マザーベースを離れている時、オセロットにはいくつもの顔と名前が存在する。
ある時は町のBARに顔を出しビリヤードとダーツに興じるマイケル、放射能が自然に与える影響を研究するピョートル、日雇い技術者のルスランなど…。
MSFの諜報員として各国に架空の身分を作り演じる。
普段の仏頂面からは想像出来ないかもしれないが、仕事で架空の人物を演じるオセロットは、役者顔負けの演技力で用意した人物になりきり表情豊かに周囲の者と接する…巧みな話術で人の警戒心を潜り抜け、馴染み込むのだ。
その日オセロットが演じたのはウェイターのミハイロヴィチ、給仕服に身を包む彼は正規軍の幹部が開催した晩餐会の舞台にあった。
軍関係者の他各界の著名人など早々たる顔ぶれが並ぶ晩餐会の中で、オセロットは晩餐会が開かれる会場のウェイターとしてサービスを行いつつ、メディア向けに講演するカーター将軍を横目で見つめる。
彼の講演に対し記者の人間はあれこれ質問を投げかけるが、失言を狙った質問をする記者もいるがカーター将軍はそれを巧みにかわしあたり触りのない返答を返す。
悪く言えば面白みがない、良く言えば記者相手に失言せず穏便に済ますカーター将軍の賢さが伺える。
(正規軍所属のカーター将軍、そして民間軍事会社グリフィンのトップであるクルーガー……軍属時、二人は上官と部下の関係にあったらしい)
今日までの諜報活動でこの二人がいわゆる協力関係にあることはつきとめている。
カーター将軍はクルーガー率いるグリフィンのために戦術人形保有上限に関する批准、武器の密輸、管轄地域の報道管制を便宜しそれは彼が持つ権限を遥かに越えるものだ。
その見返りにクルーガーのグリフィンは何らかの形で正規軍、または彼の手伝いを行っている。
それがなんなのかは、知ることは出来ないが…。
正規軍、そしてグリフィンの両勢力にはオセロットが私的に鍛えた諜報員を潜り込ませてある。
グリフィンには整備技師として、正規軍には兵士として溶け込ませている…それらの諜報員から寄せられる情報は少なく重要でないものがほとんどだが、得られた情報を吟味しそして焦らず慎重に諜報を行うのがベストだ。
カーター将軍の講演が終わり、彼は会場の上階へと向かっていった。
上階にはグリフィン社長のクルーガーと正規軍に属する軍人が見えていた…上階に立ち入れるのは一部の人間のみ、ウェイターに扮しているとはいえそこに入り込むことはさすがのオセロットも不可能であった。
そこで彼はその目を、上階に佇む軍服姿の男に向ける。
軍人の男もオセロットの目を見据え、ゆっくりと小さく頷いた。
彼はオセロットが正規軍に潜り込ませたスパイだ……人口の減ったこの世界において、優秀な人材は若くとも重宝される。
さすがに士官以上にまで登りつめるのには経験と年数が必要となってくるのだが、彼は元々この世界の住人でなおかつ正規軍に属していた者だ…彼は一度ビッグボスと出会い、そのカリスマ性に惹かれビッグボスに忠誠を誓うようになった。
彼の身分を上手く利用し、オセロットがスパイの役を彼に与えたわけだ。
(あとのことは奴に任せよう、盗聴器もあとで彼が回収するはずだ)
オセロットの視線の先には、一人のメガネをかけ杖をつく老人の姿がある。
記憶が正しければ彼はI.O.PのCEOハーヴェル、この晩餐会がいよいよ何かしらの狙いがある物と確信する…出来ることなら自分自身で情報を収集しておきたかったが、ここらが潮時だ。
裏部屋にてウェイターの制服から小奇麗なスーツに着替えたオセロットは、髪を整え髭を剃り印象を変えた。
後はこの会場を出ていくだけだが、最後まで気を抜かず痕跡を残さない…そのまま会場を去ろうとしたオセロットであるが、人気が少ない通路を通った際に足を止めた。
「………だ………できん…」
何者かの話し声に、彼はそっと耳を傾ける。
「――――これではっきりしたはずだ。我々では基地に近付けない…外部の協力が不可欠だ、汚染が強すぎる…それに制御を失った兵器が障害となっている」
「――――――ば話にならん……一つだけでいいんだ」
「どこの発電所も死んでいる……フーバーダムはどうだ…? あそこなら、まだ稼働するかもしれない」
「どっちにしろ、外部の――――――」
壁越しに聞こえる声はところどころ聞きとりづらいが、その中の単語であるフーバーダムを聞いた瞬間、話しあう人物の素性を頭に思い浮かべる……フーバーダム、アメリカ合衆国のネバダ州とアリゾナ州の州境に位置する世界最大級のダムだ。
