DFL―フロントエンドオペレーション―   作:油そば大尉

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ア・ザ・ベース PHASE3

 

「ナガン、お疲れ様でした。資料集めありがとうございます」

「なんの、わしは副官の経験もあるからな。これくらいは大丈夫じゃ」

 

 データルームで資料を広げた春嶺。その横で両手を腰に当て、胸を張ってみせるナガン。彼女の頭に春嶺はぽんと手を乗せる。

 

「な、なんじゃその手は」

「いえ、褒めてるつもりですが」

「……子ども扱いしてるじゃろう」

「何のことやら」

 

 そうしれっと返してから春嶺颯太は資料の一覧のホログラムウィンドウを立ち上げる。作業台の上に大量の資料が青白く浮き上がった。

 

「……精度もかなり高いですね。情報生成の速度、まさかここまでとは……」

「もっとポンコツかと思っとったのか」

「いえ、この量の資料をファイリングして優先度別にソート。ダブりの資料を削除して理解させる。あの曖昧な指示からここまでできるまで、人間でも相当な訓練が必要です。ナガン、かなり努力されましたね」

「……素直に褒められると照れるんじゃが……まぁ、受け取っておこうかの。今度も頼ると良いぞ」

「そうさせてもらいます。……まずは任務の状況の確認ですね」

 

 そう言ってホロウィンドウにスタイラスペンを差し込む。目当ての資料を呼び出すと一番手前に表示させる。

 

「……任務の確認をすっ飛ばして国の基礎情報か? またなんでじゃ」

「今回は中央アジア共和国連合という『厄災を煮詰めて地獄の釜で焼き上げたような地域』ですからね。一歩間違えばとんでもないことになります」

 

 春嶺はそう言って資料をザッピングする。腕を組んでそれを見ているナガンが口を開いた。

 

「今わしらが居るのも同じ連合の中じゃが、ここもその最悪なミートパイみたいな状況なわけか?」

「前線が押し上げられれば、じきにそうなります。鉄血との戦いが終われば起きるのは人の戦いですよ。国家というものが機能せず、企業はセフティネットを保持できるほど成熟していません。計画的な入植なんて不可能ですから」

 

 そう言って拡大表示されたのは連合の領域を拡大した地図だった。

 

「連合はクルグス共和国を中心とした北トルキスタン地域、パシュトゥニスタン回教共和国を中心にした南トルキスタン地域、全部で7つの共和制国家の連合体です」

「もうこの時点で頭が痛いんじゃが……」

 

 ナガンが呆れたようにそういった。

 

「鉄血の人形対応のために軍隊を無理矢理かき集めるために作った便宜上の国家連合ですからね。連係もなにもあったものではないですよ。蓋を開ければ大小数十の民族と、三大宗教を含むそれぞれが信じるモノのせめぎ合いの鉄火場に、数十万の難民が押し寄せ、イデオロギー戦争をしている状況です」

「呆れた。そりゃあグリフォン社の仕事がなくならないはずじゃな」

 

 そう言うナガンに肩をすくめてみせる春嶺。

 

「鉄血が今きれいさっぱり無くなったとしても仕事には困りませんよ。そんな地域で輸送業務です。なにも起こらない方がおかしい。それでも物品の到達率を80%オーバーを確保できていたのは、人形がしっかりと警護をして運んできたからです」

「じゃが、それが破られた」

 

 任務の話に足がつき始めた。おどけた雰囲気がナガンから消え去る。

 

「えぇ、地形のおかげで街道と河川を警戒しておけば、鉄血の人形で脅威となる重量のある装甲型や、重心が不安定な人型は進入しづらい。鉄血相手だけでみれば脅威判定が低いエリアで、いきなり輸送率が40%を下回った」

 

 意味することは、おそらく一つ。

 

「……襲うことを依頼されたIOP製の戦術人形がいる、じゃな」

「やはりナガンもそう思いますか?」

「じゃからおぬしはわしに企業の一覧を調べさせたんじゃろう?」

「話が早いです。状況は?」

 

 ナガンにスタイラスペンを渡すと、ナガンが操作を始める。

 

