METAL GEAR DOLLS   作:いぬもどき

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狙撃者の葛藤

 MSFがバルカン半島の内戦へ介入をしてはや数週間。

 連邦政府打倒を掲げる若きパルチザンのリーダー、イリーナとその組織を支援するためにMSFは物資不足に苦しむパルチザンへの兵站支援を行うことからここでの仕事は始まった。

 武器弾薬、医療品や消耗品など、安定した供給のないパルチザンにとってそれらすべてが日頃から不足に悩まされているものだ。

 連邦軍の監視から逃れて物資を運ぶことはなかなかに難しく、最初のうちの何回かは連邦軍に捕捉され物資を放棄する場面もあった。

 だが今は山間部の、連邦軍の目が届かないルートを確立し、大量には運べないが安定した補給ルートを確保している。

 

 そうしている間にも、バルカン半島の情勢は大きく変わっていく。

 

 連邦領ボスニア戦線では、一部の連邦軍と雇われたPMCがセルビア勢力を駆逐しボスニアの首都サラエボを包囲する。

 これまでに何度か包囲を受けそうになったボスニアの首都であるが、連邦政府に雇われたPMCと一部の連邦軍が攻勢を仕掛けてボスニア側の部隊を街に封じ込め、さらにそこへ民兵組織のクロアチア防衛軍も参戦し街を完全に包囲した。

 

 連邦という脅威に、反政府勢力たちは団結し立ち向かうことができればよいのだが、こんな時でも民族のいがみ合いを忘れられず互いに潰しあう。

 必要があれば手を組むが、必要がなければ潰しあう。

 連邦政府側の過激派組織ウスタシャがそうするように、セルビア側の極右団体チュトニクも敵対する民族を捕らえ拷問し虐殺する。

 報復と憎しみの連鎖は絶えることは無く、各所で殺戮の嵐が吹き荒れる。

 

 革命の赤き旗の下、パルチザンは民族の垣根を越えて団結はしている。

 パルチザンのメンバーはこの国に住むほぼすべての民族によって構成されている、いがみ合いや衝突が決してないわけではない…だが革命の理想と、若きカリスマの指導の下、いがみ合うことを止めている。

 

 

 かつて西側諸国にとって赤旗は悪の象徴であったが、パルチザンにとって平等を掲げるその主義こそが理想であり、イリーナにとっての宗教なのだ。

 

 

 

 

 迷彩柄のマントを頭からかぶり、WA2000は森林の中に身をひそめ環境に溶け込む。

 MSFには研究開発班が造り出した光学迷彩マントもあるのだが、彼女は個人的なポリシーからそれら便利な科学技術に頼るのではなく、環境に応じた装備の変更をすることを好む。

 事前に任務の場所の調査を行い、任務に適した装備を持ちこむ。

 スコーピオン辺りなどは役立ちそうな物は全て持ちこもうとするだろうが、何でもかんでも持って行けばいいというものではない。

 

「―――こちらワルサー、狙撃位置に到着したわ」

 

『時間通りだな、いいセンスだ』

 

 WA2000の通信に、スネークの声が届く。

 

「ふん、なんだかあなたが通信でサポートしてくれるのって変な違和感があるわね」

 

『ハハハ、いつもオレが任務に出ている身だからな。ワルサーそこから町は一望できるか?』

 

「ええ。町の全貌はここから把握できるわ」

 

 

 スコープ越しに町を覗きながら、そこにいる敵の歩哨の位置を通信機能で味方部隊に知らせる。

 彼女に与えられた任務は、パルチザンと敵対する組織であるスルプスカ軍…つまりボスニアのセルビア人共和国の兵士が占領する町の偵察及び強襲だ。

 本来ならば反連邦の名のもと手を組むべき相手なのだが、異民族を迫害しパルチザンを攻撃する勢力であるので敵同然だ。

 

「ボス、パルチザンの部隊が到着したわ」

 

『了解だ。9A91とキッドもその部隊と一緒に行動している、支援を頼む』

 

「了解」

 

 短い返答と共に通信を切り、スコープを覗き町の様子を見る。

 町の入り口には川が流れ、アーチ状の橋が一本と川沿いを行く道が森の方へのびている。

 パルチザンは部隊を二手に分け、その両方から進み奇襲攻撃を仕掛けるのが狙いだ。

 そこでWA2000の任務は、行く手を阻む歩哨を排除し、パルチザンを町の内部へと入り込ませてなるべく少ない犠牲で速やかに敵を鎮圧させなければならない。

 