なぜそんなダムの名前がこの場で出るのか、気掛かりであるが通路の先から他の客が来たために移動を余儀なくされる。
「
去り際に聞こえたその言葉に、オセロットは彼らの正体を確信する。
自身の心臓の鼓動が早まるのを感じた彼は一度深く息を吸い込み、気持ちを落ち着かせる…より多くの情報収集が必要となる、足早に会場を出て路地に出た時、彼の前に一人の白人男性が立ちはだかった。
「やあミスター、急いでどこに行くつもりかな?」
「仕事で先を急がなくてはいけないのでな、失礼」
「仕事というのは、壁に耳をはりつけて会話を盗み聞きすることかな?」
次の瞬間、オセロットは咄嗟にかがみ込んで男の斬りかかってきたナイフの刃を避ける。
白昼堂々、周囲に多数の民間人がいるのにもかかわらず襲撃者は構わずにナイフを振り回す…突然の出来事に周囲の歩行者が悲鳴をあげ混乱が起きる。
男のナイフさばきは素早く、幾度もオセロットの急所をかすめその度に紙一重で躱した箇所に血が滲む。
突き立てられるナイフの動きを見極めたオセロットは、男の腕を絡めとってナイフを奪い取ると、瞬時に男の首筋に突き刺した…赤い鮮血が周囲に飛び散った時、男は倒れる寸前に隠しもっていたもう一つのナイフでオセロットの腕を斬りつけた。
「クソっ……!」
斬りつけられた腕を押さえつけ、倒れこんだ男に見向きもせずオセロットはその場を立ち去る。
数メートル離れた場所に止めてあったバイクを咄嗟に盗み、走り去る時だ……バイクのミラーに、首をナイフで刺し貫いたはずの男がむくりと起き上がる姿が映った。
「はぁ……」
日が沈み、夜のとばりが降りたマザーベース。
人気のない甲板をWA2000は一人当てもなく歩き、やがて建物の壁に寄りかかって星空を見上げた。
陸地よりも綺麗に星空が見えるマザーベース、何人かのスタッフと人形たちはたまに星を見上げてはしゃいでいたりするが、その時のWA2000はとても憂鬱そうに空を見上げていた。
あの日、カフェでオセロットと話をした後からずっとこのような調子だ。
訓練や任務にまで私情は持ちこまないが、彼女のわずかな変化にそばにいる79式やカラビーナも気付き心配する声をかけてくれたが、オセロットとの一件を素直に話すこともできず彼女は一人悩みを抱え込み誰にも想いを打ち明けることは無かった。
(オセロット……あなたは私の気持ちにきっと気付いてるのよね……あなたはきっと、私を危険な目に遭わせたくないと思ってあんなことを言ったのよね? でも私は…)
今でもあの時の会話を鮮明に思いだすことが出来る。
だがその度にWA2000は胸を痛め、自分の率直な想いを言えずに逃げてしまったことを後悔する。
答えはとうに決まってる、覚悟もあったはず…後悔だけが押し寄せる。
壁に寄りかかったまま座り込んだとき、彼女は遠くに見覚えのある人影を見つける。
その名前を呼びそうになるWA2000であったが、彼が腕をかばうような仕草を見た時、異変に気付いてすぐに走りだす。
「オセロット…! 怪我、してるの…?」
そばに駆け寄って見たオセロットは、いつも通りの表情であったが片腕の服が血で汚れている。
「酷い傷…!」
「大したことじゃない、処置もすませてある」
「嘘いわないで! あなたがそんな怪我するなんて普通じゃない…お願い、傷を見せて…」
「大したことじゃないと言っているだろう、余計な気遣いだ」
「余計って……私はただ、あなたの助けになりたくて…」
「助けを求めたつもりはない」
オセロットの言葉がWA2000に突き刺さる。
彼の無愛想な言動にはもう慣れたはずだったが、この時の彼の言葉はいつにもまして彼女を動揺させる。
「オセロット……あなたにとって私はなんなの?」
「なに?」
「私は、ずっとあなたに従って強くなろうとしてきた。それは、命の恩人であるあなたを助けられるようになろうとしてたから…!」
「そんな理由を期待してお前を育てたわけじゃない。この話はもう終わりだ」
「私の話をちゃんと聞いてよ! なんで……どうしてそんな冷たくするの…? あなたを助けたいって思うのは悪いことなの? そう思う私は、あなたにとって邪魔なだけなの…?」
「邪魔だと思ったことは無い。だが―――」
「あなたがスネークを尊敬してるのは分かってる、あの人のために力になろうとしているのは分かってる! でもそれって今の私と同じじゃない、あなたはスネークを助けるのに私があなたを助けようとするのがダメな理由ってなんなの!?」
「いい加減にしろワルサー、これ以上この件で議論することは無い」
