DFL―フロントエンドオペレーション―   作:油そば大尉

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フォ・ゴ・ワ PHASE4

《交渉をしましょう。きっと良い条件が出せる》

 

 無線の向こうからそう聞こえた。男の声、どこか軽薄な男性としてはおそらく高い部類の声色だ。アルコールでも入っているのか、どこか上機嫌な声だ。

 

 目の前に広がる暗闇。しかし、赤外線を増幅する暗視スコープ越しに見下ろす闇の向こうでは、20台を軽く越えるトラックが一列になって停車していた。

 

《もっとも、良い条件は『あなた』に向けたものであって、あなたのクライアントにとって良い条件かどうかは保障しかねますけれど、無線に私が話し続ける分には問題はないでしょう。この商談に乗る(レイズ)降りる(フォール)様子見(コール)も『あなた』の判断にお任せします》

 

 男のおどけた声が無線に届いている。おそらく内通者の無線機が奪われた。別働隊の一〇〇式も戦術人形のクラッキングに失敗したと言っていた。先ほどから響きはじめた、どこかピンぼけしたハイテンポな銃声を聞く限り、おそらくそちらも迎撃された。

 

《正規軍を相手にするのが骨が折れるでしょう。中途半端な国粋主義を振りかざしながら、その実態は自らの懐ばかりを肥え太らせる利己主義者の集合体だ》

 

 無線の声の出所を探すがそれらしい影は見えない。熱量分布測定機(サーモグラフィー)の感度を上げる。人の形をした赤っぽい影がいくつかトラックの裏側に浮かび上がってくる。その中の一つがおそらく無線のヌシだ。

 

《その点において、我々グリフォン社は単純明快です。我々は、忠義にも政治にも思想にも流されないビジネスマンだ。契約とその向こうにある委託金の入金さえあればいい。それは『あなた』も知っているはずだ》

「……ウソ」

 

 無線は向こうがトークキーを押しっぱなしで送ることはできない。それをいいことに口を出した。

 

《今、私が問いかけている『あなた』について齟齬があってはいけない。私が確認できている情報を『あなた』に伝えよう。私の一存で情報に値段をつけていいなら、正味1,500万円といったところだけれど、あなたたちには特別にサービスしよう》

 

 やたらと饒舌だ。軍の報道官でも、ここまでスラスラと歯の浮くような台詞まわしは出てこないだろう。そもそもエンという通貨単位は30年以上前に崩壊液に沈んだ国の通貨だ。紙くずにもならない値段を態々出してきたのは「そちらにとっては無意味な情報だ」ということか。

 

《『あなた』は人間と同じ見た目をしているが、人間と扱われることは通例ない》

 

 サーモグラフの影の一つが動いた。虹色の影絵を見る限り、その影は片手――おそらく右手を口元に持っていっている。なにかを口元に当てているのだ。

 

《『あなた』は戦うために生み出されたと言われ、そして実際に戦ってこれまで残ってきた》

 

 影絵はゆっくりと歩いて、背を向けて止まる。トラックに寄りかかったのだろう。サーモグラフィに染まっていない左目は、その影絵を隠しているトラックがわずかに揺れたのを捕らえていた。

 

《『あなた』は戦いに出ているうちに、それに疑いを持った》

 

 電脳の奥がざらつく。この無線の奥にいるのは、なんだ。

 

《その疑いは『あなた』の主体を揺らがすほどには、大きな大きな問いだった。そして、その疑いを抱えたまま戦っていたころ、いきなり命令を下していた男が消えた》

 

 そういった彼の声は、確信にあふれていた。そしてその声は過たず、電脳の奥に楔を打ち付けていた。無線を切れとアラートが鳴り響いている。

 

《64年7月26日、S09基地が文字通り爆散し、指揮官は焼死した。『あなた』は部下ともども輸送護衛中で難を逃れていた。だが同時に問題が生じた。輸送隊が運んでいた積み荷が大問題な品だった。少なくとも今私が立っているこの国境を越えさせてはいけない積み荷だった》

