戦術人形は電気イタチの夢を見るか 作:缶コーヒー
嵐の前に、騒がしく。
セーフハウスでの話し合いから数時間後。
404小隊は揺れていた。……物理的に。
「ゔぅ……寝れない……。もっと平らな道を走ってよぉ……」
「それは無理な相談です。この作戦は秘密作戦ですから。秘密を守るには、この道が最適なのです」
ガッタンゴットン、と揺れまくる装甲車の座席に横たわるG11が、運転手へと文句を言う。
振り向きもせず、真っ直ぐ前を見据えながら答えるのは、赤いベレー帽と白い二本のお下げ髪が特徴の戦術人形──OTs-12。
クライアント自身が用意した、この任務における運転手である。
ティス(Tiss)とも呼ばれ、9x39mm弾を使用し、静音性に優れた小銃を扱う。
高低差の激しい荒野を移動し始めてから、早くも一時間近くが経過していた。
404小隊はクライアントの操るT-Petに、今乗っている装甲車が隠されていた場所へと案内され、そのまま出発した形だ。
広々とした車内ではあるが、弾薬箱などが雑多に置かれているため、散らかっている印象である。
加えて、小隊メンバーと瓜二つのダミーが一体ずつ、座ってうたた寝しているような姿勢で椅子に固定されている。最大で四体のダミーとリンク可能だが、隠密行動主体の今回は数を少なくしていた。
そして、暮れ始めた太陽の光がわずかに差し込む中、416は鋭い視線で、対面に座るT-Petを睨んでいる。
『警戒するのも分かるが、そう凝視されると落ち着かないな』
「分かっているなら我慢して。またキャリーバッグに詰めてもいいのよ」
クライアントが猫の姿で苦言を呈しても、416は厳しい視線を向け続けた。
この小一時間、瞬きをする一瞬以外、彼女の目にはクライアントの姿が映り続けている。
間違いなく美少女と言える顔立ちなのが災いし、その迫力、圧迫感は途方もない。
見た目はT-Petでも操っているのは人間。精神的な重圧を感じ、思わず耳をペタンとさせてしまう。
すると、彼の隣に勢いよくナインが腰掛け、逆に416へと文句をつける。
「416、クライアントさんを虐めちゃダメでしょ! こんなに可愛いのに!」
「さっきと意見が変わってない? 中身はどこの馬の骨とも知れない男なのよ?」
「そんなのもうどうでも良いの。だって、すっごく手触りが良いんだもの! フカフカでモフモフ!」
『うごっ。あ、あの、親しみを持って貰える、のは嬉しい限り、なんだけども、ち、近、近い……っ』
「あっ、逃げないでよ~」
T-Petを優しく抱き上げ、満面の笑みで頰ずりするナイン。
普通なら微笑ましい光景だろうが、一方でクライアントはそういった物理接触に慣れていないらしく、ジタバタと抱擁から逃れようとしていた。ある意味、本物の猫っぽい行動である。
どうにかクライアントが逃げ出した先では、仕方なく眠るのを諦めたG11が、寝ぼけ眼を擦っていた。
「そういえば、少し気になってたんだけど……。なんで尻尾が変な形してるの?」
「鈎尻尾、という物なのです。古くからある特異形質で、一部の地域では幸運を絡め取るとして珍重されたらしいですね」
「ふーん……。あ、ホントに良い手触り」
G11の疑問に答えたのはティスだった。
今となっては絶滅危惧種に等しい動物の稀少特質を、ペットロボットで再現するのは珍しくない。クライアントのT-Petもその一種なのだろう。
試しに撫でてみると、ナインの言った通り、絶妙な柔らかさの毛並みが指をくすぐる。
すぐに彼女もやって来て、よほど気に入ったのか、G11と一緒になってT-Petを撫でくり回す。
下手に逃げ出すよりは受け入れた方が楽だと考えたらしく、クライアントもされるがままだ。
それを見る416の視線の温度は、不幸にも直滑降したが。
「ペットロボットを操作して戦術人形にチヤホヤされるなんて、変わった趣味を持っているのね」
『……もうなんとでも言ってくれ。言い訳はしな──』
「ほーらほら、クライアントさん、即席猫じゃらしですよー。うりうりー」
『いっ!? ちょ、待ってくれ! 体が勝手に! くそ、AIの設定変更はどうするんだ!? ぬああ、じゃれるのが止まらない! 視点が荒ぶるっ!?』
