「ん……」
シャワーのバルブをひねると、ちょうどよい温かさのお湯が流れ、テキサスの荒野を駆け抜けたおかげで身体中にまとわりついた砂が洗い流される。テキサスに上陸を果たして以来、まともに風呂にも入れなかったWA2000は久しぶりのシャワーに心地よさを感じていた。
南部連合(彼ら自身はアメリカ合衆国の正統後継者と名乗っている)は鉄血であるアルケミストとMSF所属の人形たちを分け隔てなく歓迎し、古い陸軍基地に招待し、温かい食事やベッド、そして疲れた身体を癒す浴室を貸し与えてくれた。
多少の汚れくらいでストレスを感じるほど繊細なメンタルを持つ人形たちではなかったが、それでも荒野を駆け抜けて散々汚れた身体を洗い流せることには歓喜していた。
「気持ちいいわね……」
身体の汚れを落とすWA2000は心地よさそうに目を閉じるが、そんな油断しきった彼女へ悪戯好きのスコーピオンがそった近付く。スコーピオンは忍び足で近付いたかと思えば、シャワーのバルブを一気に冷水へと切り替えて見せた。
シャワーヘッドから流れるお湯が一気に冷たい水へと変わり、突然の出来事にWA2000は大きな悲鳴をあげて飛び上がる。
「アハハハ! わーちゃん期待通りの反応ありがとね!」
「こ、このクソサソリ…! 待ちなさいッ!」
WA2000は案の定顔を真っ赤にして怒り、浴室内を逃げ回るスコーピオンを追いかける…だが浴槽内を走り回るのは地雷原を呑気に歩くのと同じくらい危険が潜む。やはりというか案の定というか、浴室の床に転がっていた石鹸に二人そろって足を滑らせ後頭部を勢いよく硬い床へとぶつけるのであった。
「ッッッッ!!!」
後頭部の鈍痛に声にならない声をあげてもだえ苦しむWA2000に対し、スコーピオンは同じように後頭部をぶつけたのにも関わらずケロッとしている。むしろWA2000のそんな姿に腹を抱えて笑っている方が苦しそうに見える。
そんな二人を呆れたようにエグゼは流し見る。
「ったく、風呂入ったくらいではしゃいでガキかってんだ…」
「ふん、シャンプーハットをつけた奴が何を言ってんだ?」
「う、うるせ! これしてると髪洗ってても目を開いてられるんだぞ!」
「ガキか…」
シャンプーハットを指摘されて慌てて幼稚な弁明をするエグゼにはハンターも呆れてため息をこぼす。
それはともかくとして、こうして裸の付き合いもできるようになってきたのだから二人の距離感も確実に縮まったものだ。入浴前の身体洗いを終えたエグゼとハンターはお湯のためられた浴槽へと身を沈める…水を沸かしただけの風呂だが、久しぶりの入浴は疲れ切った身体をには心地よい。
「やあ二人とも、湯加減はいかが?」
そこへやって来たのはUMP45、大きなバスタオルに身を包みニコニコと愛嬌の良い表情を浮かべている。彼女も久しぶりの入浴を喜んでいるのだろう。
挨拶もそこそこにつま先をお湯に付けたUMP45を、エグゼは声をあげて待ったをかける。
「タオルを湯船に付けるのはマナー違反じゃないのか?」
「あら、あなたの口からマナーという言葉が出るなんて意外ね…まあいいじゃない、久しぶりなんだし」
「良くないわ。なんだろうと鉄血人形に遅れを取るわけにはいかない、脱ぎなさい45」
「416…あなた何を…」
「ダメだよ45姉! お風呂にタオルを入れるのはマナー違反だよ!」
「9まで…! くっ…殺せ…!」
「やかましいわアホ」
観念したのかUMP45は身体を覆い隠す大きなタオルを脱ぎ捨てたが、それと同時に浴槽へ勢いよく入り、裏切り者の妹と416を睨む。しかし416はどこ吹く風、9も浴槽の端でぷかぷか浮いているG11いじりであまり見ていない。
「なによ…胸の大きさが性能にどう関係するってのよ…」
「うるせーぞまな板」
「エグゼ、あんた一回死んでみる?」
「お、やるかコラ?」
売られ言葉に買い言葉、二人は好戦的な表情を浮かべて浴槽から立ち上がる……が、立ち上がったことで露わになったUMP45の身体を間近で見てしまう。エグゼはまずは自分、それからハンター、次にWA2000やスプリングフィールドといった他の人形の胸部を見つめていき最後にもう一度UMP45の胸をまじまじと見つめる。
