METAL GEAR DOLLS   作:いぬもどき

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愛の形

「はいはーい、みんなお疲れさま。10分休憩とるから、そしたら屋内プールに集合ね。そこで水泳訓練するから…あ、水着とかはいらないよ、いつもの服装で泳いでもらうからね」

 

 ガリルたちが元米軍特殊部隊のアイリーンらに訓練を申し込んだという話は今やマザーベースの誰もが知るところ。この話を聞いて興味を持った何人かが訓練を覗きに行ったが、特殊部隊仕込みの訓練は凄絶の一言につき、アイリーンらが基礎訓練と称するトレーニングを見て青ざめる。

 今日もアイリーン、アーサーとの近接格闘訓練を終えて間もなく水泳訓練を課されるガリルたち。

 水着を着て泳ぐような楽しいものではない、実戦を想定して重しの入れられたバッグなどを背負わされ、長時間の遊泳を行うのだ。訓練を終えた彼女たちはほぼ毎日、死んだように眠りにつき、翌早朝には決まった時間に起床する…。

 今まで目立った戦果を挙げていなかった彼女たちが、ひたむきに強くなろうと努力する姿は周囲を感心させると同時に、隊員たちも負けじと訓練に励む善い刺激となるのだった。

 

 アイリーンらだけでなく、MSFには元特殊部隊の経歴を持つスタッフも多くいる。

 

 特殊部隊の手本となる存在のSAS出身者マシンガン・キッド、南アフリカ国防軍のレックス・コマンド出アンブッシュの達人ジャングル・イーブル、元GRUスペツナズで三重スパイ(トリプルクロス)のオセロット。

 そして特殊部隊の母とも称されたザ・ボスの弟子にして、FOXHOUND創設者のビッグボス。

 

 スタッフや人形たちはこれまで以上に自分を磨くため、可能な限り彼らと共に任務に同行したり訓練に励む。

 諜報が主任務のオセロットと共に任務に同行することは難しかったが、マザーベースにいる間彼は戦術教官として兵士たちを教育する。キッドとイーブルもまた、アイリーンらに勝るとも劣らない地獄の訓練を経験したものであり、自らの経験を仲間たちに伝えていく。

 そんな中、やはりビッグボスを慕い教えを乞う者は後を絶たない……彼と共に任務に赴き、多くのことを学びとるのだ。

 

 

「スネークさん、今回はどうもありがとうございました! 教わったことをこれからも活かしていきたいと思います!」

 

 今回一緒に任務に連れて行ってあげたのは、戦術人形のSV-98だ。

 任務の内容は戦地の偵察で、いつかスペツナズに加われることを目標に努力するSV-98のため、狙撃以外にスネークが教えたのは偵察及び観測、隠密だ。それらは経験の積み重ねが重要であると説き、さらにスネークはスナイパーに必要な精神力の強さも彼女に伝えた。

 ここ最近、あくの強い連中ばかりを相手にしてきたため、SV-98の素直さには教え甲斐を感じるスネークだった。

 

 彼女と一緒にマザーベースのヘリポートに降りると、帰還を待っていたのか9A91が笑顔で出迎える。

 

「お帰りなさい司令官! それにSV-98も、司令官から何か学べましたか?」

 

「はい、たくさんのことを! まだまだ未熟ですが、もっと多くのことを学んで9A91さんたちに認めてもらえるよう努力しますね!」

 

「勿論ですよ、いつかあなたと一緒に任務に向かえる日を楽しみにしています」

 

 9A91にとってもSV-98の成長は喜ばしいことだ。

 以前より、スペツナズの任務の拡張のため狙撃手を求めていたため、彼女を含めグローザなどスペツナズの隊員たちもSV-98の成長を楽しみにしている…これでアルコールも大好きとなれば言うことなし、期待の逸材だ。しかし今のところSV-98が酒好きかどうかは未知数であるが…。

 SV-98を見送ると、9A91は早速スネークに詰め寄っていく…いつもながらこの子のスネークへの距離感は極端に近い。

 

「司令官、次の任務はまた誰かを一緒に連れて行くんですか? もしよければ私も同行したいのですが」

 

「すまん、実は何人かのスタッフと戦術人形に頼まれているんだ。すぐには行けそうにないが、それでもいいなら」

 

「構いません、司令官」

 

「ならそれで…だがお前にはもう教えることは教えたと思うんだが…」

 

「ダメ、でしょうか?」

 

「いや、そう言うわけじゃない…まあ、少しまっていてくれ」

 

「はい」

 

