METAL GEAR DOLLS   作:いぬもどき

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母なる大地、父なる英雄

「―――まだ連邦軍を動かすのを渋りますか、大統領」

 

 首都、ザグレブの官邸にて、連邦軍の司令官が連邦政府の最高指導者へ内戦終結のための作戦行動を示した書類を叩きつける。

 革張りの黒い椅子に深々と腰かける大統領は、連邦軍司令官が机の上にあげた書類には一切目を通さず、テーブルの隅の方へと追いやる。

 

「分からないのかね、連邦軍は対外的な脅威からは目を離せん。外国からの干渉もあり得るし、もっとおぞましい脅威もあるのだよ」

 

「重々承知しておりますよ大統領。ですが、これ以上内戦が長引くことは国益に大きく関わる。大統領、連邦軍に大規模な作戦を実行させれば内戦は直ぐに終結するのです。領内に蔓延るネズミ共の駆除も容易い」

 

「それが君ら軍部とウスタシャの総意かね? 司令官、求心力を無くしているとはいえまだわたしが大統領だ。国家を守るための連邦軍が、自国民に銃を向けるなどとあってはならないことなのだよ」

 

「あなたにはこの惨状と向き合う決意も心意気もないのですな、よろしい。その椅子で連邦の崩壊を見届けるといい、我々は諦めませんがね。では大統領どの、わたしは忙しいのでこれで失礼しますよ」

 

 大統領が跳ね除けた書類を手に取り、連邦軍司令官は最高指導者へ敬意も見せぬまま部屋を立ち去っていく。

 彼が退出した先では、連邦の過激派団体"ウスタシャ"の兵士が待っており、軍部の司令官に対し手を突き上げるような敬礼を向けた。

 それに対し司令官は一般的な敬礼を返し、彼らウスタシャと並び待っていた男へと早々に視線を向けた。

 

 

「奴はもう使えん、我々が独自に策を練る必要がある。ウスタシャの諜報機関の手を借りる必要がある」

 

「司令官、我々としては直ぐにでも出撃の命を待っているところです。気掛かりなのはいまだその足取りがつかめないパルチザンと国境なき軍隊(MSF)ですね」

 

「うむ、MSFが領内に入ったとのうわさもある。奴らの足取りがつかめん、優秀な諜報員がいると見た」

 

「今や連邦の大部分が戦場となっています。スルプスカ軍、ボスニア軍、チュトニク…ただでさえ面倒な連中だというのに」

 

 連邦の秘密警察の優秀さは世界の知るところだが、連邦政府がMSFを拒絶して以来国内の情報が外部に漏れることは無くなったが、同じくMSFに関する情報の入手もできなくなったのだ。

 連邦が放った何人かの諜報員とも連絡がつかなくなった、おそらくはMSFのスパイ狩りによって始末されたのだろう。

 

「万が一奴らがパルチザンに接触したら、ヤツらも"アレ"の存在に目をつけているとしたら非常に不味い状況だ」

 

「司令官、諜報員によると、所属不明の妙な戦術人形の部隊を見たという報告があります。おまけに鉄血工造の人形も国境付近で不穏な動きを見せているとか」

 

「厄介な連中に目をつけられたものだ。ボルコビッチ将軍、前にMSFに救われたからと言って遠慮する必要はない。パルチザンを追え、奴らのリーダーを捕らえるのだ。そうすればこの国の問題の全てを解決できる」

 

「了解です司令官」

 

 

 

 故郷のために 備えよ!(ザ・ドム スプレムニ!)

