METAL GEAR DOLLS   作:いぬもどき

82 / 317
追憶編:幸せな日々は有限で…

「――――みなさんなるべく寄ってください。ほらデストロイヤー、あなたは背が低いんですから前に来るように。処刑人とハンターはいつまでもおしゃべりしないでください。では撮りますよ」

 

「あ、待って。代理人ちゃん折角だから一緒に撮ろうよ!」

 

「え、わたくしもですか? では、一緒に…」

 

 三脚を取りつけたカメラにセルフタイマーをセットし、代理人は急いでカメラの前へと移動する。

 写真を撮る前に他の者はあれこれと騒いでいたが、常に身だしなみをきちんと整えている代理人にはその必要はなく、ただカメラの前で移動するだけで良かった。

 いまだデストロイヤーが最前列に立たされている理由にご立腹のようだが、真後ろに立つアルケミストが肩に手を置いて微笑みかけると、渋々と言った様子で大人しくなる。

 処刑人とハンターは肩を組み、デストロイヤーとアルケミストはまるで姉妹のように並び、代理人は相変わらずの無表情…そんな彼女たちの中心でとびっきりの笑顔を浮かべているサクヤ。

 正確な残り時間を代理人が読み上げ、カウントが0になった時、タイマーを設定したカメラがシャッターを切るのであった…。

 

 

 

 

「ワハハハハ! デストロイヤーお前、一体どこ見てんだよ!」

 

「う、うるさい! 虫が飛んでたの!」

 

「それを言うなら処刑人、お前寝癖が酷いぞ? もう少し治せなかったのか?」

 

「まったく、まともなのはあたしと代理人だけかい?」

 

「アルケミスト、そういうあなたもなぜかブレてますよ」

 

「アハハハ、みんな違ってみんないいね! はい、みんなの分の写真ね」

 

 撮った写真は早速印刷されて人数分が配られる。

 相変わらず騒がしい処刑人がデストロイヤーを弄っていたりしているが、ほとんどの者が撮った写真を大事そうにしまい込む。代理人だけが表情を変えていないが、彼女は元々表情の変化に乏しいのでいつものことだ。

 サクヤはというと、一番やかましくはしゃぎまわっている…彼女がこの集合写真を撮ろうと言いだしたのだから当たり前かもしれないが。

 

「さて賑やかなところ大変恐縮ですが、そろそろお時間でございます。この間みたいな事にならないよう早めに帰りましょう、分かりましたね処刑人?」

 

「うげ…まだ根に持ってんのかよ…。あんたにもデストロイヤーにも謝って許してもらっただろう?」

 

「あのね、わたしはアンタを許したつもりないんだけど」

 

「まーまー、過ぎたことはもういいじゃないか。早く帰ろう」

 

 以前の門限騒動で見せた代理人の怒る姿がよほどトラウマなのだろう、全員門限と聞くや蜘蛛の子を散らしたようにサクヤの部屋を去っていってしまう。

 

「んふふ、みんな仲良しでいいね~。さて、アルケミスト…どうしたの、一人残ってさ」

 

 全員が門限の時間を気にして早々に立ち去っていったなか、アルケミストだけはサクヤの部屋に一人とどまっていた。何か相談でもあるのかなと、サクヤがのぞき込むように見つめてみると、アルケミストは気難しそうな表情で頬を染めサクヤの事をじっと見つめている。

 仲間たちの前ではクールを装うアルケミストだが、マスターであるサクヤの前ではとても表情豊かだ。

 

「お願いが…あります…!」

 

「んん? なになに?」

 

「マスターと、マスターと……! ……二人きりで写真が撮りたいです

 

 アルケミストの蚊の鳴くような小さな声……言った張本人は一層顔を赤くしてうつむいてしまう。

 そんなことを言われてサクヤもしばらく固まっていたが、やがてその顔に優し気な微笑みをうかべてうつむくアルケミストの手を取った。

 

「もー可愛いんだからキミは。いいよ」

 

「ありがとうございます、マスター!」

 

 早速カメラに駆け寄りセルフタイマーの設定を行うアルケミスト。

 よほどサクヤと二人きりで写真が撮りたかったのだろう、カメラをいじっているあいだも笑顔を絶やさずにいる。

 設定が終わり、アルケミストはサクヤの隣へと並ぶ。

 得意げな顔でカメラの方をじっと見つめていたアルケミストであったが、気をきかせたサクヤが彼女の手をそっと握るとまるで予想していなかったためか驚いてしまう。

 無情にもそんな時にシャッターが切られてしまう…確認しなくてもまともに写真が撮られていないのは明らかだ。

 

