DFL―フロントエンドオペレーション―   作:油そば大尉

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ノファン・ディズ・ファン PHASE2

 

「アイクは知ってたんですか」

「……その様子だとヘリアンに楯突いた感じだな」

 

 むすっとしたままのカリーナにS07基地を統べるアイザック・サネットは苦笑いで答えた。大柄の彼は彼女の様子を見て大体のコトを悟ったようだ。

 

「知っていたさ。一〇〇式とSuperSASSが行方不明になる直前、俺にコンタクトがあった。すぐにヘリアンに報告を上げた」

「……そして、ナガンも引き取った」

「そうだ。あの日本人(ニッポーズ)の置き土産だ。無視するわけにもいくまい」

 

 目の前に広がる巨大なスクリーンには、護衛の車列の位置情報が表示されている。春嶺颯太とM1895ナガンリボルバーが一時的に指揮を離脱し、S07基地のリモート管制に切り替えられている。

 

「核兵器の密造なんてろくなもんじゃない。動かなければ中央アジアという聖域が吹き飛ぶ。その聖域も鉄血に襲われ、麻薬が蔓延り、劣悪な環境にあることには間違い無いが、不毛の地にするわけにもいかない。だから核なんて認められない」

「だから見殺しにしたんですね」

「それが彼の希望だった。そしてそれ以外の解決策を我々は提示できなかった。だから、我が社は彼に責任を押しつけ、見殺しにした」

 

 アイザックは葉巻を咥え、ゆるりと煙をくゆらせた。

 

「そして今度はハルミネさんとナガンちゃんですか?」

「そうしないために、今俺たちが動いているんだ。……リトちゃん、悪いが上番してくれ」

「了解でーす。連勤はきっついんでいつか手当期待してます」

 

 リトヴァ・アフヴェンラフティがそう言って管制卓についた。

 

「救わなければならない。今生きている市民を、守らなければならない。その礎たるために我々は存在している」

「そんな理想は聞き飽きました」

「理想を語れなくなったら終わりだぞ。現実だけを見るには、この世界は残酷すぎる」

 

 アイクはそう言って眼鏡越しに青いスクリーンを見つめる。

 

「どうしようも無く青くて、渋い理想かもしれない。夢物語かもしれない。それでもその理想をアラタ・ハナブサはM1895ナガンリボルバーに託したんだ。我々残されたものには、その種を芽吹かせる義務がある」

「ならその理想とやらをどう叶えるっていうんです」

 

 カリーナのその声を聞いた彼は声を上げて笑った。

 

「我々が何者か忘れたか、カリン」

 

 彼は顔だけで彼女の方を振り返った。

 

 

 

 

「我々はグリフォン&クルーガー社、青臭い理想を本気で抱えるロマンチストの集合体だ。そんな会社の商品であり、実現のためのツールといえば――――――戦争と暴力に決まってるだろう」

 

 

 

 アイクはそう言ってぞっとするような笑みを浮かべた。そのタイミングで基地に通知が入る。

 

「さぁ、正式な依頼だ。給料分の仕事はしようじゃないか。依頼主はクルグス共和国の警察。内容は共和国陸軍ヴェルディエフ中佐の身柄の確保のための火力支援だ」

 

 そう言って主任管制席から立ち上がり、宣言する。

 

「現時点をもって十一月作戦(オペレーション・ノヴェンバ)、警備計画AS07-640231号、更新記号F(フォクストロット)を破棄し、十月作戦(オペレーション・オクトーヴァ)、警備計画AS07-640250号、更新記号A(アルファ)を開始する。タジク人民共和国領内の証拠隠滅を防止するため、護送中のトラックの核濃縮施設到着と同時にフェルガナの輸送基地を強襲し、警察部隊の安全を確保する」

 

 アイクはそう言って眼鏡をかけ直した。

 

 

されば毒麥の集められて火に焚かるる如く、世の終にも斯くあるべし……収穫の時だ。さぁ、始めよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で? それでおめおめ逃げ帰ってきたわけ?」

 

 壊れたスコープを抱きしめる相手を見下ろす。

 

