DFL―フロントエンドオペレーション―   作:油そば大尉

12 / 26
ディスオダリ・オーダ PHASE5

 

「私だ」

 

 非常識な時間に掛かってきた電話に、彼女はアルコールで痛む頭をなんとか持ち上げてそう答えた。

 

『おはようございます、ミス・ヘリアントス』

「夜中の0時半過ぎだ。電話の時間を考えたまえ」

『おや、サマルカンドにいらっしゃるものだと思ってましたが……零時台ということは、カサブランカ本社でしょうか』

「定例のエリアマネジャーミーティングだ。そっちは朝か」

『えぇ、日は先ほど上がりました。そうでしたか、カサブランカに。エリアマネジャーの基幹ミーティングの日程を把握していませんでした、申し訳ありません』

 

電話の向こうは申し訳なさそうなトーンだが、絶対に演技だろう。ヘリアントスはそう心の中で毒づきながらアルコールと寝起きのダブルパンチで回っていない頭を回す。

 

「それで、なんの用だ、S.O.」

『どうやら別動隊と関係を持たなければならないらしくて』

 

 ()()()、その言葉を聞いたヘリアントスはため息をついた。そのスラングが意味するのは、『他部隊ないし他社が運用するI.O.P製の義体』だ。

 

「それは戦闘になるということかね」

『かなりの確率で。それも下手をすると、我が社の部隊と同士討ちの可能性も』

「部隊といったが、我が社の正規部隊か?」

『それの確認です。ミス・ヘリアントス。……何か聞いていませんか?』

 

 そう言う声は、ギンと張っていた。味方に掛ける声ではない。その問いかけがすでに反語だ。貴女なら聞いているはずだと詰問している。

 

「少なくとも私は聞いていない。独立運用のコマンドが存在することは存在するが」

『噂の404小隊ですか』

「貴様がなぜそれを知っている?」

『私がJWパブリシズにいたことをお忘れですか? “不可視の小隊(404 Not Found)”、偽装広報による(ディセプティング・キャンペーン・)情報作戦(パッケージ)を実行したのは私ですよ』

「……そうだったな。JWパブリシズ軍事広報研究所、春嶺颯太主幹研究員」

『懐かしい肩書きですね』

 

 JWパブリシズの広報能力とその展開のための人脈は、グリフォン社に対して強力な情報戦能力を提供した。グリフォン社が全世界的に活躍し、地方行政を下支えしながら、対鉄血戦線を展開できるのは、その財政基盤や人形の優位性のみならず、優秀なブレインを抱えてきたことにある。

 そのブレインの一つが、JWパブリシズだ。広告代理店を中心にした情報収集、そして情報発信の一大ネットワークの中には、情報戦に特化したセクションが存在する。軍事広報研究所もその一つだ。

 

『404小隊は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のはずですよ。人形の独立性を水増しし、グリフォン社の優位性を他社に示した。話に尾ひれがつきやすいように情報を成形し、実際に放たれた情報は誇張を繰り返しながら、噂の域までちゃんと到達した。火のない所に煙は立たぬと言わせ、警戒させることが必要だった。それを調べに来た団体や諜報機関をリストアップし、ネットワークを把握する。そのための餌だったはずです。少なくとも、我々JWパブリシズはそれを意図して提案した』

 

 広報の話になると、彼は饒舌だ。元々口は立つ方だが、なおさら言葉が多くなる。

 

『……存在しないことに意味がある部隊を、わざわざ実在させていたなんて話を私は知りませんでした』

「なぜそれが出てきていると貴様は考える?」

『確証はありませんよ。それでも現状の中央アジア共和国連合の状況を考えればある程度の納得はできます。……グリフォン社は、中央アジア連合陸軍を食い潰すつもりだ。違いますか?』

 

 電話の向こうの声はほぼ確信を持って話している。

 

『クルグスもタジクも、バタフシャーン自治州の独立問題に火をつけたら、1年も持ちこたえずに勝者なしのまま双方瓦解する。そうなればインドや南トルキスタン地域とユーラシア北部を結ぶ補給線が断絶する』

「……そこまで考えて、貴様は私に何を要求する」

 

 電話の向こうの男の声が笑う。

 