「そう言う話なら、あり得そうなのはタジク人民共和国の国営企業、タジク人民軽金属工業じゃろう。現状で世界第二位のアルミニウム精錬企業じゃ。組織的に人形を雇えるとしたらここぐらいしか大きな企業がない」

 

 表示された資料に映ったのはいくつもの工場の写真。その工場の足下にはライフルを手に歩哨にあたる人形の姿が映っていた。

 

「工場警備用の戦術人形の転用、ですね」

「じゃな。だが解せんのは……」

「この輸送トラックはこの軽金属工業のアルミニウムを積んでフェルガナまで戻ります。工場から輸出できねば、収益は低下する……襲う理由が、ない」

「それに、戦術人形が本当に襲撃していたとして、その報告がわしらに上がってこないのはなぜじゃ。当然このルートに係わってたグリフォン社の人形がおるはずじゃろう」

 

 うちの輸送ラインでもあるんじゃからの、と言ってからナガンは春嶺の目をじっと見た。

 

「ここから先は悪魔の証明じゃ。現地で情報を見ないとわからん。だからフロントエンドオペレータ……おぬしの出番というわけじゃ」

「まったく、わくわくしますね」

「心にもないことを。それで? 部隊編制は?」

 

 ナガンがこの基地の所属部隊の顔ぶれを表示した。

 

「山岳地での機動戦闘を求められます。前衛で足止めができるだけの手数が必要になります」

「……おぬしが考えている事をあててみせようか」

 

 そう言って面白くなさそうにナガンが口を開いた。

 

「どうぞ」

「配置転換が難しいマシンガンを連れていくことはできない」

「えぇ」

「サブマシンガンとハンドガンで足止め、アサルトライフルとライフルでトドメ」

「えぇ」

「……無理を言っても対応できそうな顔見知りを連れて行く」

「否定はしません」

 

 そういったとたん、ナガンの顔にさっと赤くなった。

 

「やっぱりか! あの無駄オッパイ(M14)を基幹に据える気じゃな! 好意持たれとるのを利用する気かこの助平!」

 

 何を怒る、とは突っ込むと長くなりそうなから話題を逸らす。

 

「あとはM1ガーランドです。人形相手であれば、ライフルのストッピングパワーを頼らざるを得ません。面制圧要員としてFNC、アイクには文句を言われそうですがGr-G41も連れて行きましょう」

「……G41は特殊な義体じゃ、現地修復は手間じゃぞ。運用コストに跳ね返る」

「それでも、あの汎用性は代えがたいですよ。自由に編制しろと言ったのはアイクです。文句は言わせません」

「どう言われても知らんぞまったく」

 

 そう言ってため息をつくナガン。Gr-G41は最近配属になったばかりで、アイクに言わせれば、まだ()()()()()とのことだが、指揮した感覚だとかなり良い動きをたたき出している。問題はあるまい。

 

「G41のチューター役を引き受けているM1911も一緒に引き抜きます。あとはS792の面々なら対応できるでしょう」

「PPSh-41の部隊じゃな。護衛なら確かにあいつらはバランスが取れるか……」

「もちろんナガンにも同行をお願いします。場合によっては作戦単位Sを丸々預けることもあるでしょう」

「うむ、頼られるのは悪い気はしないからの。了解じゃ」

 

 ナガンの気を逸らすことになんとか成功したらしい。とりあえずのところはこれでしばらくは大丈夫だろうか。

 

「必要であれば基地から遠隔(リモート)で情報支援も受けられるわけじゃしのぅ。気楽にいくとしよう。なにかあればわしらがちゃあんと守ってやる!」

「信頼してますよ。ナガン」

 

 腕の携帯端末を見る。もう6時近い時間になっていた。出発まで、あと12時間を切っていた。

 

「ミッドナイトシフトは免除してもらっています。請負人(コントラクタ)への出動要請を出したら少し休みましょう。ナガンも休みなさい。資料のデータは目を通しておきます」

「了解した。そうすることとしよう」

「もう部屋には上がり込まないでくださいよ」

「あの変態女(リトヴァ)に言われて懲りたわい」

 

 そう笑うナガンの頭に手を乗せてから、春嶺は部屋を出る。データルームに残されたナガンは、撫でられたところを一人撫でる。

 