「ごめんね急に、驚いたよね。もう一回撮りなおそ?」

 

 今度はサクヤがカメラの設定を行う。

 先ほどと同じように二人は手を握り合ってカメラの前に立つが、どこかアルケミストは落ち着かない。

 

「リラックスして、ほら、笑って…」

 

 小声でつぶやくサクヤに小さく頷き、アルケミストは固くなっていた身体をリラックスさせる。

 後でどう映るか分からなかったが、精いっぱいの笑顔を浮かべたつもりだった。

 

「はいお疲れさま、早速印刷してみよっか」

 

「お願いします、マスター」

 

 カメラのメモリーを抜き取ってパソコンに差し込むと、サクヤは慣れた様子で印刷作業を行う。

 印刷機から写真が出てくるのを今か今かと見続けるアルケミストが面白かったのだろう、クスリとサクヤが笑うと恥ずかしそうにアルケミストは顔を逸らす。

 

「さて、できたよ。お、いい感じだね」

 

 印刷された2枚の写真を手にし、そのうちの一枚をアルケミストへと手渡した。

 

 初めて撮った二人きりの写真…撮る前は不安だったが、写真として見るとアルケミストはごく自然な笑顔で映っていた。うまくとれているか心配だったアルケミストであったが、それよりもこうして大好きなサクヤと二人きりで写真が撮れたことへの喜びが大きいようだ。

 印刷されたばかりの写真を食い入るように見つめ、満足げに微笑んでいる。

 

「良かったねアルケミスト」

 

「はい! この写真があれば、マスターと離れていても、マスターをそばに感じられます」

 

「アルケミスト……そっか、私も同じ気持ちだよ」

 

 常日頃からサクヤの傍にいたいと願うアルケミストだが、開発中のハイエンドモデルとして好きなタイミングでサクヤに会いに行けるほどの自由はない。そこで、せめてマスターの姿を写真としてそばに置いておきたいと思っていた。

 これがあれば門限を過ぎて自室にいても、マスターが忙しくて会えない時でも……そして、いつか自分がハイエンドモデルとして完成されて出荷されたときでも…。

 想像の末にたどり着く、いつか必ず来る別れ。

 大好きなマスターといつか離れなければならない未来を想像した時、アルケミストはそれまでの明るい笑顔をひっこめた。

 

「どうしたのアルケミスト? 何か、言いたいことがあるの?」

 

 サクヤはいつもと同じように、優しい声で問いかける。

 

 いつも自分を案じてくれるマスター、聞くだけでどこか安心する優しい声、大好きなマスターの笑顔…仕方の無いことだが、いつかは別れなければならない、それが人形として生まれた自分の宿命なのだから。

 それでもアルケミストはいつしか胸のうちに抱えてしまった願望を捨てきることは出来ないでいた。

 

「いつかあたしは製品として出荷される。その時がマスターとお別れしなければならないのですよね?」

 

「…うん、そうだね。哀しいけれど」

 

「あの、マスター……こんな事を言ってはいけないということは重々理解しています。でも、諦めきれないんです…」

 

「ん? 何か、言いたいことがあるの? なんでも言っていいんだよ、誰にも言わないから」

 

 サクヤはそう言って、アルケミストへと真っ直ぐに向き合った。

 

 マスターはいつも自分の身を案じてくれる、なんでも教えてくれるし、必要と思ったものを用意してくれる。

 マスターにはいつもいつも与えられてばかり、何も返せない自分が悔しい…そして今抱いているこの想いも、マスターのためではなく自分のためではないか。それは分かっている、分かっているが…言わずにはいられなかった。

 

 

「いつの日かあたしが製品として出荷されたとき…あたしを買っていただけないでしょうか、マスター」

 

 

 そんなことを言われるとはまるで思っていなかったのだろう、サクヤは動揺し、目を泳がせる。

 サクヤ自身も、どう返していいのか分からないのだろう…アルケミストから目を逸らし、気持ちを落ち着かせるように深呼吸を繰り返す。

 ただアルケミストとしては、大好きなマスターに迷惑をかけてしまったという思いが生じ、やはり言わなければ良かったという後悔する。

 今の言葉は撤回しよう…そう思ったその時、サクヤがそっと近寄って来て抱きしめてきた。

 