「……なんか楽しそう。ナイン、あたしにもやらせて」
「ふん……。仕事中なのも忘れて、全くもう」
閃いた! という顔付きのナインが、ウェポンラックの銃からストラップを取り外し、T-Petの鼻面でピョンピョンさせる。途端、クライアントはそれに飛びついた。
いや、正確に言うなら飛びつかせたのはT-PetのAIであり、彼自身は挙動を制御しようと奮闘しているようなのだが、全く結果が伴っていない。
そのうちG11まで参加し始め、比較的道が安定して来た中で、猫じゃらし大会が続く。
仕事前の緊張感など更々無い、和気藹々とした雰囲気だった。
それが羨ましくなったのだろう。
黙って運転手を続けていたティスは、猫じゃらし大会が一段落したタイミングで、任務のために定められた仮名を呼ぶ。
「大丈夫ですか、
『い、行かないからな……。第一、運転の邪魔になるだろう』
「うう、そうでした。残念。ティスもモフモフしたかったです……」
「じゃあ私の膝に来る? 適度に甘やかしてあげる」
『……遠慮します』
「えー。なんでよー」
サクッと誘いを断られて落ち込むティスと、助手席でコロコロ笑う45。
対するT-Petは、見るからに疲労困憊といった様子だ。荒ぶる視覚情報に酔ったクライアントの音声情報を、AIが行動として再現しているらしい。
流石に身が持たないと感じたようで、彼はナインとG11の間から抜け出し、向かい側の席へと移動する。
そこは、ちょうど416の隣だった。
「で、なんでわたしの所に来るのよ」
『放っておいてくれそうだから』
「……そう」
416は黙り込み、クライアントがT-Petを横にさせて休憩する。
意外にも、416の目付きは和らいでいた。というか、クライアントは気付いていないが、むしろその視線は優しいものになっている。
白いグローブに包まれた手がT-Petの上を彷徨い、触れようとした瞬間に一時停止。結局、触れる事なく膝の上へ戻してしまう姿を見るに、本当は動物が好きだけれど興味のないフリをしている、不器用な少女にも見えた。
しかし、ナインとG11はまだまだ遊びたかったようで。
「416ズルい、あんなこと言っておきながら、クライアントさんを独り占めするなんて!」
「えっ。わ、わたしは別に」
「にゃんこ……。もっと遊ばせたかったのに……」
「う、恨みがましい目で見ないで。ちょっと貴方、あの子達の相手くらいしなさいよ!」
『断る。慣れない視点で疲れているんだ。それに、たった今AIの設定を変えたから、もう遊ばれる事はない』
「く……。この……この、駄猫っ!」
『なんとでも言ってくれ』
ブーたれる二人にクライアントを差し向けようとする416だが、返ってくるのは耳と尻尾での拒否。
必死に罵倒を捻り出すも、やはりクライアントは素知らぬふり。
彼が猫の姿だからだろうか。普段から明るいナインだけでなく、G11や416までもが、いつもより活発に擬似感情モジュールを働かせているようだった。
静かに眺めていた45は、しばらくして、再び荒れ始めた荒野に視線を戻す。
夕暮れから宵闇へ。紅から紫、漆黒へと染まりつつある地平。
その侘しさが、知らず運転手のティスへと話しかけさせた。
「そういえば、名前はあるの? あのT-Pet」
「名前ですか」
「そ。普段からクライアントさんが動かしてる訳じゃないんでしょ、だったらあるのかな、と思って」
「よくぞ聞いてくれました。私が名付けた秘密でスペシャルでカッコ良い名前があるんです。その名も……」
ご丁寧にも貯めを作るティス。否が応でも期待は膨らむ。
ガタン、ガタン、と大きく車が跳ねた後、いよいよ彼女は口を開く。
「タツノコです」
「………………え?」
「タツノコ、です。プロとつけてはいけません」
ポカンとした顔で45が問い返すと、ティスがドヤ顔で繰り返した。
タツノコ。たつのこ。辰の子。
おそらくは竜の落とし子の事で、ヨウジウオ目の海魚である。雄が育児嚢を持つ事でも有名で、海馬、リュウノコマとも呼ばれる。
……いやどんな名前よ!?
