MSF古参スタッフの一人であるマシンガン・キッドは上機嫌であった。
というのも、ジャンクヤードの動乱以後加入した戦術人形の中にマシンガンを扱う人形がいたからだ。キッドもスネークたちと同様、人間と人形を区別しない。人形たちを分け隔てなく面倒を見続ける姿は、新参の人形からすれば頼れる先輩といった具合だ。
そんなキッドでも、自分が扱う武器がマシンガンということもあって、MG5とネゲヴの加入には喜びを隠しきれない様子だ。
「キッド兄さん、射撃練習いこ!」
キッドの姿を見つけるなり、ネゲヴは桃色の髪を揺らしながら傍へ駆け寄ってきた。
そんなネゲヴの誘いに二つ返事でこたえるキッド。
今ではすっかり仲の良くなった二人は、こうして一緒に射撃訓練を行ったりマザーベースを案内したりと良い関係を築き上げている。相変わらず背丈が縮んだままのネゲヴの姿も相まって、二人が仲睦まじく行動している様子は兄妹のようだ。
時にキッドが教え、逆にネゲヴからキッドが教わる場合もある。
幼い見た目とは裏腹にネゲヴは戦闘面において経験は豊富で、MG5には劣るが模擬戦においても相当な戦果を叩きだす。油断すればキッドでさえも敗北する可能性があるくらいだ。
ネゲヴやMG5に限らず、ジャンクヤード組の戦闘能力は高い。
AIがおかしかった頃も強かったが、落ち着きを取り戻し冷静に戦況を見極めるようになってからは、歴戦のMSFスタッフも寄せ付けない実力を発揮する。流石は危険な地を放浪し続けたことはある…何よりも、彼女らの結束したチームワークにかかればいかに困難な任務も遂行できるのではという妙な信頼感もある。
ジャンクヤード組に対抗できるとすれば、スコーピオンやWA2000といった古参の戦術人形組だけだろう。
「――――探検の末にようやく見つけたセーフハウスでたった一個のスイーツ、いつもは仲が良いのにその時ばかりはリーダーもむきになっちゃってさ。スイーツ一個をかけて乱闘して、結局そのケンカのせいでスイーツが潰れちゃってね……その時くらいかな、わたしらの部隊がケンカしたのは。その時はキャリコがみんなの仲を取り持って仲直りしたんだ」
「MG5でもおさめられない時は、キャリコがおさめるわけか。良くできた部隊だな、羨ましい」
「わたしはMSFも羨ましく思うな。人種も出身も、ましてや人間も人形も家族って呼んでくれるんだもん」
「それがボスとミラーさんの理想だったからな。国を棄てた俺たちに取って、MSFこそが祖国でありここの仲間たちが家族なんだからな。人間か人形かなんて関係ないさ、例え身体の造りが違っても、同じ釜の飯を食って同じ戦場で戦うんだ…俺たちの絆は、血縁なんかよりもずっとずっと強いもんだ」
"ボスとミラーさんは戦う理由を俺にくれた"キッドは最後にそう付け加えた。
エイハヴと並びMSF古参兵の筆頭である彼は、純粋に組織の長である二人を尊敬している。組織のカリスマであるスネークは言わずもがな、副司令のミラーも色々と問題はあるが彼の人となりを知っているキッドにとって尊敬すべき相手の一人だ。
自分の事以上に誇らし気に言うキッドの横顔から、よほど二人のことが好きなんだなとネゲヴは感じ取る。飄々としているが、目上を敬い下の者には面倒見が良い…もっぱら人間のスタッフを訓練するキッドに、人形たちとの浮いた話しはない。
でもいつかは彼の魅力に気付く存在も出てくることだろう……。
(誰もマークしてないみたいだし、私がマーキングしとこ)
ネゲヴはそっとキッドの手を握ると、見下ろすキッドに悪戯っぽく微笑みかける。優しく頭を撫でてくるキッドに気持ちよさそうに喉を鳴らす…子供扱いされているようで少し気になっていたが、客観的に見て幼女なので仕方がないだろう。
キッドもキッドで、今のネゲヴを本当の妹のように可愛がっているようだ。