「SuperSASS、わかってるんでしょうね。あんたがあそこでちゃんと部隊の護衛を少しでも撃破できてれば、今頃とっくにコトは終わってたの。さっさと峠下りられて、予定がパーよ。どうしてくれるのよ!」

 

 相手は恐縮しきりだが、彼女は気にも留めない。木製の長机に置かれた旧式の内燃式のカンテラが二人の影を岩を掘り抜いただけの壁面に悪魔のように揺らめかせながら投影する。

 

「これじゃ下りの隘路で当該の車だけ蹴落とすつもりだったのに用意が間に合わないじゃない。こういうときに限ってG11はスリープに入ってるし! まったくどいつもこいつも」

 

 壁に寄りかかる姿勢で銃を抱いて寝息を立てているのを見下ろして苛つく彼女に笑い声が届く。

 

「まぁ仕方ないじゃない416。そもそもあそこで一体でも潰せたならいいのよ。それにバレたのはこの子たちだけで、本命は崩してないんだし」

 

 ケラケラと笑いながら茶髪を揺らして少女型の人形は言う。古ぼけた木製のスツールがぎしりと音を立てる。

 

「UMP45、わかって言ってるの?」

「なにが?」

「あの車列が止められないことが任務の障害になるって言ってるの」

 

 416と呼ばれた人形がいらだたしさを隠そうともせずに銀髪を揺らした。UMP45は手元にあるガラス製のスキットルを揺らす。琥珀色の液体を口に含むとスキットルを机に戻した。

 

「まぁね。でも、作戦の進行が不可能になったわけじゃない。だからそこまでイライラしないの」

「……ふん」

 

 416は腕を組んで目線を逸らした。

 

「ナイン、どう思う?」

「んっ、私?」

 

 長机の奥、お誕生日席でのんびりレーションをかじっていた人形が顎に手を当てた。UMP45とうり二つな見た目をした彼女はしばらく考え込んだようだったが、ゆっくりと口を開く。

 

「そうねぇ……私として気になるのは襲撃があってからいきなり車列がリスク承知で夜の峠を下り始めたことかなぁ。納期があるわけでもないのに焦っちゃってまぁ……って感じなんだけどSuperSASSはどう思う?」

「そ、そんなこと言われましても……。一〇〇式ちゃんも上手く逃げましたし、情報は漏れていないはずで……」

「はぁ!? 『上手く逃げました』ぁ!? 何言ってんのよ」

「416、チョット静かにね」

 

 UMP45がそういいながら椅子から腰を上げる。

 

「本当はこういうのするのはあんまり好きじゃ無いんだけどさ。SuperSASS、ちょっと有線させてね」

 

 そう言って右耳の後ろからケーブルをズルリと抜き出す。SASSが息を呑むような気配。

 

「大丈夫よ、なにも電脳を焼き切ろうとかそんなつもりじゃないしさ」

「大丈夫大丈夫、45姉は電子空間のプロだからね」

 

 SuperSASSの左の頬を撫でる。端正な顔立ちの彼女の髪をそっと避け、耳の後ろに隠された通信ジャックに差し込んだ。

 

「電脳ロビーから先、チョット潜るから攻性防壁を解除して」

 

 UMP45はそういうと目を閉じた。416はむすっとしたままだったが、彼女も目を閉じた。

 

「あら416もオンライン? 手伝ってくれるの?」

「怪しいことされないように監視すんのよ」

 

 目を閉じたままま微笑んだUMP45だったが、ゆっくりと目を開けた。

 

「――――やっぱり、上手いこと記憶に溶け込まされてるね」

「えっと……」

 

 困惑した様子のSuperSASSだったが、その様子を見てあぁ、とUMP45がその目を覗き込むようにしながら口を開いた。

 

「記憶野に潜られた跡がある。SuperSASS、メモリを改竄されたね。最低限の改竄だけれど、ものすごく綺麗に馴染ませてある。ほんと見事に潜られてるわ。でも仕上げが、甘いかな……待ってて、今修正コードをあぶり出すから」

「そこまでする必要ある? 強制的に事実をぶっ込めばいいじゃない」

 

 416がそう言って薄目を開ける。

 