「いやいや、悪かったよUMP45。オレが悪かったから、この通り謝るよ」
「……やっと会えた…本当に殺したいやつ…!」
悪びれる様子もなく笑うエグゼに、UMP45は確かな殺意を覚え額に青筋を浮かべる。一触即発の空気に包まれるがそこは他の人形たちがなんとかなだめ、浴槽内での流血沙汰は回避されるのであった。
まあ若干一名、浴室の床に頭をぶつけて痛い思いをしている人形もいるようだが…。
「ねえエグゼ、ちょっと一緒に来てくれるかな?」
浴室を出て着替えを済ませていたエグゼにスコーピオンが声をかける。
先ほどまで浴室内で大はしゃぎしていた時とは打って変わり、神妙な面持ちのスコーピオンに彼女が何を考えているのかを察し、エグゼは無言で頷いた。
二人が向かったのはアルケミストがいるであろう部屋だ。
軽いノックから少し間を置いて部屋へと入室する…南部連合からアルケミストへと貸し与えられた部屋は基地の応接間で、部屋のソファーに彼女はいた。
部屋へ入ってきた二人を見たアルケミストは、人差し指を口の前に立てた……アルケミストの膝の上には、小さな寝息をたてて眠るデストロイヤーがいた。
「97式の事で来たんだろう?」
スコーピオンがここへ来ることは分かっていたようだ。
膝の上ですやすやと眠りにつくデストロイヤーの髪を優しく撫でながら、アルケミストは部屋の隅に佇んでいた97式を指で招く。緊張した様子で近付いて来た97式を正面に座らせると、アルケミストは97式のアゴに手を添えて真正面を向かせる。
「MSFは約束を果たした、その見返りにお前のあらゆる拘束を解く。おめでとう、これで自由だ……そしてこれが自由の証さ」
アルケミストは懐からあるものを97式に投げ渡す…投げ渡された銀色に光るリングは、97式に取って忘れられないものであった。
「お姉ちゃんの指輪…」
「もうあたしがお前を束縛することは無い。どこへなりとも行き、どこででもくたばるがいいさ」
アルケミストの目はもう97式を見ていない。
もう何の興味も無いのだろう、ただ眠るデストロイヤーをじっと見つめているのみだった。
唐突に与えられた自由に、97式もいまだ受け止め切れていない。アルケミストから渡された姉の指輪を固く握りしめて立ちすくむ彼女をスコーピオンがそっと抱きしめ、静かに部屋を出ていく。
「なあ処刑人、少し話せないか?」
スコーピオンの後について部屋を出ていこうとしたエグゼをアルケミストは引き止める。
元は鉄血だが今はMSFに所属する手前、エグゼは一度スコーピオンに振り返り彼女の了承をとる…スコーピオンとはそこで別れ、エグゼは静かにそばにあった椅子に腰掛ける。
「話しって、なんだよ姉貴…」
エグゼの問いかけにアルケミストは一度顔をあげたが、すぐにその視線をデストロイヤーに戻す。
「分かってるだろう? あたしらのところに、戻ってきなよ」
「姉貴……悪い、それはできない」
「あの男、スネークがいるからか?」
「あぁ……そうだな」
「そうか……今回のMSFへの依頼だが、本当はあたし一人でやるつもりだった。MSFに仕事を回したのはお前とハンターに会いたかったからだ。もしもお前たちが半端な覚悟で鉄血を離れていたら、無理矢理でも連れ帰るつもりだったんだ。だが、お前たちの元気そうな姿を見て…そんなことはどうでもよくなった」
自嘲するように笑うアルケミストに、エグゼは少し気まずそうに俯いた。
「正直に言うとお前の事はあまり心配していなかった、お前は案外しっかり者だからな。心配だったのはハンターだ…あいつは、ウロボロスのバカが余計なことをしてくれたせいで不幸な道を歩かざるをえなくなってしまった。実を言うと、お前とこうして話す前にハンターとも話しをしたんだよ」
「ハンターと? アイツと一体何を話したんだ?」
