DFL―フロントエンドオペレーション― 作:油そば大尉
結局場所を変える羽目になった。やってきたのはバーカウンターのようなテーブルで缶詰そのままのおつまみと呼ぶなにかと安い酒を出す簡素なバースペースだった。
「ま、そんなこともあるわよ、ソータ」
横でケラケラ笑いながら安いウィスキーをストレートで喉に流し込むのはM2HB。今回の当事者で元凶その①である。
「そもそもじゃ、なんでおぬしはそんなに女たらしなセリフがつらつらと飛び出すんじゃ」
反対側の隣で顔を真っ赤にしながらウィスキーをあおるのはM1895。加害者かつ元凶その②。乱射事件の物証であるM1895ナガンリボルバーが押収されているせいか、かなりご機嫌斜めである。座ったバーカウンター用のハイチェアは足台まで足が届かずに宙ぶらりんになっているのも、ご機嫌斜めになる一因になっている。
そんな二人を相手にして、春嶺颯太の実力では混乱の食堂から連れ出すので精一杯だったのだ。
「それで、ちゃんと問いには答えんかS.O.」
「それはまあ……そういう教育をうけてきたからとしか……」
「なんじゃそういう教育って、女を見たら褒めろみたいな教育か」
「女性だけではありませんが……まぁ、誰かを責めるよりはいいかなと……」
「弱腰」
そう切り捨て、火照った頬をテーブルに付けて顔を背けるM1895。
「でもいいじゃない。さすが広告代理店仕込みってヤツじゃない?」
「そう言って頂けるとこちらも有り難いです」
「男ってほんとなんなんじゃ……」
この調子で既に1時間ほどが経過している。横の美女二人は相当なペースでアルコールを空けている。この二人を介抱しなければならないというような絶望的な状況にはならないと信じたい。
「ね、ソータ君はどうしてS.O.になったの?」
肘をテーブルについたM2HBがそう聞いてきた。紅色がきついリップが艶やかに、春嶺の言葉を引き出そうとする。
「正義感……とも違うのですが、なにか、自分が生きる場所を自分で作りたくなったんですよ」
「……貴方、
「えぇ」
その言い方にどこかM2HBは思い当たることがあったらしい。どこか顔に影がよぎる。
「ということは、故郷は……」
「日本の北の方です。
「悪いこと聞いちゃった?」
「いえいえ、私も実感がないんですよ。
そう言って自分用のウィスキーに手を付ける。酒の供給量だけは豊富だった。戦場の娯楽は酒と女とクスリとギャンブルとはよく言ったものだと思う。確かに、その中では酒がまだ穏便だ。
「見もしない故郷を取り返す戦い、か……壮大ね」
「そんな格好いいものではありませんよ。強いて言うなら、罪滅ぼしなんですよ」
「罪滅ぼし?」
聞き返してきたM2HBに笑い返す。
「この世界をこんな風にしたのは、先代の人たちかもしれないけれど、私達も今を背負う人間として、世界を変え、守ることが必要なんだと思うんですよ。そのために戦うヒーローみたいな存在に憧れたんです」
「へー、正義のヒーロー……アメコミみたいでいいじゃない」
「そうですか? くだらないものだと一蹴されると思ってました」
「そんなことしないわよ。それとも、してほしかった?」
優しく微笑むM2HBにつられるように笑い返した。
「たまにはいいんじゃない、そんな大それたことを考えるのがいても。みんな金の話をするよりは、きっとクールだわ」
「クール、ですかね? どちらかというとホットな感じだと思いますが」
「ホットというには、熱量が足りないわ。もっと焦がすような思いが欲しい」
そう言ってグラスを光に透かした彼女が横に目を送った。
「そうでしょ。ヘリアン」
「外では愛称で呼ぶなと言っただろう、M2HB」
「あら、ごめんなさいね、ヘリアントス・エリアマネジャー」
バースペースの入り口に赤を基調にした制服を着た女性が立っていた。その後ろにはかなり小さな背の少女……間違い無く戦術人形だろう……がヘリアントスに隠れるように立っていた。
「あら、もう帰りの時間?」
「明日以降も仕事が山積みだからな」
「なぁんだ、つまらない」