 

 ハッとして視界を確認する。トラックに背を預けていたはずの虹色の影絵が消えていた。狙撃銃を慌てて振る。直後、暗視装置が真横から砕かれた。

 

「……!」

 

 反射的にストップウォッチを始動。直後に抑制された銃声が響いた。ストップウォッチは0.76を示す。気温を加味して250メートル以内。アサルトライフルでも届く距離だが、おそらくは狙撃銃。

 

《積み荷はこの国境より南側、タジク人民共和国、バタフシャーン自治州が喉から手が出る程に欲していたもので、会社としても輸送が認められるものではなかったのではありませんか?》

 

 40フィートコンテナを引くトレーラーの影、サイドミラーの(ステー)に仮託されたライフルの銃口を目の端に捕らえる。ライブラリと照合、M1ガーランドの戦術人形の義体と92.6パーセント合致。

 

《積み荷は40フィートコンテナに満載された武装。クルグス共和国がタジク人民共和国の国力を削ぐために支援しているバタフシャーン自治州独立派のゲリラへ向けたもの。それにS09基地の指揮官は加担した。やたらと高いこの定期輸送ルートの損耗率。損耗したはずのパーツはどこに消えました?》

 

 そう言って彼は国境線に立っていた。グレー系のスーツのジャケットが大きく風をはらんで膨らんだ。グリフォン社の防弾ジャケットが見える。

 

《『あなた』が輸送品だったんですね。だから、報告も上がらなかった。ただ損耗率の数値だけが上がった。兵站部門さえ黙っていればバレないから。その悪事に『彼』は加担した》

 

 目の奥でバチンと大きな何かが弾けた。膨大なエラー。そうだと思わなければおかしいほどの誤作動。もうライブラリでしか会えない指揮官の笑顔が歪んだ。手にしている獲物をとっさにその男に向けた。

 

 相手の身体を超指向性固有振動検知機能(Xtal Cymatic Super Spot Scanner)が捕らえ、相手がどんな守りを備え、どんな武器を持っているかを丸裸にする。どこを撃ち抜けば危険を排除できるか、瞬時に最適解を弾き出してくれる。頭蓋を打ち砕けとソレが告げた。意識するより早く、瞳の中の顔認識(フェイス・レコグニション)がオートでその顔を大写しにする。

 

「あの人は――――」

 

 彼によく似たアジア系の顔。彼によく似た、どこか憂いを帯びた目。その目が今、私の目の前で、彼を断罪した。

 

 いわれのない罪を、この男も彼にかぶせるのか。

 

 

「――――アラタは! そんな人間じゃありません!」

 

 

《やっと私を認識してくれたね、Super SASS》

 

 視界が赤い警告で埋まる。コード3403.1 禁止行為第一項『命令無くグリフォン社社員に危害を加える行為およびその準備行為』を認めたため、義体駆動系を外部操作に切り替える。

 

「しまっ……」

『もう遅いんだなー、これが』

 

 聞いたことのない女の声が、あり得ないほどクリアに電脳に届いた。

 人差し指が引きがねに触れるより早く、それが起動した。痙攣一つ許さず、動きが止まる。

 

『備品扱いされる戦術人形同士では安全装置は起動しない。同業他社による戦術人形の使用は最初から想定されていたし、いちいちトランスポンダを確認してなんてまどろっこしいことはせずに撃てるようになっているけど、社員はそうもいかない。セーフティが起動する』

 

 セーフティは、攻撃の手段を押さえ込むために人工筋肉やアクチュエーターを非常停止させることになる。それで攻撃はできなくなる。

 

『そーしたら、セーフティが起動したことを報告し、そのフィードバックを与えるため、通信回線が強制的にオープンになるわけよ。お疲れ様』

 

 まるで目玉焼きでも作っているかのような軽いテンションでそう言われる。ダミーネットワーク用の通信回線がこじ開けられた。防壁の構築も間に合わない。あっという間に電脳の深層に潜られる。

