ミストルティンは、自身とは異なる自分である、ミストルティン・獣刻・ドリュアスと、交流を結ぶ出来事と遭遇することとなる
※ミストルティンとロストのミストルティンが一緒に存在しているという本来はあり得ない世界観になっております
※マスターは登場しません
それは、いきなりの出来事だった。同じ部隊に配属しているアルマスからパウンドケーキを貰うなんて、思いもしなかった。
木陰でゆっくりしていたら、買い物帰りのアルマスが急に、私に声をかけてきたのだ。
「も、貰っていいんですか……?」
あまりにも唐突だったので、渡されても反応に困ってしまう。
アルマスは上機嫌で私にパウンドケーキを渡してきた。
「絶美味しいから食べてみて」
「ぜ、ぜつ……?」
聞き慣れない付属語に困惑していると、隣にいたキル姫から助け船が来た。
「アルマスさんの口癖です。……そのパウンドケーキ、私も食べてみましたが、とても素敵な味でしたよ」
おしとやかで、上品に振る舞うキル姫の名はミストルティン・獣刻・ドリュアス。私もミストルティンだけれども、私とは少し異なる存在だ。
イミテーションで、同一の存在ではある筈なのに、全然雰囲気が違うので驚いてしまう。体型も私より大人っぽく、仕草もゆったりしていて、元々は私と同じであっても不思議と私らしくない。
「こっちのミストルティンが美味しいって言ってたし、折角だから貴女にも食べてみてほしいって思って」
アルマスと仲がいい、というわけではないけれども、買い物などは一緒にするくらいには話しているらしい。適切な距離感が二人にはあるように感じた。
……もう一人の私が食べて美味しいと思うのならば、きっと問題ないだろう。
そもそも、人の好意を遠慮する形で受け取らないのは良くない。そう思った私は、パウンドケーキを受け取った。
「い、いただきます……!」
一口食べて、じっくり味わってみる。
……ふんわりとした食感が印象的だ。口いっぱいに甘さが広がるのもあって、私好みの味なのかもしれないとも思った。
「とても、紅茶と合いそうで……美味しいです……!」
アルマスに伝わるように、少しだけ大きな声で伝える。
気に入ってもらえたことが嬉しかったのか、アルマスは少し誇らしげな表情だ。
隣に立っているもう一人の私は、何故だか少し、見守るような視線を私に送っていた。
「喜んで貰えたなら嬉しいわ。あんまし声をかけられなかったから、話しかけられるきっかけが欲しかったのよ」
「私の為に、そんな……」
「先陣を切ることが多いから、部隊の色んなことを知っておきたいの」
アルマスはどこか雰囲気はトゲトゲしているものの、適度にリーダーシップを発揮していて凄いと思う。
私自身、そうしたことができないものだと自覚しているので、どうしても引け目を感じてしまう。
「え、えと……それでは……私も、紅茶を作って一緒に会話します……」
「そう? じゃあ、早速行くわよ!」
「ひゃあ……!?」
グイグイと迫ってきたので、つい怖くなり、離れるために私は遠くの木陰まで走ってしまった。
いきなり手を握られるとビックリしてしまう。この行動がなにか厄介ごとにならなければよいのだけれども、トラブルを発生させた気がする。
走った先で、どうしようと悩んでいたら、もう一人の私が話しかけてくれた。
「……紅茶、よければ私も作りましょうか?」
「いいんですか……?」
「少し違っていても、私と貴女は元々は、一緒の存在ですから。それに、あんな風に迫られたら、逃げたくなってしまう気持ちもわからないわけではないです」
味方だと伝えるような優しい雰囲気だった。穏やかな風のように、どこか安心させられる。
「あ、ありがとうございます……」
「では、一緒に行きましょう」
そっと手を掴もうとした瞬間だった。
「……ちょっと、それは私が強引ってこと?」
後ろからアルマスが迫ってきた。声色が怖いので、少しビクッとしてしまう。
その様子を見て、もう一人の私が、私を守るような位置に立った。
「……ドリュアスを獣刻されている私と、そうでないミストルティンとでは、対応も変わるというものです」
「何が言いたいの」
「私と同じ感覚で接すると、色々混乱を招くかもしれないので別の存在として認識してほしいということです。元々が同じとはいえ、性格には差異がありますから……」
ハキハキと自分の意見を伝えるもう一人の私の姿を見て、やっぱり私とは違うなと感じた。
とはいえ、言っていることに共感もしたため、こくんこくんと木に隠れながら頷いた。
「そういうことね」
「おわかりに?」
「考えてみれば絶簡単な話ね。つまり、姉妹のように考えればいいってことでしょ?」
「……えっ?」
変なことを言われて、きょとんとしてしまう。
