「だあああぁぁッ! あのチビどこにいやがんだよッ!」
「やかましいぞ処刑人! 耳元でわめくな!」
自身の後方で馬にまたがるエグゼが駄々をこねるように喚き散らすと、ハンターはすかさず苛立ちを露わにして叱咤する。だがエグゼにとってもここ最近のイライラが溜まりにたまっているようで、舌打ちをしながらどこまでも続くテキサスの荒野を忌々しく見つめる。
旧アメリカ合衆国南部"テキサス"へと上陸を果たし、デストロイヤー捜索のためにテキサスの荒野へと足を踏み入れた一行だが……テキサスの広大な砂漠と気候が、徐々にだが人形たちのメンタルを蝕み始めている。元々居住していた場所が極寒の寒さで、それまでとの気温の差にも当初は苦しめられたものだった。
一番人形たちに取ってうんざりさせられるのが、どれだけ進もうと変わり映えしないテキサスの風景だろう。
砂漠に残る道路を辿り北西へと移動しているのだが、どこまでもハイウェイが続くのみで、町はおろか民家の一つもない…早い話し、人形たちは飽きていた。
しかしそれは一部の人形のみで、WA2000やハンターなどは常に周囲を警戒し、UMP45も飄々としながらも一切隙を見せてはいない。
もう何日も馬の背で揺られっぱなし、変わり映えしない毎日の中で仲間同士の会話も減っていく。
こんな時ムードメーカーで常に元気なスコーピオンの存在が頼りになるのだろうが、スコーピオンはテキサスに上陸してからというもの、アルケミストに奴隷同然に囚われている97式の身を案じていていつもの元気な姿はなりをひそめている。
その代わりに元気いっぱいというか、能天気に騒いでいるのは404小隊のUMP9だ。
「わぁ、テキサスってすごいんだね! 見渡す限り砂漠だよ! G11見て、コヨーテがいるよ!」
野生のコヨーテを指差し楽しそうに笑うUMP9、他のメンバーも当初は彼女と似たような感動を感じていただろうが、もう何日も同じ風景を見続けた結果、野生動物を見かけたくらいで楽しむこともなくなっていた。馬の背で器用に眠るG11を容赦なく叩き起こし、UMP9はコヨーテを指差しはしゃぐ。
そんな妹の姿に微笑むUMP45と反対につまらなそうに遠くの景色を見つめる416…。
「ねえ45、そろそろ教えてくれてもいいんじゃないの?」
テキサスの荒野をぼんやりと眺めながら416が尋ねると、UMP45ははしゃぐ妹から目を逸らす。
「こんなしょうもない任務を善意で手伝うあなたじゃないでしょ? MSFに恩を売る以外に何の狙いがあるの?」
「あら、たまには善意で動いてもいいんじゃない?」
「ふざけないで。損得抜きで動くあなたじゃないでしょ? あなたこの間旧世界の宝がどうのこうの言ってたわね…アレ、どういう意味?」
416は視線を荒野からUMP45へと向ける。
彼女はいつも通りに微笑んでいる…愛嬌のある笑顔にも見えるが、付き合いの長い416はその笑みが何かを含んでいると気付いている。
「前に連邦で衛星軌道兵器アルキメデスを調査してたことがあるでしょ? あれってね、元は連邦の技術じゃないんだ。あれは元々別な国が開発してて、核戦争で頓挫しちゃったものなの。連邦は放棄されていたあれを拾ったに過ぎないの…元々開発していた国がどこか分かる?」
「アメリカ…」
「そう、お見事ね。鉄血がこんな土地に無理に仲間を送り込んだのも、きっと失われた技術を狙ってだと思う。それがなんなのか分からないけどね」
「でも第三次世界大戦からもう何年も経ってるわ。技術だって、当時とは進化してるはずでしょう、今更昔の技術に何の魅力があるの?」
「分かってないのね416……世界大戦が勃発したとき世界がこの国を集中的に狙ったのはその力を恐れていたからよ。報復を恐れ徹底的にね…その結果、一つの大国が消滅したってわけ。嘘か本当か知らないけど、大戦時のアメリカ軍戦力は、わたしたちの知る正規軍を遥かに上回っていたと言われてるわ」
「悪い冗談ね…正規軍以上の戦力とか、考えたくもないわ。でも結局核戦争で全部消えたんでしょ?」
「そう考えるのが普通よね……でもね、世界最強の軍隊が核だけで滅ぼされると思うかしら?」
どういう意味だ、そう聞こうと416が思った時、前方を進んでいたアルケミストが馬を止める。
何かを見つけたようだ、二人は会話を切り上げ馬を走らせ前に出る。
アルケミストが見つめているもの…それはハイウェイに設けられた古いガソリンスタンドであった。そこでうっすらとだが灰色の煙が上がっているのが見える。
先ほどまで退屈さに緊張感を失っていた人形たちも気を引き締め直し、各々双眼鏡などでガソリンスタンドを観察している。