 一度深く息を吸い込み、彼女はスコープを覗く。

 まずは橋の検問所にいる歩哨二人……二人のうち後方にいる兵士に狙いを定め引き金を引く。

 放たれた弾丸は兵士の胸を貫き一発で仕留める、異音に気付いたもう一人の兵士が咄嗟に振り返るが、声を放つ前に狙撃した。

 歩哨二人を排除したことで進みだすパルチザンを確認し、もう一つの道を観察する。

 

 そこにも検問所のようなものがあるが、そこは両脇を茂みが挟み隠れる場所もある。

 

 スコープ越しに覗いていると、9A91とキッドがそっと歩哨の背後から忍び寄り、後頭部を思い切り殴りつけ茂みの中へ引き込む。

 さすがは同じFOXHOUNDの隊員、同じ特殊部隊として鼻が高い。

 そっと笑みを浮かべていると、キッドからの通信が入る…。

 

『ワルサー、オレの進行方向に敵がいるようだが、狙えるか?』

 

「任せて」

 

 言われた通り、キッドの進行方向に目を向けると、キッドからは死角の位置に兵士が二人立っていた。

 そのうちの一人はすぐに立ち去っていってしまうが、狙撃者であるWA2000にとってはありがたいことだ。

 

 深く息を吸い込み、照準器を兵士の胸に合わせ引き金に指を添える…。

 

 そんな時、小さな少年がスコープにうつる視界の端から走ってきたため、咄嗟に彼女は引き金から指を離した。

 小さな少年の後には笑顔を浮かべた女性が狙っていた兵士のもとにやって来て、小包を手渡している……二人は夫婦だろうか、小包の中身は弁当であった。

 兵士は小さな少年を抱きかかえ笑顔を浮かべている。

 

 WA2000は見開いていた目をそっと閉じ、スコープから顔を離す…。

 

 

『どうしたんだワルサー、狙えないのか?』

 

「いいえ、やれるわ」

 

 目を閉じたまま、深呼吸を繰り返し、再度スコープを覗き込む。

 そこにはもう兵士の姿しかなかったが、その手には届けられた弁当があった。

 

 呼吸を止め、片目でスコープを覗きながら引き金に指を添える……少しの静止の後、彼女はその引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 

 見張りの兵士を排除し、町へ奇襲攻撃を仕掛けたパルチザンは大した反撃を受けることなく町を占領する。

 町の中心部に掲げられていたスルプスカ軍の旗が下ろされ、代わりにパルチザンの旗が掲げられる。

 町の市民の反応は様々だが、およそ半分の市民からパルチザンは町の解放者として歓迎される…反対にスルプスカ軍よりの市民の反応は冷ややかなものだが、これからイリーナたちが理解させていくのだろう。

 

 占領した町に入ったWA2000を、パルチザンのリーダーであるイリーナは笑顔で迎える。

 

「WA2000、聞いた通り見事な腕だな。礼を言わせてくれ、君のおかげで我が同志たちも少ない犠牲で勝利を掴むことができた。それに大きな戦闘を避けることで、町の住民からも敵意を受けられるリスクも減らすことができたのだ。ありがとう」

 

「それが任務だからね」

 

「君は謙虚だな、素晴らしい心意気だ。さて、わたしはやることがあるので失礼するよ」

 

 戦後処理のためその場を離れるイリーナを見届け、WA2000は町を歩く。

 見る限りではパルチザンを迎え入れる市民たちの姿を目にすることができるが、少し目を移せば、暗い目で見つめる住人やそっと窓を閉め切る家もあった。

 

「ねえねえ、お姉ちゃん」

 

 ふと、WA2000はかけられた幼い声に足下に目を落とす。

 少年が一人、WA2000を無垢な瞳で見上げていた…見覚えのあるその少年の顔に、彼女はわずかに目を見開いた。

 

「お姉ちゃん、ぼくのパパどこにいったかしらない? どこにもいないんだ」

 

 服の裾を引っ張りながら、少年は覗きこむようにWA2000を見上げる。

 そうしていると、群衆の中から母親らしき女性が小走りで駆け寄り、少年の手を取りさっさとその場を立ち去っていく。

 

 

 

 任務は成功した、いつも通り完璧に遂行した。

 おかげで仲間の犠牲も抑えられたし、パルチザンのリーダーからも感謝された。

 町の住民の多くも歓迎してくれた。

 それなのに…。

 彼女は小さな痛みを感じ、胸に手を当てる……少年を連れて足早に去った母親の涙に濡れた顔が、いつまでも脳裏から離れることがなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボスニアの山間部にある人の管理から離れた山小屋には、今は一人の男が住みついている。

