DFL―フロントエンドオペレーション― 作:油そば大尉
ジャ・クポ PHASE1
20641014T0142Z+0500(0642E)
"H"-1:33:25 of OPERATION-OCTOBER
Rivak, Gunt Valley, Shughnon District, Badakhshanskaya Autonomous Region, The People's Republic of Tadzhik
「あと1時間と33分で作戦開始、か……」
アナログ式の腕時計の文字盤に朝日が反射する。反射防止用のフィルムなどで防ぐようにしているはずだが、日の出直後の強い日差しには効果が薄いようだった。太陽光の出所を探して、軽く振り返るように窓の外を見れば、高圧電線の鉄塔越しに、金色の太陽が山際から顔を出したようだった。くすんだ金属色のコンテナが金色に染まっている。
助手席の固いサスペンションのせいで痛む腰を気にしながら、テルミベトゥワ・ジャズグル・トロンベコヴナ曹長が口を開いた。
「現在地はわかるかしら?」
「ライバークを通過しました。グン渓谷もあと1時間もすれば抜けます」
「ライバーク? ……あぁ、リヴァね。遅延なしのオンタイム、いいわね」
「リヴァって読むんですねこれ。このあたり読めない地名が多すぎます」
「そもそもここロシア語どころかタジク語でもないからね。それを無理矢理ロシア語に直した後に貴女達向けに英語に直してるから地名もメチャクチャよ。もしかしたら地元の人には通じないかも。話す機会ないだろうからいいけどさ。……はー長かった。ケツがもげそう」
タブレット端末の地図を見るジャズグル。国際高規格道路欧州E007線を辿れば、たしかにRivakの文字がある。未舗装の道幅1.5車線でなにが高規格道路だと毒づきたくもなるが、地図と運転手に罪はない。あと20キロちょっとで渓谷の出口にある目的の町、ホログに到着だ。
「長旅お疲れ様でした。そしたらホログの町外れにある……えっと。クヒ? クハィ……?」
「Khidorjiv、クィジョフトル。それも地名だから」
「もう長いのでポイントKとでも呼びましょうよ」
「
運転席の戦術人形はどこか苦い顔だ。ジャズグルにとっても発音しづらいことこの上ない。
助手席と運転席の間に置かれたM14自動小銃を見ながらジャズグルが口を開く。
「M14……だったわよね」
「はい、なんでしょう曹長さん」
「あなたたちにとって、ハルミネ指揮官ってどういう存在なの?」
「どういう存在……そうですね。……っとと、ごめんなさい。一号車より全車、対向車です。十五秒後25キロまで減速願います」
濃い鳶色の髪を二つ括りにした人形は滑らかなクラッチ操作でショックもなく速度を落とす。
「それで、指揮官がどういう存在か、でしたっけ?」
「えぇ、その指揮官が貴女達ほっぽり出して別行動を始めたわけだけど」
「あはは、それでもM1895経由で位置情報も指示も出てますから問題ないですよ。向こうも仕込みが終わったようなので、こちらは予定通りアルミを受け取りに入ればいいだけです」
北向きの斜面以外の雪はすでに溶けており、車窓はいつも通りの黄土色の景色に変わろうとしていた。M14はエンジンブレーキを上手に使いながら安全に緩やかな坂を下り続ける。フットブレーキも時々使っているようだが、上手いこと運転している。ブレーキの煩雑な踏み替え――『バタ踏み』を避けたブレーキ捌きは空気ブレーキの特性を理解したものだろう。この人形は本当に上手に車を転がす。
「指揮官は面白い人ですよ。人形に対してとっても丁寧に話しますし、優しい人です。無線やテキストの命令にどこか温かみがあるというか、ちゃんと帰してくれるんだろうなって思えるんです。どうしてなのかは、わからないですけどね」
青いバンが無事車列の横を通過した。再び速度を上げる。
「それが面白いの?」
「人間同士みたいに扱ってくれるんですよ? でも残酷なことも任務ならちゃんとします。それって面白くないですか?」
「その感性、どこか狂ってるわよ」
ジャズグルはそう言ってため息をつき、窓の外に目を向ける。峠道より低い位置をグン川が細かく蛇行を繰り返しながら流れていく。上流の氷河を水源に持つこの川は綺麗なターコイズブルーをしている。大分穏やかになったものの、未だに白いしぶきを上げていた。