射撃訓練場を目指し、研究開発棟の前を横切ろうとした時、何やら騒ぎ声が聞こえ足を止める。
声から察するにエグゼといったところか…研究開発棟で騒いでいる辺り、またストレンジラブにちょっかいをかけられているか復讐しに行っているかのどちらかだろう。
「なにやってんだ? ちょっと様子を見て来よう」
頷いたネゲヴの手を取りながら中へ入っていく。ストレンジラブの研究室は他のスタッフの研究室から離れた場所に設けられているが、どうやらそちらの方から騒ぎ声が聞こえてくるようだ。ストレンジラブの研究室前にはスコーピオンとエグゼ、それからスプリングフィールドの姿がある。
「よお、なに騒いでんだ?」
「あ、キッド! 聞いてよ、あの変態女いよいよやったんだよ!?」
「は? 何をやったんだ?」
「すげえよ、あの変態グラサン女! ただのいかれ女だと思ってたが、流石だぜ!」
「だから、何をやったっていうんだ?」
「戦術人形のダミーリンクシステムを解析して実用に成功したみたいなんですよ」
説明不足も甚だしいスコーピオンとエグゼに代わり、スプリングフィールドが一言で分かりやすく説明した。
ダミーリンク、またはダミー人形。
"コア" と呼ばれるものを使用することで、母機である戦術人形と同等の能力を備えたダミー人形を造りだし制御することができる。
説明されてもキッドにはいまいち理解できなかったが、これは画期的な技術の進歩だ。
AI研究者として日夜この世界のAIについて研究し、経験と失敗を積み重ね今日ようやくストレンジラブはダミーリンクシステムを習得した。これによってMSF所属の戦術人形は戦力の増加を図ることができる。
そして栄えあるダミー人形の一体目はエグゼに贈呈されることとなったらしい。
以前エグゼのAIが解析されたこともあって、手始めに造るのには彼女が一番適任だったらしい。これには本人も大喜びで、今以上の強さを手に入れられることに歓喜していた。
キッドとしては人形たちが今以上に強くなったら自分たちの立場がないなと思うところだが…。
「お待たせしたな、諸君」
研究所から姿を見せたストレンジラブの表情はとても誇らし気だ。普段は彼女をレズ気質の変態女と蔑むスコーピオンらも、今日ばかりは尊敬のまなざしを送る。それに気を良くしていつまでもダミー人形を見せないものだからエグゼにキレられ、いそいそと研究成果のお披露目にうつる。
固唾を飲んで見守るなか、ストレンジラブはついに、MSF初となるエグゼのダミー人形をお披露目するのだ!
「どうだ、これがお前のダミー人形だぞエグゼ」
「………………は?」
研究所からトコトコと歩いてきて姿を見せたダミー人形。
長い黒髪に赤く光る好戦的な目、鉄血人形特有の白い肌、自尊心に満ちた不敵な笑み…鉄血ハイエンドモデル
ただ、ぱっと見もの凄く小さいのだ…。
比喩ではない、オリジナルの処刑人の腰丈ほどの身長に顔立ちはどこか幼い。改めてその表情を見て見ると、それは自尊心というより悪戯実行一歩手前の悪ガキの表情に他ならない。
「おい、ストレンジラブ。オレは今はお前になんて言っていいか分からねえ…初のダミー人形をめでたく思って、お前を見なおしたい気持ちでいっぱいだったのが、今じゃ渾身のアッパーカットをぶち込んでやりたい気分になっちまった」
「ふふ、照れるじゃないかエグゼ。そんなに褒められてもだな」
「褒めてねえだろバカ! そのサングラス叩き割るぞコラ! なんだあのちびっこは!? なんで普通に作れねえんだお前は! あれか、嫌がらせか!? よしそこに座れ、ぶっ殺してやる!」
「待てぃ! ストレンジラブの行動には理由がある、オレが代わりに説明しよう!」
「出やがったなもう一人の変態サングラス!」
どこからともなく颯爽と登場したミラーにすかさずエグゼは毒を吐く。初っ端からパンチを叩き込まなかったエグゼはとても偉い。とげとげ殺伐としていた頃と比べ随分と成長したものである。
