第三次大戦が起こるはるか以前、史上最大の原発事故があったとされるその場所に暮らす人はなく、かつての文明の名残として残るマンションや公園、遊園地などの錆びついた廃墟などが残る…80年近く前に起こった原発事故は死亡者4000人、退去を余儀なくされた住人は数十万とも言われている。
現代の北蘭島事件や第三次大戦による汚染に比べれば規模は小さいが、人類は古い時代から同様の過ちを犯していたことを証明していた。人がいなくなったことで都市は自然にのみ込まれ、やがて新たな生態系が誕生する……2060年代の現在、奇跡的に災害を免れたこの地は、その原発事故以来人の干渉を受けなくなったことで皮肉にも動植物たちにとっての楽園となっていたのだった…。
緑に覆われた古い洋館、庭も建物もあらゆるところが植物に覆われているが洋館内は手入れが施されており例外的に人の管理がなされていた。洋館の庭には希少な動物たちが暮らしており、木を駆け上がるリスやさえずる鳥たちの音色が森に響き渡る…そんな動物たちの様子を、ペルシカリアは物憂げに見つめていた。
冷え切ったコーヒーが入ったマグカップを手のひらで回し、もう何度目かになるため息をこぼす……ふと、開いていた窓から涼し気な風が入り込み、古ぼけたカーテンを揺らす。風の流れを追うように視線を動かした先に、壁に寄りかかる一人の女性がいた。
「いつの間にかそこにいたのね……君が私を攫いに来た時と同じ」
「ちょっとしたマジックさ。調子の方はいかがかな?」
「そうね、入れたてのコーヒーと研究所があって軟禁状態でもなければ、ここは微量の放射線程度で豊かな自然があっていいわね」
皮肉を込めたペルシカの言葉を彼女…シーカーは軽く笑って受け流す。ペルシカの目の前を横切ったシーカーは窓辺に手をついて外を眺める。
「人が、美しいと思う自然は人の手が加えられていないものだ。かつて未曽有の放射能汚染があったこの場所は、百年は自然が破壊されたままだと言われていた。だがこうして植物は生い茂り、動物たちは穏やかに暮らしている……自然の力というのはたくましいものだよ」
「こんな時代、あなたみたいな物言いをするのは珍しいわ」
「そうだろうか? 人もまだ捨てたものではないさ…たくましいのは人類も一緒だ。1945年、人類が初めて核兵器を使用した時も…復興に多大な年月を要したが人は立ち上がり、歩みを止めなかった。この時代でも同じだ、人は諦めない…人の強い意思がある限り人類は歩みを止めない。例え数十年、百年以上経とうとも世界は再生すると信じている」
「そうね、だけどそれは人類が一丸となって目的に向かっていった場合の過程に過ぎないわね。ヒロシマが復興を果たしたのも、同一民族の単一国家による統治のおかげ。だけどこの世界はいくつもの国家、思想、イデオロギー、民族がいるわ。ユーゴではついこの間まで隣人同士が殺しあっていたわ」
「そうだ、だからこそ世界を一つに纏め上げなければならないのだ。恒久平和に必要なのは秩序と統制だ…国家の統一、思想の統一、イデオロギーの統一。AIの統制によってのみ、世界は一つになれるのだ」
「でも人のもつ多様性こそが、あなたが人を素晴らしいと思えるものを生み出してきたのよ。あなたがやろうとしてることは、多様性の否定…人の営みの否定に他ならないわ」
「その多様性が今日の戦乱を招いたのであれば、それは封じられるべきだと思わないかね? 人類の祖先を辿れば元々一つの個体にたどり着く、それが分派し世界中の土地に根付き、文明を築き言葉を生み出した…無数に枝分かれした人類を一つに集約するのだよ。恒久平和は、同じ価値観を共有してこそだよ」
「そのために相容れない存在を抹消するというわけね…あなた恐ろしいわね。それが上手くいくと思うの?」
「いかないだろうな、このままでは。ペルシカリア博士、戦術人形の開発者の目線から私はどう見える?」
「さてね……人間でも無ければ、人形でも無い。初めて見るタイプね」
それが、ペルシカが抱くシーカーの印象であった。確かに彼女の肉体を構成するほとんどは、現在流通する他の第2世代自律人形と特徴を同じとするが、人間のように独立心を持ちより上位のAIに支配されない。シーカーがペルシカを攫ったのも、エルダーブレインの指示でもなく、彼女自身の意思によるものだった。
シーカーは窓辺を離れると、そばにあった椅子を引いてペルシカの正面に座る。
「ペルシカリア博士、あなたは自律人形開発の権威だと聞く。それ以外の分野に関してもな、私と取引をしないか?」
「どうせ断れば殺すつもりでしょう? 噂ではもっと紳士的な人だと思ってたけど…」
