DFL―フロントエンドオペレーション―   作:油そば大尉

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ノファン・ディズ・ファン ―Not_Found_is_Found―
ノファン・ディズ・ファン PHASE1


「ヘリアントス!」

 

 飛び込んで来た声にとっさに反応したのは、名前を呼ばれた上級代行官、ヘリアントスではなく、その護衛と補佐を務める戦術人形のMP5とグリズリーだった。グリズリーがホルスタから自身と同じ名前を冠した拳銃を引き抜き構えると同時、MP5が大きな執務机を飛び越え、ヘリアントスを庇う位置に立ちはだかる。

 

「待て」

 

 執務机に向かったままヘリアントスがそういうが、戦術人形二人は警戒を解かない。飛び込んで来た影は拳銃をヘリアントスに向けていた。

 

「S07のカリーナ・バズリーだったな。どういうつもりだ。説明してもらおう」

「説明? とぼけないでくださいまし。あなたにはわかっているはずよ。S地区エリアマネジャー、ヘリアントスさん」

 

 FNハスタール社製自動拳銃FNPを構えたカリーナはその照星をピタリとヘリアントスに向け続ける。

 

「アラタを殺したのは誰だ」

 

 その名を聞いたヘリアントスはわずかに眉を顰めただけだった。

 

「S09の件か。プライマリ・オフィサ……失礼、昇進してリア・ジェネラルのアラタ・ハナブサの死因については現地の状況も含めて調査は終了している。レポートは君も目を通しているはずだ」

「タジク人民共和国の過激派による後方基地の“急襲”だと本当に言うつもり?」

「目を通しているようだな。だとするならばなぜ貴様は銃を向けてくる? ここは基地の中、治安維持用のカメラも回っている。私が命じればグリズリーとMP5に蜂の巣にされる。そのリスクまで負って貴様は何をしたい?」

 

 そう聞いたタイミングでもう一人部屋に飛び込んで来た。鮮やかな曇りのない長い金髪が慌てた様子でたなびく。それに向けてグリズリーがポインティング。

 

「カリンちゃん! ……って、遅かったか……」

 

 片手で額を抱えたリトヴァ・アフヴェンラフティがそのまま壁にもたれかかる。さらにリトヴァを追いかけて戦術人形のP38が部屋に飛び込む。

 

「リトヴァ・アフヴェンラフティ、説明しろ。何故カリーナは私に銃を向ける?」

 

 そう言われたリトヴァはため息をついた。

 

「私が説明ですか……その前に二点ほど確認よろしいですか?」

「構わないが、その前に彼女に銃を下ろさせて欲しいものだ」

「カリンちゃん、とりあえずセフティオンでお願い」

「……」

 

 カリーナは微動だにしないまま、無言で拒否する。それを見たリトヴァはため息。

 

「無理なんでとりあえず聞きます。公的な立ち位置とかどうでもいいです。少なくとも私はここで聞いたことを無かったことにしますので、ヘリアントスさんは知っているとおりに答えてください」

 

 グリズリーが眉を顰めるが、無視。本題を切り出した。

 

「一点目です。今、ソータがオペレートに入っている護衛任務はエリアマネジャー権限で指示を出していることは間違いありませんか?」

「そうだ。警備計画書(ガード・イントロダクション)AS07-640231号、更新記号F(フォクスロット)の実行を指示している」

 

 そういったヘリアントス、その盾となるMP5がじれったさそうにしているが、引き金を引くことができない。社員であるカリーナに銃を向けているのだ。ヘリアントスの許可がなければ、排除ができない。

 

「二点目です。同警備計画にフロントエンド・オペレータをつけたのは、輸送時の損耗率が異常に跳ね上がったのが原因ということで、合っていますか?」

「そうだ」

「ウソよ」

 

 ヘリアントスの答えを押し潰すように答えたのはカリーナだ。

 

「輸送物資について調べさせて貰いました。管理調達部門(ADMIN / LOGI)統轄の権限は便利ですね、S09の輸送護衛の時から輸送需要量と実際の輸送計画を比較させてもらいました。あきらかに輸送量が水増しされています。いや、トラックだけが増えています」

 

 カリーナはそう言って銃を構えたまま笑って見せた。

 

