萌え声クソザコ装者の話【and after】   作:ゆめうつろ

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話題の正義の味方と怪しい錬金術師

 夏の夕暮れ、連日の配信で課題のズルをしすぎたあまりに配信中の通話で翼にすら「それでは為にならない」と苦言を呈されてしまい、ついに自力でやらざるを得なくなってしまった加賀美詩織、優しく迎えてくれるのはカラスだけなのか。

 

「はぁ……やば……ヨーロッパ史わかんね……」

 

 選択授業で「楽そう」とばかりに歴史を取ったはいいが、滅多に授業には出ないわ、単位取得に必要な提出物は出さないわで前日の詰め込みによるテストの点数だけで乗り越えた詩織には追加課題が出されている。

 

 それは詩織の為を思ったものであるが、詩織にとってはただの地獄である。

 

 とはいえこの課題はキチンと課題の付属資料を見ればわかる様にはなっている、少し考えれば簡単にできるモノなのだ。

 だが詩織のやる気がこの簡単な課題の難易度を高くしているのだ。

 

 

 そんなこんなで逃げてきた現実と向き合うハメになっている詩織だが、意外と進捗は悪くない。

 この調子であれば、配信でズルをする事をやめた事も既にリディアンは把握しており、追加課題は免れそうである。

 提出できれば、だが。

 

 

 赤い夕陽に照らされ「そろそろ配信の準備したい……」という欲が湧いてきた頃、インターホンが鳴った。

 

「はて、クリスさんでしょうか?」

 最近は警護の関係もあり、契約しているマンションもセールスなんかの立ち入りを拒否している。

 故にマンションの管理人か、政府関係か、身内か、詩織の家を訪れる者はその3択に絞られている。

 来訪者が翼やマリアならインターホンより先に電話が鳴る、響や切歌と調ならそもそも来る前に連絡が来る、だとしたら消去法でクリスか、マンションの管理人か、政府関係か。

 

 

「はいはーい」

 

 

 詩織に油断があったのは否定できない、平和ボケしていたのだろう。

 

 

「ハァイ、詩織ちゃん」

 

 詩織の表情が笑顔のまま固まった、相手は全く知らない女、おまけに少しばかり巨乳で仮面まで被っている謎の変態だ。

 

 詩織は無言でそっとドアを閉めようとした。

 

「待って待って!怪しいものじゃないから!」

「怪しいものに限ってそういうんですよ!!」

 

 

 だが寸前に女はドアの間に足を挟み、詩織の退路を塞ぐ。

 さすがに無理矢理閉めるのは詩織のパワーでは無理だ。

 

「そもそもどうやってここまで来たんですか!警護の人とか居たでしょう!」

「それについても話すからちょっとお時間ちょーだい!!」

 

 詩織の警護についている者達も「プロ」だ、変な者はすぐに捕らえられる、だがこの女はそれをすり抜けて来た、つまりただものではない。

 

 とにかく今すぐ害をなす者じゃない、害をなす気なら今の一瞬でやれた、と詩織は冷静になる。

 

「はぁ……」

 

 とりあえずただものではないこの変な奴をどうしたものか。

 詩織はいつでもイカロス、またはフェニックスのどちらでも動ける様に警戒をしつつも目の前の女を見る。

 

「まぁまぁ、貴女にとっても悪くない話になるから。あーしは錬金術師……名前はそうね、カリオストロとでも名乗っておきましょうか」

「錬金術師……!」

「そう、貴女が戦った「キャロル」と同じね」

 

 錬金術師、すくなくとも現時点ではキャロルとエルフナインの二人しか知らない存在、もっとも二人は一人になってしまったが、とにかく、尚の事この瞬間にも自分を害す気なら害せる相手が話しをしたいとここに来た。

 

「はぁ……コーヒーしかでませんよ、それでもいいなら上がってください」

「あら、ご親切にどうも」

 

 「とりあえずコイツが帰ったら即司令に通報しよ……」と心の中で溜息をついた詩織だった。

 

 と、成り行きでカリオストロを名乗る不審な女を家にあげる事となってしまった詩織、となればコーヒーを淹れるしかない。

 慣れた手際で市販のコーヒーを「うまく」淹れる。

 

 

「あら、結構おいしいじゃない」

「それはどうも」

 

 カリオストロと名乗った女もまさか市販のコーヒーをここまで「上手」に淹れるとは思っても無かったのか驚いた様に言う。

 

「で、その錬金術師さんが何の御用ですか?」

「世間で話題の正義の味方さんがどんな子なのか見定めに来た……というのは冗談で、貴女のその胸に宿る「輝き」について知りたくて来たの」

「シンフォギアシステムの事なら政府やSONGにでも……私は詳しくないので」

 

 ここに来てそれか、と詩織は頭を抱えた。

 遅かれ早かれシンフォギアについて接触しようとしてくる者はいると思っていた、自分は世界に名が知れているのだから、異端技術を持った勢力が接触を目論んでもおかしくはない。

 とっとと叩き出すか、お引取り願うかと内心思い始めた詩織だったが。

 

 

「貴女、体を作り変えた事……いえ作り変えられた事あるでしょ?」

「今、何と?」

 

 

 カリオストロの口から言葉に詩織は目を見開いた。

 

「やっぱりね、遠目だけど貴女を一目見た時からそう感じてたの。錬金術的に貴女は「完全な体」を持ってる。錬金術師でもないのにね」

「まるで……まるで「完全な体」とやらを見た様な口ぶりですね。ですがこの世に完全なんてものは……」

「あくまで「錬金術的」によ、そりゃ完全な人間なんていないわよ。完全だったらあーしも貴女を見に来ないし、貴女もあーしに隙を見せなかった」

「……質問には未だ答えてもらってません」

「あーしのこの体も、貴女と同じ「作り変えられた」モノ、だからわかった。でもね、この完全な体は錬金術師しか作れない。錬金術の「れ」の字も知らなさそうな貴女がどうやってその体を手に入れたか、どうしても知りたいの」