「……子ども扱い、せんで欲しいんじゃが、のう」

 

 撫でた手のひらを見る。電脳の奥がなにかざらついた。

 

「……っ!」

 

 ぎゅっとその手を握りしめ、自らの胸に叩き付ける。その衝撃で目を一度閉じ、開く。

 

「しっかりせんかM1895、あいつは……ソータはあやつと違う」

 

 上がっていた息を意識してゆっくりと平常のペースに戻していく。

 

「大丈夫、二の轍は踏まん。守れる。守ってみせる。そのために、わしはここに来たんじゃろう」

 

 ざらついた電脳を休めるために、ナガンは宿舎に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミッドナイトシフト明けのアイクの耳に、輸送機の重たい離陸音が響いてきた。

 

「行っちゃいましたね、ハルミネさん。見送り行かなくてよかったんですか?」

 

 そう問われ、アイクは苦笑いを浮かべた。ドアを開けて入ってくる女性を見て肩をすくめる。

 

「見送ったところで男の見送りなんて向こうも払い下げだろうさ。それとも、カリンは行った方が良かったと思うか?」

「いつが最後になるかわからない商売ですし」

 

 カリーナはそう言って薄いジャケットを脱いで、応接セットの椅子に腰掛ける。アイクは執務机に向かったまま手を休めて笑いかけた。

 

「……心配か? アイツのことが」

「どちらかと言えば、ナガンちゃんが」

 

 そう言ってカリーナは天井を仰ぐ。シーリングファンがゆるりと回っている。

 

「思い出しているのか。S-09基地のこと」

 

 それにカリーナは答えない。アイクはゆっくりと葉巻を取り出した。吸い口を切る小気味良い音が響く。それがどこか皮肉げだった。

 

「……カリンもナターシャもS-09の生き残りだったな」

「アイクさん、ナガンちゃんの副官業務復帰は、早すぎたように思います」

「彼女の意思だ。技能検定も全てパスした。止める理由がない」

 

 そう言うと苦い沈黙が残った。マッチを擦る音がいやに大きく響く。丁字の弾ける音が響く。

 

「カリン、S-09の最期がどうなったかを私は報告書でしか知らない。戦線の急速拡大期、足りない指揮官を養成所(ファーム)から補填した。本部からの命令で主力部隊を前進させた間に……急襲を受けた」

「知っているなら、なんでナガンちゃんをハルミネさんに付けたんですか」

 

 そう言われ、アイクは目を伏せる。それを見て、カリーナは語気を強めた。

 

「S-09の指揮官は日本人(ニッポーズ)でした。ハルミネさんよりは若かったけど、男の人。戦術人形を人形じゃなくて、人間みたいに扱う人でした。……ナガンちゃんは、きっと」

「カリーナ」

 

 ゆるゆると燃える葉巻を灰皿において、アイクは彼女の言葉を切った。

 

「それでも、彼女がそれを選んだんだ。志願したんだよ。それを止める資格は我々にはない」

「詭弁ですよ。基地の運用主任であるP.O.に采配の権限がないはずないじゃないですか」

 

 そう言ってカリーナは長い長いため息をついた。長い髪を掻き上げてから続ける。

 

「……L'enfer est plein de bonnes volontés ou désirs」

「……フランス語、か?」

「地獄は善意と欲望で満ちている。アイクさんには地獄は善意でいっぱい(Hell is full of good meanings)天国は善行でいっぱい(but heaven is full of good works)って言えば伝わりますか?」

 

 そう言ってカリーナは疲れ切った笑みを浮かべた。

 

「理解できない訳じゃないんです。でも、まだあれに耐えられるほど、あの子は、ナガンちゃんは癒えてないんです。それでも、あの子は志願した。なんでなのか、わかりますか」

「克服するためだと思っているが」

「そんなわけないじゃないですか。壊れることも治ることも許せないままの自分から、逃げるためですよ」

「カリン、なぜそこまで言い切れる?」

 

 その問いがカリンの寂しそうな瞳を押し下げる。

 