 

 祖国の伝統的な掛け声。

 かつてウスタシャがスローガンとして用い、以後他国に嫌悪感をもってとらえられる言葉をボルコビッチ将軍は口にする。

 他国がどう思おうと、その言葉と共にクロアチアは団結し外敵に立ち向かってきたのだ。

 

 新生ウスタシャが結成されて以来、連邦構成国クロアチアではその言葉をあしらった軍旗があちこちではためいていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 MSFがパルチザンと合流して以来、9A91は少し暇な時間があればそこの豊かな自然の森に足を運んでいた。

 時に動物や小鳥を遠目に観察し、草木や花に触れる。

 彼女はここに来て間もなかったが、緑豊かなここの自然が大好きになっていた。

 

 その日も、森を流れる小川の傍に座り込み何をするわけでもなく川を泳ぐ魚を観察したり、川の音と鳥たちのさえずりが調和する自然の音色に静かに耳を傾けていた。

 

 ふと、地面を踏みしめる足音に気がつき9A91は振り返る。

 

 金色の髪にどこか幼さのある顔立ち、森の中に佇む少女の姿はまるで絵本の中から飛び出してきたような妖精のようであった。

 妖精のような少女きらきらとひかる青い瞳を9A91に向けたままそっと微笑んだ。

 

「あなたはスオミKP-31」

 

 同じIOPの人形として生まれた9A91は少なからず同じIOP製の人形のことは知っている。

 今目の前にいる少女はサブマシンガンタイプの戦術人形スオミKP-31、直接会ったことは一度もなかったが知識としてあったために一目で少女の事が分かった。

 一目で分かってくれたことが嬉しかったのか、スオミは笑顔を浮かべて小走りで駆け寄ってくる。

 

「あなたはパルチザンの戦術人形、ですよね? わたしはMSFの戦術人形9A91です、よろしくお願いします」

 

 9A91は自己紹介と共に手を差し出すと、スオミは少し気恥ずかしそうに頬を赤らめて握手に応える。

 そのまま手をつないだまま、スオミはずっと9A91に微笑みかけたままだ。

 

「えっと…あの?」

 

 愛らしい外見の少女の笑顔を鬱陶しいと思っているわけではないが、自己紹介をいつまでも返してくれないスオミに果たして何か失礼なことでもあったのかと焦りだす。

 

 

「スオミは話せないんだ」

 

 その場にまた別な気配を感じて振り返ると、狩りから帰ってきたらしい獲物を肩に担ぐパルチザンのリーダー、イリーナの姿があった。

 イリーナはスオミの傍まで近寄ると、手帳と鉛筆を手渡す。

 スオミはそこに何かをかき込むと、そっと9A91に差しだしてきた。

 

 

"はじめまして9A91さん、わたしはスオミKP-31です。発声機能の故障で声が出せず、すぐに自己紹介が出来なかった事はすみません。よろしければ、友だちになっていただけませんか?"

 

 手帳に書かれた文字を読み上げると、スオミはさっきと同じような笑顔を浮かべたままじっと見つめていた。

 

「はいスオミさん、わたしでよろしければお友達になりましょう」

 

 そう言って笑顔を返すと、スオミは太陽のような笑顔を浮かべ9A91の手をとりその場でピョンピョンと跳ねて見せる。

 よほどうれしかったのだろう、スオミはイリーナの手も一緒に握って微笑んでいた。

 

 

「スオミはわたしが学生時代の頃、祖父が身辺警護のために買ってくれた戦術人形なんだ。祖父から父へ、父から兄へ、今はわたしの所だ。この子の声も直してやりたいが、今のところ難しくてね…他のメンテナンスはわたしがやってあげられるんだが」

 

 反政府勢力のパルチザンであるイリーナが、スオミを連れてIOPに修復依頼を出すことはとても難しい。

 現在の連邦政府はIOPとも関わりがある。

 企業であるIOPが、カネを落としてくれる連邦政府を倒そうとするパルチザンの人形修復を直すということはあり得ないことだ。

 

「スオミがうちに来たのは12の頃だったかな? 当時はわたしの方が小さかったのに、今ではわたしの方が大きい。わたしに残された唯一の家族だ」

 

 女性としては背の高い方であるイリーナとスオミが並ぶと、スオミの方が妹のように見える。

 高い位置から頭を撫でられて、まるで子ども扱いするなと言わんばかりに頬を膨らませて睨んでいるように見えるが、その様子はどこか微笑ましかった。

 