『要求ではありません。確認です。今回の戦い、私達が勝ってもよろしいですね?』

「最初から負けることは想定していない」

『クルグス共和国は優秀な依頼主(クライアント)でしょう』

「タジク人民共和国も優秀な依頼主(クライアント)だ」

『なるほど。国境線を変えるつもりはないということですね』

「そうだ。バタフシャーン山岳自治州にはタジク人民共和国でいてもらわなければならない」

 

 言いにくいことを逃がすことなく聞くつもりだ。ヘリアントスは胸が騒ぐ。

 

 春嶺颯太は、何かを焦っている? いや、任務の方向性を明確にせねばならないからそういう物言いになっているのか。

 

「貴様の命令に変更はない。クルグス警察に手を貸せ」

『了解しました。損壊が出たら警察に請求を出しますよ。既に装甲車代はいただきましたしね』

「待て、もう壊したのか?」

『宿泊したホテルが襲撃されましたので、致し方なく放棄しました』

「……まったく、任務開始前からやってくれる」

『それはテロリストに言ってください』

 

 悪びれる様子もなくそう言う相手に頭を抱える。数十万ドルの備品だというのをわかってないのかこの男は。

 

「……まあいい、後で始末書を出して貰うぞ」

『了解しました、それでは』

「春嶺颯太」

 

 電話を切ろうとしたので呼びかける。声を掛けるべきか迷ってから、ゆっくりと口を開いた。

 

「……まだM1895にも言うな。極秘情報(ユア・アイズ・オンリー)だ。今回襲ってくる相手に心当たりがある」

『どういうことですか?』

 

 ヘリアントスが、ゆっくりと正確に伝わるように、口を開く。

 

「三ヶ月前、同じルートの護衛作戦中に、我が社の人形が三体、無断離隊(エイウォール)している」

『無断離隊……!?』

 

 受話器の向こうは驚いた気配。Absent Without Leave――無断離隊(AWOL)は脱走兵となることと同義だ。正規軍、特に徴兵制を行っている軍隊では珍しいことではないし、民間軍事会社においても頻度は低いものの、発生の前例はある。

 

『戦術人形がAWOLとは……。なかなか聞かない事例ですね』

「ないわけではない。何らかのエラーかバグのことがほとんどで、すぐ回収されている。だが、三ヶ月も行方をくらませているのは前代未聞だ。おそらく、彼女達にとって、離隊せざるをえない事情があったのだろう」

 

 もっとも、離隊する理由に心当たりがないのだがな、と付け加えれば、春嶺はしばらく考え込むような間を開けた。

 

『それが襲ってくると?』

「戦術人形は定期的なメンテナンスが必要になる、当然だが、破損すれば補修が必要だ。人形は会社から離れては長く存在できない。必ず、専用の装備とシステムを必要とする。……離隊してから三ヶ月、独立運用での活動限界が近いはずだ」

『……それを回収するために、404が動いている?』

「私には情報は下りてきていない」

『わかりました。今回の作戦は業が深そうです。……ミス・ヘリアントス』

「なんだ」

 

 電話口の向こう、わずかに言い淀んだ。

 

『いえ、ただの恨み節になりますから、止めておきます』

「そうか。武運を祈る」

『ミス・ヘリアントスも、ご武運を』

 

 それで電話は切れた。

 

「まったく、頭が切れすぎるのは早死にするぞ、春嶺颯太」

 

 眠れそうもないくらい、頭が冴えてしまった。もう一度寝付くために、彼女は冷蔵庫の扉を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すいません朝から、トラックまで追加で用意して貰っちゃって」

 

 春嶺はそう言って肩をすくめた。皮肉なまでの快晴、時刻は0718、午前7時18分。

 

「寝不足にさせてしまいましたかね、ヴェルディエフ中佐」

「そんなことはない、もっとも、ホテルが襲われたと聞いて驚いた。こちらの警備の不手際もあったようだ」

「無事生きているだけ儲けものです」

 

 互いに完全な笑み。互いに取り繕っているのはバレバレだが、限りなく黒に近いグレー、もしくは限りなくグレーに近い黒であることは重要だ。契約関係に限ってだが、書かれていないこと、物証がないこと、把握されていないことは「存在しないこと」と同義だ。

 

(まぁ、コレをずっと部隊の前でやらないといけないかと思うと、気が滅入りますがね)

 

 そんなことを心の中だけで嘯いてから、後ろのトラックの集団を見る。

 

