萌え声クソザコ装者の話【and after】   作:ゆめうつろ

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溶け落ちる現実

「はぁ――ッ!」

 

 心は―安定してる、まだ自制が利いている。

 体も―安定してる、ちゃんと動く。

 

 イカロスのギア形成もいつも通り、万全です。

 

 とりあえずは――

 

「ドクターウェル、ソロモンの杖を捨てて投降してください。さもなくば命の保証はしません」

「だぁれが!するものか!僕はこの力で英雄になる!」

「英雄になる?バカですね。英雄は結果です、目的としてる様な奴にはなれません」

「うるさぁあい!!」

 

 ソロモンの杖を確保しましょう、このイカレ野郎は……まあ……。

 

 黒い炭と化した者達を見る、彼らだって、生きたい筈だったんですよ。

 

 

「死んでも、知りませんから」

 

 呼び出されたノイズ全てを即座にロックオン、ホーミングレーザーで始末。

 

 機関砲で目の前の男を撃つが――。

 

 新たに現れたノイズに阻まれましたね。

 

「お前も僕の邪魔をするのかぁ!加賀美詩織!」

「ええ、しますね。あなたは人を殺した、その罪は償わせます」

 

 当然でしょう、人の命を奪う奴なんて野放しに出来るわけ無い。

 それにこいつを始末して、ソロモンの杖を取り戻せば。

 世界が平和に近づく筈なんです。

 そしたら後はフィーネを始末して……。

 

 皆がもう戦わなくていい世界を。

 

「僕を殺せば人殺しになるぞぉ!」

「咎は受けますよ、あなたを始末した後ですがね!」

 

 エネルギーチャージ完了、再度ロックオン、レーザー開放。

 

「月の落下を!防げるのは僕達だけだぞォ!!世界を滅ぼすつもりかぁ!!」

 

 はっ笑えますね!そんなお題目を上げるならもっとマトモにやるんでしたね!

 

「じゃああなたを始末した後にゆっくり考えますよ!」

 

 今度こそ、始末してあげましょう。

「殺しちゃダメです!詩織さん!」

 立花さんが何か言ってますけど――……別にどうでもいいでしょう。

 

 ロックオン

 

 ――開放。

 

「うわ……ウワアアア!!!」

 地獄で後悔しろドクターウェル。

 これで、平和に一歩……

 

 

 

「間一髪……デース!」

「なんと、丸鋸……」

 

 近づきませんでしたか、クソですね。

 赤い丸鋸にレーザーを防がれてしまいました。

 

 この間のシンフォギア装者二人ですか。

 

 

 

 こいつらもフィーネの仲間、それだけで生かしておく理由は。

 

 ありませんね。

 

 

 

 ロックオン

 開放。

 

「待ってください!詩織さん!ダメです!」

 

 

 しかし防がれてしまいましたか、レーザーの出力よりあの二人のアームドギアの方が硬いという訳ですか……。

 

「容赦ない……ッ!」

「血も涙もない冷血女デース!世間様にあれだけアピールしても!所詮は偽善者だったんデスね!」

 

「私は善人でもなんでもないですよ、ただ平和が欲しいだけ、それだけ」

 

 ロックオ……

 

 何で私の前に立つんですか。

 

「立花さん、邪魔です」

「ダメです……ダメですよ!詩織さん!どうしてしまったんですか!!」

「そいつらは平和の敵です、さっさと始末してしまえば、立花さん達が戦わなくて済みます」

「それでも!」

 

 立花さんはおかしくなってるんですかね、もう何度も戦っている相手でしょう。

 それに、生かしておいてもまた罪を重ねる――だから私が終わらせ――。

 

 何で、こんなに傲慢になってるのですか私は――。

 

 まずいですね、怒りで適合率が上がって制御が利かなくなっている?

 

「わかりました、殺しはしません……でもですね捕まえる必要は……」

 

 冷静になるんです、加賀美詩織、適合率を下げろ、歌を一度止めろ。

 確かに殺してしまえばフィーネの居場所はわからなくなるし、司令も悲しむ。

 

 それに死んだ者は帰ってこない、生きて罪を償わせるのが一番です。

 

「もう一度警告します、武器を捨て投降してくださ――」

 

「Gatrandis babel―――」

「Gatrandis babel―――」

 

 目を離した隙にこれですか。

 もう、本当に頭にきましたからね。

 

「調ちゃん!?切歌ちゃん!?どうして!!」

 

「立花さん、どいてください」

 

 ここにいては立花さんが巻き込まれます、立花さんの腕を掴んで私の後ろに投げ飛ばす。

 

 

 二人分の絶唱ですが、対抗できるでしょうか。

 いえ対抗できますね、私なら――!

 

「Gatrandis babel―――」

 

 イカロスの絶唱は「力の解放」、この出力でやるとアームドギアこそ吹き飛びますが……二人始末するぐらい余裕ですね。

 

「Gatrandis babel―――」

 

 ――?思ったより出力が上がらな…

 

「出力が上がらない!?」

「減圧!?」

 

 

「立花さん、何をしているんですか」

 

 絶唱のエネルギーが奪われていく、立花さんによって束ねられて。

 

「立花さん、そんな事をしなくても二人始末するぐらい……」

「ダメ……ですよ!詩織さん!……いつもの優しい詩織さんに戻ってくださいッ!」

 

 ……そうだ、私は何をしているんですか!?

