DFL―フロントエンドオペレーション―   作:油そば大尉

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フォ・ゴ・ワ PHASE2

 

 

「まさか、こんな山の中で野宿する羽目になるとは。それにこの雪、なかなかに悪条件ですね」

「……仕方が無いでしょう。この先は離合もできない幅の狭い峠の下り坂。日が落ちきってから下るのは自殺行為です」

 

 ジャズグル軍曹にそう言われ、春嶺は疲れた顔を隠すことなく窓の外を眺めた。すでに晴れ上がっているが、雪が数センチ積もっている。積雪はないんじゃなかったのかと、気象観測所の人間を恨みたくなるが、恨んだところでどうしようもない。

 

「雪は嫌いですか?」

 

 ジャズグル軍曹は毛布を被りながらそういった。

 

「寒いのは苦手です。ですが、雪が降ると熱光学迷彩は透過率が下がる。発見が容易くなるので痛し痒しですね」

「仕事熱心なことで」

 

 ジャズグル軍曹はそう言ってもぞもぞと毛布を体に巻き付けて座り直す。トラックの運転席にリクライニングなんて洒落たものはない。なんとか背中と首をを痛めないように気をつけながら姿勢を直す。

 

「歳ですね、なかなか眠れそうもありません」

「そんなに苦しいなら荷台で休まれればいいのでは?」

「まぁ、そうなんですけどね」

 

 ジャズグル軍曹の言うとおり、荷台で傀儡人形(ダミー)格納容器(キャニスタ)と肩を並べて横になる手もあった。しかし、当直をサボったらしいM1911が『はぁい! ダーリン、暖めてあげます♡』と両手を広げ、Gr-G41が眠そうな目を擦りながら『ごしゅじんさま、いっしょにねる?』と言ってきたため、即時転進して今に至る。

 

「なんで帰ってきたんです? あんな格好させてるのあなたの趣味なんじゃないんですか?」

「ご冗談を。権限があるならとっくに迷彩服で統一しています」

「傭兵のオペレータってそんなに権限無いんですか?」

「ありませんよ。戦術人形は基本的にパッケージングが完了しています。下手に崩せないんですよ」

 

 戦術人形は、その核となる銃器と義体、そしてその周辺機器(アクセサリ)もまとめて一つの行動単位(パッケージ)である。外装の一部である外套や帽子などもそれぞれの特性に合わせて設計されたものだ。

 

「にしても、アインちゃんって呼ばれてたあの子ほとんど下着じゃないですか。シースルーのベビードールみたいな格好じゃないですか」

「あぁ、Gr-G41ですね。整備レポートだとあの子、基本装備だけでかなりの重量なんですよ。機動力を確保するために、あれぐらいしか外装に重量を回せなかったそうです」

 

 肩に巻いた毛布を直しながらタブレット端末を覗き込む。そこに映るのは全部隊の人員配置図だ。リアルタイムでの活動が確認できる。

 

「それにしても服くらいちゃんと着せてあげなさいよ。見てる方が寒いわ」

 

 ジャズグル軍曹の視線の先には、Gr-G41。ちょうど見張りの交代に行くのだろう。

 

「……それは確かに」

 

 春嶺はそう言ってドアを開けた。峠を登り切って雲は自分達の下を流れているらしい。空は満点の星空だった。第三次大戦の前は人工の光で空は塗りつぶされ、星なんてまず見なかったと聞いている。人類が瀕死の状況で空が輝くというのは、皮肉なものだ。

 

「アイン」

「ごしゅじんさま!」

 

 呼びかけるとG41がパッと笑って走ってきた。これもまた、皮肉だろうか。

 

「ごしゅじんさま、どうしました?」

 

 こてんと首を傾けて春嶺の顔を覗き込むG41。自分の感情をコントロールできていないと、春嶺は自戒する。

 

「見てるこっちが寒くなるから、羽織っていきなさい」

 

 春嶺が渡したのは少々厚手のトレンチコートだ。ちょうどこの岩だらけの哨戒なら、少しばかりは迷彩効果もあるだろう。

 

「いいの?」

「しっかり羽織っていきなさい。丈が長いから気をつけて」

「わかった! あとでかえすね!」

 

 うれしさに弾んだG41の息が、白く曇って、溶けていく。

 

「そうしてください。では、気をつけて」

「うん!」

 

G41がそう言って山の尾根を伝うように離れていく。彼女達は夜目が利く。少しは周囲の人間の相手はできるだろう。

 

「それで、あの子達を引かせるっていう判断はしないのね?」

「先ほどの話の続きですか? ジャズグル軍曹」

「……だからこそ、攻撃は止めさせたでしょう」

 

 ジャズグル軍曹は目線を足下に落とした。

 