彼の厳しい口調に、WA2000は押し黙る……彼の強い態度に気圧されその瞳に涙を浮かべるが、WA2000は拳を握りしめ退く意思を見せなかった。
「もういいわ……スネークと話をする」
「なんだと?」
「スネークがあなたの助けを必要としなくなれば、あなたは危険を犯す必要はないでしょ!?」
「勝手なことを…待て!」
WA2000は彼の制止も聞かずにその場から走りだす。
後ろからオセロットの怒鳴る声が聞こえるが、彼女は振りかえることもせずにただひたすら走った。
その目に涙を浮かべながら走る彼女の姿を、通りがかりのスタッフたちが何事かと振り返る……声をかけられても一切応えず、WA2000はスネークのいる宿舎へと飛び込む。
勢いよく開いた扉の先にはちょうどスネークとスコーピオンがおり、二人とも驚いた表情で息を荒げるWA2000を見つめ返す。
「どうしたのさ、わーちゃんこんな急に…」
スコーピオンの言葉を無視し、WA2000はスネークの前に立つと叫ぶように言った。
「スネーク、もうオセロットに危険な任務をやらせないで!」
「どうしたんだ急に?」
「オセロットは、あの人は…スネークのためなら命すら捧げるかもしれない。でも、私はあの人に死んでほしくないのよ!」
泣きじゃくりながら言う彼女に、スネークとスコーピオンは一度顔を見合わせた。
普段滅多に見せない彼女のこんな姿に、何か大きな悩みがあるのではと気付き話しあいをしようとした時だ…WA2000を追ってきたオセロットもまたこの場にやってくる。
「オセロット、これはどういうことだ?」
「なんでもないんだボス…ワルサー、手間をかけさせるな」
「手間ってなによ……どうしてそんなことばかり言うの!? 今まで私を育ててくれたのはやっぱりスネークのためだけなの!? スネークの、MSFの戦力にさえなればそれで良かったって言うの!?」
「口が過ぎるぞ…自分が何を言ってるか分かっていないようだな」
「私たちをただ命令に従順な人形にさせないって、そう教えて育ててくれたのはオセロットあなたよ! だったら私が戦う理由を決めつけないでよ…! 私がどんな理由で誰のために戦うかなんて――――」
「いい加減に黙れ、命令だ! もうたくさんだ、お前の戯言にこれ以上付き合うつもりはない!」
オセロットの強い口調と、命令という単語を聞いた瞬間WA2000は即座に固く口を閉ざす…。
何度も彼女は言い返そうとするも、自身が主人と認める相手の"命令"を無視することが出来ない…どれだけ抗おうとしてもできない、人形として生まれたWA2000は命令に従順でなければなかった。
言いたいことはたくさんあるのに言うことが出来ない、そのもどかしさと自分を認めてくれない悲しみにWA2000は静かに涙をこぼす。
成り行きを見守っていたスコーピオンもおろおろするばかりでどうすることもできず、室内に気まずい空気が流れる…しかしスネークの静かな声がそれをうちやぶる。
「オセロット、彼女に話させてやれ…素直な気持ちをな」
「無意味なことだ、ボス」
「無意味なんかじゃない…お前自身のためでもある」
「ボス……」
スネークの言葉に彼は目を伏せると、WA2000にかけていた命令を解いた…。
しかし命令を解いたところでWA2000がすぐに話せるわけでもない…座り込む彼女のそばにスコーピオンが駆け寄り、そっとその肩を抱くと、彼女は身体を微かに震わせながら嗚咽まじりの声で話し始める。
「あなたのことが、好きなの……初めて会った時から、ずっと……あなたなしじゃ生きられない、生きていたくない……」
「わーちゃん……」
「あなたは強くて、どんな困難な任務でも帰ってくる……だけど、死なない人間なんて存在しない……あなたがいなくなることを考えると、いつも怖くなる……どれだけ周りが私を称賛しようと、あなたの力になれないなら私は……無力なだけよ……お願い……私を見捨てないで…」
そこまで言って、彼女は耐えきれず泣く……親友のスコーピオンは震える背をさすりながら、救いを懇願するようにスネークとオセロットを見つめるのであった。
スネークはオセロットの肩を叩くと、無言で部屋の外に促す…それにオセロットは従い、退出する。
部屋から少し離れたところにあるマザーベースの喫煙所、あまり喫煙者がいないためにほとんどそこの喫煙所はスネーク専用の場所となっている……そこで葉巻に火をつけたスネーク、一度オセロットに葉巻をすすめるが彼はやんわりと断った。
「いい子じゃないか…他の誰かをあんな風に思える奴はそう滅多にはいない」
「ボス、言っては悪いがこれ以上の議論は無意味だ」