「ほら、帰った帰った、しっしっ」
M1895が追い払う様に手を振った。
「焼き餅焼きさんは心配しなくても大丈夫よ」
M2HBがそう言って席を立つ。向かうのはヘリアントスの隣だ。
「私の部下が失礼した、S.O.春嶺」
「いえ、なかなか楽しい時間になりました。乱射騒ぎについては謝罪します。副官にはよく言って聞かせておきます」
「なんじゃ、わしが悪いみたいに」
「実際悪いので少しは反省してください」
そう肩をすくめればM2HBが笑った。ヘリアントスは仏頂面だ。
「……そのへらへらした笑い方は、まったく変わらないな」
「性分なもので」
「……そういうヤツだよ、貴様は」
そう吐き捨て、下を向いたヘリアントス。モノクルが光る。
「……春嶺颯太、貴様はグリフォン&クルーガーの戦いをどう見る?」
苦笑いを浮かべて春嶺はかろうじて口を開く。
「そういうことを
「世話話の一つぐらい付き合うのが貴様だろう」
それを聞いて春嶺はハイチェアから降り、カウンターに背中を預けてラフに立つ。
「まぁ、いいですけど。参考になるとは思いませんよ」
「世話話に参考になる情報があったためしがない。慣れている。話せ」
高圧的にくるヘリアントスに肩をすくめ、口を開く。
「それでは、お言葉に甘えて」
息をゆっくりと吸って、二割吐く。自然に呼吸を整えてから、口を開く。
「……現状のグリフォン&クルーガー社の戦いは近いうちに破綻します」
「……詳しく述べろ」
「均質化しすぎているんです。最適化を繰り返した先の先、最善という方式に偏りすぎている。効率を犠牲にしてでも
「
返ってきた声に春嶺は笑みを深めた。相手は頭が良いに限る。
「烙印システムで武装と
アルコールでどこか赤い顔のまま、春嶺は笑った。
「ですが、システマティックな対応は、必ずそこに隙を生む。そしてその隙はグリフォン社を破綻させかねない。多様性を喪失した組織は必ず瓦解する。人間関係もシステムも、必ずオルタナティブな関係性を保持しなければならない」
「……そうなぜ断言できる?」
「実体験から。広告代理店をしていると様々な組織を目にします。良い奴だけの組織が存続するかといえばそうでもない。だが、悪い奴だけの組織はそもそも組織としての体を成せない。人種もそう、性別もそうでしょう。それは貴女も感じているのでは? ミス・ヘリアントス」
そう言って笑って見せれば苦虫を噛み潰したような顔をした。
「それで、我が社の戦略に貴様は欠陥があるというのだな?」
「グリフォン社というよりはIOP製戦術人形にというべきかもしれません。ですが運用側で対応ができる面も多いと判断します。……こちらからも一つ確認よろしいですか?」
「なんだ?」
許可を取ってから春嶺は口を開く。
「蝶事件についての確認です。2061年に発生した鉄血工造施設への襲撃事件。……新型人工知能『エルザ』のハードウェアが置かれていた研究施設が武装集団に襲撃、防衛システムを補助する為調整中のエルザを再起動するも暴走。鉄血製自動・戦術人形の全てが制御を奪われた。……認識はこれで間違っていませんか?」
「初任者用資料に書いてあるはずの事実をなぜ私に確認する?」
「貴女が知っている事実と齟齬があっては話し合いの前提が崩壊するからです。……私達の目的はクライアントの安全の保護。そのための現時点における最大目標は制御が奪われた鉄血製のオートマタを
「貴様は何を言いたいんだ?」
苛ついたような反応を返すヘリアントスに笑いかけながら、春嶺は笑みを貼り付けたまま続ける。
「これまでに破壊した数を考えれば、すでに鉄血製のオートマタは枯渇してなければおかしい。それでも戦線は終わらないどころか、拡大している。すなわち鉄血の工場は今も稼働中であり、バージョンアップも認められている。暴走状態の『エルザ』を引き連れたままで、です。……これが意味することをミス・ヘリアントスが理解できないとは言わせませんよ」
そう言ってから春嶺は右手で指鉄砲を作るとヘリアントスに向けた。彼女のモノクルを狙うように、腕を伸ばす。ずっとヘリアントスの後ろに張り付いて少女がびくりと体を震わせた。
