サラエボ解放後、パルチザンは目標をセルビア、ボスニア、クロアチアの境界線付近に存在する空軍基地に据える。
衛星軌道上を周回する兵器アルキメデスの制御システム、そして多数の無人兵器と戦術人形を格納する空軍基地の確保はこの内戦を終結させるだけの圧倒的な力を眠らせている。
サラエボが解放され、ボスニア内の連邦打倒を掲げる反政府勢力と合流を果たした今、それまで足を踏み入れることすら敵わなかった領域への道が開けたのだ。
それと同時に明るみになったのが、決して分かり合うことのできない民族問題。
ボスニア=ヘルツェゴビナは、連邦構成国の一つであるが、連邦という他民族国家の縮図でもある。
隣人が異民族であることはなにもおかしくはなく、一つの小さな町に三つの異なる教会やモスクもあることだってあった。
内戦が始まった時、平和に見えるのどかな村の住人でさえ、無意識に銃を手にした。
この地の負の歴史を知らない者は連邦の国民には一人もいない。
かつて民族同士で戦いあったという歴史は、学校でも教えられる…より大きくなれば詳しく教えられ、哀しい出来事があった、今は悲劇を乗り越え一つにまとまったという美談におさまるのだ。
だが、民族の根底に植え付けられた憎悪は美談などでは誤魔化すことはできない。
憎しみは親から子へ、そしてその子孫へと受け継がれる。
クロアチア独立国。
かつて存在したナチスドイツの後押しを受けた傀儡国家がある。
ウスタシャという名の過激な団体を擁し、武装親衛隊をも戦慄させるほどの苛烈な虐殺でユーゴの大地を異民族の血で染め上げた。
戦後パルチザンを率いていたヨシップ・ブロズ・チトーがユーゴを一つにまとめたが、終生にわたりバルカン半島を一つにまとめることに手を焼かされていた。
自己の政権運営の批判は甘んじて受けても、過激な民族主義者には容赦はしない。
過去の歴史を詮索する事も許さない。
チトーは悲劇の歴史を封印し、それを解こうとする民族主義者を力で抑え込むことで一時の平穏を築き上げたのだ。
だが、かつてこの国を統治したカリスマはいない。
諸民族の不満を抑え切る余力を無くしたユーゴの地では、歴史の暗部から甦ったウスタシャの怨念がこの地に虐殺の嵐を振りまいている。
「なんて惨いことを…」
目の前の惨状を、スプリングフィールドは口元を覆い呆然と見つめている。
絞首台で首を吊られたままの死体は風に揺られて不規則に動き、裸にされた老若男女の死体には死肉を漁るカラスの群れがいる。
黒焦げになった死体がまばらに倒れている…いずれもその命が尽きるその時まで苦しみもがいたような姿勢で。
ふと、覗きこんだ穴の前でスプリングフィールドはこらえきれず小屋の陰に駆け込んでいった…。
スプリングフィールドが逃げ出した穴には、頭を撃ち抜かれたたくさんの死体が山積みとなっていたのだ。
「大丈夫かスプリングフィールド」
気を遣い声をかけてくれたスネークに、彼女は無言のままであった。
「どうして、こんなことを…同じ人間なのに」
この村を襲った惨劇は優しい心の持ち主であるスプリングフィールドに大きなショックを与えてしまった。
ここで殺された者に、武器をとって戦った者は一人もいない。
無垢な少年少女であろうとも神の情けはかけられない、すべて平等に、いや全て生かす価値の無い異民族として等しく虐殺されている。
この村で飼っていた家畜や犬でさえも、異民族の育てたものとして残らず殺されている…村には、死臭だけが漂う。
「スネーク、生存者は無しだよ。この村も同じ…金品も全部無くなってる。虐殺に加えて略奪なんてね、地獄そのものだね」
「そうか。他の場所でも同じことが起こったらしい…連中の仕業だ」
焼けた家屋の外壁には、黒のスプレーで大きく"U"の文字と共に"
Uが意味することは、連邦の過激派団体ウスタシャの頭文字をとったものでありこの一連の虐殺が彼らによってなされたというものだ。
それも隠そうともせず、組織として異民族を虐殺したことを見せつけるかのように…。
「ウスタシャに反する者は、例え同胞のクロアチア人といえどもあいつらは容赦しない。異論を唱えようものなら国民としての資格を剥奪され、異民族と同等に扱われるのさ」
遺体の処理を淡々と指示しつつ、イリーナがそう呟いて見せる。
