連日連夜続く過酷な訓練は噂程度に広まっていた特殊部隊創設の情報を、確実性のある話しだと裏付けることとなり、ビッグボスが望む部隊の創設ということでMSFの兵士たちは競うように己の実力をアピールしていた。
MSFだけではなく、前哨基地に派遣されているPMC4社の兵士たちにもその話しが広まり過酷な競争に参加する者もいた。
こうも話しが広まってしまったことにオセロットは慌てて情報統制をかけて外部に漏れないようにするとともに、諜報班を強化して他勢力の諜報活動への対策も万全なものとしつつある。
とはいっても、当初オセロットが目をかけたメンバー以外に候補となるような人物はあまり出てこなかったために、選抜メンバーは変わりない。
最有力は元特殊部隊のマシンガン・キッド、次いでWA2000と9A91となる。
話しを聞いたスコーピオンもがむしゃらに訓練を行っているが、今のところオセロットに声はかけられていなかった。
そんなある日、前哨基地の司令室にてのんびりしていたスネークたちのもとへ、マザーベースのカズから緊急の連絡が入ってくるのだった。
『戦闘班を乗せたヘリが一機、機体の故障で不時着をしたようでな。戦闘班から救難信号が送られてきたんだ』
「なるほど、ちょうどオレも暇をしていたところだ」
『いやスネーク、あんたには別な任務を行って欲しいんだ。諜報班からバルカン半島の連邦軍が不穏な動きを見せているという情報があってな、それを調べて欲しいんだ。何もなければそれでいいと思うんだが、先の戦闘以来関係が拗れててな』
「分かった、戦闘班の救出部隊はこちらで編成しよう。で、場所はどこなんだ?」
『それが少し問題でな…S09地区と言われている鉄血の占領下にある地域なんだ。グリフィンとの兼ね合いもあるから、あまり目立った行動もできない。人選はあんたに任せる、大切な仲間だ…頼んだぞボス』
通信を終えて振り返ると、司令室に集まっていた兵士および戦術人形たちは一同スネークに注目していた。
仲間の危機において選抜競争をしようなどと言う不謹慎な者はいなさそうだが、ここにいる誰もが仲間想いでそのためなら危険を冒すこともじさない覚悟の持ち主ばかりだ。
既に作戦計画を頭に描き終えていたスネークはざっと見て任務に適したメンバーを選ぼうとしていたが、自ら手を挙げて立候補する者がいた。
「スネーク、オレにやらせてくれ。S09地区ならオレ以上に詳しい奴もいないだろう」
名乗り出たのはエグゼだ。
元鉄血陣営の人形として部隊を率いていた経歴もあり、確かに土地勘を彼女以上に知るものはいないだろう。
スネークもそれを理解し、救助隊にエグゼをくわえようと指名したが、それに異を唱える者がいた。
オセロットだ。
「周囲との兼ね合いも考慮するなら隠密行動に長けた人員を選ぶべきだ。ワルサー、9A91、エイハヴのメンバーがいい」
「おい待てよ、なに勝手に決めてんだよ! オレが行くって言ってんだろ!」
まるではぶかれるような扱いにエグゼはもちろん黙っていなかった。
だがオセロットは相手にせず、端末を起動させエグゼの傍のテーブルに置く。
「お前の戦力を必要とする任務は他にもある、よりよい戦果を欲しがってるならこちらをすすめるぞ」
「余計なお世話だボケ…救出任務にはオレが行く」
「えらくこだわるな、お前は。何が狙いだ、お前まさか鉄血に接触したいと思っているんじゃないのか?」
その言葉に小さく動揺したのをオセロットは見逃さなかった。
さらに追及をしようとしたオセロットであったが、スネークが割って入り彼を少し離れたところまで連れていく。
「あまりエグゼをいじめるな、彼女は信頼できる。大丈夫だ」
「奴があんたを尊敬していることは分かる。だがな、その忠誠心がどこを向いているのか…オレは奴がまだ鉄血から離れ切れていないように見えるぞ」
「エグゼの経歴上、お前が過度に疑い深くなるのは分かる。だが彼女はもうオレたちの仲間だ、仲間をそんな風に見るもんじゃない。オレが責任を取る、エグゼにやらせてやれ」
「あんたがそこまで言うなら、オレがどうこう言えたことじゃない。だが忠告をしておくぞ、奴から目を離すな」
最後にじろりとエグゼを睨むように一瞥し、オセロットは司令室を立ち去っていく。
そんな彼の背後をいつまでもエグゼは睨み続けている。
オセロットは新顔の戦術人形に嫌われる素質でもあるのか、確か前にもスコーピオンらと一悶着があったなとスネークは懐かしむ。