「ミス・ヘリアントス。貴女はこの戦争の背後に何がいるのか、考えた事がありますか?」
「……何を言いたい」
「そう、そこで答えを出せない。それではこの世界で勝ち抜くことができないと私は考えます。この組織にはマニュアルがあり、名目もあり、利害関係も明白だ。考えなくても任務を遂行し、勝ち抜くことができていました。少なくともこれまでは」
銃把を握るような形に指を作り替え、それは正確にヘリアントスの頭を捉えていた。
「人間はAIに勝てません。少なくとも
まるでトリガーを引くように、彼はゆっくりと人差し指を曲げた。
「戦術人形のパターンを『エルザ』が解析し終えた時が、グリフォン社の終わりです。そうなってしまえば、戦術人形は優位性を喪います」
「――そんなことないっ!」
赤い小さな影が春嶺の前に飛び出した。戦術人形の強力な脚力で飛びだしたその影が、春嶺の目の前でピタリと止まった。その影が驚いた表情をしていたが、それは春嶺は見ることができなかった。
彼が見えたのは、その赤い影の前に、白い影が割り込み、ふわふわの帽子がすぐ目の前に現れたことだった。
「……これは年長者としての貴重な意見じゃが、ご主人様のお話に飼い犬が噛みつくのは非常によろしくないぞ、MP5」
踏み込んできた少女の顎の下、喉笛にピタリと銃口を突きつけてM1895が笑う。春嶺が押収していたリボルバーはいつの間にか彼女に抜き取られていたらしい。赤いアルコールの入った瞳で上機嫌そうな声のトーンのまま銃口を使って少女――MP5に上を向かせる。
「その獲物を手放してもらおうかの。静かな空間に銃声は似合わないのでな」
「下がれMP5、誰がその男に手を下せと命じた」
「M1895、やり過ぎです。銃を下ろしなさい」
悔しそうな瞳で睨みながら、MP5が銃を背中に回し、ヘリアントスの方に戻っていく。それを確認してから、M1895が銃口を上に向け、
「……失礼した、S.O.春嶺」
「先ほどのこちらの乱射事件と相殺ということで片付けませんか?」
春嶺が笑ってそういえば、つまらなさそうに鼻を鳴らしたヘリアントス。そのまま踵を返す。
「いい暇つぶしになった。礼を言う」
「こんなたわいもない話でよければ、いつでもどうぞ」
歩き去って行くヘリアントスの後ろを、春嶺にひらひらと手を振ってから追いかけるM2HBと、舌を出してから走って追いかけていくMP5。
「……てっきり酔い潰れたものかと思ってましたよ」
「言ったろう、酔っとらんと。そもそも
M1895の顔からはいつのまにか赤みが引いていた。イタズラに成功したような表情をして肩をすくめるM1895。彼女の右手でリボルバーがくるりと回り、ホルスタに戻る。
「戦術人形は疲れ知らずで、いつでも使えるようにしなければならない。そう作ったのは人間じゃろう。高々ウィスキーぐらい30秒も有れば
「それでも酔っ払ってくれたのはお付き合いですかね?」
「宴の空気に酔いたい時もある、それだけじゃ」
そう言ってかなり氷が溶けて薄くなったウィスキーを口に含んだM1895。
「のう……一つ聞いていいかのぅ?」
「なんですか?」
「どうしてS.O.になったんじゃ。あの無駄オッパイに話したのは嘘じゃろう」
そう言ってから春嶺をじっと見るM1895。
「どうしてそう思います?」
「そういったときだけ、おぬしの目が揺れた。ヘラヘラ答えとったのに、そこだけ言葉を慎重に選んだ」
そういって、コトリとグラスをテーブルに戻したM1895。
「戦闘の時おぬしが言ったことを覚え取るかのう?」
「何をです?」
「『私が貴女達を死なせない』……
そう言ってM1895は彼女は思い出す。今日の昼下がりのことだった。嫌でも明確に思い出せる。
「撤退もできた。あそこではアイクの言うとおり『P7を切り捨てて後退』が最適解じゃ。それでもおぬしはそれをしなかった。銃の力を信じた。顔も知らない、会話もほぼ交わしたことのない
それを聞いて春嶺はじっと黙っていたが、大きくため息をついた。