「タジクの工場からアルミを積んで帰る? ウソおっしゃいな。戻ったフェルガナ基地からアルミを運び出している様子なんてないじゃないの。バスは片道で向こうに留め置かれているんでしょう? 全損したトラックなんて無くて、そのまま積み荷ごとバタフシャーン自治州に消えている」

「ほう、それを春嶺颯太が言っていたのか?」

「それだけだったらこんなところに来ていませんよ」

 

 そう嘲って答えるカリーナ。そして続ける。

 

「トラックの積み荷はウラン濃縮に使うフッ化カルシウム。それを積んでいることはあなたは知っていた。そして、それを黙認した」

「なにを言うの!」

 

 MP5が反射的に噛みついた。

 

「ヘリアン様がそんなことをするはずがないっ!」

「どうでしょうね。少なくとも、輸送作戦の計画、実行はあなたの権限で行われている。そして、アラタはそれに気がつき、告発しようとした。だから、切り捨てた」

 

 カリーナが構えるFNPからカタリと音がした。グリズリーはそれに応えるように撃鉄を起こす。

 

「告発文章はM1895ナガンが基地襲撃直後にアラタから託されていました。ナガンがかたくなに初期化を拒んだのは彼女のメモリにそれが保存してあったからです。裏切り者が間違い無くグリフォン社にいる。それをわかっているから、ナガンは報告に挙げられなかった」

「なるほど、部外者の春嶺颯太なら晒せたということか」

 

 初めてヘリアントスが笑った。

 

「それで、貴様はそれを知ってどうする?」

「どうする? それを聞きますか? ヘリアントス」

 

 カリーナは目を細め、淡々と聞き返す。抑制された怒りが銃口の先に向く。

 

「バタフシャーン自治州で核が使われる可能性があった。人間が暮らせる数少ない聖域の一つを消し飛ばしかねない、それをアラタは止めようとした。市民を守る正義の盾たれとグリフォン&クルーガー社の社章(エンブレム)でも言っている。その盾を腐らせてまで、何をしようとしているの!?」

 

 ヘリアントスはそれを聞いてしばし黙っていたが、一度目を閉じ、開いた。

 

「MP5、グリズリー、もういい。銃を下ろせ」

「ヘリアン様!?」

 

 MP5が驚いて弾かれたように振り返る。

 

「彼女には知る権利がある。ただし、聞いた後は彼女も共犯者だ」

「どういうことかしら」

 

 ヘリアントスはそう言って執務椅子の背もたれに身体を預けた。

 

(ハナブサ) (アラタ)の死は必然だ。十一月作戦(オペレーション・ノヴェンバ)が始動した時点で避けられない死だった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アラタは……最悪な兵士で最低なコントラクタで、最高の指揮官じゃった」

 

 M1895ナガンが機動装甲車の助手席でそういった。

 

「正義を端から否定しておったが、誰よりも不正を憎んでおった。正義なんてろくなもんじゃないと言いつつ、あやつは誰よりも悪に敏感じゃった。じゃから十一月作戦(オペレーション・ノヴェンバ)を知ったときは誰よりも怒っておった」

「十一月作戦?」

 

 ハンドルを握る春嶺颯太は視線を前から動かすこと無く聞き返した。ルームミラーで、後続のトラックがついてきていることを確認し、アクセルをわずかに開けた。

 

「この輸送作戦の呼び名さね。もっとも、アラタの死後からは使われておらんようじゃが、まだ作戦名自体は生きておろう。ノヴェンバは(NUCLEAR)の頭文字Nの呼び換え(フォネティック)コード……会社は最初から核だと知っておったはずじゃ。そして、それを黙認した」

「それに貴女の指揮官は気がついた」

 

 雪がちらつく程度には標高が下がってきた。静かな車内には旧式のガソリンエンジンの駆動音が響く。

 

「リモート指揮中にたまたまトラックが脱輪して荷台が歪んだ。そして中身を知った。アラタはグリフォン社に問い合わせた。先はおそらくヘリアンじゃ。アルミ工場が核の密造工場なのは簡単に予想がついた……確証はなかったがの。大規模な遠心分離機を動かせるだけの電力消費をごまかすには、アルミの精製に使う電気炉ぐらいしかないんじゃよ」

「それも報告にあげた結果として、彼は消された、と?」

「次の警備の最中に、じゃ。やたらと訓練された奴らがやってきた。人形じゃなく、人間の兵士による攻撃。どこの正規軍から貰ってきたかしらんが、化学爆弾一発で防護用のコンポジットセラミクスが吹き飛んだ。後はその穴から飛び込んで来た影になすすべもない。……ほぼ間違い無く、正規軍の手引きがあった」

