DFL―フロントエンドオペレーション―   作:油そば大尉

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フォ・ゴ・ワ ―Fog_of_War―
フォ・ゴ・ワ PHASE1


 

 

 白い家という街の名前にあるとおり、カサブランカの街並みは白く、朝日がキラキラと反射する様子は、この都市の近くまで鉄血の人形がよってきているという絶望的な状況を差し引いても、評価に値するだろう。

 

 特に大きな採光部から差し込む光は強烈で、美しくて眩しいほどだった。光あふれる部屋からその街を眺めている女性に副官が声を掛ける。

 

「指揮官様はどうしてあの男を信頼なさるのですか? 私にはわかりません」

 

 MP5の声に、ヘリアントスはどこか上の空で曖昧な返事をした。寝起きが悪いヘリアントスを起こしに来て身支度を手伝うのもMP5の副官としての務めだった。

 

「どういうことだろう」

「言ったとおりです。指揮官様はなぜあのS.O.を最前線に出したのですか? 私にはあの男は危険だと思います」

「表現がまっすぐだな、MP5」

 

 二日酔いなのか顔色がいつもより悪いヘリアントスはベッドに腰掛け、ブラに腕を通しながらそう笑った。

 

「なぜ春嶺颯太を信頼するか、か。質問に質問で返して済まないが、MP5は何故彼が危険だと考えた?」

「私達の存在意義を否定したからです」

「ほう?」

 

 ハンガーに掛けられていた制服をおろしながらMP5は少し怒ったように続ける。

 

「だって、あの男、ヘリアン様の前で我が社の方針にケチをつけたんですよ! 『グリフォン社の戦いは破綻します』とか澄ました顔で言って! 私達の力を信じていないみたいにヘラヘラと笑って! 私達は人形です。でも、ただ人形じゃないんです。なのに全部まとめて人形に頼るのはおかしいって言ったんですよ! それも配属初日に!」

 

 そのときの反応を思い出してしまったのか、表情が怒ったものに変わっていく。それを見て、ヘリアントスはわずかに表情を崩した。

 

「……ヘリアン様は悔しくないんですか? 私は悔しいです。もしあの男の言っていることが正しいなら、なぜ私たちは戦っているのでしょうか。負けるために戦っている訳じゃない。勝つために戦っているんです。そのために、私達は銃を持っているはずなのに」

「……MP5」

 

 ヘリアントスは副官からワイシャツを受け取り、袖を通した。ゆっくりとボタンを留めながら呼びかける。

 

「春嶺颯太という男は、摩擦に対応する天才の能力があると私は考えている」

「摩擦に対応する、天才……ですか?」

「クラウゼヴィッツの『戦争論』を読んだことは?」

 

 ヘリアントスの問いにMP5はかぶりを振った。それを見て、ヘリアントスはゆっくりと立ち上がり、窓際へと寄っていく。

 

「プロシアの軍事学者カール・フォン・クラウゼヴィッツは『戦争論』の中で、どれだけ緻密に、正確に組み立てた戦術や戦略も、些細な要因で遅延することを指摘した。机上の作戦は、それがたとえどんなに緻密でも、あくまでそれは机上のものに過ぎない、とね」

 

 そう言ってヘリアントスは朝日に照らされたカサブランカの街を見下ろす。

 

「我々では制御不可能(アンコントーラブル)な事象、例えば、天候、自然災害、予測不可能なトラブル、それらのせいで作戦が直面する障害……それをクラウゼヴィッツは『戦場の摩擦』と名付けた」

 

 その街並みに手を伸ばして、まるでそれをつかみ取るように手を閉じる。

 

「『戦場の摩擦』に対抗し、軍勢をまとめ上げ、勝利へと導く、指揮官の決心、これをクラウゼヴィッツは『天才』という概念で規定した。危険や苦労、不確実性が支配する戦場で、生き残るためには天才が不可欠だ。彼には、『天才』的素質……いや、摩擦に対する耐性が備わっている」

 

 白い街並みを見下ろしながら、ワイシャツを着終えたヘリアントスは笑って見せた。

 