「スコーピオン、ウスタシャの処刑部隊が処刑を行う前にすることが分かるか?」
「え? 裁判して罪状を言い渡す…のかな?」
「ある意味正解だな。ウスタシャは処刑部隊に教会の牧師を同行させるんだ。異教徒を宗教裁判にかけ、処刑は神の望みだと宣言し、処刑部隊の罪の意識を軽減させる。"皆殺しにしろ、神もお喜びになる"そう高らかに言ってな…イかれてるだろう?」
「そんなの想像もできないよ…イリーナは、こんなのを見て哀しくならないの? あたしは哀しいよ…」
その目にうっすらと涙を滲ませながらスコーピオンは歯を食いしばる。
イリーナの手がそっと彼女の頭を撫でる。
銃を握り、荒岩を掴み這い続けてきた彼女の手は固く冷たい。
「嘆きの声、絶望の叫びが聞こえない場所はこの国のどこにも存在しない。私は年端もいかない子供の死体を見ても、もう何も感じなくなった。戦いは…私の人生から涙を奪った」
その表情からは、哀愁も怒りも感じられない。
この虐殺を見ても彼女は眉ひとつ動かさず、極めて冷静な指示を部下たちに送っている。
「隣人が隣人を自宅で切り刻み、同僚が同僚を職場で撃ち殺す。医師が患者を殺し、教師が生徒を殺す。そんな光景を見続けて見ろ、心は荒んでいく。大層な思想を掲げていても、心のどこかには復讐心が存在する。殺し続け報復し続け、気がついた時には自分も同じようになる……地獄の中の魑魅魍魎の一人になっていた」
「違うよ、アンタはスオミを大切に思う優しい人だ。故郷を想って行動している」
「奴らにだって愛すべき家族はいるだろう、立場は違うが奴らも奴らの祖国を想っている。だが奴らは容赦をしなかった、ならばわたしも容赦はしない。奴らがこの地獄の門を開いた。奴らの命も祈りも、血の海に沈めてやるつもりだ。この世で奴らを苦しませたい、恐怖と苦痛の中で殺してやりたい。だがな……自分の気持ちに正直になるわけにはいかない、スオミのためにも」
「あんたにはスオミが必要なんだね、スオミがあんたを必要としているように」
「お互い依存し合ってるわけだ。こんなところにいたら、遅かれ早かれ心は荒む。雇っておいてなんだが、壊れたくなかったら早く立ち去るようにすることだ」
小さく笑っていても、作られたその表情には本当の意味での笑顔はなかった。
哀しいことだが、この村にいつまでもいるわけにはいかない。
パルチザンとMSFはこの先の戦略上重要な拠点となる町へ向かい、連邦軍を排除し空軍基地までの道を確保しなければならない。
既に作戦は決行されている、陽動作戦と破壊工作が各地で仕掛けられているのだ。
立ち去るイリーナと入れ替わりに、エグゼがやってくる。
遺体の処理に手を貸すイリーナを眺めつつエグゼは肘をスコーピオンの肩にのせようとするが、ひらりと身を躱されてしまう。
ちょっかいをかけるエグゼに、普段のようにやり返さず鬱陶しそうにあしらう…元気いっぱいのスコーピオンも、この時ばかりはふざけていられるような気持ではなかった。
スコーピオンのつれない態度にエグゼは溜息をこぼし、仕方なくちょっかいをかけるのを止める。
「珍しく落ち込んでるのか?」
「落ち込んでない」
「そういうの、落ち込んでるって言うんだぜ」
「うるさいなもう! あたしだってたまには落ち込むんだよ! 気が済んだか?」
「まあまあ落ち着けわが友よ」
怒るスコーピオンを笑いながらなだめ、ふとエグゼは鋭い目でスコーピオンを見据える。
いきなり変わったエグゼの雰囲気に、息を飲む。
スコーピオン、MSFの兵士たち、404小隊、そしてスネークをエグゼは見つめて言った。
「誰だってこんなところにはいたくない。だけどな、オレたちのような兵士の仕事はここにある」
「分かってる。すこし気を落としただけ…次の戦場までには、気持ちの整理をつけておくよ」
「オレもお前も、他の人形みたいにやり直しはきかないんだ。間違ってもくたばるなよ」
「もちろん、あたしはまだ死ぬ予定はないよ」
「その意気だ。よし、オレたちは先遣部隊だ。相手は精鋭連邦空挺軍、相手にとって不足はねえ。準備しろよスコーピオン」
数日後、MSFの部隊は共和国間の国境近くの市街地にあった。
既に町は戦場と化し、パルチザンとMSFの連合軍、そして連邦軍との間で激しい戦闘が繰り広げられている。
