萌え声クソザコ装者の話【and after】 作:ゆめうつろ
「お姉さま、お姉さま……起きてください」
カメリアに揺さぶられ、詩織は目を覚ます。
「……ええ……ああおはようございます、カメリア」
「おはようございます、来客です。お姉さま」
「了解です、ほんの少しだけ待ってもらってください」
「そうお伝えします」
目を覚まし、自己診断をする。
体は問題なく動く、世界はきちんとカラフル、この体の中に感じる存在は自分と……ほんの少しの「他」。
かつて、ただの人間だった頃には無かった習慣だがやはり自分のコンディションがしっかり感じ取れるのなら感じ取れる事にこしたことはない。
意識すれば己の内側に「シェム・ハ」の存在を感じ、詩織はどうしたものかと考えつつも身支度を開始する。
歯を磨き、洗面所で最低限の外面を見繕い、服をまともなものに着替える。
そして、対人モードに意識を切り替える。
感じ取る気配は、昨日と同じくノーブルレッドの三人とカメリアだ。
「お待たせしました」
「朝早くからごめんなさい、それと用件に入る前に……加賀美准尉、このホムンクルスの子も同席させても?」
居間にて待っていたヴァネッサがカメリアの同席を求める。
カメリアをホムンクルスと判別できたは錬金術師だった事からだろうが、詩織は首を傾げた。
「カメリアはどう思う?」
「同席したいと思います」
「あなたがしたいならそうしましょう、それで用件はなんでしょう?」
本人の意思を確認し、立ち会う事を望んだ為にカメリアも席に着かせ、詩織も席に着く。
「まさかあなたが、私達と同じ怪物への改造手術を受けた「パナケイア流体」の被験体を匿ってるとは思わなかったわ」
「パナケイア流体……もしかしてカメリアの血中に流れているアレですか?」
「そうよ、「怪物」の力を宿す為の霊薬……力を使う事を控えていればいいのだけど、力を使えば使うほどそれは濁り、毒となる……私達を怪物とし「失敗作」の烙印を押した忌々しいもの」
エルフナインですらまだ完全に解析できていなかったカメリアを蝕むもの、それの情報がまさかこんなルートで知る事になるとは思ってもみなかった。
詩織とカメリアは顔を見合わせる。
「そうなのですか?」
「そうらしいです、でも私は自分が何の怪物かは知りませんが」
「……まあいいんじゃないでしょうか、現在の所は対処できてますし……いずれエルフナインちゃんが解析してくれると信じましょう……とにかく、情報ありがとうございます」
未知ほど恐ろしいものはない、詩織にとっては不安要素であったカメリアのソレがわかることはありがたい事、それだけだった。
「……それだけなのでありますか?」
「自分の寝首を掻ける相手と一緒に暮らしてたんだぜ?怖くないのかよ」
エルザとミラアルクは少し訝しげな目で詩織を見る、が詩織はフフっと笑う。
「そんなこと言われても今更ですね……それにカメリアになら寝首を掻かれても構いません、むしろカメリアにはその権利はある」
「え……」
詩織の突然の宣言に当のカメリアは驚きの表情を見せるが、詩織は構わず続ける。
「カメリアの、この子の本当の名前を私は知らない。日本でアルカノイズの製造を行っていた四人のチーム、彼らはカメリアの記憶を消した上で自らの命さえも燃やしつくし、全ての情報を消し去った。彼らを捕縛する為に前線に立ったのは……彼らが死ぬ原因となったのは……私です」
いつか、明かすべき事だった。
それが今、この時だと詩織は感じた。
彼女等ノーブレッドはどちらかというとカメリアに同情的な立場だ、おそらくカメリアが詩織を殺そうと動いたのなら止めようとはしないだろうと思った。
「……機密保持の為の自死、よくある事ね。でも……それほどまでにその子を生かしたかったのね」
詩織の語った事、ヴァネッサの言葉を聞いて、ミラアルクはカメリアを見つめる。
自分も二人の為なら汚れ仕事だろうがなんだろうがしてやるという気持ちでいた。
カメリアを生かす為に死を選んだ者達の気持ちもわからなくはなかった。
4人の視線がカメリアに向く、全ては彼女が決める事。
はぁ、とカメリアは苦笑いする。
真実を知ったとしても、今更と言えるぐらいにカメリアはそれを気にしてなどいなかった。
確かに全てを犠牲にしてまで自分を生かしてくれた人が居る、そんな人が「託した相手に復讐しろ」だなんて思うだろうか?