「それでもいいんだけど、『幻の痛み』が出るとアレでしょ」

「それ義手とか義足の話でしょ? 生身の人間の記憶なんて、人形にはないじゃない」

「改竄された記憶と本当の記憶でコンフリクト起こせば人形でも動作が不安定になる」

「45姉は優しいね」

 

 UMP9がそう言って笑った。ジャックを差し込んだ後で手持ち無沙汰なUMP45の右手がSuperSASSの顔をするりと撫でる。妹分の声に声を出して笑ったUMP45。

 

「まさかぁ、ナインほどじゃない……修正コード復元完了。SuperSASS、流すよ。ちょっと電脳がチリチリすると思うけど、よろしくね」

 

 UMP45がそう言ってあぶり出したコードをSuperSASSに流し込む。同期用の通信ケーブルを引き抜くためにUMP45の手が伸びた、直後のことだった。

 

 416の目が大きく見開かれた。その瞳孔が一気に収縮する。

 

「45! 接続切って!」

 

 UMP45の方に416が飛び込んだ。SuperSASSに接続されたケーブルを無理矢理引き抜く。

 

「きゃっ!?」

「くっ!」

 

 青白い電流がケーブルを走る。SuperSASSとUMP45が同時に叫び声を上げる。接続部に異常な電流が流れ、人工皮膚が焼ける臭いがわずかに鼻をついた。

 

「45姉!」

「逆侵入された!?」

 

 UMP45はとっさに身体を引いて、サブマシンガンを振るえるだけの空隙を確保する。それと同時に416がSuperSASSの足を払った。

 

「404総員、電脳を自閉モードへ。防壁再構築。攻勢防壁オールスタンバイ。相互監視を厳重に。狂うとしたら私か全員同時だ!」

「うぇ……あさのおしょくじのよういですか……ごしゅじんさま」

「こンの寝坊助! さっさと戦闘準備! あぁもうどうしてこんな坑道のど真ん中で逆侵入なんて起こるのよ! 電波圏外なのに!」

 

 416がそういいながら同じ名をもつアサルトライフルのスリングを引き寄せ手元に寄せる。

 

「外部ハッキングじゃない……ウィルスよ。多分、活性化と同時にログごと消え失せるスタックスネット型。迂闊だった。発動キーがさっきの修正コードで、打ち込んだ瞬間に活性化した……私は偽の裏口(バックドア)にのこのこと入り込んだってわけか」

 

 

 

「――――ほーぅ、解析が早いのぅ」

「っ!?」

 

 

 

 いきなり響いた声に、真っ先に身体が反応したのは416だった。一点スリングにテンションを掛けつつ身体ごと振り向こうとしたタイミング、その鼻先に黒い影が割り込んだ。スリングに掛かったテンションが消え、アサルトライフルが大きく身体から離れ胸が空いた。真後ろに飛び退く416。その胸元を切っ先がえぐった。

 

「一〇〇式短機関銃っ! あなた……!」

 

 距離を取り直そうとさらに一歩下がる416に黒い影が飛び込んでくる。

 

「暴れないでください。あなたたちにも協力してもらわなければならない」

 

 短剣の背がアサルトライフルを下から強引に跳ね上げた。416の手から離れたアサルトライフルが宙を舞い、硬質な音を立てて素掘りの岩壁にぶつかって落ちた。

 

「416っ!」

 

 UMP9が手元のサブマシンガンを手に立ち上がる。

 

「そちらは頼みます。先輩」

「任された」

 

 一〇〇式に応えるように白い影が馬跳びの要領で一〇〇式と彼女に組み付かれた416を飛び越える。それを見たUMP9が目を剥いた。

 

「ナガンリボルバー!? なんでアンタが!?」

 

 M1895ナガンはその顔に笑みを貼り付けながら木製のテーブルの端を全体重を掛けて蹴り倒すように飛び降りる。反動で持ち上がったテーブルの反対端がしたたかにUMP9の腕を叩いた。

 

「うそっ!?」

「まだまだ甘い、のぅ!」

 

 ナガンは地面に着地し直し、右足を軸に左足を振り上げる動きで机をUMP9に向けて蹴り飛ばす。机に跳ね飛ばされたガラスのスキットルが上から降ってきたので、これ幸いと振り回し、やっと重たい銃を取り回したG11に向けて放り投げる。そのときふわりと立つ香りに鼻を鳴らすナガン。