 輸送トラック22台、正規軍の指揮用装甲車1台と連絡用の小型車が2台。グリフォン社に貸与されたトラックが2台。合計27台はかなりの壮観だ。輸送トラックの中には40フィートコンテナ積載のトレーラーもある。本当にあれで峠を越えるつもりなのかと思うが、どうやら毎回やっているらしい。運転手の腕が良いことを信じるのみである。

 

「何はともあれ、スケジューリングをずらすことなく出発できそうでよかった。週に一回の重要な補給線を滞らせる訳にはいきませんからね」

「善戦を期待する」

「銃を撃たずに済むのが一番ですよ、ヴェルディエフ中佐。必要があれば撃つだけです」

「ははは、それは心強い」

 

 どうやら善戦を期待されるほどには、戦闘が起こることは確定事項らしい。先が思いやられる。

 

「それでは、これで」

「本当にその格好で行く気かね?」

「なにかおかしいですか?」

 

 春嶺は自分の服装を見直す。トレッキングシューズにグレーのスラックス。シャツにネクタイを締めベスト代わりに薄めのセラミックプレート入りの対刃ベストを着込み、上からジャケット。対刃ベストに白く大書された社名がボタンを外したジャケットの下から覗いているし問題は無かろう。ネームタグをわざわざジャケットに垂らす必要もあるまい。

 

「いや、山にいくのにスーツを着込む男を初めて見た」

「私の仕事はいつもこんな感じです。スーツだと体温調節が楽なんですよ」

「そんなものかね。呼び止めて悪かった。道中気をつけて」

「ヴェルディエフ中佐もお元気で」

 

 金を払って貰わないといけないですから、と心の奥底で呟いてから今度こそ足をトラックの方に向けた。なんだか姦しい声がする。

 

「MP40、どうしました? なにかトラブルでも?」

「S.O.ハルミネ。スケジューリングや規則違反になるようなものではありません。ご心配なく」

「それにしてはナガンとM14が言い争っているように見えますが」

 

 そういう春嶺に苦笑いを浮かべたのはM1ガーランドである。

 

「それがですね、M14が指揮役全滅のリスクヘッジで我々の二号車にS.O.とナガンちゃんが同乗するのはいかがなものかって言いまして。それになぜかナガンちゃんが猛反発していまして」

「ポジションの割り当ては決めてるはずでしたが」

 

 頭を掻きながら言い合いの爆心地に近づいていく。

 

「あー、ナガン」

「なんじゃ、おぬしもこやつの肩を持つのか」

「そういうわけではありませんよ。ツェナー通信プロトコルにリアルタイムアクセスするにはナガンが必要ですから。現状側に居てくれないと困ります。ナガンは私と二号車です」

「お、おう。そうか……」

 

 なぜか顔を赤くするナガン。何故そうなる。

 

「だったら私も二号車に乗ります!」

 

 右手をまっすぐ上に掲げてそう宣言するのはM14。後ろでM1ガーランドが頭を抱えた気配。

 

「M14、おぬしは一号車と指示があったろう」

「二号車の方が後方のコンテナトレーラーに近いです。トレーラーの上からの狙撃を考えるなら、ライフルは先頭を引く一号車より、二号車に配備するのが合理的です!」

「おぬし、さてはソータと一緒に居たいだけじゃな?」

 

 じとっとした目線を送るナガンだが、M14はそれをものともせずに春嶺に詰め寄った。

 

「ご決断を!」

 

 ご決断もなにもないだろうとは思うが春嶺は横に目線を走らせ、とりあえず相手を探す。

 

「……ガーランド」

「私とポジション交代しましょう。私が1号車へ乗ります」

「お願いします。これに伴い作戦単位S-1をガーランドに預けます。PPSh-41、MP40、Gr-G41、ブレン・テンを預けますので、以上メンバーは一号車に乗車」

「了解しました」

「車の運転は?」

「一通り覚えています」

「では、ガーランドも運転の交代要員として入ってください。陸軍からも一人トラックに乗りますので失礼のないように」

 

 春嶺は肩をすくめる。

 

「M14、車の運転はできますね」

「はい。最初は私がしますか?」

「お願いします。隊の中程につくわけですから道を迷うことはないでしょう」

 

 それを聞いて焦ったのはナガンだ。

 

「まて! それはどうなんじゃ!」

「なにがです?」

「軍の担当とM14とおぬしが座ったらわしが座る場所がなかろう!」

 

 貸し出されたトラックは運転室は三人掛けだ。基本3人しか運転室には入れない。

 