「知りたいか? その前に、お前に聞きたいんだ。今のハンターは記憶をリセットされてお前が知っていたハンターと違う存在と言ってもいい。お前が親友のかつての姿を重ねるのは勝手だが、それは果たして今のあいつのためになると思うか? せめてあいつだけは、あたしらのところに戻すべきじゃないかと思わないか?」
アルケミストは責めるわけでもなく、穏やかな口調でエグゼに問いかける。
彼女の問いかけは、記憶を無くした彼女を迎え入れてからというもの何度も思い悩み葛藤していたことだった。
これまでにも以前と同じように接しようとして、拒絶されかけたことがある…最近は上手くやっているような気もするが、本人の考えは分かりっこない。
ハンターの本音は違うのではないか、そう考えるたびにエグゼは言いようのない不安を感じていた。
「そうかもしれないな。オレが記憶を無くす前の姿を重ねてるのは今のアイツにとっては鬱陶しいかもしれないよな…だけどよ、オレにとってアイツはかけがえのない存在なんだ。お互い戦場で助け合った仲だ、恩に感じることもあったしそれは今でも変わらない。もうあいつを失いたくない……大切な誰かを失うのはもうごめんだ。それは、姉貴が誰よりも一番分かってることだろ?」
「そうか…迷いはないんだな。記憶を消された程度じゃ、お前たちの絆は消えようがないってことか。ハンターが言ってたよ。記憶を無くす前の自分はお前と唯一無二の親友だったのかと…その通りだと答えてやったんだ。あいつもあいつなりに、お前との関係を考えてるらしい……安心しな処刑人、あいつはお前を嫌ってなんかいない。むしろ素直になれてないだけで、好きだと思ってるはずさ」
「そっか…やっぱ姉貴には素直に言うんだなあいつ」
「そういうところは前も今も変わらないね」
そう言って笑い合う二人…だが、もう別れの時も近い。
これ以上の馴れ合いは、悔いが残るだけだ。
「処刑人、誰かを大切に想えば想うほど、それを失った時の痛みは大きくなるんだ。お前は一人の人間を愛しちまった…だが人はいつか必ず死ぬ、人形とは違う。それを覚悟するんだよ」
「愛、か……よく分からねえな。姉貴はその、分かるのか?」
「さあね……さ、もう行きな処刑人。あたしの気が変わらないうちに"家族"のところへ帰るんだね」
「ああ、姉貴も達者でな。なるべく戦場で鉢合わせないようにお互いしようぜ……じゃあ、サンキューな」
笑いながら部屋を後にするエグゼに、アルケミストは手を軽く振って見送った。
来訪者がいなくなり部屋はもとの静けさが戻ってくる……ふと、寝息が聞こえないなと思い視線を落としてみれば、いつの間にかデストロイヤーが薄目を開けて起きていた。
「いつから起きてたんだ?」
「処刑人と話し始めた時から……ねえ、本当に良かったの? 代理人には記憶を消してでも連れ戻せって言われてたんじゃないの?」
「ウロボロスのバカがやったみたいにか? あたしには、出来ないね……家出したとはいえ、可愛い妹分をどうして不幸にさせられる? あいつが後悔なく生き続けられるならそれで十分さ」
「それでアルケミストは後悔してないの? 本当は連れて戻りたかったんでしょ?」
「そうは思うが、アイツのためだ。後悔はしていない」
「じゃあ、どうして泣いてるの?」
「泣いてる…? あたしが?」
言われてアルケミストは咄嗟に目もとに手を当ててみるが、目の周りは特に濡れてはいなかった。
何を言っているのだとデストロイヤーを見て見るが、彼女はただ哀し気な表情でアルケミストを見ていた。
「分かるよ…だって、マスターがいなくなった時と同じ顔してたもん」
「そんな顔…してたのか?」
「うん」
動揺するアルケミストに、デストロイヤーは不意に抱き付いた。
いつもの甘えた行動かと思ったがそうではない…悪党どもに追いかけ回されて泣いていたあの少女が、今は自分を慰めようとしているのだとなんとなく理解できた。
「アルケミスト、わたしはどこにも行かないよ。あなたを一人にしない…だから泣かないで? わたしたち、家族でしょ?」
「そうだな……それが、マスターの願いだったものな」
二人は懐かしい恩師の姿を思い浮かべ、互いを慰め合うように抱きしめ合う。