 立花さんを守る為に、戦っているのにどうして!

 どうして立花さんがその身を削ってるんですか!?

 

「私は……違う!ダメです!立花さん!!」

 

「セット!ハーモニクス!!!」

 

 立花さんの放つ凄まじい熱気にイカロスの蝋が溶け出し――。

 

 

「二人にも……詩織さんにも絶唱は使わせないッ!!」

 

 天に向かって吹き荒れるエネルギーの嵐に、私の体が弾き飛ばされ。

 

 

 この痛み――……しばらく忘れてましたね……ッ!

 

 地面に叩きつけられたおかげか正気に戻りました、が!

 

「立花さん!立花さ―ッ!!」

 とんでもない高温!

 近づけない!今にも倒れそうな立花さんを支える事も、出来ない!

 

 でも、私のせいなんだ!

 私のせいで立花さんは――ッ!!

 

「今なら……やれるデスよ……!」

「なのに戻らなきゃいけないの?」

 

 くっ!!それにソロモンの杖だって!!

 全部、全部私の手から零れ落ちてく!!

 

「響!」

 小日向さんの声が聞こえる。

 

 そうだ、それでも立花さんだけは!!!

 

 蝋が溶ける……ッ装甲も……だけど!

 冷却――どうする……探せ、水道管――通ってない!貯水タンク……あった!

 

 私は彼女を失いたくない!だから力を、力をもっとよこせ!イカロス!!

 アームドギアをパージ、バリアコーティングに全部回す!

「――ッ!!」

 

 溶ける様に、焼ける様に熱い!けど掴んだ、立花さんの手…!

 

「イカロォオス!!!」

 

 そしてもう片方の腕の機銃でタンクに穴を開け、水の溢れ出す方に立花さんを引っ張って!

 

 

 

 

 

 

「響!加賀美さん!」

 

「………」

 

 私のせいです、私の思いあがりが、立花さんを傷つけた。

 私のせいで、立花さんが……死ぬ?

 

「加賀美さ――ッ!?顔が!!」

 

「おいッ!大丈夫か!詩お――ッ!」

 

「私の、せいです。なにもかも」

 

 立花さんの胸の傷から飛び出した結晶。

 私がもっと冷静に立ち回れば、立花さんがこんな事になる事なんてなかった。

 

「いや……加賀美さん!響ーッ!」

 

 ――私には、誰も守れない?

 

 

 

 

 

 

 ……意識が戻ると、そこは見慣れた二課のメディカルルームでした。

 

 鏡を見る。

 

 顔の半分が、灰色に染まっていた。

 

「とうとう、ここまで来てしまいましたか」

 

「いつから、だったの」

 

 丁度鏡とは逆の向きに翼さんが居ました、全く気付かないとは……私も重症ですね。

 

「ずっと前から、私は一度フィーネに殺されて、イカロスのおかげで生きてる様に振舞えた」

「どうして黙ってたの?」

 

「余計な心配はさせたくありませんでした」

 

 翼さんに正面から抱きしめられている。

 だというのに、心が痛い。

 

「お前も、立花も!大馬鹿だ!いつも自分を大事にしない!そうやっていつか、奏みたいに私の前から消えてしまう!」

 

 翼さんが泣いている……。

 

「私は翼さんと出会った事、少しだけ後悔しています」

「――ッ!」

「私が死ぬ事で、傷つく事で翼さんを悲しませてしまう、私はそれが悔しいんです」

 

 もしも、出会わなかったなら、こんな痛みも感じずにいられたのかもしれません。

 もしも、出会わなかったなら、こんな辛さも感じずにいられたのかもしれません。

 

 

「詩織はいつもそう、そうやって私から離れようとしていた、いつも孤独であろうとしている様に見えた」

 すると翼さんが悲しげに笑った。

 

「だから私は、抱きしめてでも、隣で歌ってでも繋ぎ止めようと思った」

 

「どうしてですか」

 

「奏が、私にしてくれた事を。今度は私が誰かに返したかった。最初はそれだけだったのかもしれない」

 

 ………。

 

「でも今は、詩織だから繋ぎ止めたい。私を想ってくれるファンで、友達で、仲間である詩織だから、死なせたくない、孤独にもさせたくない」

 

 翼さんは私の事を、そう想っていてくれたんですか。

 

「私は、皆さんに「ひだまり」に引き摺り出されて、最初は少し迷惑に思ってました」

 

 それが今はどうですか、私はそのひだまりを失いたくないと思って、こうやって命を張る様にまでなった。

 

「でも翼さんや立花さん、クリスさん、司令、緒川さん、皆さんに出会ってからは、変わりました。私は誰かに守られるだけじゃなくて、守れる存在になりたかった」

 

 でも、私の力じゃ届かなかった。

 

「だから、焦った。取りこぼした。思いあがりが、全部を台無しにした」

 

 私もイカロスの運命から逃れられなかった、のかもしれません。

 

 

 

「それでも、まだ何も終わって無い!終わらせない!立花も、詩織も死なせない!絶対に!」

 

 私を抱きしめたまま、翼さんが叫んだ。

 

 まだ、終わってない。

 

 まだ終わらせない。

 

「この命がまだあるじゃないか!」

 

 私はまだ、生きている。

 翼さんはそう言った。

 

 


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