METAL GEAR DOLLS   作:いぬもどき

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嵐の予感

 廃墟の片隅…瓦礫が散乱する廃屋の中で身をひそめているのはAR小隊のSOPⅡ。

 猫のように身を丸め、目をぎらつかせながら彼女が見ている先には、廃墟に住みついたネズミが数匹床をうろうろしている。小さな鼻をひくつかせながら食べ物を探すネズミたちであるが、今夜の晩御飯になるのはネズミたちだ。

 じっと息をひそめ、油断して近付いて来たネズミに、SOPⅡは素早く飛びつくのだ。

 驚いたネズミたちは一目散に逃げるが、そのうちの一匹がSOPⅡの手に捕らえられてしまう。

 キーキー鳴くネズミの尻尾をつまんで持ち上げながら笑うSOPⅡ、逃れようと暴れるネズミを両手で握ると首の骨をへし折り息の根を止めた…それを嬉しそうにつまみながら、SOPⅡは隠れ家にしている貯蔵庫へと駆け込んでいく。

 

「ねえM4! 獲物を見つけたよ、これ食べれるでしょ!?」

 

 椅子に座り込むM4の目の前で、ネズミの死骸を見せびらかすSOPⅡ…食糧問題が深刻になりつつある中で、SOPⅡが無邪気に獲物を自慢する姿は、最近ストレスから荒んでいたM4に癒しを与える。

 だが、目の前でネズミの死骸を解体するのを見たM4は気分を悪くして、その場を立ち去る…そのままでは食べられないので、SOPⅡの解体は間違っていないのだが、今の気分では直視することが出来ない。

 

「M4、丸焼きと斬り刻んで焼くのどっちが好き?」

 

「うっ……どっちでもいいけど…それより、怪我の具合はもういいの?」

 

「うん、まだ痛むけどね。動いてる方が治りが早くなる気がするんだよね!」

 

「そんなことないと思うけど…あまり無理はしないでね」

 

「うん! M4もそれは同じだよ、一人で抱え込まないで私やM16も頼ってね。大丈夫、もっとヤバい状況も乗り切ったんだ、今回だって乗りきれるよ!」

 

「SOPⅡ…そうだね…」

 

 再びネズミの解体を再開したSOPⅡ。

 ナイフで腹を割き、内臓を引きだし、皮を強引に引き剥がす…それ以上は見ていられず、M4はその場を後にする。

 とはいえ、SOPⅡの気遣いはM4が抱えている重圧をいくらか軽くするものだった。

 先日のMSFとの交渉決裂についても、後悔の念が全くないわけではなく、仲間の死を侮辱されたことについ感情的になってしまったことは反省するべきことであった。

 それを理解しているものの、追い込まれた状況と飢餓感により、思考は悪い方へとどうしても向かっていく…。

 

 いつまでこうすればいいのか、本当に助かるのだろうか、このまま全員飢えて死ぬ……そんな悲観的な妄想も生まれてきてしまうが、M4は頭を振るい雑念を振りはらう。思えばずっと貯蔵庫に閉じこもりっぱなしであったことに気付き、M4は重い足取りで外へと向かう。

 閉鎖的な地下の貯蔵庫から出てみたM4はまずまぶしい太陽の光に目を細める。

 かび臭く湿っぽい地下の空気と違って澄んだ外の空気を吸い込む、それだけで少し気持ちが軽くなる気がした。

 

 景色は最悪だが、ちょっとした気分転換にはなる。

 散歩をしてみようかとも考えたが、建物の隙間から狙われることを考え断念する。

 結局外を出ても限られたスペースの中でしか身動きが取れない、空気が澄んでいる以外はさほど地下と変わらないという実感に、憂鬱とした気分が戻ってくる。

 もやもやとした気分を吐きだすように、M4はため息をこぼす。

 

 

「そんな大きいため息をこぼしてると、ツキもこぼすぞ?」

 

 

