METAL GEAR DOLLS   作:いぬもどき

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マザーベース:キッドの怖いもの

 戦術人形にとっての訓練とは射撃訓練や実戦を想定した模擬戦などが挙げられる。

 言ってしまえば最初から身体能力等を決められて製造されている戦術人形にとって必要なのは経験による能力の向上であり、身体能力や基礎体力の向上を図る特訓などは基本的に不必要とされている。

 食事でエネルギーを補充する人形たちは、必要な栄養素のみを取り込み不必要または余剰な栄養素は排出される。

 そのため一般的に戦術人形は太ったり、また人間がかかるような病にはおかされたりはしない。

 

 しかし人間はそうはいかない。

 食生活の乱れは身体能力に影響を与え、運動不足になれば体調に影響を及ぼしたり体力の低下から病気になったりする。

 人間は自己の体調を自分で管理し、改善していかなければならない。

 

 そんなわけで、マザーベースのトレーニングルームには基本的にMSF所属の人間のスタッフしか利用しない。

 最新式の筋力トレーニングから、伝統的なダンベルやベンチプレスといったトレーニング器機が用意されている。

 マザーベース勤務のスタッフたちは、戦闘班以外のスタッフもここを利用することで自己の体調管理や運動不足にならないよう汗を流し、筋肉を鍛えあげる。

 たまにそんな人間たちの努力をポカーンと眺めに来る人形もいるが、あまり多くは無い…が、その日は暇を持て余したエグゼが乱入し筋力トレーニングを行う兵士たちをあざ笑うかのようにダンベルを持ちあげている。

 

 

「おりゃーっ! どうだおら、これが鉄血ハイエンドモデルのパワーだ!」

 

「す、すごい」

 

 

 エグゼはベンチプレス200㎏に挑戦し容易くそれを持ちあげて見せる。

 いくら日頃鍛えている兵士たちとはいえ、200㎏のベンチプレスを持ちあげられる者などその場におらず、エグゼのパワーを目の当たりにした兵士たちは唖然としている。

 すぐそばではヴェルが大はしゃぎで手を叩いて喜ぶが、親友のハンターはエグゼの大人げない行動に微妙な表情を浮かべている。

 

「もういいだろうエグゼ、そもそも人間と人形とで身体能力に差があるのは仕方がないだろう」

 

「なんだよ、オレは人間のスタッフにも気合入れてやってるだけだぜ? お前もやってみるか?」

 

「いや、いい」

 

 同じ重量のベンチプレスをハンターにすすめるが、彼女はやんわりと断った。

 いくら戦術人形といえど彼女らのAIは女性をモデルとしている……すなわち、今のエグゼのように男みたいにパワーリフティングに興じるなど気持ち的に避けているのだ。

 試せば出来るかもしれないが、女子としての誇りから避けている……そんなことお構いなしにこんな事をやっているからエグゼは"メスゴリラ"と呼ばれているのだが本人は気付いていない。

 

 さて、そんな風にトレーニングを荒らしにやってきたエグゼはいつものように悠々と帰ろうとしたが、ある男が待ったをかける。

 鉄血ハイエンドモデルとの重量挙げ対決に挑戦を叩きつけたのは、マシンガン・キッドだ。

 

「待ちなエグゼ、お楽しみで帰るのはこのオレに勝ってからにしな」

 

「へぇ、オレ様とやろうってのか? おもしれえ!」

 

「おいおいキッド、やめとけこんなメスゴリラ相手にするんじゃない」

 

「戦術人形だかハイエンドモデルだかはこの際関係ない…男が女にパワーで負ける、そんなことがあってたまるか!」

 

「今の世の中女の方が強いし従ってれば世は事もなしってな! 来いよキッド、勝負しようぜ!」

 

 激しく火花を散らしあう二人…思いがけない対決にトレーニングルームにいた兵士たちは湧いた、勿論彼らが応援するのは人間代表であるマシンガン・キッドだ。

 キッドの応援にはネゲヴ・MG4・M1919・BARがつき、黄色い声援をキッドに送るのだ。

 

 対決のルールは極めてシンプル、ベンチプレスでどちらがより重いバーベルを持ち上げられるか否かだ。

 この対決を行うにあたり、小刻みに重量をあげればお互い疲弊し本当の力量が発揮できなくなる…そこでエグゼが最初に指定した重量は先ほど彼女が挑戦した重量にプラス100㎏追加した300㎏だ。

