MSF司令室にて、副司令カズヒラ・ミラーは机の上に置かれていた書類を片付けるとくたびれたように椅子にもたれかかる。
机の横には山積みになった書類の山が…ここ最近になって、エグゼの連隊発足に伴う各部門とのやり取りや報告書などの書類などが増え、今日ようやく全ての仕事を片付けることができた。
MSF戦闘班の紛争地帯への派遣、今や欠かせない存在となっているPMC4社との提携業務、武器・兵器の開発及び整備計画、顧客とのやり取りなど…戦闘に関わらないが重要な業務の全てをミラーが取り仕切り、MSFのかじ取りを行ってきた。
MSFのスタッフたちが、それぞれの役目に集中できるのもひとえに彼のおかげだ。
唯一、諜報班の仕事はオセロットがとりまとめ、重要な案件だけをミラーやスネークに報告をしてくれる。
そんなミラーでも、ここ最近の激務は相当心身に疲労をもたらしたようだ。
仕事を片付けたミラーは口をだらりと開き、天井を仰ぎ見る……そのまま少しの間そうしていると、扉がノックされ、開いた扉から97式がひょっこりと顔を覗かせる。
「お疲れさまですミラーさん、よかったらどうぞ」
疲れた様子のミラーに97式は愛くるしい表情で微笑みかけ、お茶の入った湯のみと丸く平たいお菓子を差し出した。
「お、これは月餅か? 君が作ったのか?」
「はい、厨房を借りて作ってみました」
「なるほど…うむ、美味しいよ。それに、このお茶と相性もいい…美味すぎる!」
「わぁ! 良かったです!」
お茶とお菓子を美味しそうに食べるミラーに、97式は嬉しそうにはにかむのであった。
97式はMSFに来て以来、ミラーのお手伝いをする毎日を送っており、今回ミラーが抱えていた業務も97式の手伝いのおかげでずいぶんと捗ったものだ。スコーピオンから彼女の人柄を聞いた時は、外で遊ぶのが大好きだった子と言われ、仕事を任せても良いのか不安になったミラーであったが…前評判とは違い、97式は落ち着いた様子で仕事を手伝ってくれたので拍子抜けしたものだ。
ともかく、97式の手助けによってミラーも苦労も少し和らいだというものだ。
「97式が来てくれて大助かりだ、ありがとう」
「えへへ、どういたしまして!」
ここに来たときはどこか怯えた様子で、常に人の目を気にしていた彼女だったがここ最近は笑顔を見せるようになってきた。
まだ一部の者とは打ち解けていないようだが、ミラーには心を開き、二人きりの時は自然な様子で笑ってくれる。
湯呑を手に97式が振り返った時、その首筋についた傷痕をミラーは目にする。
そこだけではなく、服の下にはいくつもの生々しい傷痕がつけられている…全て鉄血のアルケミストによる凄絶な拷問の末に付けられたものだ。
97式がアルケミストに何をされたかは分からない。
だが、想像を絶する拷問と虐待を受けたことは確かだ。
おぞましい苦痛に人格が破綻する寸前まで追い詰められていた97式も今は順調に回復の兆しをみせているようだが、まだ心の闇が完全に晴れていないことはミラーにはなんとなくだが分かっていた。
「どうしたのミラーさん、あたしの顔をじっと見て?」
「ん? あ、あぁ…いつも可愛いなと思ってな」
「かわッ!? もぅ…ミラーさん、そんなこと面と向かって言わないでくださいよ…」
ポッと顔を赤らめて恥じらう97式。
こんな場面を切り取って見られたらWA2000辺りに蔑まれそうなものだが…それはともかくとして、97式がいつの日か誰とでも打ち解けて元気いっぱいの姿を取り戻して欲しい、そうミラーは願う。
それが97式をミラーに託したスコーピオンの願いであり、二人で交わした約束なのだから。
「よし、後はこいつを研究開発班に回して仕事は終わりだな」
「あ、あたしがやりますよミラーさん?」
「頼まれてくれるか?」
「はい!」
97式はびしっと敬礼を向け、ミラーから書類を受け取ると司令室の扉を開けて出ていく。
賑やか娘が飛び出し、お茶をそっとすすり一息ついていると…キィっと司令室の扉が開き、誰かと思えばいましがた出ていったばかりの97式が戻って来たではないか。
一体どうしたのかと聞いてみれば…。
「あの…研究開発班の場所が分からなくて…」
「あー…そういえば宿舎とここの往来しかしていないもんな。悪かった、オレの配慮不足だな」
「そんな! ミラーさんは悪くないよ!」
「そうだ、折角仕事も片付いたことだし…マザーベースの案内も兼ねて外に遊びにでも行くか?」
外に遊び…その言葉を聞いた97式はきらりと目を光らせる。
ここ最近の様子から忘れがちだが、本来は外で遊ぶのが大好きな元気娘…というのがスコーピオン談だ。
外で遊べるという思いからかワクワクした様子の97式に苦笑しつつ、ミラーは早速マザーベース散策のために外へと出ていった…。