 ぱっと見ただけでは苔むしてツルが絡まり合うその小屋に人が住んでいるとは思えないだろう…。

 ダスターコートに身を包んだ白髪の男は薄暗い山小屋を出て、そばにある切り株に腰掛け、ホルスターからシングル・アクション・アーミー(S A A)を取り出すと、弾を抜き取り整備を始める。

 汚れをふき取り、銀色の光沢を取り戻した銃を満足げに眺めていると、彼の持つ無線機に通信が入った。

 

『こちらWA2000、オセロット久しぶりね』

 

「ワルサーか、お前もこっちに来たんだったな」

 

『そうよ、こっちの初任務も終えたところ。オセロットはその、元気? ちゃんとご飯食べてる?』

 

「こっちの心配はいらん。それより、なにかあったのか?」

 

 無線機越しに届く彼女の声からほんの小さな違和感を感じ取る。

 

『大したことじゃないんだけどね。今、話しても大丈夫?』

 

「聞いてやる、言ってみろ」

 

 素っ気ないような返事だが、彼の元々の受け答えに慣れているWA2000は彼に聞いた貰いたいことを話していく。

 それはバルカン半島での初任務の出来事。

 見張りの兵士を狙撃していったなかで、妻と子供のいる兵士を殺してしまったこと…ただありのまま起こったことを話す彼女の言葉を、オセロットは静かに聞いていた。

 

「家族のいる兵士を殺したことに罪悪感を感じているのか?」

 

『少しね。これまで殺してきた兵士にも家族はいたでしょうけど、今回みたいにはっきり見たのは初めてだったから…すこし、胸が痛んだの』

 

「気に病むことは無いが、それは正しい感情だ。誰だってそんな場面を見れば罪悪感は産まれる」

 

『でも、兵士としてそんなことに一々動揺していたんじゃ任務なんてつとまらない。同じことが起こっても、次からは動じないようにしなきゃ』

 

「ワルサー、それは違うぞ。人を殺して何も感じないのは異常者だけだ、オレは異常者を作るために訓練しているわけじゃない。ワルサー、オレは技術のほとんどをお前に教えてきたが心の部分はお前自身が身に付けるしかない」

 

『兵士としての精神ってことでしょ、難しいわね。自分ではもう身に付けたつもりだったんだけど…』

 

「そう簡単に身に付けられるなら、ボスもオレも苦労はしない。だがお前がオレに相談を持ちかけてきたのはいい事だ、一人で抱えこむには重すぎる悩みもある。解決できなくとも、誰かに打ち明けることで重圧を軽くすることもできる。それの繰り返しでおのずと精神も鍛えられるはずだ」

 

『オセロット…うん、なんだか気持ちが少し軽くなった気がするわ』

 

「それは良かったな。オレはしばらくそっちに行けないが、ボスの事は頼んだぞ」

 

『うん、オセロットも頑張ってね。ちゃんとご飯食べるんだよ」

 

 

 

 通信が終わり、一息ついたオセロットは弾を装填したリボルバーをホルスターにおさめると、森の木々を流し見る。

 目を細め、リボルバーの銃口を一丁木々のむこうへと向ける。

 

「いつまで隠れてるつもりだ? 大人しく出て来い」

 

 しばらくの静寂の後、茂みからひょっこりと髪をサイドテールに結んだ少女が顔を出す。

 オセロットの銃口に両手をあげてひらひらとさせ、小さく舌を出す。

 

「久しぶりねオセロット…上手く隠れてると思ったんだけどな?」

 

「お見通しだ、何の用だ404小隊」

 

「もー、わたしの名前はUMP45。いつになったら覚えてくれるの?」

 

 微かに笑みを浮かべながらも、彼女の目は笑っていなかった。

 いつまでも銃を下ろさないオセロットをしばらく様子見していたが、ため息を一つこぼし、本当に降参したかのように手を挙げた。

 それで銃を下ろしたオセロットに気を良くし、軽い足取りで近付いていくが、そんな様子でも足下に張り巡らされた原始的なトラップを避けて歩くのだから油断のならない人形である。

 

「さっきの無線、聞いてたよ。案外仲間想いなんだね」

 

 にっこりと微笑む45だが、オセロットは一言も答えず無視する。

 

「もしかして恥ずかしがってる? 案外かわいいのね」

 

「殺されたいのか小娘。何の用があってここに来たんだ?」

 

「あらら、嫌われちゃった。単刀直入に言うね、わたしたちと手を組まない?」

 