 いきなりのつり上げに兵士たちの間に動揺が広がる。

 

「先に行かせてもらうぜ?」

 

「おう、やってみろ」

 

「うし……そんじゃ」

 

 ベンチに寝そべり、バーベルのシャフトを握る…一呼吸置いた後に、エグゼは歯を食いしばり両腕に力を込める。

 

「おりゃあああっ!」

 

 300㎏もの重量があるバーべルが浮き上がり、エグゼはそのまま腕が真っ直ぐになるまで押し上げて見せた。

 そこで数秒停止した後、バーベルを元の位置に戻す。

 さすがのエグゼも効いたのか息を荒げているが、見事彼女はやり切った。

 次はキッドの番だが、彼はなんと300㎏のバーベルに重りを追加したではないか。

 

「380㎏だ、見てろよエグゼ。人間様の底力を見せてやる」

 

「へへ、上等じゃねえか」

 

 不敵な笑みをうかべつつキッドはベンチに寝そべる。

 手のひらに巻いた滑り止めのテーピングをチェックした上で彼はバーベルのシャフトを握る。

 何度か握り方の確認をした後、一番しっくりくる握り方でバーベルを確実に掴むと、深呼吸を繰り返すのだ。

 そして…。

 

「ッダッシャアアァァッッ!!」

 

 渾身の力を込めてバーベルを押し上げ、腕が垂直に伸びる。

 伸びきった腕がぴくぴくと震えている…歯が砕けそうなほどの様子で食いしばる彼はゆっくりと腕を下ろし、バーベルを元に戻すのであった。

 

「どうだエグゼ! これが人間様の底力だッ!」

 

「うっ…や、やってやろうじゃねえか…! 450、450に挑戦だ!」

 

「おいエグゼ、そろそろやめておけ。本当にメスゴリラになるぞ?」

 

 親友の制止も聞かずにエグゼはバーベルの重りを追加する。

 再びベンチに横になったエグゼはシャフトを握りしめて力を込める…が、先ほど300㎏をあげたようにスムーズには上がらずエグゼの腕は震えていた。

 それでも渾身の力を込めてバーベルを押し上げて見せた。

 そこで限界だったのか下ろすことは出来ず、すかさずハンターとBARらが手を貸してバーベルを支えてあげる。

 

「どうだ、このやろう……思い知ったか…!」

 

「500、いや520だ」

 

「あぁ?」

 

「オレは520に挑戦する」

 

 キッドは落ち着いた様子で、バーベルに重りを追加…その重さは脅威の520㎏、あまりの重さにバーベルの受枠がわずかに捻じ曲がる。

 さすがに無謀だと周囲は止めるが、意地でも勝ちたいキッドは周りの声を押しきってベンチに横になる。

 

「見とけよエグゼ、これが人間の力だ」

 

「お、おぅ…」

 

「ふー……行くぞーッ! 1、2、3………ダァーーーッ!」

 

 バーベルは動かない…そう思い笑みを浮かべるエグゼであったが、受枠から徐々に押し上げられていくバーベルを見た時その笑みも消える。

 医学的な観点から人間が持ちあげられる重量は500㎏までという。

 それ以上の重量となると筋肉ではなく、骨格が耐え切れずに骨が折れてしまうというのだ。

 

「ぬおおおぉぉぉっ!!」

 

 腹の底から雄たけびをあげ、徐々に520㎏の金属塊を押し上げていく。

 キッドの化物染みた怪力ぶりに周囲は熱狂し、ネゲヴらもドン引きしつつ一応声援をあげていく……周囲の熱狂が最高潮に高まった時、事故は起こる。

 力む手は汗が滲み、握力の喪失も合わさったその時…シャフトを握る手が滑り520㎏のバーベルは支えを失ったことで落下、そのままキッドの喉元にぶち当たりベンチごと粉砕した。

 

「あ…これヤバいやつだ…」

 

「死んだ?」

 

「あぁ……って、そんなこと言ってる場合!? キッド兄さん大丈夫!? 衛生兵を…衛生兵ッ!」

 

 すぐさまバーベルに押し潰されたキッドの救出に取り掛かると、衛生兵の到着を待たずに彼は医療棟へと運びこまれるのであった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 頸椎損傷、粉砕骨折、脊髄損傷……あれだけの重量が喉元に落ちてきたのだからそのくらいで済むか、あるいは死亡…そんな予想があの時はあったのだが…。