 9A91は素直でとても良い子だ、優秀で仲間想いで優しい……ただ、時折心の奥底を覗き込む様にじっと見つめてくることがあるのでその度にスネークはびくりとする。いや、おそらくそんなことは全然ないのだろうが、9A91は口数が他の者と比べ少ない方であり、会話する相手の目を真っ直ぐに見つめる癖があるからそう感じるのかもしれない。

 実際は9A91が極端に相手の目を見つめるのはスネークのみであるが、彼はそれに気付いていない。

 

 その場はそれで一旦別れ、そこから数十日……頼まれていたスタッフたちとの共同任務もひと段落したところ、9A91の方からスネークの元へとやってくる。この時スネークはうっかり彼女との約束を忘れてしまっていて、前哨基地の訓練指導に行く予定を入れてしまっていた。それを知った9A91はまたまたスネークの目を真っ直ぐにじっと見つめる……約束を忘れたことを咎めるわけでもなく、寂しそうにするわけでもなく…。

 

「すまん、この埋め合わせは必ずするから、今回は本当にすまない」

 

「いいんです司令官……また、よろしくお願いしますね」

 

 にこりと微笑むときでさえ、9A91は一瞬たりともスネークから視線を外さない。

 

「なあ9A91、本当は怒っているか…?」

 

「いえ、何故ですか?」

 

「いや、そういう風に思われてるかなぁと思ったんだが…」

 

「普通です」

 

「そうか、ならいいんだが…」

 

「はい」

 

 それっきり、9A91は何も言わず…しかしスネークの目を覗き込む様に見つめ続ける。

 ここで何かしてあげられればとも思うが、結局その場では何もせず、スネークは前哨基地に向かうのであった。

 

 そこからまた数日後、今度はスネークもしっかりと9A91との約束を覚えており、9A91がやってくる前にスネークの方から迎えに行った。いつもと変わらない様子にも見えるかもしれないが、わざわざ向かえに来てくれたことが嬉しそうであった。

 一緒に行く任務は簡単なものであったが、任務の内容はなんでもいいらしい、ただ一緒に行きたいだけなのだ。

 

 だがそこで思わぬ誤算が…。

 

「ボス、ちょっといいか?」

 

「どうしたオセロット?」

 

「あぁ、ミラーが決めかねている中東派遣の任務についてな、今回はアンタも一緒に来てもらいたいんだ」

 

「それは、ずいぶん急だな……また別の機会じゃダメなのか?」

 

「今じゃなきゃダメだ。今度の仕事はおそらく大きい、正規軍の軍団も動員されるはずだ。あんたも現状を把握しておいた方が良い」

 

「そうか、分かった」

 

 オセロットがこう言ってくることはよほどのこと。

 またしても9A91と一緒に任務に行けなくなってしまう…今現在、ミラーはこれから正規軍が起こそうとしている中東方面での作戦支援にMSFを派遣するかどうかで思案しており、スネーク自身も気にはなっていたことだった。

 申し訳なく思いながら9A91に向き直ると、彼女はいつものように、じっとスネークを見つめていた…。

 

「9A91、本当にすまない」

 

「はい………いいんです」

 

 ただ今回はいつもと違い、9A91はスネークに対し微笑みかける……ただその笑顔は少しさみしそうだった。

 

 お詫びになるものでもないがスネークが彼女の頭を撫でてやると、9A91は目を細め安らかな表情を見せる。落ち着いたら今度こそ一緒に連れて行ってやろう、そう思うスネークであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 オセロットとの中東での諜報は思っていたよりも長引き、1ヶ月近くもマザーベースから離れることとなってしまった。帰ってくると、そこへWA2000がオセロットの迎えにやってくる…迎えに来たんじゃなくてたまたま通りがかっただけだからと、ツンツンした様子で迎えるWA2000と相変わらず素っ気ないオセロットの姿があった。

 古き良きツンデレがそこにいる。

 

 さて、スネークを迎えるのは9A91だ。

 ヘリを降りたスネークはまず最初に奇妙な違和感を9A91に感じる…いや、いつも通りの彼女であるはずなのだが、何かが違う。背筋がぞくりとするような寒気を感じ取る、例えるならば、かつてスネークイーター作戦時にて森の中で世界最高の狙撃手と一騎打ちした時のようなあの緊張感に近い。

 原因不明の気配に呆気にとられていると、なにやらしたり顔のスコーピオンがやってくる…。

 

「あーあ、スネークったら9A91をながいことほったらかすから…」

 

「なにがあったんだ…!?」

 

「おめでとう、ヤンデレが誕生したよ。触らぬ神に祟りなし、ということでばいばーい!」

 