「お前らのような胡散臭い部隊と組むメリットはない、失せろ」

 

「お互いにメリットはあると思うよ? 連邦が隠している秘密兵器、あなたも追ってるんでしょ?」

 

 ケタケタと笑いつつも、45はオセロットの少しの表情の変化も見逃すまいとジッと見つめていた。

 だがオセロットは眉ひとつ動かさず、いつも通りの固い表情のままであった。

 

「連邦が第三次世界大戦を生き延び、今なお欧州で影響力を持っている理由。あなたも知ってるでしょ? 色々な勢力がアレを狙ってる」

 

「フン…どっちにしろ、鍵はオレたちの手にある」

 

「そのようね、わたしが知りたい情報をあなたはもってるし、逆にあなたの知らない情報をわたしは知っている。悪い話しじゃないと思うけど、協力しない?」

 

「どっちにしろオレ個人の考えでは決められないことだ、ボスはおれじゃない。ところで聞きたいんだが、お前仲間と一緒に来たのか?」

 

「いいえ、416あたりがあなたを見たら殺しにかかりそうだから置いてきた。どうしてそんなことを聞くの?」

 

「じゃあお前の後ろにいる奴は何者だ…?」

 

 

 咄嗟に、45は銃を手にし振り返るがそこには森の木々があるだけで何の姿もない、だがそこに何かがいる気配は感じ取り引き金を引いて銃弾をばら撒いた。

 銃弾が木々を粉砕していく最中、姿の見えない何かが45の傍に猛接近していく。

 頭を下げた45、そのすぐ後にさっきまでそこにあった樹木が鋭利な刃物で斬られたかのように鋭い切り口を残し倒れる。

 

 銃で牽制しつつ、オセロットの方へ走って行くと、オセロットも不可視の存在に向けて銃弾を放つ。

 

「チッ、ステルス迷彩か!」

 

「アイツ知ってるの!?」

 

「知るか!」

 

 二人の銃弾は弾かれ、姿を見失う。

 ふと、樹木の木々が揺れ何かが頭上から二人へと接近する。

 オセロットの正確な早撃ちも何かによって弾かれ、あっという間に距離を詰められるが、オセロットは素早く地面を転がり不可視の存在からの攻撃を躱す。

 

「くっ、らちが明かない! オセロット、また会いましょう、協力の事考えておいてね!」

 

 45はスモークグレネードを放り投げ、煙が周囲を覆いつくしたすきにその場を離脱する。

 オセロットもまた、見えない脅威からの攻撃から逃れ、煙に紛れ姿をくらます…。

 

 

 

 

 

 

「仕留めそこなったか?」

 

 誰もいなくなった山小屋に、一人の女がどこからともなく姿を現した。

 その女は長い黒髪と同じく黒のセーラー服に身を包み、愉快そうな表情で二人が姿をくらました森の向こうを見つめている。

 白く、細長い指をあごに添え、チラリとすぐそばの樹木に目を向ける。

 何かが女のもとへ歩み寄る、姿は見えないが足音と落ち葉が踏みしめられ形を変えていく。

 霞が解けるように、その輪郭があらわれ始め、徐々に姿を鮮明なものとしていく。

 

 機械仕掛けの外骨格に身を包み、一振りの刀を手にした屈強な肉体を持つ人物だ。

 

「まだ本来の調子は出ないか? だがまだ時間はある、ゆっくりと身体を慣らすといい」

 

「……スネークは、近くにいる」

 

「そう、すぐそばにな。同じ蛇の名を冠する者として是非とも会いたいものだ。フフ…MSF、連邦軍、404小隊、そしてこのウロボロス。役者は揃ったようだな、地獄の門が開かれる日も近い」

 

「スネークは、俺が相手をする。彼にも、恩がある」

 

「戦うことが恩返しだとでも? まあよい、新しいその身体で存分に力を振るうがいい。朽ち果てるのを待つ身だったおぬしの命を拾い上げてやったのだ、恩を仇で返すような真似はしてくれるなよ? 期待しておるぞ、グレイ・フォックス」




ワーちゃんと山猫の回、ワーちゃんが遠距離恋愛してるみたいで胸が痛い。


そしてサイボーグ忍者ことグレイ・フォックスさんログイン、鉄血側で(白目)
ウロボロスが神話上の蛇の名を冠してるということで、蛇同士スネークとの直接対決も決まったので、戦闘力は底上げします。

いや~キューブ作戦の難易度4倍ぐらいになっちゃいますなー(棒読み)

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