DFL―フロントエンドオペレーション―   作:油そば大尉

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戦闘とは何だったのか。


ディスオダリ・オーダ PHASE3

 

 

「Mr.ハルミネ、貴方はこの国の政治体制がどうなっているかご存じですか?」

 

 部屋にやってきたのは客室係(ボーイ)が連れてきた露出度の高い真っ赤なドレスを着た女性だった。どうやら電話で春嶺自ら呼んだことになっているらしい。電話は書類上の上司のアイクと、仕事上の上司のヴェルディエフ中佐にしかかけていない。それも中央アジア共和国連合の通信網に一切依存しないイリジウム衛星電話だ。

 

 それでもいきなり押しかけ『ハァイ、ソータね、ご指名ありがとう! 会いたかったわ!』とドアを開けるやいなや飛びかかってきて、後ろ手にドアを閉められたのはしばらくトラウマになりそうだった。ナガンに見られなくて良かったと心底思う。そんないかがわしい女を呼ぶ趣味があったのか云々と説教が始まっただろう。

 

「詳しくは知りませんよ。……あー、どうお呼びしましょうか、やはり巡査(パトロルマン)がよろしいですか?」

 

 ドレスの女は肩をすくめた。

 

「なんとでもお呼びになって、Mr.ハルミネ。……では、知っている範囲で」

「人間が住める数少ない聖域になってしまったがために、押し寄せてくる難民と鉄血人形相手に国境線が崩壊。国家としての危機を迎えた周辺国で手を組んで国家連合を設立したものの、元からの多民族国家と宗教とイデオロギーで泥沼の地域同士、イニシアティブ争いが勃発。連携体制が崩壊して泥沼の収賄合戦が進行中」

「大体その解釈で間違い無いけれど、付け加えるなら、それを嘆き憂う人から死んでいくぐらいには治安がクソということね」

「そんなにヴェルディエフ中佐の袖の下を受け取らなかったことが気に食いませんか? 警察にとっては都合が良いでしょう?」

「えぇ、貴方が清廉潔白な人物というのは一市民として喜ばしいわ。貴方が市民権を取って政治家になったなら、一票を入れさせてもらうけど」

「まぁそんなことはないでしょうね」

「でしょうね。ともかく、ヴェルディエフ中佐は大層ご立腹よ。金になびかない男は扱いにくい。そして貴方は傭兵で、一般的には傭兵は金に忠誠を誓っている。最初から買収する気満々だったヴェルディエフ中佐は出鼻をくじかれた形ね」

 

 赤いドレスが肩をすくめた。浅黒い肌の色。おそらく現地の地色が濃い。英語の訛りはロシア風だが、英語には不自由していないようだ。

 

「私は傭兵じゃなくて請負人(コントラクタ)なんですけどね」

「どっちでも良いわ。民兵(ミリシャ)とでも呼びましょうか。無欲な請負人さん。もう少しお金になびいてくれた方が貴方も目をつけられなかったのよ。暗殺でもされたいのかしら?」

 

 不機嫌さを隠しもしないドレスの女に若干辟易としながら表面上は笑みを取り繕う。

 

「そしたら脳漿(のうしょう)をかき集めてくれますか?」

ファーストレディ(ジャクリーン)に憧れる趣味はないわ」

 

 高等教育を相当に受けている。このご時世で1963年の米国大統領暗殺事件を習っている人間は少ない。その上でその大統領夫人の名前と彼女が夫の脳漿をかき集めたことなど知ろうと思わなければ知ることもできないだろう。

 

 巡査(パトロルマン)というのはおそらくフェイク。警部(インスペクタ)警視(インテンデント)か。そんなところだろう。

 

「それで、ヴェルディエフ中佐を怒らせて満足?」

 

 そう言って不機嫌そうなドレスの女。春嶺は頭を掻く。

 

「会社を傾ける訳にもいきませんし致し方なく。いやまぁ。その埋め合わせというか。おとなしくしてますよの意思表示もかねてこのホテルに泊まってるんですけどね。そんな状況にわざわざ警察が首を突っ込んできたのには驚きました。自殺希望か、私に恨みがあるのかどっちです?」

