METAL GEAR DOLLS   作:いぬもどき

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海上戦闘

 第三次世界大戦後、世界の大国が荒廃し衰退していくなかで数少ない発展または国力の維持をできた国がある。それは東南アジアやアフリカなどの発展途上国などがほとんどであり、なおかつ比較的汚染の少ないエリアに限られるが、先進諸国が集まる欧州の地で国力を維持し周辺諸国の没落に乗じて発展を遂げたのがユーゴスラビアという多民族国家である。

 一時は内戦という災禍に見舞われたが、それでも絶妙なバランス感覚で外交交渉を行い、同規模なら正規軍に勝るとも劣らない軍事力を有する。

 

 戦後編成された地上軍の他、内戦でもほとんど損害のなかったユーゴ連邦海軍があるが、その海軍の舟艇は今密かに地中海を航行するアメリカ海軍の追跡を行っていた。先進技術の投入により開発された新型の潜水艦が果たしてアメリカ海軍にどこまで通用するかは賭けであったが、今のところステルス性能は有効であると実証されている。

 巨大な揚陸艦を旗艦に地中海を進む艦隊を密かに追跡しつつ、ユーゴ連邦海軍の潜水艦より暗号が発せられ、それはすぐさま好意的関係にあるMSFへと送られるのであった…。

 

 

 

「……いや、無償で手助けしてくれるのはありがたいけどいくらなんでもこりゃあねえぜイリーナ!」

 

「文句言うなアホ、デカい船で奇襲なんかかけられるものか」

 

 エグゼが愚痴をこぼしながら頼りなく見つめているのは、魚雷発射管を2門と機銃をいくつか装備した舟艇…いわゆる高速魚雷艇と呼ばれるものだ。21世紀には既に時代遅れになった類の船だが、第三次世界大戦の核の災禍にともなうEMPによって電子技術が衰退した時代、この手の古臭い兵器が案外活躍することもある。

 実際、ユーゴ海軍では海上を高速で移動できるこの魚雷艇を多数配備し、それなりに戦果を挙げているらしい…。

 しかし、他のユーゴ海軍の強力な軍艦が味方してくれるものだと思っていたエグゼにとって、この魚雷艇は子どものおもちゃのように見えてしまった。そんな彼女をなだめる役目は、いつも親友のハンターだ…彼女に説得され、なおかつ既に港を出てしまったこともあって渋々大人しくする。

 他の魚雷艇にはハンター配下のヘイブン・トルーパー兵が乗り込み、散開して敵艦隊がいると思われる海域へと向かっている。

 まずは魚雷艇を用いて夜の闇に紛れて接近し、奇襲をしかける…対空兵装を無力化した後、艦隊に歩兵部隊を乗り込ませて一気に制圧する作戦だ。

 まるで大航海時代の海上戦闘だなと言ったのが、アルケミストなわけであるがまさしくその通りだろう。

 

「へへ、そろそろ奴らがいる海域だぜ……ほんとにいるかな?」

 

「そう願うしかないな。いいかエグゼ、海に落ちないよう気をつけろよ。地中海といえども落ちたら探すのは難しいんだからな」

 

「分かってるっての……っと、あの先になんか見えるな。あれがあいつらの艦隊か?」

 

「当たりだ、部隊に合図を送れ。目標を見つけたとな」

 

 水平線の彼方に見える黒い物体を二人の鋭いまなざしが捉えると、部下たちが素早く暗号化された信号を部隊に発して見せた。近付くにつれて、海上に浮かぶ黒く大きな城塞のような艦隊が徐々に大きくなっていく。いずれもちっぽけな魚雷艇の装甲など容易く喰いちぎる兵装を搭載した、鋼鉄の軍艦である…魚雷艇が勝っているのは唯一機動性のみ、それもアメリカ海軍の前にどれだけ意味があるのかは分からなかった。

 暗闇の中、徐々に接近していく……巨大な揚陸艦を旗艦として進む艦隊、巡洋艦や駆逐艦が整然と海上に立つ波をかきわけ進む。

 

「よっしゃ、先手必勝だ……奴らの土手っ腹に魚雷を叩き込んで――――」

 

 魚雷攻撃による奇襲攻撃命令を発しようとしたその瞬間、敵舟艇よりサーチライトが照射された。眩い光が暗闇の海上を照らし、そこにいた数隻の魚雷艇が捉えられる……次の瞬間、敵艦隊より猛烈な機銃掃射が放たれた。