「……ガス抜きは必要、ですか」

「Mr.ハルミネ。きっと貴方の非難は間違っていない。(おおやけ)に扱われる暴力は、正義として認められる暴力は、決してあんなものではない。私はそれを信じています」

「でも、事実は違った」

「えぇ、だからこそ、この軍隊は人形による戦力を求めています」

 

 ため息をつく。やはり息は白かった。

 

「ジャズグル軍曹、人の普通と人形の普通は違うんです。貴女が考えるより、戦術人形は不完全なんですよ。これは、前も話しましたかね」

 

 春嶺はトラックのドアに寄りかかり、そのまま体重をかけてドアを閉める。ジャズグル軍曹が手回し式の窓を開けてきたあたり、『話は止めにしよう』という意図は伝わらなかったらしい。

 

「どういうことかしら」

「……人間は、人間が考える以上に高性能で、したたかです。そして、その狭間で揺れる彼女達人形は、時に人間の価値観で扱うと、悲劇を巻き起こす」

 

 春嶺はそう言って空を見上げるようにして続ける。

 

「彼女達は生身の人間の様に振る舞い、人間のように感情を露わにします。でもその体の仕組みも、心の仕組みも、人間とは根本的に異なります。人間の尺度で彼女達を図ることは、的外れです。人間の言葉の行間を読んで行動するためには、いくつもの判断基準が必要です。それを論理回路に組み込むには、その摺り合わせに膨大な時間を必要とする」

「服装もまた同じ、ということね」

「戦況に併せて装備の変更もしますが、この程度の状況なら現状の装備で対応可能ですし、下手になれない服を着せることは、護衛の成功率に影響します」

 

 やたらと服を気にするあたり、ジャズグル軍曹はやはり女性だ。そして彼女の感性は、人間として正しいものだと、春嶺も考える。

 

 でも、戦場では正しさなどにかまっていられないし、彼女達の服装は、彼女達の性能に合わせてチューンされ、装備の換装にはガイドラインがある。そしてそのガイドラインに沿って行動するために『外装品を破棄せよ(ふくをぬげ)』と命令しなければならないのがオペレータだ。マント型の熱光学迷彩投影用スクリーンを装備させる際など、演算に必要な要素を少しでも減らすためという名目で、それ以外の外装品を撤去することを推奨していたりする。

 

「そこまでして戦わせたいのね」

「だったら貴女が代わりに鉄血とやり合いますか?」

「……そこまでして戦わせたいのね」

 

 その言い方に少し笑ってしまう。

 

「効率の問題です。“だれも死なないという安全 だれも死なせない未来”、ですよ」

「人形は人じゃない、かしら?」

「その通り。少なくともそう思わなければやってられない」

 

 それを言えば、ジャズグル軍曹はため息をついた。

 

「あなたはそれに納得していない」

「えぇ」

「ならなぜ、貴方はそれを変えようとしないの。Mr.ハルミネ」

「変えるために、今も戦ってますよ。今、このときも」

 

 春嶺はそう言って振り返る。運転席を見上げる彼を風が撫でた。スーツの上着が風に膨らみ、ネクタイを揺らす。その首元に光るのは指揮管制装置(プロンプター)、アクセスランプがチカチカと瞬き続けていた。

 

「ナガン」

「なんじゃ」

 

 トラックの荷台から白い影が飛び降りる。

 

「音声管制でいきます。枝が付きましたね」

「なんじゃ、おぬしは気づいたか。……うちの会社が相手か?」

「おそらくは」

 

 春嶺はそう言って、肩をすくめた。

 

「全隊へ、ツェナー通信プロトコルをカットオフ、以降は通信機で指示を出します。ダブルクロス、状況はダブルクロス。ナガン、貴方の電脳、借りますよ」

 

 そう言って、首元のプロンプターからケーブルを引き出すと、ナガンの耳の裏、有線通信用のジャックに差し込んだ。

 

「いいんか? わしだけ回線オープンだとつけ込まれるぞ」

「それが目的ですよ。相手をしっかりと読まねばどうにもできません」

「体よくこき使うな、おぬし」

「必要なのは相手の情報であり、相手との対話です。リトがうまいこと対策をしてくれました。カウンターを放てるようにしています」

「おぬし、相手を知っておったな?」

「文句はミス・ヘリアントスへお願いします」

 

 春嶺はそう言って、端末から電話を掛ける。呼び出しはリトヴァ・アフヴェンラフティだ。

 

《はじまった?》

「えぇ、おそらくは」

《それじゃ、カウンターハッキングはこっちでやるよ、悪いけど、渡してたアンカー、ナガンちゃんに渡しておいて》

 

 春嶺はナガンの電脳に、一つのプログラムを転送する。

 

「なんじゃこれ」

「リトにお願いして作って貰ったプログラムです。内密にお願いしますよ」

「ソータ、おぬしはどんどん悪の道を突き進むのぅ」

「これで皆の生存率を高められるなら、いくらでも。……リト、ナガンに渡した」

《OK、では始めよう》

 

 星明かりが照らす山岳地帯、最初の銃声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「気づかれた!」

 

 いきなり電脳通信が途絶えた。相手が電脳を自閉モードに切り替えたのだ。一〇〇式は伏せていた場所から跳ね起きる。ハッキング開始からわずか32秒、ここまで瞬殺されるとは思っていなかった。

 

(自閉モードへの切り替えが想定よりかなり早い!)