「人影はなし、だが何かがあるのは確かだ」
デストロイヤーに関わる何らかの情報があるとにらんだアルケミストは、MSF、404小隊を交え役割を分担させる。WA2000、スプリングフィールドを筆頭に中長距離での戦闘を得意とする人形たちは離れた位置での援護を担う。
ガソリンスタンドの偵察へは鉄血人形の三人、スコーピオンとUMP45にその妹のUMP9だ。
見晴らしの良い荒野で、狙撃手の攻撃に注意をしつつ偵察隊は進む。
風下から進んでいくスコーピオンは、風に運ばれるゴムの焼け焦げた不快な匂いと硝煙の香りに顔をしかめる……思っていた奇襲を受けることもなく偵察隊はガソリンスタンドまでたどり着き、そこで各自散開し周囲の確認を行う。
建物の外には、炎上し黒焦げになったバイクの残骸や数人の死体が倒れていた…。
「こいつら、人間だ。おかしな格好をしてるがな」
死体のそばにしゃがんでいたハンターは、それが人間の死体であったと気付く。
この国で初めて見る人間が死体であったことにエグゼは苦笑いをうかべつつ、ハンターも指摘した死体の奇妙な格好に注目する。
その死体は一見、全身が腐り果てたグロテスクな姿をしているが、それは生身の身体の上にはり付けた肉片や皮膚のようだった。外側の腐った肉片を引き剥がせば、比較的損傷の少ない肉体が見ることができる。
「死体の皮を上から被ってるのか? とんだサイコ野郎どもだぜ」
他の死体も同じように、骨や肉片を衣服のように身に付けている。
中には人の頭蓋骨を加工したマスクを被った死体もある…なかなかにいかれた連中だ、気味悪さを感じた人形たちはその死体の調査を止め、ガソリンスタンドへと入って行く。
照明のないガソリンスタンドは窓が板で打ちつけられ薄暗い…しかし足元の嫌な水気と腐臭が、そこで何が行われていたかを物語る。
ふと、UMP45がライトを照らした時、ちょうどそこに倒れていた死体が照らしだされ、UMP45はおもわず顔をしかめた。
「これ、鉄血兵だよね?」
ライトに照らしだされた死体は人間ではなく鉄血の下級人形である"Jaeger"だ。
肩口から腹部にかけて斬り裂かれており、床には赤い人工血液が血だまりをつくっていた……そのすぐそばには、外の死体と同じように、腐肉を纏った人間の死体が倒れ、血肉をこびり付かせたチェーンソーが握られていた。
「ここの人間とは仲良くできなそうだね」
「同感だ」
スコーピオンの言葉にエグゼは頷く。
ふと、奥の物置から誰かの話し声を聞く…スコーピオンらは銃を構え、ゆっくりと話し声の聞こえてくる部屋へと近付いていく。薄暗い物置の奥をそっと覗きこむと、そこでアルケミストがしゃがみ込み誰かに話しかけているのが見えた。
「姉貴…?」
エグゼの問いかけにアルケミストは振りかえらない。
不審に思ったエグゼは静かに物置へと入る……アルケミストが声をかけていたのは、鉄血兵の一人だった。
鉄血兵はアルケミストの声に反応しているようだったが、下半身は真っ二つに斬り裂かれ、手遅れの状態であった…。
「よく頑張ったな、命がけでデストロイヤーを守ってくれたんだろ?ありがとう、アイツはまだ無事か?」
アルケミストの問いかけに、その鉄血兵は小さな声で囁く。
喉を潰され、はっきりと言葉を発することのできない鉄血兵の口元に耳を寄せ、アルケミストは相槌を打つ。それから彼女は傷ついた鉄血兵の頬にこびり付いた血を拭ってやり、穏やかな表情で微笑みかける。
「RP5032、お前の任務を解く、ご苦労だったな。ゆっくり休め、後は…あたしに任せな」
傷ついた鉄血兵の髪をそっと撫でると、その鉄血兵はどこか嬉しそうに微笑むと…目を閉じ、二度と動かなくなった。アルケミストは活動を停止した人形に哀悼の意を示すかのように目を伏せる。
「グリフィンには恐れられる残虐非道なアルケミストも、仲間の死にはそんな顔もできるのね」
「おいUMP45、口を慎めよ」
その発言にハンターが珍しく憤りを見せるが、UMP45は素知らぬ顔だ。スコーピオンとしても97式の件もあり、たった今アルケミストが見せた仲間思いな姿を見ようとも彼女を見なおす理由にはならなかった。
「情報を整理する、お前たちは休憩でもしていろ。みんな出ていけ、邪魔をするな」
「姉貴…オレも何か手伝おうか?」
「言っただろ、みんな出ていけ」
アルケミストの強い口調に、それ以上エグゼは何も言わず、ハンターを連れ添い外へと出ていく。
UMP45もまた二人を追って外へ出ようとしたが、立ち止まったままアルケミストをじっと見つめるスコーピオンに気付き足を止めた。