 言いたいことを言ってさっさと消えるスコーピオン、残されたスネークはおそるおそる背後の9A91に振りかえる。

 

「おかえりなさい、司令官」

 

 音もなくほぼ真後ろにまで接近していた9A91が笑顔を浮かべ、あの心の奥底を覗き込む様な目で見つめてきた。

 

 そしてこの日から彼女はスコーピオンの言うヤンデレと化し、マザーベースにいる間彼女は常にスネークの後をついて回るようになったのだった。

 起床すれば部屋の前にいて誰よりも一番に挨拶をして、食事の席では常に彼の前に座り、一度離れたかと思えば行く先々で先回りをされる。

 耐えかねたスネークがダンボールを被ってやり過ごそうとした際、9A91が何時間も周囲を徘徊していたのには恐怖を覚えた。

 スニーキングの達人が、ストーキング(・・・・・)に脅威を抱く瞬間だった。

 

 

『ヤンデレは拒絶しちゃダメ、受け入れないと。じゃないと包丁で刺されても知らないからね』

 

 

 と、言うのはスコーピオンのアドバイスだがあれは何ごとも楽しむ主義であるので適切なアドバイスであるかどうかなど分かりようがない。唯一、9A91の目から解放されるのが男性タイムの浴場であったのだが、スネークが風呂に入っている間9A91がずっと入り口で待っているからと苦情が来たため、そこも長居は出来なくなったのだった…。

 

 ある日の夜、9A91はスコーピオンと組んで任務に出かけたため、久しぶりにスネークは自分だけの時間を手にすることが出来た。日頃の疲れがどっと出たわけであるが、珍しくアルコールを求めにスネークはスプリングフィールドのカフェに赴いた。

 

「お疲れですね、スネークさん」

 

 事情を知るスプリングフィールドは苦笑いを浮かべつつ、頼まれたビールを提供する。

 ここ最近の9A91の追跡といったら恐ろしいもので、まあそれもスネークによる教育の賜物であるのだが…。

 

「9A91も言わないだけで寂しがりなところがありますからね。そのうち落ち着くと思いますよ」

 

「そうだといいんだが…ちょっと心配だな、何とかしてやれないだろうか?」

 

「あら、散々逃げ回っておいて今更そんなセリフはないんじゃない、司令官さん?」

 

 お客の来訪を告げるベルの音が鳴る、やって来たのはスペツナズのグローザだった。PKPやヴィーフリは一緒ではなく彼女一人だけのようだ。グローザはスネークと並ぶようにカウンターに座ると、早速アルコールの注文をする。

 

「マスターさん、今日のおすすめはなにかしら?」

 

「本日のおすすめはレッドアイ、ビールをトマトで割ったさっぱりとしたカクテルです。アルコール控えめで身体にも優しいですよ」

 

「面白い冗談ねマスターさん。うんとキツイウォッカを、ストレートでいただけない」

 

「はいはい、分かってますよ」

 

 ショットグラスを一つカウンターに置き、とくとくとウォッカを注ぐ。グローザはそれを一口で口に含み、ウォッカが喉を通りぬける熱い感覚に酔いしれる。

 

「良いお酒ねマスターさん、何かいいところからでも仕入れたの?」

 

「いつも通りですよ、あまり贅沢なものは揃えられませんから」

 

「そう、でも安いお酒で楽しめるって素敵じゃない? 高価なお酒も確かにいいけれど、お酒と一緒に楽しむおつまみと、なにより大切なのはその場の雰囲気ね」

 

「そうですね、楽しい場で飲むお酒はとても美味しいものです」

 

「分かっているじゃないマスターさん。安酒も仲間や友人たちと囲めば良い味に変わる……お酒はね、場の雰囲気や気分でコロコロ変わる面白いものなのよ」

 

 クスリと笑い、グローザは注がれたウォッカを流し込む。

 いつも通りのよい飲みっぷりであるが、彼女の表情は硬い…さっきの彼女の言葉の意味を考えれば、今の雰囲気はお酒に影響を与えているというのだろうか。

 

「最近ね、どれだけ飲んでも酔えないのよ、飲んでいる気がしないわ……どんよりとした曇り空みたいなものね、太陽の明るさが感じないの。司令官さん、あの子の笑顔…もうずいぶんと見ていないわ」

 

「グローザ…」

 

 彼女が言うあの子、というのは9A91のことで間違いない。

 グローザが今日ここに来たのはたまたまではなく、スペツナズの隊長でありグローザにとって大切な存在の9A91についてスネークと話すためであった。

 

「あの子、今とても悩んでいるみたいなの…独りで考え込んでいてね、そのくせ仕事はいつも通りきっちりこなすけど、それがなおさら負担になっているのね」

 