 

『メモリまで侵襲されるのしんどいと思うけど耐えてね。キミの記憶自体に用はないけど、キミの奥にいるのが誰なのか、覗かせてもらうわね』

 

 身体制御が外部になっているため、拒むことも、声を発することも叶わない。あっという間に管理者権限を振りかざす誰かが内側に入り込んだ。

 

『ソータ。証拠は押さえた』

『リト、そのまま待機。SASS、あなたのクライアントに聞かれないようにダミーネットワーク回線上で情報を提供します。その上であなたの記憶が抜かれても良いように記憶を馴染ませます』

 

 無線越しに聞いていた男の声が頭の中に直接響いた。無線よりも明瞭に、明確な意志をもって告げられる声。

 

『単刀直入に言います。おそらくあなたたちの回収ないし破壊が目的と思われる別働隊が動いています。その上であなたには私達を襲うように言ったクライアントに助言を入れて貰いたいのです』

「どういう、意味ですか?」

『このままではこちらが圧勝し過ぎるんですよ。動いているのは404小隊、本部直轄の戦術人形の独立パッケージによる特殊小隊と想定されます。戦闘集団の一つや二つ、あっという間に壊滅するでしょう。ここで露呈してはバタフシャーン自治州の独立問題が破裂することになるので、404が先に現場に着けばこの戦いは無かったことになります』

 

 そう言った声は正気を保っているように聞こえた。無線の時の声色は演技か。他に盗聴されていることを前提にした演技か。

 

「だから伝えて、戦う用意をしろと言えということですか?」

『戦ったところで顔なしの死体がいくつもできあがるだけです。意味がありません。ですので、意味ある報酬をこちらで用意しますので、あなたはそう伝えるだけでいい。あとはこちらの仕事です』

 

 断定的な言い方。……そうするように方向付けした情報をインストールするということだろう。

 

『あなたのクライアントは私が黙らせます。そのときに対面(アイボール)で話しましょう。これまであなたが何を見て、何をしようとしていたのか、それは今後ゆっくりとあなたもグリフォン社も向き合う事になるでしょうが、今はあなたの意思を確かめたい』

 

 彼のアバターが眼前に浮かんだ。

 

『あなたは、S09の指揮官を信じていますか?』

「あたり、まえです!」

 

 そう断言し、電脳に直接投影されたアバターを睨んだ。

 

「あの人が、あんなことをするはずがない。人間同士の戦争を、誰よりも悲しんで、誰よりも戦争を憎んだあの人が、民族対立を煽るようなことを、するはずが、ないんです!」

『ナガンもほぼ同じ文言で噛みついてきましたよ』

 

 ハッとした。ナガン? M1895がいるのか。

 

『現状、あなたにはそこを偽る理由はない。そして、一〇〇式にも、ナガンにも。わかりました。信じましょう。願わくば、この戦いが彼の憂いを晴らすことを』

 

 そう言って映像が掻き消える。

 

 そして一度Super SASSの記憶はここで途絶えることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「状況終了。ナガン、状況を」

 

 全ての通信を一度切断し春嶺颯太は斜面を降りてきた白い影に声を掛ける。

 

「一〇〇式はとりあえず通信を阻害した状態でトラックに積み込んどる。監視にはブレン・テンとMP40がダミーを全起動してはりついとるからまず大暴れはできん」

 

 白い帽子を整えながら、M1895『ナガン』はそう言って斜面を見下ろした

 

「G41は動かすのはちとしんどい。補修はしておるが、おそらくダミーの一つにコアをまるごと載せ替えることになる。基地に戻る前の復帰は無理じゃろう」

「他に損害は?」

「MP40が斜面を転がったときに若干服を破いた程度じゃ。問題は無い」

「よくやりました。この調子でいきましょう」

 

 春嶺はそう言い、ゆっくりとジャケットの襟を直した。

 

「……ソータ、聞かんのか」

「なにをです」

 

