METAL GEAR DOLLS   作:いぬもどき

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輪廻の蛇

 連邦空軍と一部の空挺軍の寝返りは戦況に大きな変化を与える。

 

 町を死守する連邦軍としては不意を突かれたこととなり、投降兵や陣地を放棄し逃亡を試みるものが出始める。

 だが、連邦軍の後方には銃を構えたウスタシャの兵士が待ち構え戦闘を放棄した"祖国の裏切り者"を容赦なく射殺する。

 

 一歩たりとて後退するな!

 

 離反した空軍と一部の空挺軍、そしてMSF及びパルチザンの攻勢により町の守備隊の劣勢は明らかなものだ。

 士気は下がり、指揮系統は混乱しているのにもかかわらずウスタシャの兵士たちはこの期に及んでも仕事をきっちりと果たす。

 負傷し逃げる女の髪を掴んで引きずりまわし、命乞いをする市民に罵詈雑言を浴びせ狂犬のように撃ち殺す。

 子どもといえど容赦しない。

 幼子を奪い、地面に叩き付ける。

 年端もいかない少年少女に粗末な銃を押し付け突撃を命じる…泣きじゃくる子どもたちを怒鳴りつけ、銃で脅し、迫る国家の敵へ立ち向かわせるのだ。

 

 

 武器をとれ!

 立ち向かえ!

 戦え!戦え!戦え!

 死ぬまで戦え!

 祖国のために死ね!

 

 

 乱れた部隊をウスタシャは恐怖で統率し、同調する武装した民兵たちもまた狂気に憑りつかれる。

 無防備な市民を盾にしたウスタシャの狂った戦術に、パルチザン及びMSFの進撃も止まる。

 戦線を放棄し離脱する連邦軍兵士、ウスタシャの狂気を恐れパルチザン側へ逃れる一般市民……その中にはウスタシャに駆り立てられた兵士や、軍服を着ない武装民兵も紛れ込み、誰が敵なのか判断することができない。

 

 町は制圧間近だが、ウスタシャは降伏を許さない。

 徐々に包囲を狭められすでに退路は塞がれた…それでもウスタシャの凶行はおさまらないどころか、さらに苛烈なものとなっていく。

 力攻めで抑え込むことも可能だ。

 だが巻き添えになる大勢の市民の命は保証できない……祖国解放のためと、避けられない犠牲だとパルチザンのリーダーであるイリーナは苦渋の決断を下そうとしたが、それを一人の男が待ったをかけた。

 

 スネークだ。

 

 彼は、この恐ろしい惨状を引き起こしているのはウスタシャであると指摘し、少数の部隊を率いて恐怖で町を支配するウスタシャを強襲する。

 ウスタシャの数は決して多くはない。

 だがこの連邦に住む人々にとって、ウスタシャは恐怖の象徴である。

 民族浄化の先兵として内戦初期に各地で恐るべきジェノサイドを引き起こし、同じクロアチア人からも恐れられる組織。

 ウスタシャは元々軍部から生まれたわけではなく、苛烈な民族主義者が群れを成して歴史の暗部から甦ったもの。

 戦闘能力という点では、町を守備していた精強な空挺軍と比べればはるかに劣る。

 だが、狂信的なまでの愛国心と異民族への激しい憎悪を宿した彼らは、死を前にしても恐怖を持つことはなかった。

 

 

「お前たちの負けだ! いますぐ武装解除をしろ!」

 

 

 スネークはウスタシャの部隊を襲い、町の守備隊と分断させることに成功する。

 最初の攻撃でウスタシャ兵士の半数は死に、残った兵士もMSFとパルチザンの兵士に取り囲まれ無数の銃口がつきつけられる。

 

 

「このバルカンの地に、多数の民族を受け入れる余地はない! この国はクロアチア人の国であるべきなのだ! 我々の民族がこの国を取り戻すために、真のクロアチア人国家にするために、ありとあらゆる手段で異民族を浄化してやる!」

 

「連邦軍の兵士には真に祖国を想い戦った者もいるだろう。だがお前たちは、歴史の暗部に取りつかれた殺戮者だ。守るべき市民を殺し、戦場に駆り立てるお前たちが、愛国者などといえるはずもない」