砲撃と爆撃で廃墟と化した街には両陣営の兵士が入り込み、瓦礫が多くの遮蔽物をつくりだすことで両陣営とも至近距離での銃撃戦や白兵戦が繰り広げられる。
通りを挟んだアパート、小さな路地裏、町の下水道…あらゆる場所が戦場となる。
建物の部屋を奪い合うような熾烈な市街戦に、連邦軍とパルチザンは次々と戦力を送り込む。
この町を突破すればアルキメデスの制御システムを隠した空軍基地まですぐそこだ。
祖国解放と勝利のためになんとしてでもパルチザンは町を制圧しなければならない、一方の連邦軍もここを突破されることは大きな痛手となるため戦力を出し惜しみすることなく部隊を派遣する。
「―――ちくしょう、いい位置に機関銃をとりつけやがって」
建物の陰に身をひそめつつ、通りの向こうにあるアパートに据え付けられた機関銃をキッドは忌々しく睨む。
アパートの上階の窓に取りつけられた機関銃の他、キッドからは見えない位置にもう一丁機関銃陣地があり通りから進むパルチザンの進軍を阻んでいる。
連携した十字砲火により強行突破も敵わず、機関銃の弾幕の餌食になった兵士の死体が通りに積み重なる。
「月光の部隊はまだ来ないの!?」
「どっかで足止めをくらってるらしい! ここはオレたちで突破するしかない!」
「キッド、あたしに任せて! あいつらの懐に潜り込む!」
「よし、任せたぞスコーピオン。援護射撃は任せろ」
小柄で小回りの利くスコーピオンが飛び出し、遮蔽物を飛び越えながら通りを駆け抜けていく。
仲間たちの援護射撃に支援され、一階部分の窓ガラスを突き破り内部に転がり込む…割れたガラスで肌にけがを負うが、些細な傷だと構いもせずにスコーピオンは階段を一気に駆け上がっていく。
機関銃陣地の踊り場で連邦軍兵士と遭遇したが、日頃CQCの訓練を受け続けた彼女は走っていた勢いのままにジャンプし、強烈な頭突きをお見舞いする。
その一撃に怯む敵兵であったが、すぐに持ち直し、スコーピオンを押し倒す。
スコーピオンは咄嗟に相手の手に噛みついて蹴り離す…。
「うああぁぁぁ!」
敵の銃口が跳ね上がる前に、スコーピオンは引き金を引く。
撃たれた相手は壁に叩き付けられ、背後の壁に血しぶきをはり付かせて崩れ落ちる。
呼吸を乱しながらスコーピオンは死んだ兵士を見下ろし、機関銃陣地を潰す役目を思いだし再び階段を駆け上がっていく。
機関銃の激しい射撃音が鳴り響く部屋の前にたどり着いたスコーピオンは手榴弾を一つ掴み、中の様子を伺う。
敵兵は見える範囲で4人。
機関銃手と弾薬を送り込む兵士が二人、それから窓から狙撃を行う兵士が二人。
一度深呼吸をし、意を決したスコーピオンは手榴弾の安全ピンを引き抜き部屋の中へと放り込む…数秒後大きな爆発が起こり、機関銃は沈黙する。
「キッド、やったよ!」
『お見事、もう一つの機関銃陣地が見えるか?』
破壊した機関銃陣地の隣の部屋に入り込み、窓からそっと外を伺う。
もう一つの厄介な機関銃陣地は斜め向かいの建物の二階にある。
「見えたよキッド。敵は見える限りでは3人だよ。その後方に迫撃砲が一つ、そこにもう一つ機関銃があるよ!」
『マジかよ。迂回路はありそうか?』
「えっと…そっちから路地裏に行けないかな!? ちょうど奴らの背後にまわり込めるかも」
アパートから通りを観察し、先ほどいた位置からなら迂回できることを確認し、より良い侵入路をキッドに示す。
ふと、遠くの屋上できらりと何かが光ったのが見えた。
恐ろしい予感に咄嗟に伏せようとしたところで、窓のガラスがぶち破られ酷い衝撃がスコーピオンの頭を揺らす。
『おい、どうしたスコーピオン! スコーピオン! 大丈夫か!?』
強い衝撃と激痛とで、倒れたスコーピオンは頭をおさえたまま立ち上がることができなかった。
弾丸がそれたために運よく彼女の命を瞬時に奪うことは無かったが、それでも重傷に変わりは無い。
キッドの必死の呼びかけになんとか応じようとするも声が思うように出ず、衝撃で視界が揺れている。
『不味い、敵が建物に入ったぞ! 逃げるんだスコーピオン!』
キッドの声を聞き、スコーピオンは壁を支えになんとか立ち上がり部屋を脱出する。
ふと、空を切るような音が鳴ったかと思えば建物が揺れて爆発音が鳴り響く。