「……ナガン」

 

 窓枠に肘を乗せ、窓の外を見るナガン。街頭などあるはずもない峠道。離合もできない夜中の道をヘッドライトだけを頼りに降りていく。

 

「わしにデータを転送し、あやつは笑っておった。あやつの最後の命令はカリーナを護衛し離脱するよう指示を受けたときの『死んではならない。諦めてはならない、必ずいつか会おう』じゃった。その命令はあやつに会うまで、今も生きておる……たぶん、もう命令は撤回されることなど無いんじゃろう」

 

 無表情で淡々とそう言う彼女に掛ける言葉はなく、沈黙が落ちた。

 

「……ああいうときだけ、肝が据わるのは本当になんなんじゃろうな。本当に妙なところだけ強くなる。わしが残ることも許さんかった。あやつを縛り上げてでも離脱させるべきじゃったと今になれば思う。それがたとえ命令無視じゃとしても、それでわしが処分されるとしても、逃がすべきだった」

「その男と天秤に掛け、会社は利益を取った、と?」

 

 そう問うた春嶺にナガンは寂しげに笑った。

 

「クルグス共和国は大きなクライアントじゃったからな、無視はできんかったんじゃろう。じゃからこそ解せんのじゃ。今更おぬしを派遣してわざわざ掘り返させた意味も、ここで動いたら十一月作戦自体が崩壊するのに止めなかった意味も」

「ですが、一つ確かなことがあります」

「なんじゃ」

「一〇〇式とSASSの独立運用を本部はこれまで咎めなかった。だからこそ3ヶ月も独走することができた。……そんなセキュリティの穴、あるはずがないんですよ」

 

 そういって春嶺はハンドルを切って、脇道に入る。後ろを確認。トラックは正規のルートを進む。

 

「……そろそろ頭を上げて構いませんよ、一〇〇式」

 

 後部座席の更に後ろ、荷物置きスペースから頭を上げる影。濡れ羽黒の長髪がさらりと椅子に流れた。

 

「本当に作戦に参加させてもらえるんですか?」

「そもそも前任者と繋がりが深すぎるナガンを戦力化している時点でリスクはあまり変わりません。それに……ミス・ヘリアントスやアイクが春嶺颯太になにをさせたいのか見えてきました」

 

 苦笑いをしながらそう答え、ルームミラーを覗く。

 

「先に謝っておきます。私は貴女達二人とアラタさんの関係を大いに利用して、今回のオペレーションを進めるつもりです。そして、おそらくコトが終われば一〇〇式もナガンも今の部隊にいられないかもしれません。まぁ、それは私もですが」

「何をいうか。S09は既に崩壊しとる。ここにこだわる理由はない」

 

 ナガンはそう言ってカカカと笑った。無理に作った乾いた声だった。一〇〇式は真面目な顔で頷いた。

 

「恩義は尽くすつもりです」

「それで、どうするつもりじゃ」

 

 ナガンが横から聞いてくる。

 

「聞いている限り、英悛という指揮官は、十二分に優秀だったようです。冷静で、頭がいい。ただ、彼の行動で疑問を差し挟まざるをえないのは、なぜ燃えさかる指揮所から脱出しなかったのかです。指揮管制装置(プロンプター)自体は遠隔処理が可能ですし、オフラインになる時間を嫌ったとしても、リモートで他の基地に権限の移譲ができたはずです。ナガンに資料を託し、独立運用状況下でカリーナさんを護衛させるリスクを負う必要などない。それでも何故か、彼は指揮所に残りました」

 

 春嶺は速度を上げながら横道を突き進む。

 

「彼にはそこに残らなければならない理由があった。そして彼が基地に残ってまで指揮したオペレートはおそらく今も実行中です」

「なんじゃと!?」

 

 つかみかからんばかりに顔を近づけてくるナガン。それでも視線を前からずらすこと無く、春嶺はさらにアクセルを踏み込む。

 

「一〇〇式とSuper SASSは無断離隊(AWOL)扱いですが、その捜索の指示は近隣の警備区を持つS07に来ませんでした。なぜだと思います?」

「……アラタの、指揮管制の元に置かれていたからと言うつもりか?」

「それは一〇〇式に聞いた方が早いでしょう?」

 