 ふとかけられたM16の言葉にそちらを向くと、何やら明るい表情でM16がやってくる。

 座り込むM4の前に、M16が投げてよこしたのは荷の入った大きめのダッフルバッグ…頭に疑問符を浮かべてバッグの中を開けてM4は目を丸くする。

 中に入っていたのはなんと袋いっぱいに詰まった食糧だ。

 乾パンに缶詰や水の入ったペットボトル、コーヒー粉末やチョコレートなどもあるそれらはM4が久しぶりに見るまともな食糧であった。

 

「こんなにたくさんの食糧をどこで…!?」

 

「まだ私らも見放されてたわけじゃないってことさ。それは廃墟の外れの方に置いてあってな、MSFの人形が夜中にこっそり置いてってくれたんだ」

 

 MSF、その名を聞いた瞬間M4は笑うのを止めて手に持っていた缶詰をバッグの中に戻す。

 いまだMSFをよしとしないM4…だが生き延びるためには個人的な感情は捨てきらなければならない、それを厳しく教えることもできるがM16は妹を気遣い穏やかな声色で諭しかける。

 

「誰だって綺麗なままでいたいさ。だが生き延びるためには、綺麗な水だけを飲んではいられない…時に泥水を飲んで命を繋がなければならないときもある。M4、お前の気持ちは痛いほど分かる…だが死んでしまっては何の意味もない、生きてるからこそ何かを成し遂げることが出来るんだ。私が言っていることは、お前なら分かるだろう?」

 

「はい……」

 

「MSFにも私たちの境遇に理解を示してくれる者もいた。お前には黙っていたが、あれからも通信連絡はとっていたんだ。相手は部隊の副官のスコーピオンと特殊部隊のWA2000だそうだ…親身に話を聞いてくれたよ。あちら側も、色々と大変らしいが、なんとか手を考えてくれるそうだ」

 

「信用…出来るんですか?」

 

「信用するしかない。それ以外にも良いニュースがあるんだ。廃屋の一つにまだ使える固定電話を見つけた、少し修理が必要だがそれを使えばグリフィンとも連絡が取れる。まだ希望はあるんだ、私たちの運は尽きたわけじゃない。M4、私たちは絶対に助かる。そのためには命を繋ぐ必要がある…分かってくれるな?」

 

 優しく諭しかけられたM4は少しの間黙っていたが、やがて小さく頷くのであった。

 手渡された乾パンを素直に貰い食べたM4をM16は嬉しそうに撫でる…幾分和らいだ表情で、M4はくすぐったそうにするのだった。

 

 

「おーいM4、M16! ネズミ焼けたよー!」

 

 

 そんな時、串に刺して丸焼きにしたネズミ肉を携えながらSOPⅡがやってくる。

 忘れていたが、地下で飢えたみんなのためにネズミを解体して調理していたのだった…跳ねるようにやって来たSOPⅡであったが、MSFから貰った食糧を食べるM4を見て驚き、そしてネズミ肉が無駄になってしまったと思い肩を落とす。

 

「そんな、じゃあネズミ捕まえる必要なかったんだ…」

 

「そんなことないぞSOPⅡ、折角だからそのネズミ肉は私がいただく」

 

「やった! じゃあ、こっちも食べるよね? 取り出した内臓を下処理して焼いたものの詰め合わせ、もちろん食べるよね?」

 

「えぇ……」

 

 下処理をしたとはいえ素人の手によるものである。

 仕方なく食べたM16であったが、即座に物陰へと走って行くのであった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 MSFの陣地は数日の間、目立った動きもなく、穏やかなものであった。

 砲兵隊が構え、塹壕内で常に反対側の陣地に目を光らせておいて穏やかとは、と思うかもしれないが決まった時間に就寝できて戦闘も起きていないとなると、戦場の日常の中では平穏と言っていい。

 今は朝、昼、夜の三交代で警備が交換することで常に無人地帯及び鉄血側の警戒を問題なく行われている…警備のほとんどが連隊を構成するヘイブン・トルーパー隊であるのだが、統率のとれている彼女たちは勤勉に仕事を果たしている。

 

 

「今日も動きはなし…か。はぁ、退屈」

 

 塹壕の中でぼやいているのはネゲヴだ。

 隣にはマシンガン・キッドがいるが、塹壕の中にシートを広げて呑気に寝ている…当番の夜になればキッドはむくりと起き上がって朝まで警備をするのだが、それ以外はこうしていびきをかいて寝ているだけだ。