迫撃砲の砲撃だ…いよいよマズい事態に身体を必死で動かそうとするが力が入らない…そのうち敵が階段を駆け上がる足音が聞こえてきた。
「死ぬか、死ぬか…誰が死ぬもんか!」
階段を駆け上がり飛び出してきた敵を撃ち殺す。
目の前の仲間を殺された兵士はすぐに物陰に身を隠して撃ち返す。
相手は一人のようだが、狙撃のダメージが残るスコーピオンは不利を悟り少しずつ後退していく。
仲間を殺された復讐心に燃える敵兵はリロードの隙を狙い陰から飛び出し、銃を乱射する…一発がスコーピオンの肩に命中した。
激痛に悲鳴をあげそうになるのをこらえ、射撃から逃れるべく部屋に逃げ込む。
部屋のベッドを起こし、その陰に身を潜めるとコロンと何かが放り込まれる音がなり、次の瞬間部屋の内部で爆発が起こる。
幸いにもベッドを盾にしていたことで爆発から身を守ることはできた。
死体の確認に入ってきた敵兵の背後に飛びかかりその首を絞めつけるが、ダメージで弱ったスコーピオンを敵兵は投げ飛ばし、逆にその首を絞めつける。
首を絞める圧迫感に呼吸もままならないどころか、その脊髄をもへし折ろうと力が込められる。
大柄な兵士に抑え込まれ反撃も敵わず、足をばたつかせる……徐々に薄れゆく意識の中で手のひらに何かを掴むのを感じ、咄嗟にソレを敵兵の目に突き刺した。
ガラス片を目に突き刺された敵兵は悲鳴をあげてスコーピオンの首から手を離す。
絞殺を逃れたスコーピオンは激しくせき込み、ナイフを手に取る。
スコーピオンの思わぬ反撃に怒り狂い襲い掛かって来た敵兵を避け、その背にナイフを突き立てる…そのまま押し倒し、その背に何度もナイフを振り下ろす。
返り血で全身を真っ赤に染め、めった刺しにされこと切れた敵兵から離れ、力なく壁にもたれかかる。
血にまみれたナイフを投げ捨て、疲れ果てたように目を閉じる。
「サソリ!? しっかりしなさい!」
そこへWA2000が駆け込んできたかと思うと、ぐったりとしたスコーピオンを見て駆け寄る。
「酷い傷…!スプリングフィールド!」
「はい!」
衛生兵として駆けつけたスプリングフィールドは、すぐさま負傷したスコーピオンの治療に当たる。
肩の銃創も酷いが、頭部に受けた狙撃の傷が特にひどい…人間だったら意識を失い命にかかわるような傷であった。
負傷した頭部に包帯を巻き痛み止めを施す、その場で出来ることを行ったうえでよりよい治療を受けられる後方へ帰還させる。
だが、スコーピオンはそれを拒否した。
「バカ、そんな傷でどうしようって言うのよ!」
「仲間が危ない、ここで離脱するわけにはいかないんだ…!」
傍受する通信には、戦場で苦戦する声と増援を求める声がひっきりなしに飛び交う。
傷ついた身体を無理矢理起こし、歯を食いしばり立ち上がる。
「あんたね! グリフィンにいた頃と違うのよ!? わたしたちはダミーもなければバックアップもない! 一度死んだら、本当に死んじゃうのよ!?」
「そんなこととっくの昔に分かってる! 今やらなきゃダメなんだ、戦わなきゃ…! 仲間が苦戦して死んでいくのを、後ろで黙って見てるのなんて嫌だ!」
「バカ!このわからずや! アホサソリ! いいわ、勝手にしなさいよ! その代わりわたしがあんたを全力で援護する、死にたくなってもわたしが死なせないんだからね!」
「さすがだね、ワーちゃん…ありがとう」
「フン。帰ったらボコボコにしてやるわ、そしたらいくらでも死んで構わないけど!」
「無理はしないでくださいねスコーピオン。生きて、みんなでマザーベースに帰るんですから!」
「死ぬつもりはないよ。ただ、ここが頑張り所なだけだ」
二人からすればさっさと後方に退避してもらいたいのが本音だが、このスコーピオンという戦術人形は頑固で石頭で融通の利かない不器用ものだ。
そして、誰よりも負けず嫌いであり、仲間想いだ。
例えその身がどんなに傷付こうと、他者の痛みに鈍感にはなりきれない。
どうしようもないバカだが、愛すべきバカ…それがスコーピオンだ。
戦いはまだ始まったばかり。
熾烈な市街戦の序章に過ぎない。
たぶんここからノンストップでボス戦まで駆け抜ける。
くたびれそうだけど、読者の皆さんの応援でいくらでも頑張れるぜ!
嘘です…ほのぼの入れるタイミング無くて死にそうです。