DFL―フロントエンドオペレーション― 作:油そば大尉
ディスオダリ・オーダ PHASE1
「こんな状況でよく寝ていられるわね」
目をつむって舟を漕いでいる男を見て呆れたようにそう言ったのはスコーピオンである。二つにくくった金色の髪が揺れる。風が吹いているわけではない。彼女たちが乗っている大型輸送機が揺れているのだ。
「これがあの哨戒戦の時のS.O.さんなんですねー。声だと落ち着いたキレ者っぽい印象だったんですけど、無防備に寝ちゃって……」
そう言ったのはM1911、腰の両脇に吊ったホルスタには彼女用にチューンされたM1911ガバメントが刺さっている。キレ者っぽいと思われていたらしい男は三つ揃いのスーツを着込み、オールバックに髪をなでつけた「営業用」の格好な訳だが、腕を組んで寝てしまっていては、その格好も台無しである。
それを嘆いたのはM1895『ナガン』だった。
「まったくじゃ。こやつ基地出る前に数時間は確実に寝とるはずなんじゃが、まだ寝るか」
「飛行機だと私達の指揮もないですからね……休める時に休んどくのは兵士の鉄則ですよ」
フォローに入ったのは彼の指揮で哨戒戦を行ったPPSh-41である。PPSh-41がナガンの方を見て笑いかけた。
「それにしても、お引き立ていただけると思ってなかったので驚きました」
「そうか? S792はサブマシンガン主体の高速編制。突破力にはちと欠けるかもしれんが、こういう護衛戦にはもってこいじゃろうて。……それにソータは一度指揮をしとるから、少しでも勝手が知れとるのがええらしい」
ナガンはそう言って肩をすくめた。
「それに、今回の任務はかなり骨が折れそうでな。……おそらく、対IOP製義体の非対称戦となる」
「あー……だから、G41なんですね」
M1911が合点がいったように横を見る。自分の髪の毛で遊んでいたらしいGr-G41が首を傾げた。
「わたし?」
「アインちゃん強いもんねーって話をしてたの」
M1911はそう言ってニコニコ笑いながらG41の耳を撫でた。どこか恥ずかしそうに顔を赤らめたG41がその手から逃げようとする。
「それに今回の指揮は『アタリさん』ですよー」
「アタリさん?」
首を傾げたG41だったが周りも似たような顔をする。
「アタリさんとはソータのことか?」
問いかけたナガンにM1911が頷く。
「はい。私の隊だとS.O.ハルミネが指揮上番したら、アタリさんの指揮だって言うんです。当たり外れの『アタリ』です。変に突っ込めって行ったり、無駄にバタバタ動かされたりしないから、安心だねって」
「あ、私の隊でも似たような感じで言われてますよ」
輸送機の反対側の壁から会話に割り込んできたのはM14だ。
「そうなんですか?」
「スーツのS.O.さんとか『
「
至極真面目な顔でナガンがそう言えば周囲に笑い声が弾けた。腹を抱えて大笑いしているのはPPSh-41の部下のP7である。
「なんじゃ、その笑いは」
「実感のこもった感想だなって思っただけよ。押しかけ女房ナガンちゃん?」
「P7、おぬしそんなに空挺降下がお好みか……」
ゆらりと席から立ち上がり、P7の方にゆっくりと向かうナガン。
「タンマタンマタンマ! 事実で怒っても仕方ないじゃん!」
「何が事実じゃうつけもん!」
「だってナガンはそのS.O.の部屋に押しかけたんでしょ!?」
「っ……なんでおぬしが知っとるP7っ?」
「P.O.から聞いた!」
「アイクの
「『なんで知ってるっ!』って言った時点で説得力ないよー?」
そう言ったP7はMP40を盾にしながら続ける。
「それで、ハルちゃんS.O.は変態なの?」
「なんじゃその呼び方。S.O.にはちゃんと敬意を払え。……変態かどうかは別として、性欲は強そうではあるの」
腕を組んでそういったナガンだったが、その内容に周囲がしんと静まりかえる。春嶺の前でしゃがみ込んで、彼の顔をじっと眺めていたG41がいきなり静まりかえったことできょとんとしていた。
「……どうしたの?」
G41の声に誰も答えない。腕を組んだまま顔が赤くなっていくナガン。
「……と、とにかくじゃ! あっという間にこやつも有名人になっとるのぉ!」
「話題逸らしが下手!?」
「うるさいうるさいうるさいっ! わしは何も知らんぞ!」