「ツェナー通信プロトコルや拡張型情報処理機器(ASST)、ダミーネットワークに代表される電子空間の発達と拡張で、我が社の戦場は急速に広域化し、司令部からリアルタイムで遠隔地の指揮を執ることが可能になった。やろうと思えば、クルグスにいる彼らを、カサブランカからコントロールすることだってできる。クラウゼヴィッツが見たら『戦場の霧は晴れた』とでも言いそうだが、それでも、基地の中で見るマップは、あまりに現実離れしている」

 

 ヘリアントスはMP5の方に向き直った。

 

「君達のいる戦場で、どんな『摩擦』に遭おうとも、戦場を俯瞰し、指示を出せる『天才』が必要だった。その種が、彼だ。いけ好かない男だし、信頼しすぎるのは危険だ。それでも、我が社に充分意味ある人材だ」

 

 ヘリアントスの言葉を受けて、MP5はわずかに首を傾げた。

 

「……ヘリアン様のお話は、難しくてよくわからないです」

「戦場というのはもっと難しい。だからこそ、君達戦術人形も知識を持たねばならないと考えている。難しくても、学んで行かなければ、な」

 

 ヘリアントスはMP5の頭を撫でてから、朝の光を映していたガラス面に触れる。とたんに美しい白い街並みがブラックアウトした。次の瞬間には、機材の熱で仄暖かいガラス面に、全世界で展開しているグリフォン社の戦況が投影され始めた。

 

「早く美しい街並みを取り戻さねばならない。そのために我々がいる。君も、私もだ」

「――――――――はいっ!」

 

 満面の笑みを浮かべるMP5に笑い返してから、ヘリアントスはスカートを手に取った。

 

「さぁ、今日も仕事だ。忙しい前線組に誹られないように、給料分の働きをするとしよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「暇じゃ」

「でしょうね」

 

 結局、三人乗りの運転席に乗り込んできたM1895『ナガン』がぼやくが、これが5度目ということもあり、春嶺は素っ気なく返事をしただけだった。それに膝の上に座られるというのは、長時間になると苦しい。首の後ろに貼り付けた指揮管制装置(プロンプター)の排熱もあり、なかなかに厳しい条件だ。

 

「何事もなく二日間じゃぞ」

「いいことですよ。PMCが暇な世界はよい世界です」

 

 春嶺はとりつく島もないという反応だが、ナガンは相当ご立腹の様子。その様子にハンドルを握っているM14も苦笑いだ。

 

「でも、この位置だと前もトラックの荷台しか見えませんから、暇なんですよね」

「気を抜かないでくださいね。ドライバーが居眠りなどされたら目も当てられません」

「わかってますって」

 

 M14は安全運転を続ける。疲れ知らずの人形というのはつくづく便利だ。運転も安定している。コンボイの輸送班の運転は人間がやっているため、その休憩等はあるが、M14はもっとぶっ続けで走りたい様子。結局ドライバーの交代もなく、夜間は休んでいるとはいえ、二日間ハンドルを握っている。もしかしたらM14は運送業に従事していた人形だったのかもしれない。そんなことを考えながら春嶺は横をチラリと見る。

 

「……もう木があまりなくなりましたね」

「すでに高度は3,000メートルを越えています。森林限界が近いみたいですね」

 

 M14の声にそんなものかと思いながら手元のタブレットを見る。半世紀前に日本のゲーム機で採用されたハードウェアを原型にしたというその機械はつくづく頑丈だ。物理キーを仕込んだコントローラ部だけを取り外し、左手に持つ。液晶部分だけをなんとか持ち上げて覗き込もうとする。目の前のナガンが邪魔で目線の高さまえ持ち上げるしかない。

 

「前が見えん。前方哨戒ができん」

「だったら私と一緒に後ろに移りますか。スコーピオンやM1911も暇してるでしょうし」

「後ろも狭いんじゃ。戦術単位S分の傀儡人形(ダミードール)を積んでおる。それにすぐ使えるようにって使い勝手の良い位置を格納容器(キャニスタ)で占領しとるんじゃぞ。そんなことろに五人も言ったらこっちより狭いぞ」

 

 足を振って(すね)を蹴ってくるナガン。ダッシュボードをガンガンと蹴るような形になる。

 

「まーったく、このPMCはいちゃついちゃってもう……」

 