「エグゼ、オセロットの言葉は気にするな。救出隊にはエイハヴを同行させる、彼の言うことをちゃんと聞くんだぞ」
「……」
「エグゼ、聞いてるか?」
「聞いてるよ、分かったって」
「いいか、エイハヴは優秀だ。状況判断も正しく行える、反抗するんじゃないぞ」
「あーもう、分かってるって! あんたはオレの親父かよ!?」
エグゼの思わず出た言葉に笑い声が吹きだす。
それだけの元気があれば大丈夫だな、そう言って安心したのかスネークは任務のために基地を発って行った。
S09地区はMSFの支配地域と隣接しているが、作戦上グリフィンが最も関わりを持つ地域でもある。
これまでグリフィンとはそれなりの付き合いをしてきたが、お互いの深いところまでは見せない微妙な関係を続けている。
そんなグリフィンを過度に刺激しないよう、任務は少人数による夜間作戦が計画される。
救出部隊を率いるエイハヴも夜間装備を身に付け、もう一人の同行者である9A91もMSFの開発班が造った夜間装備で身を固めている。
エグゼは元々高性能な強化服を貰っているので、暗視装置を一つ持ってきただけだが、ある程度土地に慣れているようで二人とは対照的に夜の闇を難なく進んでいる。
「それで、どうしてエグゼはこの任務に立候補したんですか?」
茂みに身をひそめつつ、9A91は小さな声で隣に潜むエグゼに問いかける。
「言っただろ、オレ以外にこの地区に詳しい奴はいないってな」
「本当にそれだけですか?」
「お前もオレを疑ってんのかよ」
草むらの向こうで、苛立たしげに睨むエグゼを一度チラリと見て、9A91は小さくうなずく。
「誤解しないでください、あなたのことは信用してます。でも、どうして嘘をつくのかが分からないんです…わたし、人の嘘を見抜くのが得意なようです」
「めんどくせえな、お前…」
「二人とも静かに、前方に鉄血の巡回兵がいる」
先行するエイハヴの言葉に、二人は会話を止めて茂みの中から様子を伺う。
暗闇の中で鉄血兵が数人、銃に取りつけたライトで辺りを警戒している様子だった。
救難信号が出された座標はすぐそこだ、鉄血の支配下に不時着したのなら奴らも気がつかないはずはない。
「あいつらがまだオレたちの仲間を捜しているのなら、仲間はまだ無事なはずだ。引き続き警戒しながら捜索しよう」
エイハヴはひとまず拳銃を取り出し、障害となる鉄血兵たちに弾を撃ちこんでいく。
消音器で発砲音を抑え撃ちこまれたそれは、研究開発班が造り上げた対戦術人形用の特殊麻酔弾だ。
大ざっぱに言うと、生体パーツを通して戦術人形のAIを休眠状態にさせる物質を流し込む単価の高い弾薬だ。
あまり使いすぎるとシャレにならない費用となるが、どうやら初めて使うその弾薬の作用をエイハヴは確かめておきたかったらしい。
期待した通り鉄血兵はその場で倒れ、寝息をたて始める…他の鉄血兵に見つかっても、任務をサボって寝ている人形だと思われるだろう。
それを見つけたのがハイエンドモデルの人形であったのなら粛清は免れないだろうが…。
座標を頼りに進むと、そこには不時着したハインドが一機、炎上し黒焦げになった状態で放置されていた。
既に鉄血兵に調べられた痕跡がある。
そこに有益な情報は無いと判断し、エイハヴらは引き続き捜索を続ける。
「エイハヴさん、当てもなく捜してるように見えますが、何か確信があって動いてるんですよね?」
「勿論だ。人も動物も、動けば痕跡をその場に残すことになる。戦闘班は多くの痕跡を残している、暗闇で分かりにくいがそれを今辿っている」
「流石です」
「ビッグボスに昔教わったんだよ…だが気掛かりなことがある」
エイハヴはその場にかがみこみ、そっと地面に残る足跡に触れる。
いくつかの足跡がそこに残っているが、9A91にはよほど目を凝らさないと気がつかないほどの痕跡である。
エイハヴが何を気にしているのか、彼女には分からなかった。
「オレたち以外の誰かが戦闘班を追跡している、相当な手練れだ。分かりづらい痕跡だが…まるで、
「ハンター…だとしたら、急いだ方が良さそうですね」
「ああそうだな。待て…エグゼはどこに行った?」
エイハヴの言葉に、9A91はとっさに振り返るが、さっきまでそこにいたエグゼの姿はなかった。
その時、森の奥で数発の銃声が響き渡る。
二人は急いでその場を移動し、銃声が鳴った方へと走りだす。