 

「いや~まいったまいった、途中で腕が上がらなくなってよ」

 

 現在病室のベッドの上で呑気にバナナを食べているキッドは健康体そのもの。

 医療班のスタッフに診断されたのは打撲と打ち身程度で、むしろ重量物を押し上げたことによる内出血の方が重傷なんだとか。

 

「まったく心配して損した」

 

「ぼ、ぼく…キッドが死んじゃったかと思ったよ!」

 

「戦術人形と力を競うとか、バカだと思う」

 

「でもまあばからしくて面白かったけどね! キッドさんは怖いモノ知らずだね!」

 

「いやいや、オレにだって怖いモノの一つや二つあるぞ? まあとにかくお見舞いありがとな、訓練頑張れよ」

 

 お見舞いにきてくれたマシンガン人形たちに感謝しつつ、キッドはベッドに寝転がる。

 そのまま彼女たちを見送り、読みかけの本を手に取ったキッドだが、ふと視線を感じてそちらに目を向ける。

 

「どうしたネゲヴ、訓練はどうした?」

 

「別に、今日はお休みよ」

 

「サボりは良くないぞ?」

 

「けが人のお見舞いならサボりにならないでしょ?」

 

 どこかツンツンした態度でネゲヴはキッドが寝るベッドに腰掛けた。

 そこでネゲヴは何をするわけでもなく、ぼうっと病室の壁を見つめている…キッドの方も手にした本に目を向け、室内に置いてある時計の針が動く音だけが鳴る。

 

「ねえキッド兄さん」

 

「どうした?」

 

「さっき、キッド兄さんにも怖いモノがあるって言ってたよね? なんなの?」

 

「んん? 気になるか?」

 

「そりゃ気になるよ。だって、キッド兄さんが怖がるものなんて想像出来ないし…何にでも真っ向から向かっていきそうだし?」

 

 キッドはいつも最前線に立ち、仲間の危機には真っ先に動くような頼もしい兵士だ。

 新兵に対する面倒見もよくて尊敬を受け、分け隔てなく仲間を大切にする。

 スネークやオセロットなどに次ぐ優秀な兵士だと思っているネゲヴだからこそ、彼のことをもっと知りたいと思うのであった。

 キッドはネゲヴの疑問に対し、読んでいた本を閉じると少し迷った末に言った。

 

 

「オレが怖いと思うのは、仲間を信用できなくなる…ってことさ」

 

 

 それは予想していない返答であった。

 怖いものといえばお化けや幽霊、虫や食べ物などを想像していたネゲヴは意外な言葉に目を丸くする。

 

「どうして、それが怖いって?」

 

「長くなりそうだがいいか?」

 

 ネゲヴが小さく頷くのを見たキッドは、窓の外を眺めつつ思いだすように言う。

 

「オレが特殊空挺部隊(SAS)にいたことは知っているな? そのSASを除隊したオレは少しの間民間の工場で働いてたが馴染めなかった、その頃から戦いの中でしか生きられなかったんだな。だからオレは故郷を出て、傭兵としてアフリカに発った…傭兵となったオレはローデシアに雇われたんだ。当時のアフリカはアパルトヘイト全盛期…アパルトヘイトって知ってるか?」

 

「白人と非白人の人種隔離政策でしょ?」

 

「そうだ……当時のローデシアは白人主体の政府とアフリカ人のゲリラとで紛争状態にあった。オレがローデシア軍に傭兵として志願したのは、その時のオレはどうしようもないクソッたれだったからさ」

 

「どういう意味?」

 

「オレも、アパルトヘイトに肯定的だったってわけさ。有色人種への理由の無い嫌悪感を、その時オレは持っていたんだ……白人が優れていて、有色人種は劣等人種だってな。酷いよな、思いだすだけでもその時のオレをぶち殺したくなる」

 

 ローデシアや南アフリカで当時とられていたアパルトヘイト政策は、西欧諸国の非難や現地住人の強い反発を受けて20世紀末頃に廃止されるまで、黒人などの人種は白人に搾取され不当な差別を受け続けていた。

 そんなアパルトヘイトへの反発から起きた内戦や独立戦争に、キッドは白人の味方として参加していたという。

 