「アルケミスト……デストロイヤーを見つけたら、97式を解放するって約束、嘘じゃないよね?」
「うるさいな、とっとと出ていけ」
「アンタがちゃんと約束するまでどこにも行かない」
「しつこいな…まあいい、あたしは鬼畜かもしれないが、卑怯者じゃない。約束は必ず守るさ」
「その言葉忘れるなよ」
「わかったわかった、とっとと失せろ」
もう話すこともないと言わんばかりに追い払うアルケミストを睨み、スコーピオンはガソリンスタンドを出ていった。
「ねぇ、スコーピオン。97式のことってそんなに大事なの?」
スコーピオンを追って外へ出たUMP45は、彼女の少し後ろを歩きながらそう問いかけた。
「97式は昔の仲間だったんだ。あの子は今苦しんでるの、助けたいんだ」
「でもあなたはMSF、97式はグリフィンでしょ? 所属が違うわ」
「だから何なんだ、あたしが助けたいって思ってるんだ、誰かにとやかく言われる筋合いはない」
「ふーん、そう。でもそれで命をかけるだけの価値はあるの? それに、97式がそれを本当に望んでるの?」
UMP45がそう言うと、スコーピオンは歩くのやめると大きなため息をこぼす。
それからUMP45へと振り返ると苛立ちを隠そうともせずに詰め寄る。
「何が言いたいんだよ、あんたは…!」
「そう怒らないで。97式がどんな目にあわされたか私も想像出来ないけど、これだけはわかるわ…あの子は生きながらに死んでる。変なことを言ってるのは理解してるわ…例えあの子が解放されたとしても、スコーピオンが思うような自由は得られないと思うわ」
「だったら、このままの方がいいって言うの!?」
「良くないでしょうね…だけど、生きるってことはそんなに幸せなこと? 大切な家族や仲間たちをみんな失って、毎日毎日救えなかった命を悔やむ日々…苦しみに苦しみを重ねた末に誰もが考えることだと思うの、こんな苦しみから解放されたいって。そしてそれを解決する方法は一つ」
UMP45は拳銃のハンドサインをつくり、自身のこめかみにあてる。
死だ…一瞬の苦痛と引き換えに、生涯の苦痛を終わらせる方法だ。彼女の残酷な考えにスコーピオンの感情が一気に沸き立つが、寸でのところで思いとどまる……UMP45の表情が、一瞬もの哀し気に見えたからだ。
「この世の出来事にはね、どれだけ頑張ってもどれだけあがいても、どうにもならないことがあるの。報復だってそう…報復して奪われたものを取り返そうとすると、より多くの物を失うことがある。これを人間は運命って言うんじゃないかな」
「運命なんて信じないよ……自分の生き方は自分で決める」
「あなたらしいね、スコーピオン。好きよ、そういうところ…ここまで言っていおいてなんだけど、別に97式が救えないから諦めろってことじゃないわ。ただ、もし最悪の事態になっても…仕方なかったんだってこと」
「あんたなりに励ましてるってこと? 分かりにくいんだよお前は!」
「アハハハ、ごめんね」
「ったく…アンタ一番信用できないね……でも、ありがとうね」
「どういたしまして」
UMP45はひらひらと手を振り、仲間の404小隊のもとへと歩いていった…。
相変わらず食えない人形だ…WA2000が警戒を緩めない理由も今なら理解できる、そう思うスコーピオンであった。
ふと、西の空を見れば大地を照り返していた太陽が、真っ赤に染まり地平線のかなたに沈もうとしていた。
テキサスの荒野に沈む夕陽は情熱的で、雄大だった…。
「あたしを遮るものが運命だってんなら、この手でぶん殴ってやる……そうだよね、スネーク」
スコーピオンは沈む夕陽に拳を掲げ、確かな決意を固めるのであった…。
ここでのアルケミストは極端に好かれるか嫌われるか分かれると思う。
皆さんはどー思いますか?
設定(今後説明しないと思うので、作中の世紀末ギャングの紹介)
コープス・レイダース
アメリカ南部から南西部にかけて縄張りを持つ略奪集団。
その特徴は何といっても、殺した相手の肉体の一部を戦利品としてアーマーや衣服に飾りつけること、他にも野生動物の牙や角をバイクに装着したりもする。
法と秩序を無くしたアメリカにおいて暴力の限りを尽くし、仲間以外の存在は襲撃対象としか見ない。やって来たデストロイヤーら鉄血人形も暴力と欲望の対象にしか見ていない。
放射能の影響からか寿命が短く、また、腐肉を身体に纏うという独特な文化からか、腐肉から受ける感染症の影響でも死ぬ場合があるがそんなことは一切お構いなし。
徒党を組むだけのザコに見えるが、バイクと古い軍事基地で手に入れた武器を装備するなかなかの勢力だ。