「じゃぁナガンは後方警戒をかねてスコーピオンと……」

「なんじゃ、わしを追い出すんかっ! わしだって運転くらい」

「アクセルに足が届くんですか?」

「……見ておれ!」

 

 そう言って彼女はあてがわれた高い位置にある運転台に上る。

 

「わしに、かかれば、これ、くらい……っ!」

 

 椅子から半分落ちたような姿勢でハンドルを無理矢理握り、膝をピンと伸ばして、なんとかアクセルに足を乗せようとする。

 

「ふん……、トラックの、一つや、二つ……!」

 

 座席にまともに座ると膝が伸びて、足がほとんど床につかないのに、どうやって運転するつもりだ。それでも諦めないのか一生懸命膝を伸ばすが、届く気配はない。

 

「……M14、運転お願いします」

「はい、わかりました」

「いまに、今に身長が伸びるのじゃ……!」

 

 春嶺は、義体に身長の変更機能が無いことをナガンに告げるかどうか悩んでから、彼女の肩を叩いた。

 

「気にしないことです。貴女が役立つところは他にある」

「そう言われると、なんだかむかつくんじゃが……」

 

 ナガンがそう言って意地でもハンドルを握りしめている。

 

「下りてください、ナガン」

「嫌じゃ」

「……はい?」

 

 予想外の反応に春嶺がフリーズ。

 

「嫌じゃ」

「いえ、嫌ではなくてですね……」

「い・や・じゃ」

 

 しばらく互いににらみ合う構図になる。トラックの運転席に上っているナガンを見上げるのは新鮮だが、こんなことでにらみ合っていても仕方が無い。半分涙目になりながら見下ろしてくる構図は戦場でなければ和やかなわがままで終わるだろうが、そんなわけにはいかないところがつらいところだ。

 

「M14、直接強制執行です。引きずり出しなさい」

「はいっ! 指揮官!」

 

 やたらといきいきとしたM14が運転席ににじり寄っていく。

 

「いやじゃと言っておるだろうが! なんじゃM14! いかがわしい手つきでわしの足に、ひゃっ! ドコを触っておる! やめんかぁ!」

「ふふふー。指揮官を困らせる人にはこうですよー」

 

 春嶺は見てはいけない物を見た気になって目線を逸らしつつ、明後日の方向に歩く。あまりに目に悪い。目線を逸らした先から迷彩服の人物がすたすたとやってくる。おそらく女性。

 

「グリフォン社の指揮官はこちらか」

「えぇ、私ですが……()()()()()()、ですかね?」

「会ったことはないはずですよ、春嶺颯太さん」

 

 赤いドレスが記憶の端にちらつく、浅黒い肌に、青い瞳。敬礼をする姿を見て肩をすくめる。警察側からのお目付役、ということだろう。念入りなことだ。

 

()()()()()()、第三一継戦支援大隊隷下、第三一六輸送部隊所属、テルミベトゥワ・ジャズグル・トロンベコヴナ曹長です」

「よろしくお願いします、曹長。……ジャズグルさんとでもお呼びしましょうか」

「なんとでもお呼びください、私はメッセンジャーですから」

 

 メッセンジャー、ね。とどこかさめた反応になってしまう。昨日の今日で『はじめまして』だ。信用できるかどうかは甚だ疑問である。

 

「よい関係性を期待しますよ」

「こちらもです、早速なんですが、……あれ、止めなくてよろしいのですか?」

 

 迷彩服の女性が指さした方向は、トラックの運転席。

 

「ま、股ぐらなんぞ触るなぁっ!」

「ここかー、ここがええんかー」

「わかった! 下りる、下りるから! やめぇ!」

 

 春嶺颯太がため息をつく。

 

「ご指摘どうも。姦しくてすいません」

「賑やかな行軍になりそうですね」

 

 空を仰ぐ。皮肉げな雲一つ無い青空だった。

 

 

 

 この1時間後、輸送コンボイは予定通り出発した。

 

 一路南へ。目指すはタジク人民共和国国境、キジル-アルト峠だ

 

 

 




やっと出発です。ナガンちゃん可愛い。

キューブ作戦楽しみですね! 夜戦は1-3nまでしか終わってないのでかなり心配です。ナガンちゃんに活躍して貰います。絶対ナガンちゃん、廃墟とかの屋内戦でサプレッサをつけたリボルバーで夜戦で無双するの似合うと思うんですよね。いつか書きたいです。


次回も頑張ります。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。