M14は狂っていると言われたのに、至極楽しそうに笑った。
「人形は人間じゃないですからね、それでいいんです。義体が破壊されたらコアと電脳を回収して
初めてM14の顔に憂いのような顔が浮かんだ。
「
「そうね……人間には生命のバックアップなんてないから、脳みそで理解しても、感覚では理解できないわ。それが寂しい?」
「泣いている人や悲しそうな顔をする人を見るのは悲しいですから。だから可能な限り壊されないように気をつけてます。義体もタダではないですしね」
「……そうね、それがいいわ。美人が撃たれるのは見るのがつらい」
「ふふっ、ありがとうございます」
M14が目を細めて笑った。
「さぁ、もう少ししたら準備を始めないとですね。曹長さんもよろしくお願いします。検挙や逮捕は人形ではできないので、よろしくお願いします」
「えぇ……、しっかりやらないとね」
「大丈夫です。指揮官さんがついてますし、ね」
20641014T0254Z+0600(0854F)
"H"-0:21:18 of OPERATION-OCTOBER
CN-GKB(Private helicopter) flying over Kokand of Republic of Kyrgyz
朝日は既に色を薄くし、フェルガナ盆地に等しく日光を振らせていた。その中を二機の機体が飛んでいく。一機はヘリコプター、もう一機は無人の輸送用大型ドローンだ。
「コーカンドを目視、転進115度。ドローン機、上昇を開始」
バタバタとうるさいローター音とパイロットの声を聞きながら、ヘリアントスは閉じていた目を開けた。
「フム、アフヴェンラフティはドローン操縦の適性もあるか……」
ヘリアントスのつぶやきはローター音にかき消された。グレー一色のキャビンに詰め込まれているのは作戦責任者であるヘリアントスとその副官役の人形二体、そしてフェルガナ基地に対する法執行支援のために本部直轄隊から選抜した抽出小隊である。
「指揮官様」
「どうしたMP5」
ヘリアントスの隣にちょこんと腰掛けていたMP5がヘリアントスの袖を引いた。
「今回、警察の要請に基づく支援任務なんですよね?」
「その通りだ。ブリーフィングを聞いてなかったのか?」
「ヘリアン様のお話はちゃんと聞いてます! ……ですが、それにしては攻撃的な編制のような気がするんですが……」
MP5がそういってキャビンを見回す。そこにいるのはヘリアントスにつくもう1人の副官であるグリズリー。向かいの座席で行儀良く座っている9A-91と、OTs-12、そしてその2人から最大限距離を取ろうとしているスオミ。絶望的に仲が悪いのは致し方ないとは思えど、作戦実施に問題が無いか一抹の不安が残る。
そしてそれ以上にMP5が問題だと指摘したのが、スライドドアの前、銃座に固定されているM2ヘヴィバレル重機関銃と、その同じ名前を冠する戦術人形M2HB、そして自分の身長よりも大きな対物ライフルを大事そうに抱えるM99である。彼女達が使用するのは50口径、超重量級の弾丸を音速の三倍もの速度でかっ飛ばすことで土嚢だろうがコンクリートだろうが破砕して、その裏に隠れた敵を撃滅していく代物なのだ。
「M2さんとM99さんが本気で攻撃したら、逮捕する人が残らないんじゃ……」
「そもそも私達が前線に出なきゃいけない段階で逮捕どころではない。軍のクーデターの鎮圧と言う方が正しい。M2HBはヘリ接近時の安全確保、M99はどちらかと言えばデモンストレーターだな」
モノクルの向こうの目が細められそういった。
「そもそも
「どういう意味でしょう?」
片手を上げながらそういったのは9A-91だ。
「今回の事態の引き金になった
「要はトカゲの尻尾を切りに行くってわけだね?」
OTs-12が無表情なままそう言って、窓の外に目を向けた。今や人類が抱える数少ない耕作可能地域であるフェルガナ盆地は小麦の収穫の最盛期を迎え、陽の光を浴びて輝いている。
「それが
腕を組んでそういったヘリアントスにグリズリーが笑いかけた。
「世知辛いもんだね。権力に尻尾を振ってればいいって訳でもないわけだ」
「不満か?」
「まさか。それを待ってたんだよ。……いいように利用されるだけの下請けは嫌いだよ」
