DFL―フロントエンドオペレーション―   作:油そば大尉

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カリーナさんをつつくのが楽しい今日この頃です。


ア・ザ・ベース ーAt_The _Baseー
ア・ザ・ベース PHASE1


 左手首に巻いた携帯端末の振動で目が覚めた。反射的に右手でそれを叩いて振動を止める。目覚めてしまえば目覚ましはうるさいだけだ。

 

 遮光カーテンのおかげでほの暗い部屋の中、端末に現れたのはアナログ表示の時計。5時30分。もう少し寝ていても問題ない時間だがとりあえず起きることにする。体を起こそうと、毛布を持ち上げて、妙な抵抗に眉をしかめる。

 

「……ん?」

 

 横を覗き込んで、凍り付く。

 

「おはよう、ソータ。朝は早いんじゃのう」

「……なんで貴女がこの部屋にいるんですか、ナガン」

「なんでって、居たらまずいんか?」

 

 にまにまと笑いながらそう言ったのはM1895、ナガンだった。白いドレスシャツにクロスタイを締めた彼女の金髪が、ベッドのシーツに流れている。ベッドの横にぺたりと座り込んで、ベッドの縁に顎を乗せて笑っている。

 

「あのですね、ここは男性用の独身宿舎(ドミトリ)なんですよ。なんで貴女が入れてるんですか?」

「ん? 人形に性別もなにもないじゃろう。わしはここの()()じゃ。女を連れ込むわけじゃないから問題なかろう」

「少しは見た目を考えてくださいよ……」

「警備の者も止めはしなかったがのぉ。ソータにお呼ばれか? とは聞かれたが」

「……それにはなんて答えました?」

「『まぁそんなもんじゃ』!」

「何時私が貴女を呼びましたか!」

 

 絶対今日茶化されるやつじゃないですか……と頭を抱えるとナガンはケラケラと笑いながら春嶺颯太の肩を叩く。

 

「ま、副官じゃからな、慣れてくりゃれ。そのうち嫌でも枕を並べる羽目になる。フロントエンドでの仕事になるんじゃから」

「……だからって宿舎まで上がり込みますかね」

 

 それには笑い声しか帰ってこない。反論ができなくなると笑ってごまかすのはここ数日のナガンとの付き合いで理解した。叱るのは簡単だが、叱ったところで効果はあるまい。体を起こし、ベッドから出る。白いシャツにトランクスというひどい格好だが、致し方あるまい。

 

「お手洗いまで覗く趣味はないでしょうね」

「さすがにそれはせんよ、わしをなんだと思っておるんじゃ」

「同僚の部屋に不法侵入してくるちびっ子」

「なんじゃとぉ!」

 

 それを背後に残して、安い規格品のユニットバスにこもる。ドアをガンガン叩く音がしていたがじきに収まった。

 

「俺も甘いよなぁ……」

 

 そう言って笑った顔を鏡で見るとかなり情けない笑みだった。洗面台で顔を洗ってとりあえず眠気を吹き飛ばし、髭を刈り上げる。安い備え付けのカミソリだとさすがに肌に悪い。注文しないとまずそうだ。

 

 部屋に戻るとナガンはデスク周りを物色中だ。見られて危ないものは無いから止めはしないが、いい気もしない。出てきたことに気がついたのか、物色を止めないままナガンが声を出す。

 

「それにしても殺風景な部屋じゃのう。うちらの部屋の方がまだ賑やかじゃぞ」

「物を持っても何時転勤になるかわかりませんからね。大きな荷物は置いてきました」

「ん? 家はほかにあるのか?」

「アルマトイに。前職の時の家をそのまま借りてます。荷物を置くにはちょうど良いので」

「ふーん」

 

 聞いたのは貴女ではないですか、とは突っ込まない。突っ込んだって答えは笑い声しか返って来るまい。反抗期前の娘程度に思っておこうと心に決めて壁にしつらえられたクローゼットを開く。

 

「……なんじゃその膨大な数のスーツ。他に服無いんか?」

「これが一番無難ですし、頭使わずに済むんですよ」

「いや、それはわかるが……だからっていくら何でも10着も必要か?」

「必要です。状況に合わせて着回しますし、ずっと同じ物だと臭くなるので。ジャケット禁止の時のためにいくつかそうじゃない服も用意してますよ」

 

 そう言いながら、ワイシャツに腕を通す。この基地に入っているランドリー業者は洗濯のりを使いすぎだと思うが、他に選択肢がないのだから仕方ない。

 

「……服装で舐められたら終わり、ということか?」

「そういうことです。それに、こういう身につけるものから会話が始まることも多い。そこから相手のことを探る」

「なるほど、営業の技術じゃな。しかと覚えておこう」

「ナガンもそのお転婆な行動を慎めば年相応に見られるのでは?」

「むぅ……またおぬしはそうやって子ども扱いを……」

「さて何のことやら」

 