 

 戦術人形は戦闘に必要となる膨大な情報を処理し、戦うために、ニューロモーフィックチップを積載した高規格電脳を必要とする。その電脳は機密情報の塊だ。そこに悪意ある誰かに電子的攻撃をされては、一騎当千の戦術人形もただの重たいガイノイドだ。それを物理的に防ぐこと、電脳へのアクセス自体を遮蔽するモードが自閉モードである。電波がなければハッキングのしようもないし、無理矢理こじ開けるには、人形に物理的に接続をするしかない。一〇〇式も無傷では済むまい。

 

「力業ですけど、実際有効ですね。まったく、優秀な指揮官です」

 

 外部との通信を()()遮断するということは、傀儡(ダミー)で数を水増ししながら攻撃するという手段が使えないということだ。現場に来ている人形がよほど戦力的に優秀か、もしくは襲ってくる側の戦力が少ないことを知っているか。

 

 一〇〇式が雪で湿った山の斜面を駆けていく。たった数十秒潜っただけになってしまったが、それで得られた情報を整理する。

 

(部隊は11人。指揮官一人。ライフル持ちはコンボイに張り付いている。即応可能なサブマシンガンとハンドガンを中心とした編制)

 

 自分の足下で雪が弾けた。

 

「S.O.、目視視認しました」

 

 遠くからそう言う声が聞こえる。ハイテンポの射撃音。サブマシンガンだ。視界の倍率を上げる。武装を確認、見えたのはMP40。飛び退くようにしてそれから逃れる。輸送隊の位置は把握している。

 

「こちら一〇〇式、フェーズ3-2、フェイリア。プランKKに変更。すーちゃん」

 

 こちらの奇襲は失敗だ。それでも、まだ手がある。無線にカリッとノイズが入った。どうやらちゃんと無線に届いていたらしい。

 

「敵パッケージは一〇〇式機関短銃を所持しています。機動戦に警戒」

 

 どうやら目の前のMP40は、電脳通信が使えない状況での指揮役でもあるらしい。もしくは情報が筒抜けになっていることを知らせるためにわざと声に出しているのか。

 

「舐められた、ものですね」

 

 時間をかければ、向こうに増援が来る。攻めるしかない。

 

 雪を蹴って一気にMP40の懐に飛び込む。

 

「っ!」

 

 相手が焦った顔。一〇〇式機関短銃には既に短剣が装着されている。星明かりで白く光ったソレを相手の腹部を狙って突き出す。MP40は半身を翻し、右肩からぶつかってきた。下手に距離をとるより、と考えたのだろう。完全に密着してしまえば、銃剣は振れない。

 

「ちぃっ!」

 

 MP40の左手が一〇〇式機関短銃のマガジンキャッチを押し込んだ。横から突き出たバナナ型の弾倉が振り落とされる。一〇〇式が足を振り上げ、MP40を蹴り上げた。距離が開いた。木製ストックを握りしめ、振り上げる。

 

 振り落とされた銃剣を間一髪横に転がることで避けるMP40。そのまま急な斜面を転がり落ちるように距離をとった、一〇〇式の手がマガジンに伸びる。直後に足下で雪が爆ぜた。

 

「!」

「あなたが、ごしゅじんさまがいってた、ダブルクロス?」

 

 甘ったるい、声が割り込んだ。大きなピンと立った耳が星明かりを背景に見えた。

 

「だったら、こわして、いいよね?」

「……なるほど、貴女が相手ということですね、Gr-G41」

「ごしゅじんさまをこまらせるなら、ゆるさない、から」

「貴女の指揮官に罪はないでしょうが、こちらもやらねばなりません。お覚悟を」

 

 弾倉を差し込み、ロード。G41の目の色が変わる。左目が澄んだ蒼から、赤へ。

 

「Gr-G41、戦闘制御プログラム、ロード」

 

 同じ声のはずだが、いきなり機械的な言葉に変わる。

 

「目標、一〇〇式機関短銃」

「まだ未熟ということですね。義体と心がマッチングが不完全、か」

 

 一〇〇式がにやりと笑う。

 

「対象を排除します」

「一〇〇式機関短銃、参る!」

 

 両者が同時に踏み切った。

 

 




かなり短いですが、なんとか投稿です。

いきなり評価とお気に入り登録数が爆上がりしていて戦々恐々してます。

次回はフルに戦闘回! G41のバーサーカーっぷりに乞うご期待(自ら首を絞めていくスタイル)

更新頑張ります!
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