 咄嗟に伏せたエグゼとハンターは間一髪最初の機銃掃射で仕留められることは避けられたが、弾丸がガラスを貫通し魚雷艇の操舵をしていた兵士を撃ち抜いた。制御を失いあらぬ方向へ進み始める魚雷艇、すぐさまハンターが操縦を代わるがサーチライトはいまだ二人の船をとらえている。

 

「このやろう、舐めやがって! 攻撃開始だやろうども!」

 

 エグゼの命令により、部隊は一気に攻撃へと取り掛かる。

 だが魚雷艇が敵艦船に有効打を与えられる武器は魚雷しかない、敵の猛烈な弾幕の前に魚雷を命中させる前に部隊は全滅してしまう……だがそれを想定していたアルケミストは、例外的に"ヤツ"を檻から解放していた。

 

 空が一瞬眩く光ったと思った次の瞬間、アメリカ艦隊のすぐ近くの海上に水しぶきが上がる。それがいくつも海へ降り注ぎ、うち一発がアメリカ海軍の駆逐艦の側面に命中し爆発を起こした。

 

『ハロ~ハロ~! 永遠のアイドル、アーキテクトちゃんだよ~! 改良型ジュピター砲の華麗な一撃はいかがだったでしょうか!』

 

『ほとんど外れて一発だけだよアホんだら、次まともに当てられなかったらお前の舌を唇に縫い付けてやるからね』

 

『ひぃー!! 勘弁してくださいアルケミストさまッ!』

 

 陽気な声でアーキテクトが登場するが、すぐにアルケミストのどすの利いた声に阻まれる。

 長距離砲撃が可能なジュピターの指揮をアーキテクトに任せたのはアルケミストだった。だがジュピターも砲撃する距離が長くなればなるほど命中率は下がる、ましてや相手は海上を移動する軍艦だ。一発とはいえよくあてたと褒めるべきだろうが、アーキテクトは褒めると調子に乗るのでこの程度でいいのだ。

 

「よっしゃ、今度こそ魚雷を叩きこんでやれ!」

 

「みんな死んでる、お前が撃つんだよエグゼ!」

 

 その魚雷艇に乗っているのは今やエグゼとハンターだけ、操縦で手が離せない代わりにエグゼが魚雷発射管につく。勢いよく発射されていった魚雷にハンターがあっと声をあげる。

 

「エグゼ、このバカやろう一回死ね! 目標を狙う前に撃ってどうするんだ!?」

 

「あぁ!? 魚雷ってミサイルみたいに追尾するんじゃねえのか!?」

 

「救いようのないバカだなお前は! 魚雷は後一発、外すなよ!」

 

 残る魚雷はもう一つ、せっかくの魚雷を一発無駄にしたことでハンターはかんかんだ。次の発射はハンターの指示を待つが、敵の機銃が激しくなかなか狙いを定めることが出来ない。それが続くと気の短いエグゼが操縦席をハンターの手から奪い取り、進行方向を攻撃してくる敵船舶に定めるのだった。

 

「おい何してんだ! 死ぬ気かばか!?」

 

「じれったいんだよこのやろう、魚雷艇ごとあいつらの腹にぶち込んでやるぜ!」

 

「バカ!アホ! メスゴリラ! ふざけるな、お前と心中なんてごめんださっさとどけ!」

 

「一発デカイ花火でも打ちあげようぜ、なあハンター!」

 

 エグゼを引き剥がそうとするハンターの声は、やがて大きな悲鳴へと変わる。

 無情にも敵艦船に近付いていく魚雷艇、エグゼの高笑いとハンターの悲鳴が海に響き渡る……近付くにつれて激しくなる銃撃にたまらず、ハンターを無理矢理エグゼの身体を掴んで海に飛び込んだ。

 操縦者が消えた魚雷艇は真っ直ぐに敵艦船へと突っ込んでいき、燃料に被弾し、炎上しながらも進み続ける…そして敵艦船の側方に勢いよく突っ込むと、大爆発を起こすのであった。

 

 

「だははははは! 見たかよハンター、やってやったぜ!」

 

「笑い事かこの脳筋メスゴリラ! 頼むから一回死ね!」

 

「結果オーライじゃねえかよ、終わったことぐずぐず言うなよ」

 

「こんな暗い海に放り投げられてどうするって言うんだバカ! どっちが先に海の底に沈むか競うつもりか!」

 

