モルヒネなしでは戦争はできない。
真の痛みを経験した者ならば、モルヒネがどんな意味を持つか分かるだろう。
痛みからの安らぎだ。
モルヒネなしには戦争はできない。
戦争とはすなわち、骨が砕かれ肉が引き裂かれる痛みを意味する。
そうなると暴力を目の当たりにして憤る心は隅に追いやられる。
憤りを鎮める手段としては、協定やデモ、キャンドルやピケ隊などが挙げられるだろう。
だが、激痛を和らげるものはモルヒネしかない。
ロベルト・サヴィアーノ著 コカイン ゼロゼロゼロより
マザーベースからベオグラード国際空港へ、そこから西アフリカの空港で給油を済ませた飛行機が一機、南米のとある空港へと降り立った。
民間機であるその飛行機は正規の手順で空港へと着陸し、この国に仕事や観光目的で訪れる客を下ろすのである。
その中に、WA2000と79式の姿があった。
普段の服装ではなく、南米の気候にあったラフな格好の二人は飛行機を降りて自分たちの荷物を受け取る。
WA2000が受け取った荷物はキャリーバッグが一つ、二人分の着替えと日用品だけがそこにある……戦術人形である彼女たちが持つ銃は今はそこにはない。
空港を出た二人を迎えるのは、南米特有の蒸し暑い空気だ。
うだるような暑さの中で人々が行きかい、雑多な喧騒と熱気が充満していた
二人は空港前できょろきょろと周囲を見回し、捜している人物がいないことを確認すると、空港前のベンチで時間を潰すこととした。
見目麗しい二人がそんなところで座っていると、さっそく何人かの男たちがナンパ目的で声をかけるのだが、二人は…主にWA2000が冷たくあしらうのだ。
それでもあきらめようとしない男たちは強引に二人を誘おうとした時、彼らの前に一台のセダンが停車する。
白塗りのセダンから降りてきたのは、サングラスをかけた強面の男性。
サングラスの奥から覗く鋭い眼光を見た男たちはたちまちのうちに萎縮し、逃げるようにしてその場を立ち去るのであった。
「待たせたな、乗れ」
キャリーバッグをトランクに収納し、WA2000は助手席へ、79式は後部座席へと乗り込む。
二人が乗ったことを確認すると、彼は車を走らせた…。
「時間に遅れるなんて、あなたらしくないじゃないオセロット?」
車を走らせて数分が経った時、WA2000は窓の外を伺いながら運転するオセロットへとそうたずねた。
「想定外の出来事があってな」
「想定外? あなたにもそんなことがあるの?」
「会うはずだった情報提供者が死んだんだよ。高架橋の下で首を吊られてな……」
「手厚い歓迎を受けそうね。それで、今回の任務は…?」
WA2000の質問に、オセロットは無言でとある資料を彼女に手渡した。
その資料はオセロットがここ南米で調べていた情報が細かく記載されており、いくつかの写真と新聞紙の切り抜きも纏められている。
資料に載せられているのはこの国に巣食う犯罪組織"カルテル"についての情報と、地元警察に軍隊についての情報であった。
「今回の任務は、カルテルのトップであり元グアテマラの特殊部隊出身のアンヘル・ガルシアの排除だ。依頼主は国家警察機構……ミラーはこの依頼を請けるのに難色を示していたがな」
「ミラーさんがですか? なんででしょう?」
後部座席からひょっこりと顔を覗かせた79式は、頑張ってWA2000の持つ資料を見ようとしているが、運転の邪魔だとオセロットに言われて拗ねた様子で席に戻る。
「政府機関から示された報酬金は莫大なものだった、でもここは別に紛争や戦争を抱えてるわけじゃないし戦争がないという意味では平和そのもの」
「へぇ、じゃあなんでMSFに依頼が来たんですかね?」
「カルテルは麻薬の密売で莫大な利益を得て、そのカネでカルテルは軍隊並みの武装と訓練された戦闘員を抱えるようになった。組織の規模が大きくなるごとに、組織は大量のコカインを世界中に密輸するだけの能力と手段を得るようになった」
「なるほど…でも警察や軍隊がいるなら、その…カルテルもあんまり堂々と動けないと思うんですが?」
「警察も軍隊もみんなカルテルにお金を握らされている…でしょ? 法を執行しようにも、警察も軍隊もカルテルに繋がっているからまともに動いてくれない。使えない警察に見切りをつけて、私たちみたいな傭兵に頼ってきたってことでしょうね」
「信じられません! 市民の平和と秩序を守るための警察が、犯罪組織に屈するなんて!」
珍しく憤りをあらわにする79式。