 そんな春嶺の状況などいざ知らず、窓際の助手席でそうため息をついたのはジャズグル――テルミベトゥワ・ジャズグル・トロンベコヴナ曹長だ。褐色の肌に青い目が光る。

 

「そんなんで戦えるんですか?」

「戦わないで済めば一番なんですけどね」

 

 視界を遮る真っ白な嵩の高いロシア帽を躱して前を見ようとするが、なかなか苦戦している春嶺。なんとか電子地図を盗み見た。見にくいことこの上ないのでダッシュボードに置く。

 

「大分来ましたね」

「えぇ、この様子なら今日中にキジル=アルトを越えていけるかと思います」

「……この調子なら、ね」

「何か気になることでも?」

 

 ジャズグル軍曹が問いかける。その手には小さな端末、数年前までスマートフォンと呼ばれていた信頼性の高い――古めかしいともいう――ものだった。

 

「いえ、そうなることを願っています」

 

 ジャズグル軍曹は何かを打ち込んでいる様子、盗み見ると、テキストが打ち出されていた。……『盗聴器があります』。

 

「まぁ、すでに標高は3000メートルオーバーとなれば、人間の活動はある程度制限されてしまうことになります。ここからが我々の仕事となるわけですが、私の部下は優秀ですよ」

 

 そう言う春嶺の左手で十字キーがものすごい勢いで操作され始めた。ダッシュボードに置いた端末に文字が打ち出されていく。

 

『怪しいのをまとめてここに乗せたのですから当然でしょう。このトラックごと吹き飛ばすみたいなことがなければいいんですが』

「その言葉を信じたいものです」

 

 ジャズグル軍曹はそう言い、端末をフリック操作でコントロールする。

 

『そちらが掴んでいる情報を教えてください』

『まともには知りませんよ。ジャズグル軍曹の方がご存じだと思います』

「……雪、でしょうか?」

 

 空を睨んでそういったのはM14。正面を見ると灰色の雲がかなり近くに見える。

 

「時期的にはまだ積もらないはずですよ」

「ここで遭難騒ぎは勘弁願いたいものですね。……警備二号車(ガード2)から警備一号車(ガード1)、ガーランド、全隊へ」

 

 春嶺が無線を開く。グリフォン社のメンバー向けの音声通信だ。

 

「悪天候の兆しを確認しました。視界が悪くなります。アンブッシュへの警戒を厳に。交戦距離が短くなることが予想されます。気合いを入れてください」

《こちら警備一号車(ガード1)、ガーランド、了解しました》

 

 ガーランドの声が無線に乗る。

 

「スコーピオン、P7、外での警戒、気をつけてくださいね」

《なによ、いい人ぶっちゃって》

《やーい、スコーピオンのツンデレー》

《P7後で覚えときなさいよ!》

 

 コンテナの上で屋外警戒をしている二人のうるさい声が聞こえてきて、春嶺はわずかにイヤホンの音量を下げた。マイクがオフになっていることを確認して、横の軍曹に向けて口を開く。

 

「悪天候で、高地です。なにが起こるやらわかりませんが、出たとこ勝負ですね」

 

 春嶺はそう言いながらまたテキストをタブレット端末に打ち込む。

 

『成功率がいきなり下がった理由として、現地ゲリラというのは考えていません』

『なぜ?』

 

 ジャズグル軍曹が端末にすぐさま返してきた。

 

『おそらく人形を持つ何物かがバックで支援しています。おそらく陸軍に繋がったなにものかです。それに襲わせて、武装を強奪させる。最後尾の指揮装甲車と()()()()()()()()()()()()()トラックを強奪させるつもりでしょう』

 

 そう打ち込んでいる間にも雪がちらつき始めた。

 

「外は寒そうですね」

「のう、本当にスーツでよかったんか?」

 

 ナガンが会話に割り込むが、その目線はタブレット端末に釘付けだ。外から見てバレバレにならなきゃいいが、と心配しながら春嶺は答える。

 

「スーツは元をたどれば軍服ですよ。使い勝手は良いものです。それに、今回のは元々警備用などのために仕立ててあるものですから」

「ようわからん」

「聞いてきたのはナガンじゃないですか」

 

 そう言いながらも文字を打つ手は止まらない。

 