「この森が気に入ったかい?」

 

 ふと、イリーナから投げかけられた問いに9A91は頷いて見せる。

 

「戦争で荒廃した世界しか見ていなかったわたしには、この森がとても平和に見えます。ここにいると心が洗われるような気がします」

 

「そうか。君は良い心の持ち主のようだな、その心を大切にするといい。スオミ、9A91に森を案内してやりな」

 

 主人であるイリーナの言葉に頷き、スオミは手帳と9A91の手を握り森の奥へと歩きだす。

 何度か振り返っていた9A91であったが、イリーナの笑顔で手を振る姿に観念しスオミと一緒に森を歩いていった…。

 

 

 

「さてと…うひゃッ!?」

 

 二人を見送り振り返ったところで、いつの間にかいたビッグボスことスネークの姿に普段のクールからは想像出来ない可愛らしい声でイリーナは驚く。

 声をかけるタイミングを計っていたスネークとしては気まずい思いだが、イリーナは咳払いを一つすると、いつものクールな装いに戻る。

 どうやら今のは無かったことにしたらしい。

 

「感謝するよビッグボス、あなたの部下はスオミの良き友になってくれそうだ」

 

「そのようだな。盗み聞きするつもりはなかったんだが、あの子の声が出ないそうだな。オレたちのところに連れてきてくれば治してあげられるかもしれないぞ」

 

 意図せずして聞いてしまったスオミの声の不調、今や戦術人形のメンテナンスの全てを行えるマザーベースの施設があれば彼女の声も治すことも可能だろう。

 しかし、イリーナは首を横に振る。

 

「勘違いしないでくれ。スオミにはいつか声を取り戻して欲しいと思っている。だがあなた方にあの子を預けるにはまだ、そこまでお互いの事を理解できていない。スオミはわたしの最後の家族なんだ、慎重に思うわたしの気持ちを察してくれ」

 

「分かった、だがオレたちを信頼してくれた時にはいつでも言ってくれ。カネはとらん」

 

「そうなれることを願うよ」

 

 少し過保護に思えてしまうが、よほど人形であるスオミを大切に思っているのだろう。

 パルチザンのリーダーとして冷徹な印象を持たれるが、根は優しい女性なのかもしれない…彼女への評価を改めるとともに、スネークはイリーナが肩に担ぐ狩りで得た獲物に目を向ける。

 

 仕留められた大きなヘビが、イリーナの肩に担がれている。

 肉付きの良い食いごたえのありそうなヘビだ、ごくりと唾をのみ込むスネークを見たイリーナは咄嗟にヘビを隠し訝しげにスネークを見つめる。

 

「やらんぞ」

 

「残念だ。ところで、この森は随分自然の姿で保たれているな」

 

「ああ、内戦が起こる前からこの森は政府の指定で自然遺産として管理されていたからな。人が入ることはあまりないし、自然の営みが見えるこの森は内戦が起こるまで世界中の学者から注目されていたよ」

 

「うちの9A91もこの森が気に入ったらしい、平穏な森があの子には合うんだろうな」

 

「平穏…か」

 

 イリーナはスオミと9A91の入って行った方へ目をやると、遠くに見える木々を指差す。

 そのうちの一本の木に止まる小鳥、しばらくすると上空から勢いよく滑空してきた鷹が鉤爪で小鳥を捕らえあっという間に飛び立って行った。

 

 

「平和な森など幻想だ、自然界ほど弱肉強食の摂理が厳しいものはない。鳥も魚も動物も生きるために他の命を食らう。静かな木々でさえ、より多くの光を求め高く伸び枝を広げる…競争に負ければ、枯れて朽ち果て勝者の養分となる。この内戦も同じだ、生きるために他者を食い物にしている。文化も宗教も違う異民族を追い払うことで、生存圏の拡大を狙っている」

 

「イリーナ、お前はクロアチア人なのか?」

 