 

「自らの民族のために流す血は、必ずや正当化される! たとえ今多くの血が流されても、未来に生まれるたくさんの子どもたちの命を救えるのならばそれは必ずや称賛されるのだ!」

 

 

 ウスタシャの怨念は、取り囲むMSF兵士にも嫌悪感を抱かせる。

 自分たちはカネで雇われた傭兵、この国の政治的な事情にまでは関与しない…それでも、この国で引き起こされたジェノサイドの主犯者を前にして、彼らは無関心ではいられない。

 

 

「撃ち殺せッ!」

 

 

 怒りを宿した声があがった次の瞬間、パルチザン兵士の引き金が一斉に引かれる。

 ウスタシャ兵士は祈りをあげる猶予も許されず処刑されていく……処刑を命じたイリーナを、スネークは何も言わず、咎めることもない。

 彼女はユーゴスラビア人として、このバルカンの大地に生きるすべての民族を分け隔てなく愛してきた。

 だが、彼女にとっての祖国を破壊し対立を引き起こした、ウスタシャのような民族主義者にはその憎悪を隠そうともしない。

 

 死体に向けて歩くイリーナ。

 その時、銃殺を免れたウスタシャの兵士が拳銃を引き抜き、イリーナに向けて発砲する。

 咄嗟に身を逸らしたおかげで銃弾はイリーナの頬をかすめた程度で済むが、彼女はすぐさまその兵士から銃を奪い取ると、兵士のあごを蹴り上げる。

 もがくウスタシャ兵士の胸倉を掴み上げ、何度も殴りつける。

 

 憎しみと怒りを宿した目をぎらつかせ、その顔には返り血が飛び散った。

 そんな彼女のもとへ、一緒に行動するスオミが駆け寄り、振り下ろされる拳を抑え込む。

 声を発することのできないスオミは、泣きそうな表情でイリーナを見つめ何度も首を横に振るのだ…。

 

 

「止めるなスオミ! こいつらだけは、一人足りとも生かすものか! こいつらがこの国を引き裂いた、多くの悲劇を生んだ! わたしの作る国にこいつらは必要ない! こいつらに情けは必要ない、こいつらがしてきたように殺すんだ!」

 

 イリーナはスオミを振りはらい、腰の拳銃を引き抜きありったけの弾丸を兵士に向けて撃ちこんだ。

 

「神への祈りも、埋葬も許さない! こいつらは人間などではない、残虐な化物だ! 焼け、ガソリンをかけて焼き尽くせ!」

 

 普段見せることのない、イリーナの残酷な一面。

 その対象がこの国の悲劇を生んだ犯罪者相手であろうと、大好きな主人が恐ろしい姿に変わってしまったことはスオミに深い悲しみを植え付ける。

 静かに涙を流し泣くスオミを、イリーナはやり切れない表情で見下ろす。

 

「行こう、スオミ。もうすぐ終わるんだ…終わらせるんだ。すべてが終われば、わたしもお前も、銃を捨てて生きられるんだ」

 

 泣きじゃくるスオミをそっと抱きしめ、寄り添うようにして歩く。

 

「スネーク、基地まではもうすぐだ。連邦軍が平野で待ち構えているが、もう市民を巻き添えにすることは無い。いい加減この長い戦争を終わらせたい。アルキメデスを起動させ、ザグレブに降伏をせまる。軍部の一部が寝返ったことに加え、基地の膨大な軍用人形を起動させれば戦力差は逆転する……奴らも、総力戦まで行う余力はないだろう」

 

「イリーナ、オレたちはお前たちに雇われた。指示があれば今すぐにでも部隊を出動させる。こんなことを言うのはお節介かもしれないが、少し休んだ方が良いぞ」

 

「優しいな、スネーク。だが休むわけにはいかない…今は、一分一秒が惜しいんだ。今もどこかで愛すべき民が泣いている。もう彼らの涙は見たくないんだよ」

 

「分かった。これ以上オレが言うことは何もない。空軍が寝返った今、メタルギアZEKEは惜しみなく投入できる…連邦軍も激しい抵抗をするだろうが、ここよりは戦いやすい」

