人並みの幸せが欲しい、普通の人間として生きたい。

 もう誰からも捨てられたくない、都合のいい道具にされたくない。

 

 弱さを理由に生きるのを諦めたくない。

 

 不要無用と捨てられた者達が共に働く事となったのは「必要」とされている者。

 来歴は既に調べてある。

 

 大勢の人間に慕われ、愛され、仲間が居て、力もあって、そして異形から人へと戻った。

 

 自分達が欲しいもの全てを得た者だった。

 

 そこにあったのは羨望と嫉妬だ。

 どうして彼女は愛されているのに、自分達はそうでないのか。

 どうして彼女は力があるのに、自分達はそうでないのか。

 どうして彼女は人間に戻れたというのに、自分達はそうでないのか。

 

 加賀美詩織という少女を知れば知るほど、その下で働かせられる事に悔しさと、怒りを感じた。

 

 だが、それを詩織は知らない。

 互いに初対面なのだから。

 

 恨むのも、憎むのもお門違いだと理解している、だが理解したとして許せるかは別だ。

 

 隙を見せようものならそこにつけ込むつもりで来た。

 とことんまで利用し、逆に使い潰してやるつもりで来た。

 

 

「すみません、ここの所ずっと外を回ったり本部に居たりでうちにろくなモノがなくて……」

 

 加賀美詩織が見せたのは隙どころではなかった、ありのままの姿だった。

 虎視眈々と狙っていた獲物は自然体のまま、自分達をもてなそうと手料理を振舞おうという。

 

「いえ……、あ……ありがとうございます」

 

 ヴァネッサが代表して礼を言い、微妙な具のシチューを受け取る。

 その姿には思わず、毒気を抜かれ、気勢を削がれるというもの。

 

 悪意のない、善意からくる自分達へのもてなしを踏みにじるのは「人」としてどうかと素直にノーブルレッドの三人はシチューを馳走になる。

 

 甘さが爆発を起こしているシチューと、詩織の態度にすっかり警戒を解いてしまうが一応は「仕事」をする仲だ、互いを知らなければならないとヴァネッサが切り出す。

 

「シチュー、ごちそうさまでした。それですぐで悪いのだけど、仕事の為にも最低でも互いの戦力を知らないといけないわ」

「そうですね「全部」という訳にはいかないですが、その前に一つだけ絶対に確認しておきたい事があります」

 

 その瞬間、詩織の纏っていた今までの甘い態度、緩い空気がまるで銀の様に冷たく固まった。

 おもわずエルザが髪と耳を逆立て、ミラアルクが瞳を怪物のソレへと変貌させる。

 ヴァネッサは落ち着いて二人をなだめ、詩織に向き合う。

 

「貴女達は何を望みますか?人に戻る事、それとも完全な怪物になる事ですか?はたまた結社への復讐?」

 

 単刀直入、まさに最短で一直線な鋭い言葉、飾りもなく、ただ己のあるがままを示せといわんばかりに詩織の言葉が響いた。

 

 冷たい沈黙が詩織とヴァネッサ達の間に横たわり、一触即発一歩手前、今この場で殺し合いになりかねない空気が場を支配する。

 

 

「わたくしめらは……人に戻りたいであります」

「そうだぜ、その為なら……他人を犠牲にしてでもウチら……は」

 

 エルザが素直に話した事でミラアルクも正直に心意気を語るが、途中でやってしまったと気付き、顔が青ざめる、だが詩織の表情は思っていた様なものではなかった。

 

 決して咎めるとか、侮蔑するようなものではなく、真剣にそのままを受け入れ、噛み砕き、真っ直ぐに見つめる。

 

「あなたはどうですか、ヴァネッサさん」

「……私達は怪物になんてなりたくなかった、人間に戻って、二人と一緒に普通に暮らしたい」

「そうですか」

 

 意志が同じである事を確認すると詩織は静かに表情を崩した。

 

「誰かを犠牲にする事は、私は許せません。ですが、救いを望むなら……私は……いえ「私達」はあなた達を見捨てない、人に戻る為の手段を共に探すし、もし人間に戻れなくとも望む「居場所」を作る為に共に在る事はできます」

 

「簡単に言ってくれる、言葉だけならなんとでも言えるぜ」

 

「まあ、私達は今日出会ったばかり、互いの事も殆ど知らないし……言葉だけで全てを伝える事もできない。それに全てを理解するなんて出来っこありませんから……貴女達の望みを聞けただけよしとします。信用と信頼はこれから築いていきましょう」

 

 少なくとも、今すぐに互いに敵対する事はない事と想像以上にこの少女は「甘い」のだとヴァネッサ達は今日の所は知る事が出来た。

 

 ほんの少しだけ、詩織への認識を改め、少しだけ自分達の中で「許す」事が出来た。


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