そんなことを言うナガンを
「結構最近出ずっぱりですもんね、アタリさん。それに、無線で人形相手に
「アイクもいきなりソータに状況預けて書類作業始めたりしとったからのぅ……そのせいもありそうじゃな」
「このひとがアタリさん?」
じーっと春嶺を見つめていたG41が首を傾げた。
「そうですよー」
M1911の声にも答えずに春嶺を見つめるG41だったがいきなり大きく頷いた。
「きめた。きめたよナインティーン」
結構響く大きな声でそう言って、G41が春嶺を指さす。目線がM1911に向かっているので、ナインティーンはチューター役を担っているM1911のことらしい。
「アタリさんに『ごしゅじんさま』になってもらう!」
「はいっ!?」
周囲が驚いた声を上げる。
「ご主人様……いきなりどうしたんじゃG41」
「アタリさんなら、いいごしゅじんさまになってくれるかなって! アタリさんのたたかいはやさしいし!」
「……うわーお、大胆だねアインちゃん……」
M1911が冷や汗を掻きながら笑みを浮かべた。
「ハルミネさん、強く生きてくださいね……」
PPSh-41がナガンの方を見ないままそう呟いた。
この数秒後、春嶺が突然顔面に突き刺さった副官の靴底で叩き起こされるのは完全な余談である。
「ようこそフェルガナ基地へ、連合陸軍中佐、ルスラン・ヴェルディエフだ。……顔が腫れているようだが、襲撃でも受けたかね?」
「見苦しい姿をお見せして申し訳ない。業務遂行には問題ありませんので、どうぞお気遣いなく。PMC G&K、フロントエンドオペレータの春嶺颯太です。よろしくお願いします。隣はM1895、私の副官です」
右手を差し出す春嶺。やけに肩幅の広い迷彩服の中佐がこの輸送隊の護衛役らしい。ナガンは中佐に敬礼を送ってからそっぽを向いた。春嶺にとってはなんでこうなっているのかさっぱりわからないので放っておくことにしている。乾いた空気とどこかかすんだ太陽が三人を照らす。
「君はチャイニーズか」
「日本人です」
ヴェルディエフ中佐がそれを聞くとどこか難しそうな顔をした。
「なるほど、迅速な指示を期待する。ニッポーズは正確で丁寧だが、決断が遅い傾向があるからな」
「気をつけましょう。……お互い時間は限られています。簡潔にいきましょう。今回のコンボイの数とローディングリスト、スケジューリング、我々の他に護衛につく部隊の規模と構成を教えてください」
「こっちへ」
ヴェルディエフ中佐が質実剛健なコンクリートの建物へと招く。入り口に立っている衛兵に答礼を返しながら春嶺達が続く。
「その副官は
「持っていますよ。私の護衛もかねて貰っています」
「しつけはなってるだろうな」
その一言にムッとした顔をしたナガンだが、春嶺は笑ってから待てのハンドサインを出す。ヴェルディエフ中佐からは見えてない位置だ。
「
それを言うとヴェルディエフ中佐は面白くなさそうに鼻を鳴らした。
「先に言っておくが、今回の輸送作戦については輸送中隊の大尉の指示に従ってもらう。安易な発砲や攻撃は避けて貰いたい」
「もちろんです。弾は使わないに越したことはありませんよ」
春嶺はニコニコと笑いながら作戦指揮所の扉をくぐる。中は埃っぽい大きな机とそこに広げられた地図がある。その奥で座っていた男が立ち上がり、敬礼をしてきた。
「サイード・アヴドゥラ・カビリ大尉だ。タジク人民共和国出身の大尉で、ホログ周辺に詳しい。今回の輸送中隊の指揮官を務める。カビリ、こちらはPMC G&KのMr.ハルミネ。護衛の応援部隊を指揮してくれる」
「カビリです。よろしく」
「春嶺颯太といいます。よろしくお願いします」
しっかりと握手を交わしてから、作業台に目を向ける春嶺。それに気がついたのはカビリ大尉だった。
「Mr.ハルミネ、紙の地図が珍しいですか?」
「いいえ、ただかなり古い地図だなと思いまして。グルチャ周辺の道が衛星写真やデジタルマップとかなり異なるようです。輸送隊のマップは更新されていますか?」
「えぇ……先頭車のナビゲーターが使うマップには書き込みを行っていますが……それがなにか」
「コストが掛かってもマップはいつでも最新版に更新しておくべきです。道自体が変更されていれば襲撃予測が困難になります。……書き込んでも?」