「それはお互い様よ。こんなクソみたいな地域にホイホイやってくるのはどんなクソだと思ったらこんな虫一匹殺せないみたいな顔をした男なんて思ってなかったわよ。こっちはこっちで人間同士の戦争の最前線だって自覚されてます?」

 

 いきなり対応が雑になってきた。ドレスの女にもなにかストレッサーがあるらしい。まあ関係無いかと心の中を鈍らせて笑う。

 

「貴方と話しているとイライラするわ。さっさと終わらせましょう」

「そうですね、ヒールで蹴られると痛そうです」

 

 笑ってから春嶺は目の前の女を見る。恨みがましい目で見られても困る。

 

「それで、タジク人民共和国からバダフシャーン山岳自治州が独立するのを、隣国であるクルグス共和国、それも警察が妨害しなければならないのは何故です? 軍事面では、共同作戦のために両国の武装の規格は統一されているそうじゃないですか。軍が武器を横流ししているのは問題ですが、タジクが弱ってくれる分には問題ないのでは?」

 

 ドレスの女は顔をしかめる。

 

「貴方、悪い政治家みたいなことを言うのね」

「国家に頼れない弱肉強食なこのご時世で、良い人間が戦争なんかに好んで関わりますか?」

 

そう言って肩をすくめ、春嶺は腕を組んだ。

 

「……あり得るとしたら、クルグスの陸軍自体が軍事クーデターを考えている場合でしょうか。バタフシャーン地方はこれまで人手が入れなかった分、鉱物資源はほぼ手つかずの状態で残っています。天然ガスや石油もあるでしょう。バタフシャーン地方を独立させ、タジクとの戦闘を煽りつつ、そこの資源をクルグスに持ち込む。それを軍で護衛しつつ雀の涙のような価格で輸入し、国内の失業者に精錬させる」

「ヴェルディエフ中佐も口が緩いのね、ほんと」

「向こうも営業のつもりでしょうね。輸送警備は金になるだろうと思っていらっしゃるようで」

 

 鼻で笑いながら春嶺はそう言う。

 

「それで、警察はそれのドコが気にくわないんです?」

 

 精々悪く笑って見せる。腹の内を見せない相手はゆっくりと付き合うのが鉄則だが、そんな時間も無いのが惜しい。ドレスの女は感情的だが話がわかる相手のように思える。

 

 怒らせてこれを乱せ、だったか。そんなことを考えながら、リアクションを待つ。顔が赤くなったあたり、思うところがあるらしい。

 

「あなた、最低の男だってわかってる?」

「心の底から」

「口では何とでも言えるわ。我が国の兵器が、無辜の市民を殺すのよ」

「それが警察が怒る理由ですか?」

「正確には私がキレる理由ね」

「なるほど。では、組織としてキレる理由をお答えください。クライアントの要求が正確でなければ、請負人(コントラクタ)は要望に答えられない」

 

ドレスの女は黙り込んでからため息をついた。

 

「……軍にとってこの国はクルグスのための聖域でなければならないのよ」

 

 この場合のクルグスはおそらくクルグス人のことだろう。民族としてのクルグスは国名にもなっているとおり、参政権を持つ国民の過半数を占める。春嶺は目を細めた。

 

「難民が来てからこの国は激変した。世界が変わってしまった。それでも、我々はこの地を喪わずに済んだ。それでも、この地は生き地獄と化してしまった。その原因は鉄血にあり、コーラップスにあり、そして、難民にある」

「わかりやすく鉄槌を振り下ろせるのは、難民というわけですか」

「警察はもう暴動の対応ですり減っている。どうしても軍に逆らえない。それでも、この国をクルグスで独占したところで、世界は変わりはしない」

「……貴女はクルグス人ですか?」

「えぇ、だからこそ、孤独な王様になってはならないの」

 

 そう言ってドレスの女は笑った。

 

「この国にはたくさんの国の人間で既に溢れかえっている。様々な人種、様々な才能、様々な人、それを認めなければ鉄血に押し潰される。それを我々は是としない」

 

 そう言う顔は凜々しい。瞳の色が済んだ青をしていることに、春嶺は初めて気がついた。

 