「まいったな……私もまだまだですね」
「年の功を舐めるな」
「間違い無く私の方が年上ですけどね」
「経験の差じゃろう……それで、どうなんじゃ」
春嶺はM1895を見ていられなくなって顔を逸らした。
「言ったでしょう、罪滅ぼしですよ」
「背負う罪なんてなさそうじゃがな」
「あるんですよ、私には」
そう言って肩をすくめて俯くと、どうも惨めに思えてくる。
いや、惨めであることを再認識しただけだろう。
「『だれも死なないという安全 だれも死なせない未来』……聞いたことがあるキャッチコピーでしょう」
「グリフォン&クルーガーの
「それを作ったのは私なんですよ。軍事請負会社のブランドイメージとして、クリーンで強い正義の味方が必要だった。それを私が演出した。実際それから23%も入社志願届が増加したそうです。……今、貴女達を戦場に縛り付ける世界づくりに加担した張本人なんですよ、私は」
JWパブリシズは世界でも三本の指に入る広告代理店ネットワークを持つ。春嶺の仕事はそのネットワークを駆使して、戦争の一部を切り取り、それを広告という形で世界に発信することだった。
「この戦いはおそらく早々に破綻します。おそらく数年もないでしょう。明日か、半年後か、1秒後か、3年後か……タイムリミットがいつ来るかはわかりません。それでもこのままでは破綻が来る」
それを許すわけにはいかないのです、と言ってから、春嶺は自分のグラスを空にした。
「私が産みだした戦場かもしれない。私が壊した世界かもしれない。その危険性を知りながら私は無知の内にその鉄槌を君達に叩き込んだ。それが今の世界だ。そんな世界を……認めてたまるか」
「だから、罪滅ぼし、か……」
そう呟くように言って、M1895はグラスを空にしてから、大声で笑った。
「な、何なんですか」
「いや、こんなにも面白いヤツは初めてじゃ」
そう言ってからM1895は春嶺のネクタイに手を伸ばし、ぐいと引っ張った。強制的に春嶺に顔を近づけさせる。
「――――自惚れるなよ、人間」
どこか悦が混じる声色でM1895がささやいた。
「世界は一人の力では変わらない。そんな力、人間にも人形にもない。それぐらいわかっておろう。それを無視してそんなことを宣えるのは傲慢か偽善のせいじゃろう」
そう言って彼女はネクタイを掴む手の力を緩めた。無理な姿勢を矯正されていた春嶺の背がゆっくりと戻る。
「それでも昔の人は言ったのじゃ。――――偽善は悪徳が美徳に捧げる敬意のしるしである」
「……ラ・ロシュフコー『箴言集』でしたか」
「おや、知っておったか、つまらん」
そう言ってケラケラと笑う、そうしてから彼女の手がパチリとスナップボタンを弾いた。
「それでも、その偽善がきっと誰かの足を進める事になる。おぬしの言葉で誰かが戦場に行ったのなら、そういう因果だっただけじゃろう。でもそれに否というのなら、その者達を救うのもわしらの因果かもしれんのう」
そう言ってM1895はホルスタから銃を取り出し、銃把を春嶺に向けた。
「妖精を見るには、妖精の目がいる。――――わしがおぬしの目になろう。おぬしがわしの声になれ。導いてみせろ。わしが切り拓いてみせる。これはそういう
春嶺はゆっくりとその銃把を握る。
「契約完了、じゃな。改めて名乗ろう。わしはM1895、ナガンリボルバー。ナガンと呼べ。春嶺颯太、この弾丸が貴殿の力とならんことを」
「セカンダリ・オフィサ、春嶺颯太。ソータと呼んでください。全力を尽くして、貴女の背中を守りましょう」
「うむ。ではこれからよろしく、じゃな」
そう言って笑う彼女……M1895『ナガン』と笑い合って、春嶺は小さく肩をすくめたのだった。
……格好いいM1895が見たいだけでした。はい。こんなナガンちゃんが見たいんです。皆さん書いて!
これにて第一章『LOG_ON』を幕引きとします。第二章は本格的に戦闘となります、なるはずです……たぶん……きっと…………!
というわけで次回から本格的に人形たちが出てきますのでよろしくお願いします。