 

 もう、市民を巻き込む様な市街戦はない。

 これからまだ戦闘を控えているが、そう考えるだけでも気持ちが軽くなる…そう思えるほどに、この市街戦は地獄の様相を見せていた。

 

 

 

「おーい、スネーク!」

 

 

 そこへ、町を駆け抜けてきたスコーピオンやエグゼといった部隊が合流する。

 皆身体のあちこちに擦り傷を負い、砂やほこりまみれの酷い格好だ。

 

 

「みんな疲れて休みたいだろうが、MSFはパルチザンと共に基地を目指す。長く厳しい戦いももうすぐ終わる。町では多くの惨劇を見てきただろう、人間の狂気、戦場の不条理、生死を分けた戦いが時に残虐な殺戮を引き起こす。逃げてしまいたい気持ちも良く分かる、オレもマザーベースでのんびりコーヒーを飲む暮らしが懐かしくなってきたところだ」

 

 冗談交じりの彼の言葉に、兵士と人形たちは小さな笑い声をこぼした。

 

「オレたちは傭兵としてこの地にやって来た、傭兵として勝利に貢献できることは誇りに思っていい。散っていった戦友たちのためにも、ここで歩みを止めることはできない。彼らの死が無駄死にではなかったことを証明するためにも、最後まで戦おう」

 

 スネークは、自分を向く一人一人の兵士たちを見つめていく。

 特に合図されたわけでもなく、兵士たちは息を合わせたかのように敬礼を向ける。

 そんな彼らに、スネークもまた敬礼を返す。

 スネークが話すまでも無く、指示一つあれば彼等は全員が戦場に向かっていただろう。

 この場にボスの指示に疑問を抱く者はない、命令があればたとえ死地にでも、地獄の底までも向かっていく気概のあるものばかりだ。

 

 部下たちのその姿に心強さを覚えたスネークであったが、心のどこかで不安感があるのを感じていた。

 それは長年戦場に生きてきた中で、何度か身に覚えのある感覚であった…その度に厄介ごとに巻き込まれている、ある意味兵士としての勘ともいうべきだろうか。

 だがスネークは指揮官として、部下の前で不安を表情に出すことはしない。

 勘が警鐘を鳴らしているのであれば、いつも以上に警戒し、危険を見逃さないことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 町を抜け、部隊は最終兵器アルキメデスの制御システムが隠されている空軍基地へと向かう。

 強固な防衛システムが発動し、本来の持ち主である連邦軍ですら足を踏み入れることがかなわなくなった基地周辺には、多数の防御システムが展開されている。

 それと距離を置いて布陣しているのが、連邦軍の部隊だ。

 塹壕を掘り、何台もの火砲と戦車を配置し、徹底抗戦の構えだ…だが、彼らは接近するパルチザンの部隊を前にしても一向に動くことがなかった。

 

 そんな中、連邦軍側の陣営より車両が一台、白い旗をはためかせながら接近してくる。

 車両から降りてきたのは、連邦軍の将校と思われる人物だ。

 

 

「銃を下ろしてくれ、我々はもはや戦う意思はない。君たちの戦いを見させてもらった、おかげで目が覚めたよ」

 

 

 彼らもまた、連邦の苛烈さに嫌気がさした軍人の一部なのだろう。

 既に連邦軍全体に、長い内戦と民族浄化に厭戦気分が広がりつつあった…無論、徹底抗戦を掲げる連邦軍の数も多いが、クロアチア系以外の人種で構成された連邦軍の部隊のほとんどが離反したといってもいいだろう。

 

「連邦が誕生した時、民族の融和は悲願の一つだった。それがいつしか無くなり、今日の悲劇を生んでしまった…我々は軍人として最低の行為を行っているが、何に忠を尽くすべきか分かった今、あなた方の革命に是非とも協力したい」

 

「感謝します。あなたのような方がもっとこの国には必要でした、一緒に新しい国家をつくりましょう」

 

 

 差し出された将校の手を、イリーナは固く握りしめる。

 