「その場に居たからですよ。熱と煙と絶望と悔恨とが渦巻く中で、あの人は私達に呪いを掛けたんです」

「呪い?」

 

 アイクが聞き返す。

 

「死んではいけない。諦めてはいけない……その言葉が夢に逃げることを許さないんですよ。毎日ナガンちゃんをその呪いが傷つけているんです。ナガンちゃんはそれでも前に進むしかできないんです」

「それでも、ナターシャはそれを乗り越えようとしている。つらいなら初期化だってできた。記憶を消して、ここでリスタートすることもできた。それでもM1895は、彼女として歩き続けることを選んだ。それを応援したいというのは、間違っているだろうか」

「……何を甘えたことを言ってるんですか、P.O.」

 

 真正面からアイクの声を叩き切ったカリーナは、普段は絶対に見せることは無いであろう目で彼を睨んだ。

 

「ナガンちゃんは強がりで、不器用です。試験はパスするでしょうし、心の内を隠すのだけは上手です。あの子はきっと不安を吐露しません。……はっきり言います」

 

 真正面からアイクを睨み、決して聞き間違えなど起こさせないように、告げる。

 

 

 

「M1895ナガンリボルバーは現状副官を担うだけの素質がありません。今からでも副官資格を剥奪するべきです。彼女自身が壊れる前に、手を打つ必要があります」

 

 

 アイクは左手で目元を揉んでから、悲しそうな顔をした。

 

「……カリーナ、何を言っているのか、わかっているのか。正当な理由もなく副官資格を剥奪しろと言ってるんだぞ」

「嫌になりますけどね、わかってますよ。はっきりと。それでも手遅れになるよりは、よっぽどいい」

 

 カリーナはそう言ってタブレットをいじり、アイクに渡した。

 

「似すぎているんです。彼の指揮パターンと、S-09の時の運用パターンが同じようなスコアの偏りを見せています。リトヴァさんの担当ならならこんなこと言いません。それでも、今のナガンちゃんにハルミネさんの副官はあまりにリスキーです」

「部隊の損耗率を抑え、継戦能力の維持に重きを置いた指揮……か」

「いつかハルミネさんがナガンちゃんを殺しますよ。彼の指揮が、彼女を殺す。それを知っても、アイク、あなたは彼女に副官を押しつけるんですか?」

 

 アイクは画面のハイライトを消す。

 

「……そしてカリンはそれに期待もしている、違うか」

 

 虚を突かれたような顔でアイクを見るカリーナ。

 

「なぁ、カリン。戦術人形は美術品じゃない。役割がある。力がある。その力を発揮できないなら、それは死んでいるのと同じだろう。……あの子は力を発揮したい相手を見つけたんだろう。それを奪うのは、あまりに情けない」

「それが彼女を殺すとしてもですか?」

「亡骸のまま生きるよりはマシさ。……アンタも待ってるんだろう。また撃鉄を落としてくれる誰かを」

「……男の屁理屈はよくわかりました」

 

 カリーナはそう言って椅子を立った。

 

「一つだけ聞いてみたかったんですけど」

「なんだ」

「貴方はなんで人形に愛称をつけるんです?」

「数字なんて味気ないだろう。それだけだ」

 

 アイクはそう答え笑った。

 

 

 

「信じてやれよ、人形達を。カリンが思っているより、きっと彼女たちはしなやかだ」

 

 

 

 答えず出て行く彼女を見送ってから、アイクは灰皿に燃え落ちる葉巻を見た。

 

「……勿体ないことしたな」

 

 取り出したのはシガレットケース。蓋を開けて、何も取り出さずに閉じる。

 

「守り方は一つじゃねぇんだよ、カリン」

 

 その声はどこにも反響せずに落ちる。

 

 

 

 

 

 あの子を頼んだぞ、ソータ。

 

 

 

 

 




はい、これにてこの章は終了。次回からいよいよ本格的に任務開始といきます。

G-41が一人レアリティ高いですが、キャラクターとして大好きなので出します。ケモミミっ子、いいよね! 活躍の場をなんとか用意しないと……

そんな中で世界設定盛り過ぎ案件になってきました。さて、どこまで伏線管理できるやらですが、なんとかします。

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