萌え声クソザコ装者の話【and after】 作:青川トーン
私は、響さんを戦わせたくなかった。
融合症例でこれ以上の進行は命に関わるであろうという事を伝えられ。
初めて誰かを失う事を恐れた。
その恐れが私から冷静さを奪って、自制を奪った。
私の知るべき事、するべき事をも無視して、無謀な行動に走らせた。
結果としてそれは響さんに重くのしかかり、更には自分自身にも跳ね返ってきた。
FISの事だって伝えられていた、月の落下を阻止する事を題目としている事。
だけどそのくせ進んで人命を損なう様な事をしている事。
戦うにしても、司令に指示を仰ぐべきだったのかもしれない。
メディカルルーム、私と同じように仕切り一つ挟んだ向こうに、立花さんがいる。
「立花さん、あなたに私は謝らなければならないし、お礼もしなきゃいけない、それに聞きたい事もあります」
「……私はいいんですよ、詩織さんが無事なら」
立花さんは、私のこの現状を見てはいない。
侵食率94%、脳の一部を除いてイカロスに侵食されてない部分はない。
もう私は、私でなくなっているのかもしれない。
けれどこの「想い」は、加賀美詩織の「想い」だけは本物だと信じてる。
「私が先走ったせいで、立花さんの融合深度が更に進む事になってしまいました。あの時、私は自分勝手な「守る」という選択ではなく、「共に戦う」事を選んでいたなら、こんな事にはならなかったのかもしれません」
ドクターウェルの殺害、ではなく無力化を行うだけなら、ノイズを立花さんに任せ、私が速攻で拘束に向かう、それだけでよかった筈、そうすれば短期決戦、あの二人の装者が到着する前に片付いたのかもしれません。
それに、もう一つ。
「私は、立花さんがどういう気持ちで戦っているのかも知らなかった、知ろうともしなかった、だからどういう気持ちで戦ってたのか、聞かせて欲しい」
ただ力で脅威を排除する事しか考えてない私と違って、立花さんは対話で解決しようとしていた。
「私は、誰も殺したくない、殺して欲しくない、殺されて欲しくない……それにだって、調ちゃんや切歌ちゃんが楽しそうに歌っていたのも見たし、誰かの為に戦ってるのはわかってる……私のワガママかもしれないけど……」
「ワガママ、だっていいじゃないですか。私だってワガママで戦ってるんですから、それに調に切歌というのですね、あの子達は……私は名も知らない彼女達を、何も知らずに殺そうとした」
理解せず、対話を拒み、一方的に排除しようとした。
私の一番嫌いな行為を自分でしていたのです。
「その点でも、ありがとうございます立花さん。私を人殺しにならない様にしてくれて、それに命だって助けて貰った」
あの時こそ、二人の絶唱を迎え撃つ「自信」はあった、けれど二人分の絶唱を無傷でやりすごす事は難しいだろうし、絶唱のバックファイアで私自身も死ぬ可能性があった。
「っ……詩織さん、はどうなんですか」
「まぁ、よくはありませんよ。立花さんをそんな状態にして、名も知らない相手を殺そうとして、暴走して、気分は最悪です。けれど……立ち止まっている訳にはいきません」
そうです、まだ何も終わってはいない。
相変わらずフィーネ達は健在、こっちは立花さんこそ戦えなくなったけど、私はまだ動けるはず。
いや、私自身の責任で果たさなければいけない。
鏡に映る「灰色」になった私の顔。
たとえ、異形のバケモノになっても、私は果たさねばなりません。
それがこの命がまだ、ここにある理由なのかもしれません。
「詩織さんも、私と同じ融合症例なんですか」
「ええ、でも立花さんと違って、体が置き換わっていく形、ですけどね」
「それって……」
「でも、生きている」
「生きて……?」
「立花さんと違って命には関わらない、だから心配しないで欲しい」
嘘だ、命には関わらないだろうが、完全に侵食されてしまえば元の「加賀美詩織」としては「死ぬ」だろう。
でもこれはあくまで物質面で見た時の考えです。
私の覚悟は、もう決まっていたのかもしれませんね。
「立花さん」
「なんですか、詩織さん」
「私の歌、聴いてもらっていいですか」
「……いいですけど、どうして突然」
「そんな、気分なんです」
聖詠無しでギアを纏う、アームドギアの展開は不要。
私は今日限りで「ヒト」をやめる。
ただただ、物質としてのヒトにこだわるより、「ヒト」の心の形でありたい。
愛を知らなかった人形 愛を知りたかった人形
薄暗い部屋の中で一人 生きている振りをしていた
だけど愛を知って ひだまりの中で 生きる事を知って
誰かを愛する事を知って 誰かに愛される事を知って
人形は空を飛びたいと願う
古いパーツを捨てて 新しい身体になって
どこまでも 自分を愛してくれた人の為に
飛びたい 飛びたい ありたい と願う
たとえ 姿が変わっても 心だけは本物だと信じて
信じて 願って 祈って
侵食していない部分も全て、イカロスに置き換える。
鏡に映る姿は、もはや人でない。
肌も全て灰色、瞳は鈍い光を放ち。
脳へ侵食していく感覚、視界は回り、音は耳鳴りのようで、肌に触れる大気も熱いのか冷たいのかもわからない。
そして全てが置き換わった時、私の息が詰まる。
鼓動だけが響く。
強い鼓動だけが、心臓が動く感覚だけが残る。
熱い、熱い、熱い。
熱い、鼓動。
感覚が生き返っていく。
肌に亀裂が入るような、まるで殻を破るような。
そんな感覚と共に吐き気がした。
「う……うぇ……」
「!?大丈夫ですか!?詩織さ――!」
口から溢れるのは熱いなにか、そしてさっきまで皮膚を覆っていた何かが剥がれ落ちた。
「……っはぁっ!」
吐き出したモノを見るとそれは灰色の蝋。
そして、剥がれ落ちたものもまた灰色の蝋。
鏡を見る。
そこには。
「詩織さん!大丈夫ですか!」
「大丈夫です……が……これは……」
引き篭もり特有の少し白っぽい肌、くせ毛が少し目立つ髪、ブラウンの瞳。
かつての姿と変わらない、人間らしい姿をした私の姿があった。
「……詩織さん、何を……したんですか」
「私の侵食してない部分を全部、捨てたんですよ」
「-ッ!?」
「案外、思い切ってやってしまえば楽になりました」
これは私が償う為に必要な事。
「加賀美くん!」
司令が慌ててメディカルルームにやってきて何事かと思いましたが。
そうですよね、私に繋がれていたバイタルチェックの為の機器も全部蝋にまみれて滅茶苦茶です。
「司令、心配事一つ。減らしました」
「その姿は――……まさか君は……」
「はい、全てをイカロスに置き換えました」
「何故だ!何故いつも相談をしない!何故いつも君はそうやってッ……!」
「そうやって、生きてました。そうやってここまで来てしまいました。それは私の悪い所ですね……結局それは最期まで治る事はありませんでした」
「君は、本当に加賀美くんなのか……」
「さぁ、わかりません。私にも誰にも、私が加賀美詩織だと証明する事は難しいと思います……でも、この想いだけは嘘じゃありません」
そうです、加賀美詩織が死んだとしても、生きていたとしても変わらないものがただ一つ残った。
それだけで十分なんです。
「詩織さん……」
「立花さん、私はあなたを守ります。翼さんも、クリスさんも、だから、信じてください」