「この世界を救うために、守るために、この国で軍事独裁政権の成立を許してはならない。数年後、もしかしたら数十年後、来ないかもしれない明日だとしても、人類が鉄血と崩壊液から地球を取り返したその日に、我が国は健在でなければならない。それを目先の利益で喪うわけにはいかない。それが、我々クルグス警察の見解です」

「……なるほど、理解できました」

 

 春嶺はそう言ってから一度目を閉じる。

 

「その上でお聞かせください。なぜ私達を雇うのです。工作員はいくらでもいるでしょう。わざわざ訓練も受けていない、民間軍事会社のスタッフを、なぜ?」

「現状、信用に足る人間がもうこの国にいないからだ」

「だから、人形にやらせる、と?」

 

 その言葉に棘が紛れ込み、春嶺は心の中で舌打ちした。コントロールしろ。自らをコントロールしなければどうにもならない。

 

「正確にはこの国に染まった人間には任せられないというのが正しいわ。少なくとも貴方とその配下の部下はまだマシだと思った。だからこうして正面切って警察は依頼に来ている」

「……我が社からは受けるようにとの連絡がきてますがね、正直なところ乗る気はしていません。少なくとも陸軍という大口顧客を失う事になる」

「そんな単純なものじゃないわよ、内戦って。陸軍が一枚岩なら貴方たちは市場を喪うけど、一枚岩になれないから内戦がある。そしてそこには貴方たちの市場がある。違うかしら?」

「だとしてもです。我が社の商品は暴力だ。決して正義ではない。それを貴女は勘違いしているようだ。そして彼女達は貴女が思うほど清廉でもなければ純粋でもない」

「それはアドバイスかしら?」

「警告ですよ。彼女達を安易に利用すれば、手痛いしっぺ返しが来る」

 

 そういった直後、どこか遠くでズンと音がした。

 

「……今の音はなんでしょうね」

「さぁ、自動車爆弾かしら」

 

 そう言って肩をすくめたドレスの女。それに肩をすくめながら聞く。

 

「狙われる心当たりは?」

「なに? 私達が狙われている前提?」

「軍の高官が入り浸っているらしいこのホテルの側でわざわざテロを起こすような面倒なことをやる理由が他にありますかね。……なんにしろ、ここを出る理由は向こうが用意してくれたようです」

 

 携帯端末が振動する。このタイミングでの着信だ。相手を見ずに通話をオン。

 

『ソータ! 無事か!』

 

 耳をつんざくという表現が似合いそうなほど大きな声が端末から飛び出した。

 

「えぇ、何ら問題なく」

『迎えに行くからそこから動くな! ドアを開けるな、近づくな!』

「言われたとおりにしますよ」

 

 そう言ってからドレスの女の方を見る。

 

「それで、巡査(パトロルマン)さんは脱出の手筈は?」

 

 そう言えば黙り込む。まさかこの女、脱出手段はこちらにただ乗りする気だったか。とんでもないことをしてくれる。その費用は契約に入っていないだろう。

 かといってここに置いていけばお金が落ちない可能性がある。難しい。

 

「あー、ナガン」

『何じゃ』

「一名、警察側のクライアントを脱出させます」

『女か?』

「……なぜそこでトーンを落とすんですか」

『まぁいい、動くなカーテンは閉めとるか?』

「夜景は退屈ですから」

 

 そう言えば通信が切れた。今晩は寝られるだろうかとどうでも良いことを考えた。

 

「脱出の用意をしますが、今回の人形はかなり個性的ですので驚かないでくださいね。あと、脱出の際の被害については実費で請求させていただきますので」

「陸軍がここまで短気だと思わなかったわ」

「それは私もですが、陸軍だと決まったわけではないのでノーコメントで。とりあえず不幸な事故に対してはご愁傷様ですとでも言っておきましょう」

 

 そう言っている間にもドアが開いた。

 

「おぬし、鍵開けとくのは不用心じゃろう。それに……やっぱり女じゃったか。アンポンタン」

 

 胡乱な目をするナガンに肩をすくめて出迎える。

 

「お早いお着きで。警察側のクライアントとの打ち合わせですよ。軍のはらわたに飛び込んでくる勇気だけは褒めましょうよ」

「知らん」

 