 祖国の現状を憂い、革命運動に身を捧げたパルチザンの努力が報われる瞬間。

 長い闘争の悲願がもうすぐかなう、パルチザンの兵士たちはおもわず涙を浮かべていた。

 基地を守る連邦軍は、イリーナにその道を譲る。

 

 防衛システムが作動している基地の構内には、たくさんの軍用人形が徘徊し、いくつもの自動照準機銃が設置されている。

 しかし、当時この基地の技術者として防衛システムを作動させたイリーナをシステムは主人と認識し、静かに受け入れた。

 

「なあ、オレたちは入れないのか?」

 

「システムが味方と認識しているのはイリーナだけだ。オレたちが入ろうとすれば、すぐに殺されるぞ」

 

 エグゼの疑問に、スネークは前もってイリーナから聞いていたことを思い出し話す。

 基地の防御システムは強固なものだ、例え連邦軍といえども、強行に基地に入り込むには多大な代償を払うことだろう。

 

 イリーナは端末を開き、基地の防御システムにアクセスする。

 複雑なコードを入力し、いくつもの段階を経て防御システムを解除していく…。

 基地を動く軍用人形が動きを止め、機銃は沈黙する。

 その瞬間、基地を守る防御システムが停止し基地のゲートは開き始めるのであった。

 

 

 

「長かった…ここにたどり着くまでどれだけの犠牲があったことか。スオミ…」

 

 イリーナそっとスオミを招く。

 防御システムが停止したとはいえ、油断できないようでおっかなびっくり境界線を越えていく。

 軍用人形が動かないのを見て、スオミはホッと一安心し、小走りでイリーナのもとへ駆け寄っていく。

 

 そんなスオミを、笑顔を浮かべ両手を広げ迎え入れる。

 

 

 パンッ――――。

 

 

 乾いた銃声が一発平野に鳴り響く。

 同時に、イリーナの胸から血が吹きだし、驚き目を見開いた表情で彼女は倒れ込む。

 急いでスオミが彼女に駆け寄り抱き起すと、彼女は苦しそうに咳きこみ血を吐いた…。

 

「イリーナッ!」

 

 咄嗟に走りだすスネーク。

 

 だが次の瞬間、猛烈な砲撃が部隊の頭上に降り注ぐ。

 連邦軍の陣地が砲撃で吹き飛ばされ、戦車は炎上し爆発を起こす。

 砲撃だけではない、ミサイルが飛来しピンポイントで砲台やMSFの月光を狙い仕留める。

 突然の奇襲攻撃に部隊は急いで連邦軍の塹壕に身を潜めるか、空軍基地内の格納庫に避難する。

 

 

「ちくしょう、なんだってんだよ!?」

 

 

 エグゼはスネークと共に倒れたイリーナのもとへ駆け寄ると、手持ちの医療キットを開く。

 猛烈な爆撃から退避させている時、エグゼは遠くの森林から無数の装甲人形とマンティコアが姿を現すのを見る。

 

 

「鉄血の部隊だ!スネーク、鉄血の部隊だよ!」

 

「ご名答、さすがは裏切り者の処刑人。察しが早いな」

 

「誰だテメェ!?」

 

 

 その女は、どこからともなくその場に姿を現した。

 黒のセーラー服、雪のような白い肌、不敵な笑みをはりつけた鉄血の人形と対峙した瞬間、エグゼは目の前の脅威を本能で察し冷や汗を流す。

 エグゼを見つめ、それからスネークを彼女は認めると、目を伏せて丁寧にお辞儀をする…。

 

「こうして会うのは初めてですね、ビッグボス。あなたがここを開く手助けをしてくれることは分かっていましたよ。さすがは伝説の傭兵ですね」

 

 

 わざとらしい敬語だが、彼女は本心からスネークに敬意を払っているようであった。

 

 

「自己紹介がまだでしたね、わたしの名前はウロボロス。"現実"のあなたに会えることを、心から楽しみにしておりました」

 

 




さあ、そろそろCUBE作戦始まるぞー!
みんな大好きウロボロスさん、滅茶苦茶強化させていただきます。


"現実"のスネークとは?
まあ、ウロボロス誕生の経緯を知ってる方は察しがつくと思いますけど。

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