 ちゃんとプレスして折り目を付けたスラックスを身につけ、サスペンダーで吊す、アームバンドで袖口の位置を整え、カフスピンで袖口を留める。その間にも春嶺の頭は仕事へと切り替わっていく。

 

「そういえばですよ、ナガン」

「なんじゃ」

 

 春嶺がネクタイをしながら振り返ると、ナガンはデスクに置いておいたタブレットデバイスを物珍しそうに見ながら返事だけをよこした。丈の短いスカートからすとんと伸びた足が、カーテンの隙間から差し込む光に照らされている。

 

「わざわざ私の部屋に押しかけた理由を聞いていませんでしたね」

「そうじゃったか?」

「来たのを咎めはしましたが、先に理由を聞くべきでしたね。それで、どんな用だったんです? 火急の事態というわけではなさそうですが」

 

 机の上の物色を続けながらナガンは笑った。

 

「なに、おぬしとの感覚をそろえようと思ってな」

「感覚をそろえる?」

「うむ」

 

 機械式のアナログの置き時計を持ち上げてまじまじと見つめながらナガンが続ける。

 

「おぬしが何を見ているのか、何を聞いているのか。それをどうおぬしが捉えているのか。その感覚がずれてたら指揮がちぐはぐになる。戦闘指揮の間にその摺り合わせなんぞしよる時間はないからのぉ。平和な今のうちにしとこうと思ってな」

「……つまり、今日一日私に張り付いて動くつもりですか?」

「なんじゃ嫌そうに」

 

 置き時計を抱えたまま頬を膨らまして振り返るナガン。暗い部屋で彼女の輪郭と真っ赤な瞳だけが淡く光った。

 

「わしは副官、おぬしが指揮官。指揮官を支えるのがわしの契約(コントラクト)じゃ」

「……わかりましたよ。でもいろいろと手伝って貰いますからね」

 

 ネクタイピンを止めながらそういうとナガンは嬉しそうに笑ってから、時計を置いた。

 

「もちろん。それぐらいはいくらでも、それじゃ」

 

 そう言って、彼女がカーテンを勢いよく開けた。強烈な日光が差し込んでくる。とっさに目を細めると、その光の中でナガンが――副官が大きな笑顔を浮かべていた。

 

「おはよう、ソータ! 今日もよろしくたのむぞ!」

「おはようございます、ナガン。今日もよろしくおねがいします」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ハルミネさん、ナガンちゃん、おはようございます。これからご朝食ですか?」

「おはようございます、カリーナさん。カリーナさんも?」

「はい! ……まぁ、私は明け番なので夕食感覚ですが……ご一緒にいかがです?」

 

 管理者食堂(オフィサーズ・メス)の入り口で出会ったのは、管理調達部門(ADMIN/LOGI)統轄役のカリーナだった。

 

「よろこんで。こちらも少しご相談したいことがありまして。ここの食堂は私が持ちますよ」

「やった! ハルミネさん太っ腹!」

 

 カリーナはそう言って春嶺の腕を取る。その斜め後ろでどこかじとっとしたまなざしを向けるナガンが呆れたように口を開く。

 

「まーたそうやって女をたらし込むんだから見てられんのぅ……」

「まーまー、いいじゃないですか。さぁ行きましょう!」

 

 カリーナに引っ張られるようにして席に着く。オフィサクラス以上はレストラン形式なので列に並ぶ必要は無い。すぐに料理が運ばれてくる。バターたっぷりのトーストにハムエッグにスープ。この草原のど真ん中で生野菜のサラダがつくのは目の前のカリーナが調達を確りと調整してくれているおかげだ。

 

「それで、ハルミネさんのご相談って……?」

 

 恐ろしい量のケチャップを卵にぶちまけながらカリーナが口を開く。

 

「いえ、簡単なことです。私の給料から天引きでいいので、いいカミソリを仕入れて欲しいんです。安全カミソリとかシェーバーじゃなくて、ちゃんとしたカミソリを」

 

 それを聞いて笑ったカリーナ。

 

「なぁんだ。朝食おごるっていうからもっと無茶難題がくるかと思いました」

「男にとって髭剃りはそれだけの価値があるんですよ。会社のロジラインに私の私物を乗せてもらうんです。朝食一つで済むなら安い物です。それにロジ部門スタッフの貴女に愛想尽かされたら困りますし」

「あはは、珍しいタイプってよく言われるでしょ?」

「よくわかりましたね」

 

 豪快にサラダを口に運ぶナガンを横目で見ながら、春嶺はパンをちぎる。

 