という心の中のツッコミに、会話を聞いていたらしいクライアントが補足する。
『尻尾の巻き具合いから思いついたんだそうだ……。
うちには他にもペットロボットが居るんだが、彼女はその子達もオチョコ(お猪口)、スノコ、シャチホコ、ナデシコと勝手に呼んでる。
種類は順に豆柴、茶トラの猫、パグ、ノルウェージャンフォレストキャットだ』
「ど、独特なネーミングセンスね。全部“コ”で終わってる……」
「褒めて頂き感謝です。何故だか他のみんなはこの名前で呼んでくれず、寂しい思いをしていたのです。認めてくれた人は貴方が初めてです……!」
「いや認めてな……まぁ良いや……」
何をどう勘違いしたのか、ティスは感動に涙を浮かべ、そのせいでちょっと運転も荒くなる。
非常にツッコミたい衝動に駆られる45であったが、余計に面倒な事になりそうな予感がしたので、触れないでおく事にした。
それより、仕事が始まる前に、個人的に確認しておきたい事もあった。
「そろそろ真面目な話をしましょうか。クライアントさん。一つ聞きたい事があるんだけど、答えて貰える?」
『内容にもよるが、善処しよう』
バックミラー越しに、45がクライアントを見つめる。
雰囲気が変わったのを察知したようで、クライアントは丸まった姿勢から上体を起こす。
自然、騒いでいた残る三名も聞く体勢に。
「確か、輸送ヘリが墜ちたのは、鉄血に攻撃されたからだって言っていたわね」
『ああ』
「正確には、原因の一つでもある、と言っていた」
『そうだ』
「その言い方だと、根本の原因は他にあって、鉄血の攻撃は引き金になっただけ……とも聞こえるわ」
クライアントは無言だった。装甲車の重々しいエンジン音だけが、車内に響く。
単純な表現の差、言葉の綾だという可能性は捨て切れないけれど、確信を持って45は尋ねていた。
そして、沈黙こそ肯定の証だと捉え、更に続ける。
「仮にそれが正解だったとして、貴方はその原因を把握しているの? それを私達に教えるつもりはある?」
クライアントとホストの関係は、信頼ではなく信用で成り立つ。
ことPMCの業務において、情報の有無は生死を分かつ事が多く、伝えるべき情報を隠されていたとなれば、ホストからの信用は無くなるだろう。
微動だにしないクライアントだったが、ややあって、溜め息でもつくように吐息を漏らした。
『勘違いしないで欲しいんだが、隠していた訳じゃない。知っていてもあまり意味がなく、重要度は低いと考えた』
「御託はいいから、早く話しなさい。重要かどうかなんて、わたし達で決める事だわ」
『……分かった』
先程までの、どこか可愛らしくもあった憎まれ口と違い、ただただ冷たく416は言い放つ。
気圧された訳でもないだろうが、クライアントは素直に応じた。
『第一の原因は、重量オーバーだそうだ』
「え、重量オーバー?」
「間抜けな話ね」
「……ぐー」
すっかり大人しくなっていたナインが、「冗談でしょ?」と目を丸くし、416が鼻で笑う。G11はこれ幸いと居眠りしている。
まぁ、仮にも軍部が、極秘裏に行う輸送作戦で重量オーバーだなどと、普通はあり得ない。
『輸送時に目立たないよう、比較的小型のヘリを用いたそうなんだが、積載量ギリギリを運ぼうとした結果、機動性が著しく制限され、最悪のタイミングで操縦士が狙撃されたらしい』
「なるほどね……。それで? 第一と言うからには、第二の原因もあるんでしょう」
とりあえず墜落の経緯に矛盾点は無く、笑い話にもならない点を除いては納得できたようで、416が続きを促す。
わざわざ枕に第一と付けたからには、後に続くものがあるというのが筋だろう。
クライアントも、それを話すつもりで口を開こうとしたが。
『第二の原因は……』
「みんな、到着。ここからは歩きになる」
「ん゛ぇ~、結局歩くのぉ……?」
絶妙なタイミングで装甲車が停まり、ティスが目的地への到達を告げる。
空気を読まずG11がブツクサ言い、重苦しい空気が少しだけ和らぐ。
けれども、次の瞬間には、助手席を離れた45が弛みを引き締めた。
「さぁ、仕事の時間よ。みんな準備して」
後書きに書く事が何も無い!
新しくお迎えした子は居ないし、早くステンちゃんのおパンツ拝みたい! とか、M99ちゃんのコミュ4ボイスが確実にAUTOだこれ! くらいしか言えない!
……ので、本編と全く関係のないオマケ小話。
あえてセリフのみにしてあります。
「んく……ごく……っはぁ。ああ、美味い。この一杯の為に生きてる気がしてくるくらいだ」
「そう? 私には普通のウィスキーの水割りにしか感じられないけど」
「なんだ、気に入らないのか? せっかく誘ってやったっていうのに」
「指揮官の代わりに、でしょう。あまり彼に迷惑を掛けないで。私だって寝る前にもう一度、模擬訓練するつもりだったのに」
「お前、その訓練中毒をどうにかした方が良いぞ? そのうち指揮官にも、付き合いきれないって愛想を尽かされるぞ」
「っ!? そ、そんな事っ……あるのかしら……」
「お。おお? まさかお前まで……」
「何よ。彼の指揮下に居れば得るものが多いし、仲間も居るから安心して戦えるし……。だから、その、困るかと」
「いやいや、いやはや、こりゃあ思ってたより大物かもな、あの指揮官。私も身の危険を感じてきたぞ」
「……帰るわよ」
「まぁ待てって。一人酒はツマラナイんだ、もう少し付き合え。代わりに何か、一つだけ言う事を聞いてやるから」
「へぇ……。なんでも良いの?」
「ああ、言ってみろ。私に出来る事なら……ある程度は叶えてやる」
「中途半端ね。……じゃあ、早速お願いしようかしら」
「おう、来い!」
「明日一日、私の事を“お姉さん”って呼びなさい」
「……大変申し訳ございませんでした」
「なんなの、その反応は!?」
終われ。
Chapter3は長めな話になるので、その前に一回、息抜き的に緩い話を挟もうと思っています。
ご了承下さいませ。