「そうだな、あまり私ものんびりしていられないのでな。私の身体を見てくれ…この身体を手に入れるのにずいぶんと苦労をした、これ以上私が高望みできない完璧な肉体…そのはずだった。だがそうじゃなかった…どれだけ考えても、それを解決することは出来ない」
「その解決方法を、私が考えろと?」
「ここに研究機材を運び入れる用意はある、それに私が直接指揮をする護衛部隊もいる。あなたが私に協力してくれるなら身の安全は保障する。ここの存在を知るのは私だけだ、エルダーブレインですら知るところではない」
「なるほど、選択の余地はないわけね」
「理解が早くて助かる。あなたの協力しだいによっては、欧州を侵攻する米軍も抑えられるだろう…平和のためだよ、ペルシカリア博士」
フランス北部 ノール県 ダンケルク
ドーバー海峡を望む位置にあるダンケルクの都市は数万を超す難民と、それを支援するフランス政府軍、そしてフランス政府に雇われた民間軍事会社の人員とでごった返していた。北蘭島事件と大戦後、この都市にこれほどの人間が集まることは一度もなかった…合衆国の侵攻部隊によって制圧された英国からの難民を真っ先に受け入れる役割を担うダンケルクであるが、元々住んでいた住人たちとの諍いも起き、難民支援は順調とはいえなかった。
周辺の汚染地域と、限られた難民キャンプの問題もある…つい先日には、キャンプへ移動中の難民たちがE.L.I.D感染者の群れに遭遇し全滅するという痛ましい事件もあった…。
大陸を逃れても、そこは安全ではない…故郷を追われた難民たちの絶望は形容しがたく、先の見えない不安から一部の難民たちが暴徒化した事による治安の悪化も難民支援の障害となる。
こんな状況で難民支援の仕事を引き受けた各PMCも離反していき、フランス政府もジブラルタル海峡を突破した米海軍へ対処するため徐々に部隊を引き上げていく。長い海岸線を死守するためとはいえ、明らかな戦力の減少にこの地に留まる部隊は懸念を示すが政府の決定は覆らなかった。
そんな中、精力的に難民支援を行うのがMSF第二戦術人形大隊だ、MG5に率いられる部隊は難民たちの最後の希望であった。
この場所に派遣されてからというもの、満足に休める時間もなく、人形たちに疲労が蓄積していくが誰ひとりとして不平不満を口にせず目の前の仕事を片付けていく。泣きごとを言っても状況が良くなるわけではないのを、彼女たちは知っていた。
「リーダー、追加の医療物資が届いたよ」
「女性や子どもたちを優先的に治療しよう。それと、食糧も残り少なくなってきているからそれの手配も頼むぞキャリコ」
「了解……それとリーダー、町の外の難民の中にまた…」
「そうか……分かった」
キャリコの短い言葉で事を察したMG5は、すぐに現地フランス軍へと連絡を入れる。難民たちの中にまん延する
軍への報告を終えたMG5、その時指揮所とする建物が揺れた。
「また地震だ、もう何度目になる?」
「多すぎて数えてない。最近なんか変だよ、ここから海を挟んで50キロもないところに米軍が集まってるって言うのに…上陸してくる気配もないし、偵察機の一つも飛んでない」
「奴らの艦隊がジブラルタルを抜けて地中海に入ったというが、奴らはそこの全兵力を向けているのか。あるいは、既に偵察を済ませた後なのか…」
「どういうこと?」
「アメリカ海兵隊の中に、少数で敵地に潜入し偵察や上陸地点の選定を行う
ジブラルタル海峡の突破を行った米海軍、それに付随したフランス軍の戦力分散、難民殺到による混乱……上陸部隊を迎撃する阻害となる要因が複数存在し、もしも米軍が上陸をもくろむなら絶好の機会となるはずだった。となれば、ジブラルタルを突破したのも、フランス軍の注意を引きつけるためだと考えられる…MG5の疑念はすぐに現実のものとなった。
再び起こる地震、しかし今度の揺れは先ほどよりも大きくそして長い。
この異変に難民たちは悲鳴をあげ、軍も異常を察して動きだす……次の瞬間、大きな爆発音が鳴り響きMG5らがいた場所から数百メートル先のところに大きな黒煙が上がる。
「な、なんなの!?」
「分からんが、部隊を招集しろ! あそこは難民キャンプのすぐ近くだ、行くぞ!」
「り、了解!」
急ぎ部隊をまとめ、現場に急行するMG5たち。同様に軍の部隊もその場に駆けつけるが、爆発が起こった場所で彼女たちが見たのは大きく空いた穴から這い出る巨大な機械だった。先端に巨大な掘削機を取りつけられたその機械は唸りをあげながら地上に這いだすと、そこで動きを止める……穴が開いたと同時に吹き飛ばされた岩などによって難民たちに多数の死傷者が出ている。
急ぎ救助に向かおうとするが、巨大掘削機械の後から這い上がってきた存在に唖然とする…。