カメリアの導きだした答えはただ一つである。
「私、戻ってきてる分も含めてまだ半年分ぐらいしか記憶がないんですよ、しかもそれも穴だらけ……そんな相手によく「自分で決めろ」だなんていえますねお姉さま、ちょっと反省してください」
「……あ、はい……」
「お姉さまは確かに自分や他人に誠実であろうとしますけど、結構ちゃんと思い至ってない事が多いです。ちょっとその辺りもう少し自覚を持っていただきたいなと私は思います」
「……善処します……」
「それはともあれ、私は多くの事をお姉さまや、皆さんから貰いました、だから感謝こそしても……恨んだりなんてしてないのです……」
突然はじまった「妹」からの説教に肩身の狭い「姉」の姿、来客達はその姿に確かな二人の絆を見る。
それは間違いなく家族と呼べるほどの繋がり。
頼りには……少しならなさそうだが、それでも。
怪物と作られたホムンクルスを受け入れるだけの懐の深さと甘さに昨日に語った「居場所を作る」という言葉に嘘がない事を感じさせた。
「……試す様な事を言って悪かったぜ」
「いえ、ミラアルクさん……こんなちょっと甘いというかダメな所もある姉ですがどうかよろしくしてやってください」
「ハイ、ヨロシクオネガイシマス……」
そんな姿を見て、普段から「お姉ちゃん判断」と色々な事をヴァネッサに任せてすぎてしまっているのでは、とエルザがふと気付き、自分から動いてみる事にした。
「加賀美准尉、あなたの人となりは少しですが伝わりました、では本題に入ろうと思うであります」
「エルザちゃん……」
「ヴァネッサ、わくしめも出来る事をしたいと思うのであります」
自分に出来る事を、ヴァネッサだけに背負わせないように、ミラアルクだけに背負わせないように。
その様子に、詩織とカメリアも表情と雰囲気を切り替え、真面目にエルザの言葉を聞く姿勢に変わる。
「まずわたくしめらノーブルレッドと、加賀美准尉の連絡先を交換したいと思います。先日は顔合わせだけだっただけでしたので、そして……連携先であるS.O.N.G.や防衛省との繋ぎもお願いしたいのであります」
「おいエルザそれは」
ミラアルクとヴァネッサはエルザの「独断」に驚く。
ノーブルレッドは風鳴機関の所属だ、だが、それは日本政府に正式に認められた立場ではない。
つまり訃堂の手によっていつでも握りつぶされる、そんな立場だ。
怪物と改造されてしまった戸籍も身分も証明できない存在、それが公的な場に出るのは危険という他無い、最悪また被検体として扱われるかもしれない。
だが、詩織とカメリアを見てエルザは可能性を感じた。
自分達を日溜り世界に連れて行ってくれる、あるいはもしも太陽の下で生きられなくても「日陰」として受け入れてくれる可能性を持つ、ただ一つの希望だと。
「エルザちゃん、それはきっと難しい事よ。加賀美准尉にも立場が……」
ヴァネッサとしては訃堂の指示で動く詩織の姿しか知らない、たとえ准尉という指揮権を持つ立場だとしても、訃堂には逆らえないと思っていた。
自分達が訃堂の意図しない行動をすれば、詩織も巻きこまれるし、カメリアも巻き込まれる。
だからそれは無理なのだろうと考えた。
「はい、問題ないですよ。むしろ私からも提案しようかと思っていた所ですから」
だが答えは違った、詩織は嬉々としてそれを受け入れた。
国連は、世界は結社による「被害者」の救済を掲げている。
当然、改造を受けた者や強制的に働かされていた者、公にはしていないが多くの者が既に保護されている。
そして日本も風鳴八紘を始めとした多くの者が訃堂の悪しき因縁を断ち、よき国を創ろうと動いている。
人の命を守る事、人の尊厳を守る事、人の明日を守る事。
それを諦める防人はいない。
一人で出来ない事でも皆とならきっと叶えられる。
「それじゃあ……つまり!」
「私「達」に任せてください」
詩織は真っ直ぐに微笑んだ。