 ナガンはそう言って拳銃をハイレディの位置に構えたままむすっとした表情で彼を睨んだ。それには苦笑いを浮かべながら春嶺は質問を投げかける。

 

「こちらはM1911とP7というところですかね。二人は?」

「部屋の外じゃ。廊下を警戒して貰っておる」

「なるほど、助かります」

 

 それには鼻を鳴らして答えたナガンが部屋を見回した。

 

「盗聴器は?」

「外してますよ。会食の時に預けた上着に仕込まれていた位置情報端末ならそこに」

 

 部屋の荷物置きにテープで貼り付けてある小型のチップを見てナガンはため息。

 

「まったく、とんでもないクライアントじゃな」

「今回は特別だと思いたいですね」

 

 春嶺はタブレット端末を取り出し、無線用のヘッドセットと同期。携帯用の指揮管制装置(プロンプター)を起動する。

 

「さて、ナガン。どうやら陸軍は我々を舐めて掛かっているようです」

「じゃろうな」

「軍事会社にとって、敵からはともかくとして、クライアントから舐められている状況は非常に良くない」

「じゃろうな……基地を襲うと言うつもりか?」

「まさか。お金がとれなくなるじゃないですか。一番手っ取り早いのはここの警察のスパイさんを突き出すことですが、警察とも契約(コントラクト)があるのでそうもいきません」

 

 目の前の女が顔を赤くする。

 

「これぐらいで怒っているようでは戦争はできませんよ、巡査(パトロルマン)さん」

 

 プロンプタが情報連結を完了したことを告げた。

 

「どうするつもりじゃ?」

「誠意を見せるほかないでしょう……屋上警戒はM14でしたね、M14取れますか」

『こちらM14、S.O.さんどうぞ』

 

 音声無線で返答。それを聞いてわずかに笑みを浮かべた。

 

「爆弾を使ってきた相手、どう動いてますか?」

『どうやらホテルに入ろうとしているようです。警備隊と撃ち合いになってますが、警備が下手ですね。あと2分ほどで警備ラインを抜かれそうです』

「なるほど、了解しました。M14は撤退してください。現状ではあまり効果はなさそうです」

『了解です』

「それで、どうするんじゃ?」

「決まってるじゃないですか。警備と戦争はグリフォン社の十八番ですよ」

 

 春嶺はそう言って自らの荷物を持つ。小さな包みを取り出して手のひらで転がした。ソレを見たナガンはため息をついた。

 

「武器は持ち込み禁止じゃなかったのか」

「紙粘土は武器じゃないでしょう? たまたま電線があったのは不自然ですが」

 

 そう言いながらナガンに笑いかける。問いかけには答えなければならない。

 

「敵を見極めたら適度に痛めつけてお帰り願いましょう。自己防衛のための戦闘の域を超えない程度にはおさえますがね」

「すっごい嫌な予感がするんじゃが。たまたまホテルを出ようとしたら、不幸にもたまたま武装組織に出くわして、仕方なく応戦したら、たまたま警察組織を助けたとか言わんだろうな?」

「偶然というのは恐ろしいものですからね」

 

 ナガンが長い長いため息をついた。

 

「P7、そっちの赤いのを護衛。M1911、わしとS.O.を守りつつ周辺警戒。ソータ、指揮できるんじゃろうな?」

「やれるだけやりますよ。とりあえず部屋から出ましょうか」

 

 春嶺は笑みを崩さないまま、全隊の無線を開く。

 

「こちらS.O.、ナガンと合流しました。ホテルから撤退を開始しますが、今後数回、()()()()()が起こりそうなのでこちらの指示に注意してください」

 

 個人の携帯端末を見て、時間とメールの着信を確認。プロンプターとは別回線で音声チャットを繋ぐ。

 

「リト、緊急で仕事が増えた。まだデータルームに居ますね? 手伝ってください」

 

 そう言ってナガンに頷いてハンドサイン。ナガンが飛び出す。その後について春嶺もゆっくりと廊下にでた。

 

「緊急のオペレーションです。頼みますよ、皆さん」

 

 

 




どうしても警察側の動きを書かないとまずいからってなんでこんなにセリフ膨らんでるの!?

……次回こそ戦闘回! がんばります。
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