 せっかく一緒にいるというのに寝てばかりのキッドを面白くなさそうに睨みつける…せっかくなので、ネゲヴも横になって寄り添うように寝ようとするが…。

 

「サボりはいけませんわね、ネゲヴさん」

 

「ちっ……何よKar98k、ワルサーと一緒にいるんじゃなかったの?」

 

主さま(マイスター)は生憎、スコーピオンと一緒にエグゼの元にいますのでね…従者の私はこうして主に代わってサボり癖のある人形を捜してますのよ」

 

「分かった、ったく…こんなに退屈な仕事は初めてよ」

 

 諦めて警備に戻るネゲヴ。

 背の低いままの彼女はそのままでは塹壕から顔を出すこともできないので、木箱を積みあげた足場に乗ることで無人地帯と鉄血側を監視する。

 

「退屈ったらありゃしないわ…」

 

「そうですね。でもご注意を……未曽有の戦いがもう間もなく起こるはずですから」

 

「おかしなことを言うのね、どうしてそんなことが分かるの?」

 

「なんとなく分かるのです。戦場を長く渡り歩いていると、感覚というか勘というか…人形の私が言うのもなんですが、訪れる死の気配を感じられますの。死肉を啄むカラスは特にその事に敏感です、ご覧なさい……死の気配を察したカラスたちが群がっているでしょう?」

 

 空にはカラスたちの群れが飛んでいる。

 無人地帯の廃墟にも、MSFと鉄血の陣地にも、カラスたちは群がる。

 不穏な予感にネゲヴは固唾を飲み、銃を強く握りしめた…。

 

「ねえカラビーナ、まともにぶつかり合ったら勝てると思う?」

 

「さぁ? 私は戦略家ではありませんので……私たち兵士が出来ることと言えば、自分が死ぬ前により多くの命を奪うことです。その先に勝利があるというのなら、ただひたすら殺し続けるのみでございます」

 

「アンタもぶれないわね…ま、その通りか」

 

「ええ、それが全てですよ。ところで塹壕から見辛そうですね…肩車して差し上げましょうか?」

 

「は?見た目がロリだからってバカにしないでぶち殺すわよ?」

 

 

 

 一方のMSF前線指揮所。

 そこでは今後の作戦方針も兼ねた話しあいが行われていた。

 今はもっぱら防御陣地から反対側の鉄血の監視に専念しているが、本来は管轄するエリア全体のパトロールや町の治安維持もこなさなければならず、今はそれらについての話しあいが行われている。

 

「工場地帯の警備だが、こっちはオレらじゃ手が回らない。MSFの他の戦闘班に担当してもらうしかねえ」

 

「町の警備についてはレイブン・ソードが展開を開始、なんか取り締まりが厳しすぎるって苦情があったみたいだけど、それくらいきついほうが秩序も守れるわね」

 

「弾薬と資材の搬入も安定してきたね。まあ、防御陣地の拡張がおさまったってのもあるけどさ。ちょっと問題になってきたのが食糧の補給かな? 輸送部隊にもう少し人員を回さないと、陣地全員の補給を賄えないかも」

 

「それについてもレイブン・ソードの兵站部隊が代行してくれるからなんとかなるぞ。あとそれから―――」

 

 エリア全体を管轄することになっているため業務は多いのだが、WA2000からはエグゼのその姿はどこかわざと忙しくさせているようにも見える。その理由はやはり無人地帯に取り残されたAR小隊絡みなのだろうが、あえてそれは口にしない。

 だが、話題が目の前の無人地帯となると、流石に目を背けてもいられない。

 

「エグゼ、やっぱり…AR小隊は助けるつもりはないの?」

 

「当然だ。助ける理由なんてないだろ? それにあいつらはオレたちの助けなんかいらねえって言ってきやがった…オレは奴らが鉄血のみんなに殺されるのをのんびり見てるだけだね。助けるメリットは、オレたちにはない」

 

「その通りね…薄情かもしれないけれど、AR小隊を助けることで鉄血全体と交戦状態になるのは避けたいところよ。私たちが今ここにいる理由はエリアの管轄であって、グリフィンを助けることなんかじゃないものね」