「だって、これからずっと草原のど真ん中で薄暗い部屋で無線片手に話すお仕事でそこまできっちりした格好してくるだけでももうアレですし」

「ほれ、言われた」

 

 横からニシシと笑いながら、ナガンが茶化しを入れてくるが、それは無視。

 

「まぁ、前職の仕事柄スーツじゃないと仕事している気になれなくて」

「広告代理店でしたね。その腕を買われていきなりフロントエンド・オペレータに大抜擢ですもんね」

「まぁ、いきなり指揮から外された感じで少し悲しいんですけどね。まぁ……この職場の中では一番スーツが役立ちそうなポジションではあります」

 

 フロントエンド……グリフォン社では顧客対応(カスタマーサービス)を指すワードだ。顧客との直接的な関係性をもち、基地との調整役を担う。

 

「まぁ、フロントエンドは文字通りの前線(フロント)での業務ですからね。顧客が前線に近い場合、その安全を確保しながら基地との連係を図りつつ価格交渉に状況整理……いきなり責任重大すぎるポジションですよ。損耗率……っと、失礼しました。退職率も高いポジションですし。本当に大丈夫です?」

「まぁ、基地業務(バックエンド)よりは向いていると思いますよ」

「ならいいんですけど。無理されると困りますからね。フロントエンドができるオフィサって貴重なんですから」

 

 カリーナはそう言って小さく笑ってからケチャップまみれの卵を口に運んだ。

 

「……味濃すぎた」

「それだけケチャップがかかってたらそうでしょう」

 

 苦笑いをしながら塩コショウだけの卵を口にする春嶺。飲み込んでから口を開く。

 

「最近、ロジの方で変わったことは?」

「順風満帆とはいきません。輸送コンボイの襲撃被害が増えています。特にトルキスではかなりの損害率です」

「Sエリアの北端でしたね」

 

 そう聞くと頷くカリーナ。話に飽きてきたのかナガンが足を軽く振っている。

 

「護衛規模は?」

「20台のトラックに作戦単位Sを2個。フロントエンドに配置はなしで、近隣の基地からのリモート管制です」

「……それで損壊が出る、ですか」

「そうなんですよね……。どうも近隣ゲリラ組織がかなり組織化されているようです。もー、このせいで結構日程再調整(リスケ)が多くて大変なんですよ」

「なるほど。厄介そうですね」

「一台丸々トラック焼かれたなんて報告が来たときはもう最悪ですよ、焼かれたせいで数千ドルがパーです」

 

 いつの間にか目の前の食事がほぼ無くなっている。カフェインレスの珈琲を口にしながら春嶺は状況を反芻する。

 

「……おっと、結構お時間を取ってしまいましたね」

「ほんとだ、少しでも寝ておかないとまずそうです。すいません愚痴みたいなの聞いてもらっちゃって」 

「それで貴女の仕事が楽になるなら安い物です。カミソリの件お願いします」

「もちろん。襲われないように空輸便に忍ばせますね」

「ありがとうございます」

 

 笑ってから席を立つ。ナガンが後からついてくる。

 

「のぅ、あんな会話が楽しいのか? わしにはさっぱりわからん」

「楽しいかどうかは別として、有意義ではあります」

 

 そう言って人差し指をぴっと立てる春嶺。

 

「若干誘導しましたが、カリーナさんは、わざわざフロントエンド・オペレーター(FEO)の話を出してからコンボイの話をしましたね?」

「それがどうしたんじゃ?」

「おそらく近いうちにその仕事が回ってくるでしょう」

 

 そう言うと首を傾げるナガン。

 

「それまたどうして……」

「カリーナさんはこの基地の管理調達部門(ADMIN/LOGI)を束ねる専任オフィサです。作戦参謀役では有りませんが、人員を動かすなら彼女に連絡が行きます。おそらく私を派遣する算段がついているのだと思いますよ」

 

 時計を確認すると時間はまだ6時半、上番までまだ90分近くある。

 

「これから少しだけ銃の練習をしてから上番します」

「殊勝な心がけじゃな」

「まぁ使えないと厳しいですからね、この業界。……ご教授願えますかな、ナガン殿」

 

 そう言えばナガンはどこか不満そうにため息をついた。

 

「しかたないのぉ……」

 

 そういいながらも彼女の頬が緩むのを春嶺は見逃さなかった。

 

「言っておくが、わしが側に居る内はおぬしに銃把を握らせるつもりはないからの」

「もちろん、そこは信頼していますよ」

 

 そう言ってから肩をすくめる。――――向かう先は、射撃訓練場だ。




話の進行が遅くて戦術人形がなかなか出てきません。

安西先生……戦術人形を……書きたいです……!

次回は射撃場なんで、いろいろ出せるはず……!

よろしくお願いします。
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