萌え声クソザコ装者の話【and after】 作:ゆめうつろ
前回配信から10日、まだ私は退院できていない。
エルフナインちゃんですらもう退院したのに……。
いや、エルフナインちゃんの場合は状態が治ったというかキャロルの体に入れ替わってリセットしたというか。
皆が真夜中に駆け込んできた時はびっくりしたし、キャロルの姿でエルフナインちゃんが入ってきた時はびっくりした。
そんなこんなで、皆が代わる代わる見舞いに来てはくれるけれど、未だ私は部屋の外に出る事すら許されず。
仕方ないので一人の時はネットを見て時間を潰す、この間は「広報の仕事」だったから病室配信が許されたけれど、ここは病院なのだから基本配信もできない。
そういえば、どうにもこの間の寝起きの広報配信が話題になってしまった。
この前の萌え声クソザコ装者呼ばわりされていた配信の時はそこまでダメージがなかったが、事件後の配信であまりにも痛々しい姿に見えたらしく、政府宛てに私への見舞金とか見舞いの品を贈れないかみたいな問い合わせが山盛り来たらしい。
とりあえず、その件については私の公式コメントとしては「私はいいから復興支援とかに回して欲しい」とだけ発表しておいた。
実際、体の「損傷」と呼べる程度のダメージは治っている。
後は現代医学だけではどうにもならない「生命力」という部分を養う必要がある、それだけ。
だけど、これを測るのがバイタル値だけでは完全ではない。
科学が発展しても人類は未だ完全な「生命学」を修めるに至ってないのである。
故に経過観察も含めてこうやって安静にする事を強いられている。
……とにかく今回の件で分かったのは、私はもう前に出ない方が良い事。
司令にも、政府からも「戦闘に出るのはもうやめろ」と言われた。
イカロスは時限式、フェニックスは「通常運用」する限りは他のギア同様に「歌」で動かせる、けれどそもそもの基本となる出力自体が低く、アームドギアもない、エクスドライブにもなれない、イグナイトもない、その上、私の心臓に埋まっているが故に改良もできない。
唯一の切り札となるのが「命の焼却」による特攻のみ。
本当に、肝心な時に役に立たない……。
まったくもって巡り合わせが悪いというか、ノイズと戦えるだけマシというけれど、もう少しなんとかならないのか。
それともなんともならない奴らだからこそ、私なんかでも適合できたのか。
まったく、一番新しいギアの癖に本当に根性の無い奴らです。
誰に似たのでしょうか。
………。
本当はわかっています。
別にただ戦闘に参加するだけが戦いじゃない、私の戦いはデータ取りや広報としての仕事がメイン。
命を危険に晒すような事をするべきじゃない。
私が死ねば悲しむ人達が出来てしまった、私も命を賭してでも守りたい人達が出来てしまった。
本当に、本当にこんな事になるなんて、あの頃は思っても無かった。
戦いたい、戦える力が欲しい、もっと強い力が欲しい、生きて、皆と共に戦える力が欲しい、そんな気持ちが止まらない。
まったく、変わってしまいました。
いらない、持たない、夢も見ないそんな加賀美詩織はもういない。
欲しい、持ちたい、夢だって見つけたい、今の私は随分と欲張りになってしまいました。
でもそれでいいのでしょうか、過ぎた欲は身を滅ぼします。
何処か、落とし所を見つけなければ待っているのは破滅、それは嫌です。
生きていたい、まだ皆の側に居たい。
何処かに、強くなるための答えなんてもの、落ちてませんかね。
心も体も、強くなりたい。
その為にも、今はこの無駄な時間をどうにかしないといけません。
錬金術の勉強は既に諦めました、エルフナインちゃんに頼んで教えてもらった基礎入門編ですらハイレベルな数学と科学を必要とするし、そもそも機材なんかもここには用意できない。
となると、トレーニング……といいたい所ですが、全身に機材付けられて身動きも取れないです。
必然的にパソコンを使ったモノになるのですが、役に立ちそうなもので思い当たるものがまるでありません。
配信すら許されない生活がこんなに退屈で苦痛なモノだとは思いませんでした、少なくとも後5日は退院できなさそうなので、本当にどうしましょうか。
■
誰かが泣いている、誰かが叫んでいる。
私の体には力が入らない、それは当然だ、もう首は断たれ、手足も引き裂かれて、心臓は抉り出された。
もう歌う事もできなければ、皆を守る事も、何もできない。
私は死んだ。
いや、違います。
これは夢です。
蝋によって自我が塗りつぶされて、人形の様に振舞う私の姿が見えた。
ただただ、武器として、兵器として守る為に戦う、やがて、必要とされなくなり封印された。
フィーネの元へ向かわず、皆を待った結果、一度も死ぬ事なく、人間として普通に生きて過ごしてきた結果、あっけなく死んだ私だ。
これは世界に姿を晒され、心の闇の行き場所を失って、心が壊れて廃人となった私だ。
これはもしもの私達だ。
選択されなかった無数の運命の上に、今の私が居る。
皆の存在によって生かされてきた私が、ここにいる。
■
目が覚めた、なんだかとても、皆さんに会いたい気分になった。
「……詩織」
「……翼さん」
「見舞いに来たけれど、寝ていたから起こしては悪いと静かにしていたけれど……」
「いえ、全然大丈夫です……むしろ安心できました、心細かったので」
選択を間違えば、夢の中で積み重なる屍になるのは今まで生きてきた私。
そう思うと、とても心細かった。
だから翼さんが、ここに居てくれたのは本当にうれしかった。
「……まだあのギアの影響が抜け切っていないのだな」
「ええ、命を燃やすという行為がまさかここまで体を衰弱させる事だとは思ってませんでした、はっきり言うと絶唱よりも体には悪いですね」
「でも本当に完全に無事とは言えないが……よかった、倒れたきり目を覚まさない詩織を抱き上げた時、私は奏の最期を思い出して、取り乱しそうになった」
「…………」
「私も、もう誰かを失うのは嫌だ。立花も雪音も、マリアも月読も暁も、そして詩織も失いたくない」
私は、翼さんにとっての失いたくない存在になっていた。
この燃やし尽くそうとした命は私だけのものではない。
「私は……皆が笑っていられる明日の為になら、この命を礎とする事なんて容易いものだと思ってました。けれど、私だって死にたくないです。翼さん達とまだ一緒に居たい、翼さん達に笑顔で居て欲しい、だからこの命を使う事は、しないと決めた筈だったんです」
「………」
「でもそれが叶わない程、私は弱くて、命を燃やす事でしか、皆を守れない……だから強くなりたい、なんて事だって思いました」
運命も残酷な現実もねじ伏せるだけの力が欲しい。
けれどそれよりも大事な事を忘れてました。
「……それでも翼さんを、皆を悲しませるのは違う。それを思い出せました……だから今はもういいんです」
静かに翼さんの手を握り、私の胸にあてる。
「ちゃんと、私は生きてます」
それは自分に言い聞かせる言葉、翼さんにも確認して貰いたかった言葉。
「ああ、生きてる。詩織は生きてる」
「よかった」
安堵からか、目蓋がまた重くなってきた。
今度は悪い夢を見ずにすみそうです。