 

「珍しく考えが合うじゃないかワルサー」

 

「そうね…だけど、こいつはそう思ってないらしいわよ?」

 

 エグゼの意見に肯定的なWA2000とは違い、スコーピオンはやや否定的であった。

 それはエグゼも分かっている様子だ…あの時エグゼとM4との話しあいが決裂した後に何度かその事について話しあい、時に口論にすら発展しそうにもなる場面があった。

 

「エグゼ、実を言うとね…あれからもあたしはAR小隊と通信をとってる。昨夜こっそり食糧を置いてきたよ」

 

「はぁ? お前…なんでそんなことやってんだよ!?」

 

「あいつらを助ければ鉄血と戦闘に繋がる危険があるって言うのも分かるし、この事はあたしらと直接関係もなく助ける義理もないって言うのも分かってるよ。でもアンタがそこにAR小隊への怨みを混ぜてるって言うなら話は別だよ」

 

「スコーピオン、お前何を言って…」

 

「アタシは前に言ったよね。アンタの傍にいて、心の隙間を埋めてあげるって……アンタはあいつらへの復讐を望んでるけれど、それじゃあダメなんだ。復讐を果たせば清々するかもしれないけど、それは決して満たされたわけじゃない…心の隙間は空いたままになる」

 

「分からねえなスコーピオン、お前がなんであいつらのためにそこまで言うのかオレには分からねえ」

 

「ああ、確かに分かってないね……あたしは別にAR小隊のためにアンタを説得してるんじゃない。アンタ自身のためだ。エグゼ自身のためにも、AR小隊に復讐を果たす以外の決着をしてほしいんだ」

 

「……許せってことか? マジで言ってるのかお前、分かり合えると思うか?」

 

「最初はあたしもあんたも敵同士だった」

 

「それは……はぁ、まいったよ降参だ……で、どうしたいんだお前は?」

 

 エグゼが折れることは予想していなかったのか、WA2000は素直に驚いてみせる。

 だが大事なのはここからだ、AR小隊を助けることで鉄血とまともにぶつかり合うことは愚の骨頂。

 

「ごめん、エグゼの説得が一番難しそうだったからこっから先は考えてなかった」

 

「お前はオレの心の隙間を埋める前に、頭の隙間をどうにかした方がいいと思うぜ? まあいいさ……だがオレは一切手は貸さない、あいつらは嫌いだからな。お前がやりたいようにやればいいさ、オレにも鉄血にもばれないようにな」

 

「うん、そうするよ。エグゼ、あの時はヤバいって思ったけど…成長したんだね」

 

「うるせぇ。だが注意しろよお前…」

 

 若干声のトーンが変わったエグゼに何事かいぶかしむスコーピオン。

 指揮所を出ていったエグゼの後をついて行き向かった先は、自陣と鉄血陣営を一望できる高台だ。

 

「見ろスコーピオン、鉄血の陣地が半月前と大きく変わっている。今までは傍観するような防御陣地だったのが、明らかに攻勢計画を立てている布陣だ…奴らを指揮する人形が変わったのかもしれない」

 

「指揮者が変わった…? 一体…」

 

「全貌は把握できないが、こんな急な作戦変更をできるのは限られた存在だけだ。おそらく…アルケミストの姉貴が来てる」

 

「アルケミスト…アメリカ以来だね。今度は敵として立ちはだかるのかな」

 

「さあな。あの攻撃部隊がオレたちを向いてるわけじゃないことを祈るばかりだ……注意しろよ、戦闘力という点で他に上に立つ人形が多くいながらなんで姉貴があそこまで恐れられているか…。姉貴だけは敵に回したくない、あいつが出てきたということは……絶対に勝利の見込みがあるからなんだ」

 

「分かってるよ……無理はしないさ」

 

「当たり前だ。さっさと帰ろう……今日はやけにカラスの数が多い」

 

 

 見上げる空にはカラスの群れが飛び交い、一斉に鳴く様子は酷く不気味であった。

 

 




とりあえず、エグゼとM4をなだめることに成功…でもまだ不穏だ…。

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