もう一人の私も困惑している様子だった。
「どういうことですか?」
「ほら、そうやって二人で並んでるとなんだか姉妹みたいじゃない」
アルマスが私達を目で見比べる。何回も繰り返して、確信に迫ったような顔になっていた。
「背丈もいい感じに違うし、性格も大きい方がおおらかで姉っぽいし、雰囲気もそんな感じ。そこはかとなくそっちのミストルティンは妹っぽいところを感じるし」
「わ、私が……妹、ですか……?」
強引な解釈をされてしまい、混乱してしまう。
もし、私のような妹がいたら迷惑なのではないか。いや、そもそも本当に妹ではないのにそういうことを言われてもいいものなのだろうか。
どう返答するべきか悩んでいたら、頭を突然撫でられた。
「アルマスさんの言うことを、そんなに真に受けなくても大丈夫ですよ。あくまでものの例えですから」
不思議と嫌な感じがしなかったので、そのまま撫でられ続ける。不思議と心が暖かい。
「そういう仕草が姉らしいと思うのよね。それ、マサムネから教わったの?」
「強い人になりたいですから」
「否定はしないのね」
「マサムネさんに影響されているのは私も感じておりますので……」
「なるほどね。……入りたて時に比べて優しくなったんじゃない?」
「少し、気持ちに余裕ができましたから」
ぼんやりと撫でられ続けていたら、不思議ともう一人の私との距離が近くなっていた。話に夢中になっていたからか、私が動こうとするまで気がついていなかった。
「……す、すみません。なんだか私だけくつろいでしまって……」
話の邪魔になってしまったかもしれないと思うと申し訳ない。そう思い、少し離れようとしてみた。
「ねぇ、小さい方のミストルティン」
「ひゃあい……!?」
逃げるのは、アルマスに話しかけられたので失敗してしまった。変な返事をしてしまったのも恥ずかしい。
「大きい方のミストルティンに、お姉ちゃんって言って見てほしいの」
「えっ……?」
その言葉に思わず固まってしまった。
「どうして急に?」
もう一人の私も首をかしげていた。
「単純な好奇心よ。それに、なんだか似合いそうだから。ねぇ、頼まれてくれないかしら」
「そんな、パラケルススさんのようなことを言わなくても……」
アルマスが期待の目で見つめてくる。
どうするべきか、逃げるべきか。
悩む。逃げた方がいいのではないかと。
しかし、期待されている。逃げたら失望されてしまうかもしれない。それに、楽しみにしているのを断ってはいけないと、私自身そう感じた。
「わ、わかりました。でも……期待はしないでくださいね……?」
「……無理はしなくていいのよ」
「大丈夫です、無理は……してません……」
恥ずかしいけれども、求められているなら答えたいという気持ちが強くある。
深呼吸して、もう一人の私に向き合って、言葉にしてみた。
「お、お姉ちゃん……っ、その、紅茶を……一緒に、作りませんか……?」
数秒、空気が固まった。
アルマスももう一人の私も、全く動いてない、時間が止まってしまったように感じてしまった。
「え、あ、これは、その……やっぱり取り消しで……」
全部言葉にした後、襲いかかってきたのは恥ずかしさだった。
私がお姉ちゃんと呼ぶなんて。
そもそも、甘えるような声を出してしまったような気がする。
それ以上に、自分でもビックリするくらい声が出ていなかった、変に弱い感じの声であった。
色んな感情が爆発して、もう、自分でもどんな気持ちがわからない。今の私の顔はまるで、茹でたように真っ赤なのではないか。
「ええ。勿論構いませんよ。とても大切な妹ですから……」
「ひゃあ……」
もう一人の私に、全身を包み込むように抱き締められた。ふんわりして、心が暖まる。
風が吹くと、うっとりするような香りがした。
「……求められていると、嬉しいんです。ですから、いっぱい協力しますよ?」
「私なんかと一緒で、いいんですか……?」
「貴女と一緒だから、いいんです」
まるで、自分の体を抱きしめているかのように、もう一人の私の手に包まれる。
私も抱きしめ返すと、やっぱり自分の体のように思えた。少しだけ違うところはあるけれども、私なのは間違いない。
「……同じことを考えているかもしれません」
「私も、きっと思っていました」
「どんなことがあっても私はミストルティンだってこと……」
「ドリュアスを獣刻されていても……受け入れてくれて嬉しいって気持ちは変わらなかったですからね」
「……そういうところ、やっぱり、子供みたいですよね」
「可愛げがあっていいと思いますが」
「……自分で自分のことをそういうの、恥ずかしいです……」
「……お互い、素直になれませんね」
「そうですね……」
大樹の下、二人で抱きしめあう。