「最近一緒にいてやれないことをか…その事はオレも悪く思っているが…」

 

「あら? 司令官さん、あなたやっぱり意外と鈍いのね…隊長さんが悩んでいるのはそんなことじゃないわ。司令官さんが約束を守れなかったとき、あの子が一度でもその事であなたを責めたかしら?」

 

 思い返せば、そんなことは一度もなかった。

 普段から不平不満を言う少女ではないが、おかしいと思ったことはちゃんと言えるし、昔と違い今はスネークにも自分の意見を言えるようになっている。では9A91の悩みとは一体何なのか…。

 

「あの子はね、愛情に飢えているのよ? それをあの子自身も理解してるの…でもその愛情が何なのか分からなくて、悩んでいるのよ。司令官さん…いいえスネークさん、あなたについての愛よ」

 

「どういうことですか、グローザ?」

 

「スネークさんを一人の男として愛しているのか、それとも……父親として敬愛しているのかってことよ。前まではスコーピオンやエグゼと同じように愛していたでしょうけど、色々な人間関係を見ていくうちに変化があったのね。自分がスネークさんへ向けている愛は、親に対して抱くそれなんじゃないかって…ね?」

 

 スネークの事をパパと呼び慕うヴェルの存在や、スペツナズの部隊長として戦場を渡り歩くうちに見てきた人の営み…それらを見て影響を受けて、彼女の想いは変わる。

 だがどちらをとったとしてもスネークを好きと思う気持ちは変わらない、そこまで深刻に考え込む必要はないのではないか…そう思うかもしれないが、9A91はその真面目さゆえに自分が抱く愛に答えを求めるようになってしまった。

 

「考えて考えて、それでも答えが出るはずないのに考え続ける。独りじゃ絶対に出せない答えをね…哀れで仕方がないわ、こんなところで人形としての限界が立ちはだかってるんですもの」

 

「オレは、9A91や他のみんなをただの一度も造られた存在だと思ったことは無い…彼女たちは生きている」

 

「ええそうね、だけどどう思おうが…私たちは造られた存在なのよ。人間に似せて造られた疑似感情モジュールを搭載した造り物なの……どれだけ人と同じように振る舞おうとしても、限界はある。スネークさん、あなたが人形を人間のように接しようとする優しさは素敵だけど…その優しさが時に人形を苦しめるのよ」

 

「だったらオレはどうすればいいんだ?」

 

「私たちはね、みんな誰かに依存しないと生きていけないのよ……簡単なことよスネークさん、あなたがあの子の想いを決めてあげればいいの。人形と人間は違うわ、あの子の生き方にあなたが口を挟むのはお節介なことなんかじゃない……あの子もきっと、それを待っているわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時計の針が12時をまわった……長いことバーに居座ってしまったグローザだが、それをスプリングフィールドは咎めることは無かった。空いたグラスにウォッカを注ごうとしたが、グローザはグラスの上に手のひらを乗せた…。

 

「なんだか今日はしゃべり疲れたわ……司令官さんとなんか、普段滅多に話さないから緊張したわ」

 

「あら、そうは見えませんでしたが?」

 

「ガチガチよ……司令官さんなら、あの子の悩みも解決してくれるわよね」

 

「ええ、もちろんですよ」

 

 グローザは1時間ほど前にバーを去ったスネークとの会話を振りかえる。

 9A91の悩みをどうにか自分で解決してあげたかったのが本音だが、彼女の悩みを解決できるのは当のスネークしかいないのだと改めて理解した。それほどまでに、9A91の中でスネークという存在は大きい。

 

「嫉妬しちゃうわね…」

 

「9A91は幸せ者ですね。あなたみたいな仲間がそばにいてくれて…」

 

「ようやく見つけた、命に代えても尽くしたい存在だものね。何があろうと支えになってみせるわ」

 

「【正規軍】にいた頃は、いなかった存在ですか?」

 

「あら……マスターさんにその話しをしたかしら?」

 

「酷く酔っていた時に、あなたの方から私にね」

 

「お酒は飲み過ぎるものじゃないわね」

 

 くすくすと笑いながら、グローザは目を伏せる。

 

「もう忘れたい過去よ……あの部隊に戻ることは二度とないわ。おあいそよマスターさん、ツケにしてもらえる?」

 

「ツケが溜まってますよ、今日こそ払っていただきます」

 

「辛辣ね」

 

 こうして夜は更けていく。




ヤンデレ化した9A91…なに?元々ヤンデレじゃないかって?ここ最近はうまくいってたんだよ…。

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