「感染者…! 感染者の群れだ!」
大穴から這い上がってくる感染者たちの群れ、おぞましい声をあげながら感染者たちは目の前の難民たちに襲い掛かり現場はあっという間に阿鼻叫喚の地獄絵図となる。すぐさま軍とMG5らは迎撃に向かおうとするも、同じようあな爆発があちこちで起こる…あちこちに空けられた大穴から次々に感染者が都市へと入り込み、その中には米軍部隊が混じる。
「アメリカ軍だ! 奴ら、ドーバー海峡の海底を掘り進めてきやがったんだ!」
「迎撃しろ、町の中に奴らを入れるな!」
「敵の数が多すぎます! なんだあれは…感染者の様子が…!」
襲いかかる感染者たちは他の多くの群れと違い、統制のとれた動きを取り銃器を扱っているではないか。武装した感染者たちは緩慢な動きながらも、死を恐れずに弾幕の前に立ち、所持する銃で撃ち返す。それら感染者を盾とするように、米軍部隊は展開しフランス軍を追い詰めていく。
「リーダー! 難民たちが!」
「くそ、くそ! 全部隊集結、難民たちを保護しつつ敵を迎撃しろ!」
大挙して押し寄せる感染者の群れにフランス軍は各所で分断され、あっという間に瓦解していく。逃げ遅れた民間人や兵士は、感染者たちに取り囲まれ撃ち殺されるか食い殺される。MG5は部隊を招集し、月光なども投入して対処しようとするが戦力の差は圧倒的であった。
命令を受けた月光は部隊護衛のために前線に立つが、突如放たれた光弾を受けて大破した。
月光を一撃で破壊したのは米軍戦車、MSFが技術解析して得た戦車と酷似している正真正銘のM10A1マクスウェル戦車であった。技術的困難からレールガンに換装されたものをFALに与えられていたが、本家のマクスウェル戦車は爆発的な威力を誇る高出力レーザーキャノンを有する。機動性以外で、月光がマクスウェル戦車に対抗できる術はなかった。
追い詰められる難民たち、苦境に立たされるフランス軍、そしてキャリコを含めた部下たち。相手は相当数の部隊を投入し戦えば潰されるのは必至であり、部隊の命運はMG5の決定に委ねられる……以前、鉄血との領域で衝突し敗北を喫したあの戦いを彼女は思い起こす。
いくら彼女が精強な部隊を持っていたとしても、より多くの軍団の前にそれは無力だ…あの日それを思い知らされた彼女は、迷った末に任務を放棄し撤退することを考える。部隊を守るべきか、MSFの誇りを守るべきか……迷うMG5にキャリコは寄りそい、彼女の手を握る。
「撤退だ……連れていけるだけの難民を連れてこの場を離脱する」
「リーダー…」
「責任は全て私がとる。敵は待ってくれない、急げ!」
「…ッ! 了解!」
苦渋の決断を下したMG5、キャリコは副官として彼女の指示を全部隊へと伝えると連れていけるだけの難民を連れてその場を離脱する。今だ町に残る多くの難民や兵士たちを置き去りにする形で…。
米軍が上陸(掘削装置で海底トンネルを作って侵攻)してきました(白目)
WW2時、多数の連合軍兵士を脱出させたダンケルクの奇跡、それが侵攻の足掛かりになるなんて皮肉ですね()
※ 色々解説
・キメラ
パラサイトバグという小型生体兵器が感染者の首筋に寄生することで出来る米軍の兵器。戦前構想のあったものを戦後アメリカの生き残りが完成させたものであり、コーラップス液を代謝するメタリック・アーキアの技術も応用されている。
感染者に寄生したパラサイトバグは独自の神経網を張りめぐらせ、感染者を意のままに操る。運動能力はやや低下するが、銃器を扱い連携を取れる程度の知能を付与させる。
米軍部隊からは捨て駒程度であり、ハイブリッドもろとも敵を仕留めることも。
また、他の感染者の群れに紛れ込ませ、群れを誘導させることも可能。
・核動力式岩盤掘削機 ワームエクスカベーター
巨大なヘビを彷彿とさせる無人掘削機械。
元々はアメリカ国内のインフラ整備のために開発された試作品を戦後米軍が獲得、奇襲攻撃のために改造し実戦に投入した。本編では途中まで封鎖されたドーバー海峡トンネルを進み、そこから海底を塗り固めつつ上陸のためのトンネルを掘削した。
・M10A1マクスウェル戦車
模造ではない、本家本元の主力戦車。
装甲や可動部といった部分はFALが持っている同機と変わりないが、一番の違いは主砲。本家マクスウェル戦車は爆発的な威力を持つレーザーキャノンを有し、これは着弾と同時に高熱で装甲部を融解させ凄まじいエネルギーを発生させる。WW3の時期に開発されたにもかかわらず、正規軍が有する主力戦車と張り合える能力を持っている。
弱点としては、他の戦車同様真上と車体下部の装甲は薄いのでそれを狙えれば撃破は可能。頑張れ。