 

「シーヴァスリーガルか? いいウィスキーを飲んでおるのぉ。だが目は痛いじゃろう」

「目、目があつい……! ご、ごしゅじんさまっ!」

「あとで清潔な水で洗ってやるからおとなしくしておけ」

 

 そういいながらナガンは身体をさらに回しつつ右手を入口側に向ける。UMP45が短機関銃を向けていた。大きく影が揺れる。地面に落ちたカンテラが割れ、その火が地面に漏れた燃料に広がった。慌てて飛び退いたG11はなんとか火だるまを免れる。

 

「なるほど、SuperSASSや一〇〇式のバックについておったのはおぬしらじゃったか」

 

 問答無用で発砲するUMP45。ナガンの影が一瞬ざらつき、次の瞬間にはサブマシンガンが蹴り飛ばされた。

 

「っ!」

「老兵を相手に何を焦っておる」

 

 目の前に突き出された仄暗い銃口の奥で、赤い瞳が好奇に細められる。

 

「ちぃ!」

 

 ナガンを前蹴りで蹴り飛ばし、落ちたサブマシンガンを拾おうとして、その銃の姿が掻き消える。

 

「な……!?」

「じゃから、焦るなと言っておろう」

「……戦闘中に視覚素子に潜るなんてあんた何物?」

 

 何もない地面を掴まされたUMP45が鋭い目でナガンを下から見上げる。おそらくは先ほどのウィルスの効果だろう。瞳からの情報を操作し、あるはずもない銃を見せられた。自ら戦闘を行いつつ、それだけのコントロールをしてみせた。ここは地下の坑道跡で電波は基本的に届かない。だとすれば、それだけの情報をこの人形は自らの電脳のみで行ったことになる。

 

「パッケージングされたデータを転がしておるだけじゃよ。ま、あとは経験の差じゃな。今回ばかりは相手が悪かったのぅ」

 

地面に転がったUMP45自動短機関銃を拾い上げてナガンが笑う。

 

「無力化するつもりもない。じゃが、この状況でうちのお上にたてつかれても困るのでな、少しばかりデモンストレーションをさせてもらった」

「銃剣突きつけて服を切り裂くのがデモンストレーション?」

 

 416が両手を挙げつつも敵意丸出しでナガンを睨む。

 

「実際わしらは撃っておらんじゃろう。ダミーネットワークに繋がったままSuperSASSに潜ったのはちと無用心といえるわい。おかげでわしがその気になれば全員視力を奪えることになってしまった」

「今更ハッタリ?」

「試してみるか?」

 

 至極楽しそうなナガンとそれを睨み続ける416。その間に男の声が割り込んだ。

 

「ナガン、私が入っても撃たれないようにしてくるとのことでしたが、もっと穏便にいかなかったんですか?」

 

 スーツにトレンチコートという出で立ちの春嶺颯太が顔を出すと、彼を知っている面々以外が胡乱な目を向けた。

 

「なんじゃソータ。文句あるんか」

「大ありです。これから404小隊の皆さんと商談をしなきゃいけないんですよ」

「誰よあんた」

 

 テーブルの下からやっと這いだしてきたUMP9が春嶺を睨む。

 

「今のわしの指揮官」

フロントエンドオペレータ(F E O)セカンダリ(S)オフィサ(O)の春嶺颯太ですが、多分こう名乗った方があなた方には伝わりやすいでしょう」

 

 営業用の笑みでそういった彼はゆっくりと両手を開いた。

 

 

 

「JWパブリシズ、軍事広報研究所主幹研究員の春嶺颯太です。はじめまして、そしておかえりなさいノットファウンド(4 0 4)の皆さん。あなたたちの価値を『買い』にきました」

 

 

 




……久々にアクティブなナガンちゃんが書けた! やった!

というわけでいよいよ404の皆さんの登場です。45姉とナインのかき分けもそうですけど、銃と人形の名前が一緒だと戦闘シーンかなり書きにくいことに気がつきました。これどうしよう。人形が入り乱れる乱戦になると死にそうです。

そして想像以上に話が膨らんだので予定よりも早い位置で分割となりました。次回は話が進むといいなぁ……。

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