『ただ、今回は戦闘は苛烈になるかと思います。我々がいることは、おそらくバレている。最悪の場合、空荷のトラックを爆破しましょう。うちにも火薬はありますからね。それで陸軍との関係性に向こうが不信感を持てば御の字です』

「……えげつないわね」

「なにがです?」

 

 打ち込まずにそんなことを口でいうジャズグル軍曹。とりあえずわからないふりで答えておく。

 

「そのスーツよ。最初は気がつかなかったけどよく見ると対刃装備じゃない」

「まぁ、防弾機能はありませんがね」

 

 拳銃弾くらいは防げるけど、とは言わない。盗聴器に態々吹き込ませるのを向こうは意図しているのだろう。

 

「なにも着てないよりはマシですよ」

「全裸でここに来る馬鹿じゃなくてよかったわ」

「そんなバカに見えますか?」

「スーツでちっちゃい子といちゃつく程度には」

「なんじゃとぉ!」

「ナガン、クライアントにそんなに突っかからないでくださいよ。余裕を持ってこその大人というものです」

「ソータ、そんなに鉛弾がお好みか……」

「鉛中毒になりそうですね」

「はいはい、そんなにいちゃつかない……」

 

 二号車の運転室はとても姦しいが、その喧噪を割るように無線通信が入った。

 

《前方にロバを連れた一団あり》

「前方要員、状況確認(コンファーム)

 

 春嶺の指示を受け、最前列のトラックの上で見張り中のスコーピオンからの声が響く。

 

《数は18、物売りの商人みたい。女性が多い。ロバ10頭、武装は確認できない》

「低強度警戒対象ですね、全員、シートベルトは外しておきましょう。スコーピオン、P7はそのまま警戒、セフティは外さないでくださいね」

 

 春嶺はそう言ってからアタリをみる。

 

「山の斜面で迂回路はなし、左は谷で右斜面から撃ち下ろされる可能性あり。か……」

「ソータ。どうする気じゃ?」

「最後尾まで抜ければよし、抜けられなければ撃滅する必要があるかもしれません。何事もないことを願いますが……」

 

 その直後、発砲音。

 

「そうもいかないか。S1降車。スコーピオン、狙いを外して撃ってください。まだ当てないように」

 

 プロンプター経由で情報が送られてくる。一号車に乗車していた戦術単位S1が飛びだしていく。とんでもない爆発力で飛びだしたのはGr-G41だ。

 

《了解!》

「わたしも出ます!」

 

 そういったM14に待てとジェスチャーを出す。

 

「S2は後方警戒続行、この規模の襲撃ではコンボイは全滅しません。別動隊に警戒」

《ごしゅじんさま! ちがう!》

 

 Gr-G41の焦った声がする。

 

《りくぐんがうってる!》

「S1射撃中止、Gr-G41、陸軍側を止めなさい」

「もう遅いです」

 

 横のM14が冷静な目で前方を見ながらそう言う。春嶺も、Gr41の視界をプロンプター経由で呼び出した。

 

「生身の人間とロバじゃ、指揮管制車の車載機関銃で一瞬で蜂の巣、か。……軍曹、こちらの脅威判定と軍の脅威判定に著しい乖離があるようだ。軍ではすれ違う商人にも発砲するのですか?」

「……そこまで腐ってないと思いたいですが」

「輸送隊長のカビリ大尉と話がしたい。無線を繋いでもらえますね?」

「……了解しました」

 

 やれやれ、こんなことで交渉(ネゴ)か。とため息をつきながら春嶺は無線を受け取る。

 

 

 その間にも確実に、トラックの車列は、雪と霧の中に飲み込まれていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……、先頭車両は民兵、後方のトラックにもきっといますね、戦術単位Sが二個というところでしょう」

 

 霧の中にその影が溶けていく。

 

――――よくやった、君の古巣との戦いになるわけだが、やれるかね。

 

 彼女はその声を憎む。それでも、従うしかない。

 

 

 

 

「はい、この一〇〇式が、倒してみせます」

 

 

 

 




お待たせしました。G11待ってます。配給と弾薬ください。

ゲームしてると執筆できないのナンデですかね。

そんなことより、いよいよ本格的に行きますよ! 戦闘です! ひゃっほい!

これからもよろしくお願いします。
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