「理由はとても簡単…コストカットだ!」
「おいスコーピオン、ダイナマイト持ってこい、大量にな。死体の欠片も残しちゃならねえ」
「待てお前たち! ちゃんとした理由があるんだ、最後まで聞け! コホン、知っての通りここ最近は人員も増え先のバルカンでの事もあって物資不足はMSF全体の課題だ。物資の供給が安定化するまでは、あらゆる分野で節制もやむを得ん」
なるほど、大した理由だがそれがこのダミー人形の件とどうつながるのか、それをエグゼは追及する。
「なにも難しいことじゃない。サイズを小さくすればそれだけ使用する資材も少なくて済む。無駄遣いは極力控えたいんだ、分かってくれるな?」
「何が無駄遣いだ! オレのダミー人形が無駄だって言うのか!?」
「いや、そうは言わないが……最近酒やアルコールが極端に減る事件があったが、身に覚えある?」
「うっ……あれは、スコーピオンがやったことだ…」
「うわ、エグゼ最低!あたしを売るつもりか!?」
先日無駄に酒とアルコール飲料(消毒用アルコール、メタノール、香水、ローションetc)を浪費した罪は重い、それを引き合いに出されたエグゼはバツが悪そうに引き下がる。バカ酒飲みをした後日スネークにこっぴどく叱られたことを引きずっているのだろう。
「まあ、MSFとしては初のダミー人形なんだ。大切に扱ってくれよな。それにしても可愛らしいダミー人形じゃないか、よしよし」
ミラーはエグゼのダミー人形の前に膝をついてかがみ、小さなその頭を優しく撫でる。イライラした様子のダミー人形にも笑いかけるミラーは完全に油断していた……それは小さくても、鉄血ハイエンドモデル
「いったーーーッ!」
撫でていた手に小さなエグゼが噛みついたではないか。突然の激痛に咄嗟に振り払おうとするが、なかなか噛むのを止めてくれない。ようやく離してくれたかと思った次の瞬間、ミラーは下腹部を襲った鈍痛に小さな悲鳴をあげ、そのまま意識を失った。
「ダッハハハハ! 最高だぜ、チビでも流石はオレ様のダミー人形ってこった! 前からこの変態野郎の玉を蹴り上げてやりたかったんだ、よくやったぞチビ助! よしよし!」
「………ムカッ」
ミラーを見事やっつけて見せたダミー人形の頭を、先ほどのミラーと同じように撫でた瞬間、ダミー人形はまたしてもその牙で襲い掛かる。
「イダダダダッ! 何しやがる、離せッ!」
「ガルルルル!」
噛みつくダミー人形を強引に振りほどき、キレたエグゼが捕まえようと手を伸ばすが、小さなエグゼは彼女の股を潜り抜けて回避する。急いで振り返った時には、小さなエグゼはオリジナルのエグゼの脛めがけ豪快に鉄パイプをスイングしていた。
「いってーーーーッッ!!」
「わっはははは! おもいしったかまぬけ! きょうからおれさまがおりじなるだ!」
悶えるオリジナルのエグゼの前で、ダミー人形であるチビエグゼは舌ったらずな声で宣言する。
すねを襲う激痛に身もだえるエグゼにべーっと舌をつきだして挑発すると、ちびエグゼはトコトコとその場から逃げ去っていった。
「あのクソチビがっ! 捕まえて、ぶっ殺してやる!」
「ちょっとエグゼ! 相手は子どもですよ!?」
「知るか! こうなったら徹底的にやってやる…全ヘイブン・トルーパー及び月光部隊に告ぐ、オレに似たへんてこなチビ人形が脱走した! 総力を挙げて捕まえろ!」
「エグゼ…大人げないよ…」
呆れるスコーピオンとスプリングフィールドだが、エグゼは本気らしい。
既にストレンジラブは研究所の奥に退避、これから起こる騒動から目を逸らす腹積もりのようだ。
ぅゎょぅι゛ょっょぃ……これは伝説の幼兵ですわw
ダミー人形に反抗されるエグゼ……オリジナルが生意気だからね、仕方ないね。
次回、伝説の幼兵が大暴れします。