 海に投げ出された二人はぎゃーぎゃー喚き散らす、そんな二人の傍に一隻の魚雷艇が近寄った。

 

「お前らほんとどうしようもないな、こんなところでケンカかい? お前らが揃って死ねば、地獄の陰鬱な空気も少しは賑やかになるってもんさ」

 

「姉貴! いいところに来てくれたな、さっすが頼りになるぜ!」

 

「さっさと上がりな、海水浴で遊ぶのにはまだ早いよ」

 

 アルケミストとデストロイヤーに引き上げられた二人は早速船上でケンカを再開させようとするが、揃ってキツイげんこつを貰って黙り込む。そんな時、海に大きな衝突音が響き渡る…見れば、先ほどエグゼらが乗っていた魚雷艇の特攻を受けた駆逐艦が制御を失い、別な艦船へ衝突していた。

 

「アホみたいな戦法だが、良い方に転がったみたいだね。さあ行くよ、敵艦船に殴り込みだ」

 

 既に攻撃に成功した敵の船にヘイブン・トルーパー隊が組みつき、殴り込みをかけていた。壁を駆け抜け一気に船上へと上がった彼女たちは、そこで米軍の戦術人形やサイボーグ兵士たちと交戦を開始する。アーキテクトが指揮するジュピター砲の砲撃も少しづつだが精度を上げ、敵艦船に命中弾を与える。

 燃え盛る軍艦の炎が、暗闇の海を煌々と照らしだす。

 そんな影と光の隙間を縫うように、アルケミストらを乗せた魚雷艇は進む…狙うは旗艦である強襲揚陸艦だ。

 

「ハンター、部下たちに伝えな。今こそ空挺降下を開始しろってな」

 

「分かった」

 

 強襲部隊は海上を移動してきた魚雷艇だけじゃない、敵艦船の射程距離圏外には空挺降下のための降下猟兵が待機しておりいまかいまかと攻撃の時を待っていたのだ。大隊長のハンターの指示でそれら空挺部隊が一気に、作戦を開始する。

 空挺部隊が到着するまでは苦しい戦況が続くが、ここが頑張り所だ。

 

「うわ、でけえな……どうやって上るんだこれ? 甲板までかなり高いぞ?」

 

「あそこのハッチが空いてるだろ、そこまで這いあがれ」

 

「んなこと言ったって、あそこまでも結構高いぜ?」

 

「だったらお前のケツをあそこまで蹴り上げてやろうか? いいからさっさとよじ登ってロープを投げるんだよ」

 

「恨むぜ姉貴」

 

 文句を言うエグゼに鉤縄を押し付ける、それを受け取った彼女は仕方なく空いたハッチを見上げると意を決して走りだす。ハイエンドモデルの身体能力で跳んでもまだハッチまでは届かない、そこでエグゼは鉤縄を投げてハッチに引っ掛けるのだ。

 そこからするするとよじ登り、彼女は無事船内へと潜入を果たす。

 エグゼが残した鉤縄をつたって他の者も船内へ入り込むと、彼女たちはすぐさま銃撃戦に巻き込まれるのであった。

 

「あぁエグゼ、また自分からトラブル起こしたのね!?」

 

「またオレのせいかよ! 待ち伏せしてたんだよクソやろう!」

 

 デストロイヤーの指摘にエグゼは声を荒げて反論する。

 だがふざけてもいられない、攻撃を仕掛けてくる相手は以前アフリカで見た特殊部隊…デルタ・フォースの兵士たちだ。さらに船内には歩行形態のドラゴンフライもおり、至近距離から強烈なレーザー砲を撃ってくるのだ。

 

「よぉアルケミスト、さすがの名采配だ! 死ぬときは4人一緒ってか!?」

 

「さっきから文句ばかりだねエグゼ、口先だけじゃ敵は倒せないぞ。死にたくなきゃさっさと撃ち返しな、敵は容赦しないよ」

 

「オレが死んだら、マスターによろしく言っといてやるよ!」

 

 銃撃戦の最中に口論を続ける二人に、ハンターとデストロイヤーはほとほとあきれ果てる。

 しかしそんなこともいつまでもしていられない、ドラゴンフライが至近距離から放つレーザー砲が障害物ごと彼女たちを吹き飛ばそうとする。たまらずエグゼは遮蔽物を飛び出すと、大胆にもドラゴンフライの前まで突撃していく。そんな彼女を鋭利な脚部で貫こうと振り上げる、それをエグゼはブレードで弾き軽い身のこなしで一気に胴体部まで駆け上がる。