「どうぞ」
カビリ大尉から渡された鉛筆を受け取り、春嶺は北から順番に輸送ルートをなぞっていく。書き込まれているのは道の変更点だ。デバイスも参照せず、すらすらと地図が書き換えられていく。
「……ソータ、まさか、全部頭に入っておるのか?」
どこか驚いた表情を浮かべるナガン。どうやら彼女の頭の中に入っている最新版のマップと遜色ない情報になっているらしい。
「ひと月前の更新までですよ、それ以降の衛星写真は手に入りませんでした。カビリ大尉、部隊での共通語はロシア語ですか? 英語ですか? タジク語ですか?」
「基本はタジク語で行っていますが……」
「なるほど。では貴方はロシア語は読めますか?」
「一通りは……」
「それでは襲撃予測地点をロシア語で書き込んでおきますので、部隊のメンバーに共有をお願いします」
春嶺がロシア語で書き込み、鉛筆を置いた。ヴェルディエフ中佐に声をかける。
「中佐、お待たせして申し訳ありませんでした、始めましょうか」
「あ、あぁ……」
ヴェルディエフ中佐は面食らったように頷いて、作業台を覗き込んだ。
「G&K社には輸送隊の全行程に同行してもらい、積み荷の安全確保を行ってもらう」
「それに際して対人戦闘を想定していると伺っておりますが、相違ありませんか?」
「我々はそう判断している」
ヴェルディエフ中佐はそう答え、地図の一カ所を指さした。
「主に襲撃が多発するのはキジル=アルト峠を越えてからだ」
キジル=アルト峠はオズベク共和国とタジク人民共和国の国境線にもなっている峠だ。海抜4,000メートルを超える高地となる。
「雪の影響はまだ?」
「まだ積雪の報告はない。その他の峠も通行可能だ」
「……そうだとしたら、相手も動きやすいという状況ですね。アンブッシュ警戒をメインとしつつ長時間にわたる警戒を必要としそうです」
「我が隊も人を割いているが、ゲリラ化した現地住民の抵抗も激しく、抵抗に苦慮しているのが実情だ」
「現地住民……ですか」
春嶺が怪訝な顔をした。
「おかしいですね。損耗率が極度に上がったのは2ヶ月前と伺っていますが」
「そうだ。そのあとから散発的だった現地の襲撃が組織的になった」
「……なるほど、再度の確認となりますが、我々の仕事は護衛ですね?」
「そうだ」
「了解しました」
そう返事をするとヴェルディエフ中佐は満足そうに頷いた。
「実務的な話はカビリ大尉から聞け。……出発は明後日だ。今晩くらいは羽根を伸ばしておきたまえ。いい飲食の店を知っている。紹介しよう」
「お気遣いありがとうございます」
「19時に正門に来たまえ。その人形も連れてきて良い」
「助かります。それまでの時間外出しても?」
「かまわんが、銃撃などには気をつけたまえよ」
「用心します」
「……で、どういう風の吹き回しじゃ? いきなりわしらを連れ出して。それも車じゃなくて徒歩。危ないと言われとろうに」
「ですから、貴女とM1911に護衛を頼んでいるじゃないですか」
頭の後ろで手を組んだナガンが前を歩く春嶺に声を掛ける。三つ揃いのスーツからくたびれたジャケットにチノパンに着替えた彼は苦笑いをしてから周囲を見回す。
「物流を知るには市場に出るのが一番です」
そんなものかのぉ……といいながらつまらなさそうにそう言うナガン。春嶺を挟んで反対側ではM1911が楽しそうに笑っています。
「でも、こんな風に街を歩けることあんまりないので、楽しいですよ」
「気を抜くなM1911、わしらは今仕事中じゃぞ」
「そうですけどぉ……」
M1911がそういって少しばかりしおれる。その様子を見て笑ってから、春嶺は口を開いた。
「……ナガンは今回の仕事についてどう思いますか?」
「雇用主に聞かせられない話の類いか?」
だからって市場を歩きながらはどうなんじゃ、とナガンがため息をつく。
「どう思うもなにも、胡散臭いとしか思わんのぅ」
「そんなに変な人なんですか? 今回の
M1911はそう言って首を傾げる。
「変というわけではありませんよ。ただ、本人は我々の活動をあまり快く思っていないようです」
「……と、いうと?」
「情報の齟齬がありました。リスク要素をあえてこちらに伝えていないようです。何らかの利権の匂いがしますね」