「だが傭兵仲間には黒人もいた、意味が分からねえよな? だがその時オレはそいつ…デズモンドのことを他の黒人と違う、白人寄りのいい黒人だと言い聞かせて一緒に戦ってた…ある時オレたちの部隊は敵の待ち伏せを受けて大損害を受けたんだ。ボロボロになって逃げた先で仲間の一人が、裏切り者がいる、誰かがオレたちのことを敵に知らせやがったんだって言いやがったんだ」

 

「追い込まれた状態で正しい判断なんて出来ないよ…それから、どうしたの?」

 

「裏切り者捜しに躍起になったさ、だが見つからない…そもそも裏切り者がいたかどうかも分からない。だが誰かを裏切り者に仕立てなければ気が済まなかったんだよ……仲間たちは、黒人という理由でデズモンドを責めたてた。もちろんデズモンドは否定した」

 

 キッドはそこまで言っていいよどむ。

 そこから先のことはキッドも思いだしたくないことなのかもしれない…ネゲヴはそっと彼の肩に手を置くと、じっと彼が続きを話すのを待った。

 

「デズモンドは…オレに助けを求めてきた、アイツと一番仲良くしてたのはオレだったからな。だがオレは、アイツを助けなかったんだ。あの時オレも疑心暗鬼になっていたんだ…オレが助けてくれないと分かったデズモンドの顔は、今でも忘れられない」

 

「それから……その人は、どうなったの?」

 

「アイツは森の中に連れて行かれた。デズモンドはずっと自分は裏切ってなんかいないと叫んでいたが、銃声が鳴るとその声も消えた……オレはその時何もせず、じっと座ったまま傍観していたんだ。オレが殺したようなもんだ……裏切り者を殺して全部解決した、これで安心できる…だが…」

 

「そうはならなかった…?」

 

「あぁ、デズモンドを殺した時、みんな裏切り者は初めからいないって分かったんだろうな…そうなると金で雇われた傭兵のオレたちは、次に同じことが起きた時殺されるのは自分なんじゃないかと疑うようになる。一緒に戦ってきた仲間も、もう信用できない、夜寝るのにも片目を開いておかなくちゃならない…そうしてオレたちは疑心暗鬼に陥り、部隊は全滅した」

 

「それから、それからどうなったの?」

 

「オレは、何日もジャングルの中でくたばっていたのさ…全身の傷から蛆が湧いて、生きたまま虫に食われていた……激痛に疲れて寝ても、また激痛で叩き起こされる。それは仲間を見殺しにした罰なんだとオレは思った…そのまま虫に食い殺されて死ぬんだろうなと思っていた時だ……オレはMSFに、ボスとミラーさんに命を救われたんだよ」

 

 スネークとミラーに拾われたキッドは野戦病院で数週間治療を受け、歩けるようになるまで回復した後、MSFに勧誘されたのだという…そこからキッドはMSF所属となり、コロンビアのキャンプで訓練を行い、その後はニカラグアやコスタリカで傭兵として戦った。

 親友のエイハヴと知り合ったのも、その時だという。

 

「戦場で確かに信じられるのは自分だ、それは間違いない。だが、背中を預けられる仲間がどれだけ大切な物なのかその時のオレは知らなかったんだ……ボスとミラーさんはオレにそれを教えてくれた。罪滅ぼしってわけじゃないが、オレはあの時の失敗を二度と犯さないように心に誓った。仲間だけは、絶対に見捨てないってな」

 

「キッド兄さん…いつも飄々しているように思えたけど、そんな昔話があったのね」

 

「オレにだって隠しておきたい過去の一つや二つはあるさ」

 

「あれ? もしかしてキッド兄さんがこの事を教えてくれたのって、私だけだったりするの?」

 

「さすがにボスとミラーさん、エイハヴは知っているが…そうだな、それ以外の誰かに話すのは初めてだ」

 

「そっか……なんか嬉しいな。ねえキッド兄さん、どうして私には話してくれたの?」

 

「それは……あぁ、なんでだろうな? よく分からん」

 

「え~教えてよ!」

 

「勘弁してくれよ」

 

 珍しく戸惑うキッドに、ネゲヴはここぞとばかりに追い詰める。

 ベッドの上のキッドに逃げ場はなく、幼い見た目のネゲヴに終始主導権を握られるのであった。




キャラに深みを持たせるのには、過去をつくれってワイの師匠が言っていた!
というわけで、さらっとキッドの過去話。
昔は拝金主義で差別的だったけど、色々あって今がある。

誰も最初から完璧な者など居ないのだ…。
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