獣刻された、もう一人の私の方が色々と大人っぽいところがある。
身長も、スタイルも、態度も、成長したという感じがして羨ましい。
抱きしめていると、強くそれを感じて、小さな私は複雑な気持ちになってしまうけれども。
……私達は、やっぱり『ミストルティン』なのだ。どんな姿になったとしても、本質は変わらない。それを考えると、少し遠い存在だと思っていた獣刻されているもう一人の私という存在がより、近い存在だと感じられた。
「……やっぱり、小さいですね」
「……あうぅ」
「でも、それも私らしくって素敵です」
「そ、そんなことないですよ……っ」
「素直に嬉しいってすぐに言わなくて、謙遜するところも……やっぱり、私らしいです」
「うぅ……っ」
もう一人の私が言う『私らしい』はミストルティンらしい、ということだろう。色々図星だから、心まで覗かれているみたいだ。
「お、お姉ちゃんも……」
「なんですか?」
「必要とされていて、嬉しいというところ……私らしいです……」
「愛が貰えると、幸せですから」
少し遠くを見た後、私の方を改めて見つめてきた。微笑している。
「そういえば、またお姉ちゃんっていってましたね」
「あ、それは、その、す、すみません……!」
「カワイイと思いますよ?」
「あぅぅ……」
「私より、そういうところ魅力的だと思います」
「でも、そちらの方が、かわいいですし、綺麗ですし、スタイルもいいので、私なんて……」
「……そういうところがカワイイ、ということです」
「ふえっ……」
突然、もう一人の私が顔を近づかせて、見つめてくる。綺麗な瞳をしている、抱きしめられている状態なので、動けない。
「ち、近いですっ……」
「ふふっ」
そのまま、顔と顔がくっついて、そのまま何かされてしまうのではないか。
そう思った瞬間だった。
「そこまでよ」
アルマスが強引に引き離してきた。
ふわっとした感覚から抜けてしまうのは寂しい気持ちもあったけれども、助かったとも感じた。
大胆なことばかりされていたから、心臓のドキドキが止まらない。全身に力が入らず、ぺたんと座り込んでしまった。
「ここまでシて、引き下がれと……?」
「そもそも、私のこと忘れてたでしょ」
「さてどうでしょう」
「絶対忘れてた。小さいミストルティンは余裕がなかったから、私に声をかけられなかったと思うけど、貴女は絶対にスルーしてた」
「……きっかけを作ったのはアルマスさんですよ?」
「確かにそうだけど……それにしても大胆すぎるわよ、あんなの」
「……ぜ、全部……見てたのですか……?」
アルマスから恐ろしい言葉が聞こえてきたので、聞いてみた。
「絶、見てたわよ!」
「ひぁ……っ……! は、恥ずかしいです……!」
抱きしめられてうっとりしていたことも、安心していたということも、間違えてお姉ちゃんと言ってしまったことも、打ち明けたことも全部聞かれていた。
変なことを言ってしまってばかりだったのもあってとても恥ずかしい。
「全く……こんなことになるとは思いもしなかったわ」
「それについては同感です」
「積極的だったでしょ」
「そうかもしれませんが……」
「まぁいいわ。珍しい姿が見れたからね。部隊のことをよく知れたと思っておくから」
そういうと、アルマスは遠くに歩いていってしまった。呆れられてしまったのだろうか。
もしそうだとしたら、とても申し訳ない。
「……今度、パウンドケーキと紅茶をアルマスさんに渡そうと考えてます」
脱力して座っている私のとなりに、もう一人の私が座った。
心を読んでいるわけではないけれども、考えていることはなんとなくわかる。
「一緒に作るならば、協力します……」
「パウンドケーキも、手作りでどうでしょう」
「自信はありませんが……作れると思います」
「なら、どっちも作って、今度渡しましょう」
もう一人の私が、私の手を繋ぐ。
顔を覗いてみると、微笑していた。
「アルマスさんにきっかけを作ってもらえて良かったです」
「どうしてですか……?」
「こうやって、話す機会なんて……あまりないですから」
「『ミストルティン』のことを知れてよかった……」
「そういうことです」
強く手を握る。あまり深く話せていなかったからこそ、こうやって話せた時間は貴重なのだ。自身のことを知ることは自信のに繋がると、信じられる。
「そろそろ、行きましょうか」
「はい……!」
立ち上がり、そのまま前に歩く。
『私』を見つめて、変わっていけるのならば、幸せなのかもしれない。私より背の高い私を見つめて、改めてそれを感じた。
これからは、どのように呼べばいいのかわからないけれども、それは後から決めていけばいい。
ミストルティンと、ミストルティン・獣刻・ドリュアス。姿が違っても、『私』であることは変わらないのだから。