そういって笑った春嶺は八百屋の前で腰をかがめるようにして熟れたトマトを手に取った。
「トマトがあるというのはすごいですね。このあたりでもつくれるんだ……
言われた額を払って、春嶺はトマトを一つ買う。
「ナガン達は食べます? トマト」
「いらん」
「えー? じゃあ私はいただきます!」
反応は真っ二つ。M1911の分だけ買って、彼女に渡した。
「それで、ソータは不安に思う訳か?」
「不安というわけではありませんが、かなり根深そうですよ。……ところでナガン」
そう言って言葉をわずかの間だけ止める。ナガンが訝しむようにこちらを見上げる。春嶺は自分の胸の前で緩く拳を作り親指を振る動作をする。それを見たナガンが小さくため息。
「本当に買わなくて良かったんですか? トマト」
「あんまり好きじゃなくてのぅ」
「好き嫌いがはげしいと身長伸びませんよ」
「なんじゃとぉ!」
怒ったナガンが彼の前に回り込む、そのタイミングだった。
「悪いが君達……」
春嶺の肩に分厚い手が掛けられる。春嶺は地面を蹴ってその手を掛けてきた男の脇をすり抜け、来た道を逆走した。
「なっ……!」
「おいっ! 待て!」
男は二人組。その間をすり抜け、人混みの中を彼が走る。そのすぐ後ろについたのはM1911だった。手に持ったトマトを軽く上に放り投げてキャッチ。
「二人ですか?」
「
「なるほ、どっ!」
M1911がトマトを全力投球する。こちらに向かって走ってくるグレーのスーツ姿の男に直撃。目元を押さえて倒れ込んだ。
「クリア」
「トマト汁は目に優しくなさそうですね。あなたを選んで正解でした、ナインティーン」
M1911をそう褒めながら春嶺は路地に飛び込む。驚いた猫が走ってどこかに消えていく。
「待つんじゃぁ! わしは! 走るのが! 苦手なんじゃ!」
「……覚えておきましょう」
そう言って春嶺は一瞬足をとめ、遅れてきたナガンを脇に抱える。
「きゃぁっ!」
「暴れないでくださいよ」
そう言って路地を走る。その間にM1911は自らと同じ名前の銃に
「子ども扱いするなといっておるだろう!」
「そんなに騒ぐと見つかりますよ、ほら」
路地の角に飛び込んだ直後、最初の二人組が走ってくるのが見えた。
「貴様ら動……」
自動拳銃を向けてくるその男が言葉を止めた。ナガンとM1911に後ろから銃口を突きつけられ、動きを止める。晴れていたら相当に日光を照り返すであろう見事な禿げ頭と眼鏡にボサボサ頭の若い男、その二人が冷や汗を流しながら、動けずに固まる。
「刑事さんだったんですね、おつとめご苦労様です。M1895、M1911、セフティオン」
ナガンとM1911が銃口を下げる。禿げ頭の方に手帳を差し出す春嶺。スーツのジャケットを探った禿げ頭が驚いた様子で春嶺を見る。
「いつの間に……」
「あんなわかりやすく尾行しとったらバレバレじゃ」
「トマト君にはもう少し距離を取ることを教えた方がいいかもしれませんね」
そう言って春嶺は営業用の笑みを浮かべていたが、リボルバーを右手に提げたナガンはどこか胡乱な目だ、
「それはソータもじゃ。あんなわかりやすく
「次があったら気をつけますよ。それで、クルグス共和国警察が我が社になんのご用ですか?」
そう言って笑った春嶺に、禿げ頭の刑事は大きなため息をついた。
「どうやら、陸軍はとんでもないのを雇い入れたようですね」
春嶺から警察手帳を取り返しながら禿げ頭は続ける。
「失礼しましたMr.ハルミネ。貴方に仕事を依頼したい」
そう言って差し出されたのは、……マイクロチップ。春嶺は眉をしかめた。
「緊急派遣は高くつきますよ、我が社は値引き制度があまりありませんから」
「予算の代わりに情報をお渡ししましょう。……中央アジア共和国が腐り落ちる前になんとかしなければなりません」
「やだなぁ、刑事さん。そんな正義のヒーローみたいに見えますか」
春嶺はそうおどけてからチップを受け取った。
砂混じりの乾いた風がフェルガナの路地裏を吹き抜けた。
さーて、勢力を増やしすぎてきたぞ……。どうしよう。
やっと戦術人形が動き始めました。まだ出発しそうにないですが、のんびり追っていきます。
次回は戦術人形メインになりそうです。がんばります。