「研究者気質とやらですか」

「まぁね~……それで、あーしが推測するに……貴女は「ラピス・フィラソフィカス」つまりは「賢者の石」を持っている、あるいはソレに等しいモノを宿している」

 

 カリオストロの鋭い推測に、詩織は無言になる。

 それは「フェニックスの羽」の存在が間違いなくバレていると気付いたからだ。

 あまり伝承には詳しくない、が故に調べた結果知った「フェニックスと賢者の石の同一性」。

 

 とはいえ、奪う気ならこの瞬間にも奪いに来ている、なら何が目的だ。と詩織は考える。

 

「図星ね、まぁ安心して、取ったりはしないわ。ここからは貴女の利益と貴女の命を守る為になる質問だからきちんと答えてね。貴女はそれを使って「自分の命を燃やした?」」

「……はい、かつてキャロルと戦った時に」

「やっぱり、ね。それは紛れも無く「賢者の石」ね、使い続ければ貴女の命を間違いなく焼き尽くす」

「それは……知っています、ですがそれしか道は」

「まぁまぁ、世界をバラバラにする……なんて言われたらあーしだってそーするかもね。で、ここからは貴女の利益になる話」

「利益……?」

 

 詩織はカリオストロがことごとく自分のしてきた事を言い当てる事に驚く、この「胸の輝き」の事はSONGの中でもトップクラスの機密であり、政府にすら秘匿されている。

 唯一、エルフナインの感覚を盗み見て、更には発現した最初の時と最後の戦いで直接見ていたキャロルだけが外部で知っている存在の筈だった。

 

「そう、利益。これはあーしにとっても、貴女にとっても利益となる事」

「貴女の利益?」

「貴女が風鳴翼を好きな様にあーしにも好きな人が居る、その人には笑顔でいて欲しい」

 

 人を好きでいる事、その大事さは自分だって知っている。

 その人の為に何かしたいという気持ちも。

 

 詩織は、目の前の女を真剣な眼差しで見つめる。

 

「聞きましょうか」

「単純明快、貴女には強くなって欲しいの。将来的にあーし達が所属する組織のトップがお世辞にも信用に値する人間じゃない人でなし。そいつにあーしの好きな人を使い潰されたくない」

「何故私なんですか、それなら最初からSONGにでも接触すれば」

 

「だって、貴女が一番隙だらけだもの」

 

 しまった、と詩織が思った時には既に遅かった。

 既にカリオストロが身を乗り出し、テーブルを挟んで向こうにいた詩織の胸に指を当てていた。

 

 展開される光の術式、詩織は突然の事に声も出せないまま固まる。

 それは「拘束」の為の麻酔の様なモノ。

 

「ごめんなさいねぇーでも全部ウソではないから、互いの利益にもなるのは本当よ?それに別に貴女を連れて行くだとかどうとかはしない、ちょっとばかり隅々から調べる……そのデータは、そうね「写し」を置いておくから「目が覚めたら」貴女達の組織にでも持っていくと良い」

 

 薄れる意識の中、このクソッタレという目で詩織はカリオストロを睨んだ。

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

 翌朝、目が覚めると、詩織は布団の上に寝かされていた。

 自分の体に異常は感じられないし、イカロスも手の中にある。

 

 起き上がって家中を探すがカリオストロの姿はない、丁寧に鍵は閉められてポストの中に入れられていた。

 

 そして机の上には「まるで自分の字で解かれた課題」と「メモ書き」が置かれていた。

 

 メモ書きには「命は大事にしなさい」「錬金術師でもないのに賢者の石を手に入れるなんて嫉妬しちゃうから皆には黙っててあげる」「ヨーロッパ史は面白いわよ、しっかり勉強しなさい」の三つだけが日本語で書かれていた。

 

「はぁ……利益ってコレですか?」

 

 綺麗に「詩織の字」で解かれた課題に思わず頭を抱えつつも、詩織は通信端末でS.O.N.G.に連絡を入れる。

 

『どうした、詩織くん』

『すみません司令、なんというか錬金術師に一杯食わされました。どうやら私の体を勝手にチェックされた様です……とりあえず、これから検査を受けさせてもらっていいですか……』

『何だと……!わかった!すぐに迎えを寄越す!だが大丈夫なのか!?』

『とりあえずは、私は無事……ぽいです、今の所分かってる損害はコーヒー一杯と時間と配信一回分くらいでしょうか』

『損害……なのか?』

 

 詐欺師の様な女「カリオストロ」、今度あったらどうしてやろうかと詩織は頭を抱えた。

 

 この後、メディカルチェックを受けつつ、エルフナインの協力まで取り付けて家の隅々まで盗聴器や「錬金術」による細工がないかの調査、さらには念を入れての「しばらくクリスの家への避難」まで取り付けられて恥ずかしい思いという損害を追加で受けた詩織だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうだったカリオストロ」

「そうねーまー……「加賀美詩織」はあーし達の「敵」にはならない、ってトコかな」

「で、サンジェルマンにはどう報告する?」

「ただの聖遺物、あーしらのラピスには及ばない……とだけ」

「まったく、嫉妬しているワケダ」

「あら、バレちゃった?」

「腑に落ちないという顔をしている」

「そりゃねぇ、でも乙女の秘密を暴くのはいい女じゃないから」

「そういう事にしておく」


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