「あの子の素直な気持ちは聞いただろう、オセロット…お前の素直な気持ちはどうなんだ? オレだけにでも教えてくれないか?」
沈黙が続く…。
オセロットは視線を何もない壁に向け、何かを考えている様子だった。
スネークは静かに葉巻をふかし、彼が話すのを待っていた。
「一人の方が動きやすいのは確かだ。ボス、オレが活動する世界で…信用していい人間などいないことは知っているはずだ。仮に二人で任務に出た時、どちらか一方が死ななければならない事態になった時…オレは少しも躊躇わん」
「なるほどな…それがお前の気持ちか……あの子を巻き込みたくないんだな?」
オセロットが、WA2000を本当に何も想っていないのならそのような言葉は出てこない。
たとえ大切な教え子でも、肉親でも任務のためならば犠牲をいとわない……そんな未来が分かり切っているからこそ、彼は大切に育てた教え子を突き放していた。
「あの子は強い、誰よりもな。自分の身の守り方くらいは知っているさ」
「ボス、そういう問題じゃない」
「そういうところはあの子と似ているな、あの子がお前に惹かれた理由も分かった。もちろんお前の気持ちもな……オレたちがあの子たちを迎え入れた時は、みんな子どもみたいなものだった。オセロット、あの子をいい加減大人にしてやれ……大人になるということは、自分で生き方を決めるということだ」
「………それが、あんたの望みか?」
「ここから先は、お前とあの子の問題だ。部外者のオレがこれ以上口を挟む余地はない」
やれやれと、小さなため息をこぼしたオセロット…何も言わずその場を去っていった彼の後姿を、スネークは温かな目で見つめていた。
部屋にオセロットが戻った時、WA2000はまだスコーピオンに抱かれたまますすり泣いていた。
彼女は部屋に戻って来たオセロットを一度見上げたが、気まずさからすぐに目を逸らす…不安になっているのはスコーピオンも一緒だ、いまいち感情の読みとれないオセロットが何を言いだすのか不安な様子。
「ワルサー、お前の覚悟を聞きに来た」
「…え?」
彼の言葉に、WA2000は咄嗟に彼を見上げた。
「オレが以前言った事を覚えているな? 目的のためなら仲間だろうと見捨てるとな……そのためなら例え教え子であろうとも、犠牲にするとな。裏切りと疑心暗鬼に満ちた世界だ、頼れるのは自分だけだ。お前が踏み込もうとしたのはそんな世界だ。もう一度聞くぞ、ワルサー……お前にその覚悟はあるのか?」
「私は……」
「わーちゃん、頑張って…」
動揺するWA2000をスコーピオンは励ます……オセロットの態度の変化に戸惑っており、すぐに返事を返せないでいた。
しかしオセロットは返事を急かすことはせず、静かに彼女の返答を待ち続ける。
やがて…。
「お願い、オセロット……あなたの手助けがしたいの。足でまといにはなるつもりはない、もしなったとして私が死んでも……それでも私はかまわない、それが選んだ道だもの後悔はない!」
「甘えたことを言うな。戦場で戦うのとはわけが違う。人の醜悪を見て微塵も動じないか?他人を犠牲にして生き抜くことが出来るか?孤独にお前は耐えられるか?オレの言葉に少しでも決意が揺らいだのなら退いておけ」
「覚悟の上よ」
「いいだろう……ならオレに付いて来い。その覚悟が本物なら弱音を吐くな、涙は涸らしておけ、そんなものはここから先役に立たない」
「分かってるわ」
「よし、その言葉忘れるなよ」
WA2000の覚悟を確かめたオセロット……彼女もまた、いばらの道を歩き始めたと知りながらも不満を露わにすることは無い。
例えその道が地獄に通じていたとしても、誰よりも愛する人と一緒に歩く道なら困難ではないと感じていた。
結局、私の素直な気持ちは言えてもあなたの本当の気持ちはわからずじまい…。
オセロット、あなたにとって私はどんな女なの?
私のことを好きでいてくれたらうれしいけれど、それは高望みしすぎよね…。
きっとあなたは一人の女に縛られない……わかっているけど、ちょっと寂しい…なんてね…。
今はあなたに受け入れて、認められただけで幸せなの…。
あなたが私を犠牲にして生き延びてもいいの……私の命と引き換えに、あなたが長生きできるなら……それ以上の恩返しってないでしょう?
これからもずっと、ずっと……愛してる…。
はい………。
一応、これでこの二人はゴールインなのだ。
もっとイチャイチャさせろとか、ただの通過点だろこりゃとかいう輩はマザーベースの甲板から突き落とします。
わーちゃんこれ、メンタルアップグレードしちゃう勢いですね~。
ヌッッッッッ!!!???(悶死)