今の79式は覚えていないかもしれないが、記憶を消去される以前の彼女はバルカン半島の国家…クロアチア警察特殊部隊に所属していた。
79式は完全に過去の記憶を失っていない、そう睨むWA2000は彼女の深層で眠る記憶がそうさせるのかと思う。
「ここの政治事情なんてどうでもいいことよ。さっさと仕事を終わらせて、お金を受け取って帰る。今は目の前の任務に集中しなさい」
「分かりましたよ、センパイ」
「それで、目標の男…アンヘル・ガルシアについてだけど、こいつは何者なの?」
「アンヘル・ガルシア、元グアテマラ特殊部隊"カイビレス"の部隊長を務めていた兵士だ。彼は今のカルテルに
「
「スペイン語はすっかりマスターしたようだな。見事だ、ワルサー」
「ええ、ありがとう。それにしても、いくらカルテルが強いとはいえ警官や軍人が屈服するなんてね」
「警察官も軍人も人間だ。カルテルは目的のためなら手段を選ばない…カルテルは自分たちに盾突く者に容赦しない。警官も軍人も、奴らの凶行が自分の身内や友人に及ぶことを恐れて動くことが出来ないでいるらしい……実際、カルテル撲滅のために編成された警官が次の日には全員辞職したという事例もあるくらいだ」
「腰抜け揃いね」
カルテルに屈する警官や軍人たちの存在をWA2000はバッサリと切り捨てる。
しかしこの時、WA2000はまだカルテルの名が恐れられている理由を知る由もなかった…。
しばらく車を走らせていると、オセロットは町の大通りに面したホテルの前で停車した。
「チェックインは済ませてある。ここがお前たちの仮住まいだ」
「ええ、了解。ところでオセロットは…」
「別なホテルをとってある。さっさと降りろ、また別な仕事がある」
「そ、そう…」
少し残念そうな表情をしつつ車を降りたWA2000、事情も分からずニコニコ笑っている79式が今は恨めしい。
トランクからバッグと、自分たちの武器が入ったケースを手に取る。
「仕事をする時は連絡をする。分かっていると思うが、不用意に動くな、誰も信用するな、目立つ真似をするな。それからそっちから俺に連絡をするな…いいな?」
「………」
「分かったのか?」
「わ、分かったわよ……はぁ…」
「大丈夫ですよセンパイ! 私がセンパイの身の回りのお世話をしますから、遠慮なく扱き使ってくださいね!」
ほとんど一方的なオセロットの言いつけを聞いたのち、二人はフロントに赴き部屋の鍵を受け取った。
表の景観とは対照的に内装は小奇麗であり、用意された部屋も清潔で案外居心地が良さそうだ。
部屋に入るなり、79式はベッドへとダイブしてはしゃいでいたが、WA2000が見ていることに気付くと恥ずかしそうに戻ってくる。
「よく聞きなさい79式、ここでは私たちは戦術人形じゃなく"人間"として振る舞いなさい」
「はいセンパイ」
「よし。さて、オセロットから連絡があるまで私たちは待機よ……ところで79式、最近調子はどう?」
「今日も元気です!」
「あーそうじゃなくて……何か思いだしたりとか、変な記憶が混じったりしない?」
「いえ、特には……どうしてそんなことを聞くんですか?」
「いえ、大したことじゃないの。元気ならいいわ……79式いいわね、ここでは私やオセロットの指示に従うこと、勝手な行動は控えてね」
「はい、了解です!」
「訓練が終わって最初の任務がこんな特殊任務で大変でしょうけど、一緒に頑張りましょうね」
「はい! 私、センパイと一緒なら何でもできそうです!よろしくお願いしますね!」
「ええ、こちらこそよろしくね」
WA2000は79式の頭をそっと撫でてあげると、彼女は嬉しそうに目を細めるのだ。
妹のように可愛がっている、そうスコーピオンに言われた二人の関係であるがまさにその通りなのだろう。
だが二人はまだ知らない…。
南米の熱気に紛れた暴力と狂気の渦が、すぐそばで渦巻いていることを…。
カルテルランド編スタート。
予習はみんな済ませたかな?
よろしい、ならば戦s(ry
ぶっちゃけるとカルテルランド編のテーマは麻薬カルテルよりも、79式の記憶がテーマになってきますね。
深層映写in79式って感じでしょうか??
79式の過去をおさらいすると、元ユーゴ警察特殊部隊で民族浄化の加害と被害の両方を経験したというのがありますね……カルテルの凶行を生で見ていくうちに、過去の記憶が……なんて。
というわけで始めていきましょう。
相手は犯罪組織ですからね、負けたら薄い本なんて事にならないよう気をつけないとね!