森の奥から迫りくる追跡者から逃れようと必死に走り続けた戦闘班たちは追い詰められ、6人はいた班がついに最後の1人になってしまっていた。
どこに逃げようとも追いかけてくるソレはまるで狩猟者のようだ。
武器を失い身を守るものも、仲間もいなくなった兵士はなんとか振り切ろうと努力したが、狩猟者は徐々にその距離を詰めていく。
やがて兵士は補足され、足を撃ち抜かれその場に倒れる。
「鬼ごっこは終わりだ、狩りの余興にすらならなかったな」
兵士たちを一人また一人と仕留めていった狩猟者が、森の奥から姿を見せる。
月明かりに照らされて露わになった狩猟者は、二丁の拳銃を持ち銀色の髪を結った姿をしている。
彼女は冷たい目で兵士を見下ろし、銃口を向ける。
「待ちなよ、ハンター」
兵士ではない、別な声に彼女はその視線を森の奥に移す。
そこには黒ずくめの戦闘服に身を包み鞘に納めた剣を手にする黒髪の女性が不敵な笑みを浮かべたたずんでいた。
「処刑人…?」
「久しぶりだな、ハンター。元気にしてたか?」
唐突に現われたかつての同胞に、彼女…ハンターは目を見開き驚きを隠せないでいるようだった。
エグゼが現れたとこに希望を見出したのか、駆け出そうとした兵士をハンターは即座に撃つ。
弾は兵士の胸を撃ち抜き、身動きのできない兵士へ向けてハンターは立て続けに発砲した。
「やめろっ!」
エグゼが叫んだ頃には、既に兵士は死んでいた。
目の前で何事もなかったかのように拳銃の弾倉を変えるハンターに、エグゼは走り寄ってその胸倉に掴みかかる。
だがハンターはそんなエグゼを冷たい目で見据え、彼女の下顎に銃口をつきつける。
「離せ、死にたいのか?」
「テメェ、戦友に対してずいぶん冷たいじゃないかよ…!」
「戦友? 裏切り者の間違いだろう」
「返す言葉もねえよ…家出したみたいに出てきちまったからな。だがお前らを裏切ったわけじゃねえ!」
「詭弁だな、お前には失望したよ。忌むべき人間の手先になり下がった雌犬め」
「テメェ!」
その侮辱に激高し、エグゼはハンターの頬を殴りつけたが、ハンターは即座にエグゼを殴り倒す。
「ずいぶん軽い拳になったな……なんだ、その銃、剣は? それにそのワッペンは…人間の飼い犬そのものじゃないか」
殴り倒したエグゼのコートを掴んで無理矢理引き立たせ、額に銃口を押し付ける。
「お前はもうわたしの戦友などではない、裏切り者め。消え失せろ、二度とわたしの前にその顔を見せるな…次は殺す」
銃口をエグゼに突き付けたまま、ハンターはゆっくりと後退していく…。
やがて森の奥に姿が消え、彼女の気配が消えた時エグゼはやりきれない思いをすぐそばの樹木に叩き付ける。
へし折った木にもたれかかり、その場にしゃがみこむ…。
「エグゼ…!」
そこへエイハブと9A91が駆けつける。
二人はそこでうなだれるエグゼと、死亡した兵士を見る…動揺する9A91に対し、エイハヴは怒りを現す。
「エグゼ、お前一体何をしていたんだ!? 勝手に離れて、仲間はどうした…! 誰がやったんだ!」
「うるせぇ、さわんじゃねえ…!」
「お前…やはりオセロットは正しかった、お前を連れてくるべきじゃなかった。戦闘班全員の死亡を確認した、帰還するぞ…」
救出任務は失敗に終わる。
回収ヘリの場所まで三人は無言で歩き続け、時折9A91がエグゼを気遣うように声をかけるが彼女は何も言葉を返すことは無かった。
機内のヘリにおいても無言のままであった…。
やがてヘリは前哨基地へと到着し、ヘリポートに着陸する。
先に降りたエイハヴに続き9A91が降り、最後にエグゼが降りると、そこには銃を構えた兵士とオセロットが待ち構えていた。
駆け寄った二人の兵士がエグゼから銃と剣をとり上げ、その腕に手錠をかける。
「何の真似だよ…」
オセロットを睨みつけ、手錠を破壊しようと試みるも頑丈な手錠はビクともしない。
「ふざけんじゃねえぞ、こんなことしてスネークが許すと思ってんのか!?」
「ボスが帰ってくる前にお前の裏切りを証明してやるさ、話しを聞かせてもらうぞ処刑人…包み隠さずな。連れて来い」
手錠にかけられた鎖を引き無理矢理連行するが、エグゼは抵抗する。
それを数人がかりで抑えつけ、基地内の尋問室まで連れていかれる…9A91の引き止める声も、その時ばかりはMSFの全員に届かない。
エグゼに対する猜疑心は既に兵士たちに広まっていた…。
スネーク…あの、すぐに帰ってきてください(切実)