グリズリーは肩を竦める。
「私もだ。だからこそ直接私が出る」
「どうせ言っても、止まんないんでしょう?」
グリズリーはため息をつきつつそういった。
「私はこのS地区を統括するエリアマネジャーだ。クルグス共和国陸軍との契約を結んだのは私だ。契約解除の通告をしないといけない上に、この責任は誰かが取らねばならん」
ヘリアントスその目はいつもと違う色合いを帯びていた。それをグリズリーはじっと眺める。
「……これは、私の戦争だ」
「ヘリアン様……」
MP5が心配そうな顔をしており、それを見たヘリアントスはMP5の頭を帽子越しに撫でた。
「心配するな。制服の下にはちゃんと防弾ジャケットを一通り着ている」
「ですが……」
「君達が私を守るなら、私は死なない。信頼しているぞ、MP5」
「はいっ! 必ずお守りします」
ヘリアントスの言葉が嬉しかったのか、MP5が元気よく頷いたタイミング、警察からの通信が入った。ヘリアントスが受け、短い報告を聞いてからすぐに切る。
「警察によるヴェルディエフ中佐への出頭命令と基地への査察受け入れ要請が、正式に却下された。警察は強制捜査
ヘリアントスはヘリの中を見回しながらそう告げた。
「打ち合わせ通りだ。警察のプロシージャ進行に先立ち、基地の武装解除を行う。私が法執行責任者として管轄する。M2HBを中心に制圧射撃を実施しつつ接近しつつ武装やトラックを撃破する。同時に輸送ドローンからダミーキャニスタを投下。メインの君達に先行して行動を開始させる」
ヘリアントスはそういいつつ、一度モノクルを拭き、かけ直した。
「MP5、グリズリー、スオミは迅速に降下し、ヘリのランディングゾーンを確保しろ。降下チームはグリズリーの指示に従え」
「了解」
代表してグリズリーが答える。
「では、各員その場で待機」
ヘリアントスはそういいつつ、耳に小さなヘッドセットを掛けた。それをタブレット端末とリンクさせ、通信を開く。
「S.O.ハルミネ。そちらの進行状況を教えろ」
20641014T0302Z+0500(0802E)
"H"-0:13:07 of OPERATION-OCTOBER
"Point-K" Khidorjiv, Roshtqal'a District, Badakhshanskaya Autonomous Region, The People's Republic of Tadzhik
「対象の工場を目視してます。とてもいい天気ですよ。熱工学迷彩のせいで既に暑くなりそうです」
装甲車に寄りかかりながら春嶺颯太はそういった。左耳に差したヘッドセットに風の音が入らないかと気にしながら続ける。日光は一気に地面を暖め始め、その熱を含んだ風が斜面を這い上がってくる。この程度の風なら光学迷彩用のスクリーンも問題はあるまい。
「
視界の下に広がるのは小さな谷間を埋めるように作られた巨大な工場だ。周囲を5メートルはありそうな高い塀が取り囲んでおり、中は警備用のドローンなどが巡回しているのが見える。
『実際にアルミ工場として作られているからな。御託はいい。用意は出来ているのかと聞いている』
「私の指揮下にある部隊は既に。……護衛のトラック群も目視しました。M14が乗る
『工場の中を急襲することになるが、その用意は大丈夫なんだろうな』
「なんとかします。ですが、そのほかに気になることが一つ」
『どうした』
熱光学迷彩用のメッシュスクリーンを揺らさないように気をつけながら双眼鏡を工場の南端、正門の反対側にあるヘリポートに向けた。
「チルトウィング機が一機、暖気したまま留まってるんですよ。
倍率を上げると真っ白に塗装された航空機が止まっている。大きなプロペラを両主翼の外側につけたその機体は、翼ごと大胆に上空に向けている。そのプロペラは上昇推力こそないものの、しっかりと回っていた。
『どこの機体だ?』
「アフヴェンラフティに照会をお願いしました。機体
『どうせダミーカンパニーにしか繋がらん。時間の無駄だ』
「同意見です」
春嶺が言いたいことを通信の先にいるヘリアントスは読んでくれる。
「十中八九軍用です。おそらくはクルグス陸軍でしょう。……荒れますよ。いいですね?」
『構わん。必ず物証を抑えろ。彼我の損害には目を瞑る』