 

「へへ、てめぇなんて飛ばなきゃ図体デカいだけのクソメカなんだよ!」

 

 ブレードを逆手に持ち、ドラゴンフライの制御装置がある胴体に突き刺した。改良に改良を重ねたエグゼの高周波ブレードは今や鋼鉄を容易く断ち切る、そのブレードの一撃を受けたドラゴンフライは大きくよろめき転倒する。

 そのはずみで格納庫エリアが崩壊し、デルタ・フォース兵士の一人が崩落した鉄筋に押し潰される。

 

「さすがだエグゼ! 私も負けていられないな!」

 

 親友の奮戦に感化されて、ハンターもまた隠れていた遮蔽物から飛び出した。

 狙いを上階から撃って来るデルタの兵士に定めた彼女は、階段を駆け上がり、二丁の拳銃を敵に向ける…敵もハンターの接近に気付き狙いを定めると、お互いに激しい銃撃戦を展開した。

 もう一度戦って改めて認識される相手の強さに、ハンターは不本意ながら闘争本能を刺激される……これほど強い相手が彼ら特殊部隊の一兵士に過ぎないというのだ、それら兵士を束ねるあの大尉という男はいかほどのものなのか?

 無意識に、ハンターの表情には笑みが浮かんでいた。

 

「私もエグゼをバカに出来ないな……この期に及んで、闘争に感動を見出してしまうとはな…」

 

 自分の愚かさをバカにしつつも、やはり戦士としての性分は無視できない。

 強者と戦いそれを打ち倒した時のあの得難い感動…殺すか殺されるか、そこに怨恨などありはしないのだ、ただ純粋な闘争…いや、狩猟と言っていいだろう。一瞬の気のゆるみが生死を分かつ、過酷な戦場の空気がハンターの感覚を研ぎ澄ませていた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 行く手を阻む敵を倒し、揚陸艦の甲板上へとたどり着いたアルケミストとデストロイヤー……強い海風が吹き抜ける甲板上には数体のドラゴンフライがおり、そこまでやって来た二人を見据えていた。

 だがアルケミストが見つめるのはそんな恐ろしい無人機ではなく、その向こうに立つ大尉の姿であった。

 

「この間は逃げられたけど、今回はそうはいかない……アフリカでの借り、ここできっちりつけてやるんだから!」

 

 仇敵をその目におさめたデストロイヤーはいきり立つが、アルケミストが制する。

 

「まったく、ずいぶんと暴れまわってくれたものだな」

 

「あたしらがここまで来たのは予想外だったかい? 今まで舐めてかかってた人形がここまで来るとは思わなかった…そうだろう?」

 

「そうだな……だがオレの部下は本来なら第三次世界大戦を戦い抜くだけの精強な兵士たちだった、部下たちが手を抜いて戦っていたとは思わん。お前たちは力を示し、今、この舞台に立っている……そのことに驚きはしないさ。少し、お前たちに興味が湧いた」

 

 そう言って、大尉は肩に羽織っていたコートを脱ぎ棄てる……全身を装甲化された強化外骨格、生体科学と遺伝子技術、機械工学を極限まで研究した末に完成された超兵士の姿がさらされる。もはや元々の人間としての名残は少なく、その姿は彼がそれまで忌み嫌っていた感情を持った戦術人形に限りなく近い存在であった。

 

「自分たちの存在が正しいと思うのなら、オレを否定してみろ。言葉ではない、闘争によってだ……生まれながらに戦うことを義務付けられたお前たちだ、この方が分かりやすいだろう?」

 

「ご丁寧にどうも、ずいぶんと分かりやすいさ」

 

「それは何よりだ……まあ、お前たちが何であれここまで来た相手には敬意を示さないといかんな……アメリカ合衆国陸軍大尉アーサー・ローレンス、星条旗の誇りにかけて全力で貴様らを叩き潰す……来い、お前たちの力を見せてみろ!」

 

 

 

 








今まで大尉でごり押ししてたのは、この場面のためだったり……戦術人形という人間よりはるかに劣ると認識していた存在が、自分と同じ舞台にまで駆けあがってきた。
たとえ相手が何だろうと、彼はその相手に己の名を名乗ることで敬意を払った。

スネークと戦わせたかったけども、彼は人形たちと戦うべきだったんだ。


次回、一つの戦いに終止符がうたれますな

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