それはあたたかくも、どこかはかなげな姿であった…。
南部連合基地 通信室
そこではUMP45ら404小隊が南部連合の兵士を伴い通信装置の操作を試みている最中であった。
任務も終了し、目的であった97式の解放も果たした今、さっさとMSFに連絡をとるのが最優先であるはずなのだが、MSFの人形たちは任務を終えて満足したのかこの基地でバカンス気分だ。
こういう時真面目なWA2000が頼りになるのだが、浴槽で打ちつけた頭が予想外に酷かったらしく基地の病棟へと運びこまれていってしまった。
基地の食事も浴室も貸してくれた南部連合に通信施設まで借りるのは図々しいかと思われたが、彼らは快く貸してくれた。
だが20年近く前の通信装置は、最新のものに慣れていた404小隊を苦しめる。
あっちのボタンを押してみたりこっちのボタンを押してみたり…貸し与えた南部連合の兵士もその様子に困惑している。
「ダメね、なかなかうまく繋がらないわ」
「ねえ45姉、ひっぱたいてみれば治るんじゃないかな?」
「よしなさい、G11じゃないんだからひっぱたいてよくなるわけじゃないでしょ?」
「聞こえてるよ416…絶対叩かないでよね」
通信装置に悪戦苦闘するうちに、南部連合の兵士は基地の放送で呼び戻されその場は自由にしていいと彼女たちに伝えると、部屋を立ち去っていった。
その後しばらく通信装置に苦戦していたUMP45であったが、唐突にそれまでの行動をストップさせると、部屋の扉から外を伺った。
「よし、行ったわね。作業開始よ」
「はぁ…あんたの指示で下手な芝居をうったけど、今度は何をするつもりなの?」
実はそれまで通信装置の扱いに苦労していた姿は演技だったのだ。
呆れる416に悪戯っぽく舌を出し、慣れた手つきで通信室の端末を操作していく…元はアメリカ陸軍の情報端末、高度な暗号やパスワードが施されているが、UMP45は多少つまずきつつもそつなくそれらの障害を突破していく。
「45、南部連合が何か隠してると思うの?」
「いいえ、彼らは何も隠してないと思うよ。自分たちが旧軍の残党であることも、法と秩序の回復を願っているのも本当だと思うわ」
「そう。だったら今やってるのは何の意味があるの?」
「あの人形たち、この基地の全てを掌握してるわけじゃないって言ってた。軍の秘匿通信にアクセスする権限はないし、他の基地にアクセスする権限もないとも言ってたわ。おそらくこれも本当よ」
「だからそれが今やってることに何の繋がりがあるの?」
「もうちょっと待っててね……よし、ビンゴ」
端末の操作を終えて開いたのは、軍の通信記録だ。
画面の上から下まで小さな文字がびっしりと表示されているのには目まいがするが、416は目を細めてそれらの通信記録の履歴を眺める。すると奇妙な違和感を覚え、じっくりとその履歴に目を通す。
「なにこれ……最近の通信記録?」
「ええ、通信内容は分からないけど誰かが確実に通信をしている証拠よ」
「南部連合はこの通信を使う権限がないって言ってたんでしょう? じゃあ誰が使ってるの?」
「案外鈍いのね416……軍の秘匿回線を使える存在なんて、最初から決まってるようなもんじゃない」
UMP45の言葉に416はハッとする。
だがあり得ないと即座に否定する…もしUMP45の予想が的中しているのだとすれば、それは世界にとっても大きな衝撃となる。
ただそばで見ていた妹のUMP9はちんぷんかんぷんのようで首をかしげている。
「よく分からないよ45姉…どういうことなの?」
「これから大事件が起こるのよ。世界が震撼するでしょうね……滅んだと思っていた旧世界の化物たちが帰ってくるんだよ」
「化物…? ますます分からなくなって来たよ…」
「第三次世界大戦はまだ、終わってないってこと。みんな、帰ったら忙しいよ」
はい……………ここらで第四章は終了です…長かった。
ほのぼのメインと言ったな、アレは嘘だ。
あとこれまでの章にタイトルをつけてみたよ。
以前予告していたアルケミストの過去を覗いてみましょう…。
時系列的には蝶事件の前日譚にあたります。
では…。