「了解しました。それでは、符丁の発報をお待ちしています。通信終わり」
そう言って通信を切った春嶺は双眼鏡を目から外した。
「ふー……」
「C.M.ヘリアンはなんと?」
「なんとしても叩き潰せだそうですよ。……ナガン」
名前を呼ばれた彼の副官は目線だけで続きを促す。
「これが貴女の見てきた風景なんですね」
「そうじゃ。……本当に、ここまで戻ってきてしまった」
ナガンはそう言って目を細め、眼下に広がる巨大な工場を見下ろした。
「やっと区切りをつけられる。……それでも、少しだけ怖くもある」
「怖い、ですか」
春嶺の言葉にこくりと頷くナガン。
「ソータ、おぬしは生きていてくれるか。わしの前から消えんでくれるか」
ぽつりと紡がれたその言葉はきっと聞かなかったことにするべきなのだろう。
「悪いことを言った。忘れてくれ」
「忘れませんよ」
それでも、春嶺は即答した。
「貴女との契約がある。私が貴女の声となる。私が導き、貴女が切り拓く。その契約があります。……不履行なんてしませんし、させませんよ」
そう言って、ナガンを後ろから抱きしめる春嶺。ナガンは驚いたように肩を跳ね上げたが、すぐにおとなしくその腕の中に収まった。
「は、恥ずかしいじゃろうが……」
「熱工学迷彩の中ですから誰からも見えませんよ。一〇〇式もSuperSASSも配置についていますから見られませんよ。通信も今は切ってます」
ナガンはそれには答えなかった。帽子の高さを含めても春嶺の顎にも届かない小柄な身体。生きた子どもと勘違いしそうな高い体温。それらを愛おしく思うのは、おそらく指揮官として失格なのだろう。春嶺は目を閉じ、言葉を紡ぐ。
「大丈夫です。私はここにいます。貴女の前からは消えません」
「その言葉、信じていいんか」
春嶺は少しだけ腕に力を入れた。
「信じてください。私が貴女を死なせないし、私も死ぬ気はありません。こんなところで死んでたまるか」
ナガンがクスリと笑う気配がする。
「……約束、じゃぞ」
「はい、約束です」
目を開ける。視界の先の工場は先ほどと変わっていないはずだ。それでも、わずかに小さく見えた。腕を解き、春嶺は前を見据えた。
越えられる。絶対にこの戦場を越える。
「警備車両を除くトラックが無事入場。……そろそろですね」
時計を見る。8時14分。そろそろ号令が飛んでくるだろう。
「勝ちますよ。ナガン」
「当然じゃ」
タイミングを計ったようにノイズが入った。
『全隊へ達する。楽しい楽しいハイキングの時間だ』
ヘリアントスの声を聞き、春嶺は
『
それを聞いた春嶺は間髪入れずに回線を開いた。
「符丁合致を確認。
直後、遠くで小さくパンとなにかが弾ける音がする。
それが戦いの火蓋を切る狼煙となった。
20641014T0315Z
"H"±0:00:00 OPERATION-OCTOBER is EXERCISED
ということでオペレーション・オクトーヴァの開始です。
前章の「ノファン・ディズ・ファン PHASE1」の後半でヘリアン女史が呟いていた文字列、やっと意味が書けました。ラテン語については旧約聖書、詩篇第七篇第十六節より引用、シクストゥス・クレメンティーノ版を底本とし、日本語訳をかなり弄っています。厳密な訳(新協同訳版)だと「災いが頭上に帰り/不法な
ヘリアン女史、こういう言い回し似合うよね……ってだけです、はい。
また、ハーメルン運営さんがフォント変更を実装されていますので遊んでみました。この章だけのギミックになりそうですが、お付き合いください。
今回の作戦はフェルガナ基地と秘密工場の二方面同時作戦となるので、作戦の時間を明記します。タイムゾーンを跨いでいるので(フェルガナ基地方面は秘密工場方面より1時間早い)、国際標準時をベースとして、後ろに(かっこ)書きでローカルタイムを書く方式とします。場所も併せて記しますので参考にしてください。
タジキスタン方面の情報……本当に見当たらずに苦戦してますが、このまま突き進みます。
次回こそ戦闘開始! よろしくお願いします!
追記:2019/02/25
アンケート追加しました。よろしければご回答ください。
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