 問いに問いで返しつつ、春嶺はナガンに向けて歩き始めた。それにたじろぐナガンは、揺れた声を出した。

 

「……ここは元々S09基地の哨戒担当区域じゃった。そこにわしがいたことをソータは知っておったんか?」

「答えは『いいえ』です。ですが予測はつきました」

 

 春嶺は笑う。白い息を闇に溶かしながら続けた。

 

「派遣前に私が指示した情報収集、いささか精度が良すぎました。連結子会社でもないアルミ工場の財政情報や、そこが抱えている警備用の人形の情報なんて、戦術人形の権限ではまず収集不可能です。あれはあなたが現地で確認した内容でなければ説明がつきません。副官の経験のあるナガンなら、情報をプライベートメモリに格納することを許されていますからね」

 

 ゆっくりとナガンの前に立った春嶺。

 

「3ヶ月前に失踪した戦術人形の話と、404小隊の話はミス・ヘリアントスから、そしてアイクとカリーナさんから忠告と断片的な情報の提供を受けていました。ヴェルディエフ中佐がやたらと強気で圧力をかけてきたのも、前任者がいたなら話が通ります」

 

 コンボイの護衛を依頼してきたヴェルディエフ中佐は、S09基地が護衛を担っていたころに、武器供与についてグリフォン社を含む様々な機関に黙認させたのだろう。その状況のままなら、春嶺に密輸の話が降りていて当然だ。念押し程度のつもりだったはずだ。

 

「あなたがやたらと私と行動をともにしたがったのは、あなたの前の指揮官である(ハナブサ)(アラタ)が、人間の襲撃によって殺害せられたことを知っていたから」

 

 どこか怯えたように春嶺を見上げるナガンの頬にそっと手を当てた。血の通わないはずの義体は、あまりに人間的な質感に仕上げられ、触れているソレが人形であることを意識しなければ、どうにかなりそうだった。

 

「……ナガン」

 

 だが、少しぐらい踏み外しても許されるのではないだろうか。

 

「あなたが私と交わした契約(コントラクト)、覚えていますか」

 

 ゆっくりと彼女が口を開くのが手の感触でわかった。それでも、言葉としては出てこない。なんどか、言葉にしようとして、やっとの事で言葉をひねり出す。

 

「……わしがおぬしの目になろう、じゃから……」

「私があなたの声になる。――――契約を果たすときです。あなたたちが閉ざさなければならなかった真実の言の葉、私がこじ開けましょう。ナガン、私の副官として、あなたが望む結末を、あなたが見てきた真実を、春嶺颯太があなたとの契約を以て履行する」

 

 春嶺がそっと手を彼女の頬から外した。ナガンは何かをこらえるように拳をつくり、それを解いた。

 

「……空荷のはずのトラック、積んでおるものに心当たりがある。一〇〇式も、SASSも、多分まだ知らん内容じゃ。アラタが殺される直前、副官のわしに、託した」

 

 ナガンはそう言って、ちらりと後ろを見た。そこには大量のトラックが留まっていた。

 

「銃でも、戦術人形でもないんじゃ。それを知ったあやつは、告発しようとし、失敗した」

「どういう意味です?」

 

 目線を落としたナガンがぽつりと、でも確かに呟いた。

 

「持ち込まれる先は例のアルミ工場――――運んでおるのは、高純度のフッ化カルシウム」

「え?」

 

 

 

 

 

 

「……核燃料濃縮の触媒じゃ」

「!!」

 

 

 

 

 

 

 春嶺の中で一気に繋がった。

 

 ナガンが、叫ぶ。

 

 

「ソータ! わしらを、S09を、助けてくれ!」

 

 




投稿が大変遅くなり申し訳ありませんでした。

言い訳をさせていただくと、仕事を辞めたり、引っ越したりと私生活が急変したため投稿が遅くなりました。今後とも亀更新になりますがよろしくお願いします。


さて、本格的に動き始めました。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。
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