「なにに見える、ビッグボス? カトリックならクロアチア人、イスラムならボシュニャク人、正教ならセルビア人だ。では神を信じないわたしは何者なんだ? この手の質問にわたしはいつもこう答える、わたしはユーゴスラビア人だ。このバルカンの地がわたしの母であり、チトー元帥こそがわたしの父だ」

 

「ヨシップ・ブロズ・チトー、第二次世界大戦でパルチザンを率いナチスドイツとその傀儡国家を打倒し、西側にも東側にも属さない独自の体制を築き上げた英雄。何故その英雄を父と?」

 

「本気にするな、生まれた時代が違いすぎるだろう? わたしはチトー元帥の意思を受け継ぎ、再びこの国を一つにまとめ上げる。互いが憎みあうことなく、隣人を愛す…理想主義だと笑ってくれるなよ、わたしはいつでも本気だ」

 

「笑わないさ。誰もがそう願うことだ、だが難しい道だ。憎しみや報復の連鎖は、一度始まってしまえばなかなか止めることはできない」

 

「人類の永久の課題だな…少なくとも、チトーはこの国を纏め上げた。彼のような戦術も、カリスマも、政治的手腕もわたしにはないのかもしれない…だがなビッグボス、これはわたしの使命なのだよ。例え志半ばで倒れようと、わたしは悔いはない」

 

 そんな言葉を言いつつも、イリーナは自信に満ちた表情で微笑む。

 かつてスネークはサンディニスタの若きリーダーアマンダと出会い、リーダーとしての重圧にくじけそうになった彼女に喝を入れたことがあった。

 少しづつ成長したアマンダは最後には仲間たちからも、革命の司令官(コマンダンテ)として認められるようになった。

 

 だが同じ若きパルチザンのリーダーであるイリーナは、その若さで既に組織の長としての風格を身に付けているようであった。

 どんな時にも冷静さを失わず、的確な指示を出す。

 おそらくはこれまで何度も苦境に立たされながらも、優れた指導力とカリスマ性で組織をまとめ、そんな彼女にパルチザンの兵士たちもついてきたのだろう。

 副官のドラガンが、彼女に無断でMSFの協力を仰いだこともリーダーを想ってのことだ。

 

 

「さてビッグボス―――」

 

「スネークでいい」

 

「ふむ。ではスネーク、我々としての最終目標はクロアチア共和国首都ザグレブ、連邦政府の魔物どもが割拠する場所だ。他にも我々に共鳴する同志たちを救い、サラエボやベオグラードを解放する。長い戦いになる、傭兵にこんな事を言うのは誤りだと思うが、裏切るなよ?」

 

「もちろんだ。どのみち連邦政府に目をつけられたままでは、オレたちも思うように動けん」

 

「よろしい。ではこいつはお前にあげるとしよう」

 

 

 そう言って放り投げた獲物のヘビを素早い身のこなしでキャッチする。

 

 余談だが、その後ヘビの美味さをスネークとイリーナは熱く語り合い、周囲の人間及び人形たちをドン引きさせるのであった。




スオミちゃん登場、でも故障しているので話せません、筆談します。
9A91とお友達になれてよかったね!

一応パルチザンのリーダーはオリキャラなので設定をかいときます。

【イリーナ】

黒髪長身のクールビューティー。
でも母はバルカン半島の大地とか、父は100年近く前の英雄チトー元帥と言っちゃう若干邪気眼の入ったお姉さん。
少々自信過剰なところがあるが、自分の能力を正当に評価した上での態度なので決して慢心したり油断はしない。
仲間内からはリーダーと呼ばれたり、名前で呼ばれたりする。
スネークと同じ、食材を生で食いたがる残念美人。
スオミとは家族同然の仲であり、一緒に生活して一緒に食事し一緒にお風呂に入ったり一緒に寝たりする…ようするにゆr(ストレンジラブにより検閲されました)


次回はマザーベースpartを予定してますが、変更するかも。
ではほなまた。

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