外に出ると暖かな日差しと穏やかな海風が二人を出迎える。
ここ最近司令部に引きこもりっぱなしだったミラーはこった身体をほぐし、大きく伸びをする…やはり外に出て身体を動かしている方がいい、きっと97式もそうに違いないと思い振りかえるが、ミラーが見たのは表情をこわばらせがちがちに緊張している97式の姿だった。
「ど、どうしたんだ97式?」
「う、うん…あの……ごめんなさい、やっぱり外は…」
「一体どうしたんだい? 大丈夫、ここにいる奴はみんないい人だ…君を苛めるような奴はいない。それに、オレもすぐそばにいる」
「う、うん…」
やはりまだ他の人には不慣れなのか、マザーベースのスタッフにも怯えているようだ。
先ほどまでの元気な姿が嘘のようだ…怯えて人の目を気にする姿はミラーが初めて会った時と似ている。
「ほら、みんなに自己紹介をしよう。きっと慣れるさ」
「うん…ねえミラーさん」
「なんだ?」
「手…繋いでもいいかな? それなら、怖くない…と思う」
「構わないよ、ほら」
差し出されたミラーの手をそっと握り返すが、それだけではまだ不安なのかそっと身を寄せる。
密着した97式から感じ取る微かな震え…97式が抱える不安と恐怖を感じ取り不憫に思うと同時に、この子を守ってやろうという使命感のようなものをミラーは心に宿すのであった。
早速、97式を伴い研究開発班の棟へと向かうのだが……あの副司令カズヒラ・ミラーが97式と手を繋いで歩いているとなると、嫌でも注目を集めるというものだ。
ひそひそとスタッフたちが何ごとかささやき、警備をつとめるヘイブン・トルーパー兵の冷たい視線が突き刺さる…悪意はないのに疑われている事態に、ミラーは冷や汗を流す。
「おい、何か…用か?」
「いえ、なにも」
ヘイブン・トルーパー兵の傍を通った時に声をかけてみたが特に何も返されず…だが通り過ぎた後でもミラーの姿をじっと見続けた挙句、意味深に通信をとるのだからいよいよミラーは焦り始める。
マザーベースでミラーの女癖の悪さは知られている…そんな中でいたいけな少女を連れ回している姿は非常に印象が悪いと言わざるを得ない。
そしてミラーに視線が集まるということは、一緒に歩く97式にも視線が集まるということでもある。
多くの視線に晒された97式は極度の緊張からかパニックに陥っており、ミラーの身体にしがみつき短い呼吸を繰り返すようになってしまう…これはマズい。
「怖い…ミラーさん、助けて…怖いよ…」
「大丈夫だ、すぐそばにいる。みんな、すまんがこれにはわけがあるんだ! いつも通り行動してくれ!」
97式のその様子にようやく誤解が解け、手助けのために何人かが走り寄って来たがミラーは手を挙げて制する。
気持ちはありがたいが、今は逆効果だ。
「97式、ゆっくり深呼吸をするんだ…そうだ、ゆっくり息を吸って、吐いて…」
震える97式の背をさすり、何度も深呼吸を繰り返させる。
事態を察したヘイブン・トルーパー兵が静かに人払いを行い、その甲板上からミラーと97式以外は立ち去る。
ようやく落ち着いた様子の97式であったが、いまだ震える手でミラーにしがみつくと、その胸に顔をうずめてすすり泣く…まだ他の誰かが怖くて仕方がないようだ。
外の出すのはまだ早すぎた…自分の判断ミスにいら立ちが募る。
「一度戻ろう、97式」
「うっ……ごめんなさい…ごめんなさい、ミラーさん…」
「いいんだ、ここまで良く頑張って来れた。今度また外で遊ぼう」
すすり泣く97式の肩をそっと抱き、来た道を引き返す。
司令室のソファーに97式を座らせようとしたが、彼女はミラーから離れようとしない…そのまま一緒に座り、震える彼女の頭をそっと撫でる。
きっと97式も心の底ではみんなと仲良くしたいという想いはあるのだ。
だが、過去のトラウマがそれを阻害する……一体、アルケミストはどれだけの苦痛と恐怖をこの子に植え付けたというのだろうか?
ミラーは泣きつかれて眠りにつくまで優しく彼女を撫で続ける。
97式が眠りについた時、ミラーは無線機をとりだす…こんな時は彼女の出番だろう。
「あー、スコーピオン? 今暇かな? 至急来てほしいんだが……なに、忙しい? お前はいつも暇だろう」
通信機の向こうでギャーギャー騒ぎ立ててるので一度ヘッドフォンを外す…。
「あのな、97式のことだ。ちょっとお前の力を借りたいんだ…真面目な話だ」
あれ…MSF最強のほのぼのメーカー、カズが通用しない…だと…?
待ってくれ…カズとスコピッピの最強ほのぼのコンビをぶつけてみるから…!
過去編の出来事でアルケミストは他者への凄まじい憎悪を宿すようになりましたが、こうして報復と憎悪の連鎖が広がっていくのか…。
いつかアルケミストとも決着をつけなければならない。