 一〇〇式へと顔を向けるナガン。

 

「……中身については知らされませんでした。ですが、指揮が断絶したさいには、S07のアイザック・サネットにコンタクトをとるよう言われていました」

「アイクにじゃと!? なぜ!?」

 

 目を剥くナガン、苦い笑みを浮かべるのは春嶺だ。

 

「なるほど、合理的な判断です」

「ソータ? どういう意味じゃ」

「最初から摘発するつもりだったということでしょう。私のプロンプターはS07基地のコンピュータで情報処理を行っています。アイクの権限なら閲覧できる。こちらのオペレートは筒抜けですし、カリーナを押さえているのもアイクです。……どうやらグリフォン社はこうなることを予想してましたね。手のひらの上で上手く私達を転がしている」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

十一月作戦(オペレーション・ノヴェンバ)を提案したのはヴェルディエフ中佐であり、タジク人民共和国の傀儡化と核の傘をつかった外交手段の確立を目的とする作戦だった。要はクルグス共和国陸軍による連合軍への反乱だ」

 

 ヘリアントスはそう言ってホログラムスクリーンを起動した。浮かぶのは現在の世界規模で動いている作戦概要図だ。

 

「人間が生き残れる“聖域”の外側、広域性低放射感染症(E L I D)でゾンビ化した元人間の処理の都合上、内線作戦にならざるを得ない正規軍にとって、陸軍の反乱を抑え込むことに躍起になれるほどの余力など無い。だからこそ安全地帯の兵站や警備を民間軍事会社へ委託している」

 

 ヘリアントスは淡々とそう言ってから笑みを浮かべた。

 

「その裏をついて核の傘を用いて、軍の実権をにぎろうとしたのがヴェルディエフ中佐だ。ウラン濃縮の触媒となるフッ化カルシウムを人工蛍石レンズ用としてクルグス共和国内に輸入。それを()()()()()()()()()()()()()()()()()()に紛れさせることで責任を回避しつつ、バタフシャーン自治州に秘密裏に移動させる。もっとも、触媒を使ったとしてもタジク人民共和国の技術レベルでは、ウランを兵器転用可能等級(ウェポン・グレード)まで高純度化させることは難しいだろうがな」

「そんなことに手を貸してどうするつもりだったのかしら」

 

 カリーナの誹りを受けたヘリアントスだったが、その問いを鼻で笑った。

 

「その疑問は無意味だ。我が社にとって、十一月作戦は看過できるものではない。触媒の輸送について国際社会から我が社も非難を受けることになる。我が社に責任をなすりつける腹づもりであることは容易に想像がついた。市民の安全も大きく阻害される」

 

 ヘリアントスの声は朗々と執務室に響く。

 

「その意味において、アラタ・ハナブサの指示は的確だった。情報をまとめ、私に供出してくれた。しかし、それを即時実行するには証拠も戦力も権限も無かった。警察や軍事組織と異なり、民間軍事会社は調査権を持たない。それは契約の外だからだ」

 

 ヘリアントスはそう言いつつ執務机の天板を撫でる。それに連動するように、ホログラムスクリーンが動き、中央アジア地区を拡大した。

 

「だからこそ、我々は英悛から提案された作戦に乗った。彼はNの次に来る作戦にして時間を遡る作戦、十月作戦(オペレーション・オクトーヴァ)を提案してきた」

 

 銃を下げないままのカリーナを見ながら淡々とヘリアントスは続ける。

 

「必要なのは捜査するための理由づくりと、時間稼ぎだ。それを行うために、S09基地を意図的に壊滅させた。……ハナブサの筋書き通り」

「そんな……だとしたら、なぜアラタは……」

 

 カリーナの持つ銃が揺れる。

 

「S09基地に大手を振って警察をはじめとした公的機関を招き入れることができる。当然こちらのデータベースもだ。ナガンに託された告発文章は保険の一つだと彼から聞いている」

「ふざけないで! そのために戦術人形をどれだけ使い潰して、壊してきたと思っているのよ! 人の命も消えてるのよ!」

 

 カリーナはそう叫んだ。その銃口を見つめながら、ヘリアントスは決して感情を動かすことなく、淡々と続けた。

 

「なんのための人形だ、なんのための戦力だ。その損害を許容できないというのなら、我がグリフォン社は存在意義を失う。止めどなく行われる人命の消費に終止符を打つ。『だれも死なないという安全、だれも死なせない未来』を実現する。そのために我々は戦闘請負人(コントラクタ)を人間から戦術人形(タクティクス・ドール)に置換した」

 

 ヘリアントスはそう言って両脇を固めるMP5とグリズリーに微笑みかけた。

 

「肥溜めの方がまだ清浄な世界だとしても、地獄を越える煉獄だとしても、人類は既に戦わなければ生き残れないところまで来てしまった。鉄血との戦争も、崩壊液との戦いも、もはや生存戦争であり、絶滅戦争だ。そんな狂った世界を救うために、グリフォン&クルーガーは自らの手を汚し、血と廃液の河を渡ると誓っている」

 

 セーフティを解除した拳銃がカタカタと鳴っている。ヘリアントスの盾になる位置に進み出るMP5。照星はその幼い影を、その向こうのヘリアントスを覗き見る。

 

「だからナガンちゃんを苦しめても、SASS(すーちゃん)一〇〇式(ももちゃん)を切り捨てても許されるというの? それを守ろうとし、それに殉じたアラタの魂を、あたしはどこに葬ってあげたらいいのよ!」

「……惚れてたんだな、カリーナ」

 

 どこか寂しそうに笑ったヘリアントス。それ以上は答えなかった。

 

「さぁ、これ以上語ることはない。真実を知った貴様らはどうする? 英悛という有能な男を切り捨てた張本人として私を射殺するか? 春嶺颯太に作戦中止を進言するか?」

 

 ヘリアントスは言葉を切った。

 

「ハナブサの置き土産、十月作戦(オペレーション・オクトーヴァ)は現在進行中だ。もう止められん。止めようとすればそれこそハナブサの命を無駄にすることになる」

「そのためにまたナガンちゃんに呪いを掛けて、ハルミネさんまで使い潰すのね」

「それで世界を救えるならば、いくらでも」

 

 拳銃が硬質な音を立てて床に落ちる。膝から崩れるカリーナを見届け、目を伏せたヘリアントスがぽつりと言った。

 

「――――Convertetur dolor ejus in caput ejus, et in verticem ipsius iniquitas ejus descendet」

「……?」

 

 リトヴァ・アフヴェンラフティはそれに気がつき、わずかに眉を顰めたが、口にすることはなかった。

 

「アフヴェンラフティ」

「カリンちゃんを逮捕しろって言うのは御免被りますよ」

「彼女の行動については不問に付す。だが、話した以上、貴様らにも手伝って貰う。アイクの指揮下に入れ。……そろそろソータ・ハルミネが動くぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ミス・ヘリアントスは私に勝って良いと言いました。負けることは想定していない、と」

 

 車はヘッドライトを消してそろそろと進む。暗闇に慣らした目が、星明かりを頼りに周囲を見回す。

 

「一〇〇式とSASSをタジク人民共和国の領内に入る前に接触させた以上、ミス・ヘリアントスはヴェルディエフ中佐の身柄の確保に移るでしょう。ここが本当の分水嶺です。ここを核で焼き潰すか、救えるかの分水嶺でしょう」

 

 そう言って車を止めた。目の前は新雪。止んだ雪のおかげで、足跡は消えずに残っている。足跡のパターンはSASSのものと一致した。

 

「一応は味方、それも社内の関係者のはずですが、万が一の時はナガン、一〇〇式、頼みますよ」

「夜のうちになんとかできるんじゃろうな」

 

 ナガンがローディングゲートを閉じ、装填を終えた。その目が春嶺を見る。

 

「できなければ、トラックがデッドエンドに突っ込むだけです」

 

 笑いながらスーツの襟元を正して、春嶺颯太が歩き出した。

 

 

 

 

 

「"Not Found" is found. 楽しい楽しい茶番のチキンレースです。精々深刻そうな顔して行きましょう」

 

 

 

 

 

 




さーて、収拾がつかなくなってきたぞ()

カリーナさんの名字は勝手に想像でつけました。カリーナさんの「バズリー」はルイ一四世の大暗号を解読したエティエンヌ・バズリーからです。

ヘリアン女史が言っていた謎の言葉……わかる人いますかね……? ある意味祈りであり、呪いの言葉でもあります。

次回、いよいよ役者がそろいます。
これからもどうぞよろしくお願いします。
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