「マスター…?」

 

「ねえアルケミスト、私の鼓動、感じる?」

 

 戦術人形として生まれたアルケミストには人間の心臓のような器官はないが、抱き合い密着した状態で、マスターの心臓の鼓動は確かに感じられる。

 

「ごめんねアルケミスト、急に言われてびっくりしちゃってさ。でも嬉しいよ、家族を亡くして以来、誰かにこんな風に想われたのは初めてだったから。私も、アルケミストを誰にも渡したくないよ…このまま買い取って、本当の家族になりたい」

 

「マスター…」

 

「私も迷っていたことだったんだ、でも今まで踏ん切りがつかなかった。でも決めたよ、君を家族として迎え入れたい! いつになるか分からないけど、お金を貯めて必ず君をお迎えするからね。約束するよ、アルケミスト」

 

 その言葉が何よりもうれしくて、アルケミストはつい力加減を忘れサクヤの身体を強く抱きしめ返してしまう。

 ふぎゃーという情けない悲鳴が聞こえたおかげで、アルケミストは咄嗟に手を離し彼女の身を案じる…とりあえずは大丈夫そうだ。

 

「さて、そうと決まれば私も一生懸命働かないとね! ハイエンドモデルを個人で買うなんて前代未聞だけど、必ずやり遂げて見せるよ!」

 

「嬉しいですマスター…でもマスターが健康であることが第一です、もしもマスターに無理を強いてしまうのでしたら…」

 

「もう、言った後にそんな弱気になるのはダメだぞ! 私がやるといったらやるんだからね! よし、じゃあそんな君に私から小さなプレゼントを授けよう。ちょっとさっきあげた写真貸して」

 

 言われた通り先ほどの写真をサクヤへと手渡すと、写真の裏面に何かを書き込んで返してきた。

 写真の裏に書かれたのは、何かの番号だ。

 

「私の携帯電話の番号だよ。写真じゃ私の声までは聞こえないよね、だからそれでいつでも電話していいんだぞ」

 

「マスター、ありがとうございます。あ、でも宿舎には電話が設置されていません」

 

「は、そうだった…! ごめん、あんまり役に立たないプレゼントだったよね。君たちの通信を使おうにも傍受されちゃうし、こまったなー」

 

「いえ、ここにいるうちはすぐそばにいますから大丈夫ですよ。写真だけでも、今は嬉しいです」

 

「そっか、それならいいんだけどね。あ、もうこんな時間だよアルケミスト!」

 

「まずい、あと10分しかない! じゃあマスター、これで失礼しますね!」

 

 門限の時間までもう残りわずかしかないことに気付き、アルケミストは大慌てで部屋を飛び出していった。

 楽しい時間というのはどうしてこうも早く感じるのだろうか、そんなことを思いながらアルケミストは宿舎へと走って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある日の午後、その日は何の予定もなく宿舎で待機していたアルケミストであったが、急に演習場へと呼び出され事情もろくに説明されずに演習場へと放り投げられた。演習場へ入る際に、いつもサクヤがいるであろう場所へと目を向けたが、そこには普段見慣れない人たちが数人いたのだった。

 演習場へと入れられたアルケミストへ武器が支給され、何の説明もなく、ただ敵の殲滅のみを言い渡される。

 普段行われない訓練の様子に戸惑いつつも、すぐに気持ちを落ち着け訓練へと集中する。

 異例なのはそれだけではなく、普段はコストの面から使用される仮想的には戦闘ロボットが用いられていたのだが、今回の訓練の仮想敵は量産型の戦術人形たちであった。

 戦闘ロボットはコストの安さから大量生産が可能だが、性能面では戦術人形に劣る。

 より柔軟な思考と人間に近い動きが可能な戦術人形を相手にどう戦うか、それが今回の訓練の内容なのだろう。

 

 アルケミストにとって初めての訓練内容。

 だが、相手が戦闘ロボットだろうと戦術人形だろうとやることは変わらない。

 相手の行動を見極め、最善の戦術で確実に敵を叩き潰すのみ。

 戦術人形とはいえ所詮は戦闘ロボットに毛が生えた程度の性能、鉄血製戦術人形のエリートとして開発されたハイエンドモデルの敵ではない。

 

 アルケミストは人形たちの思考の裏を突き、数の劣性を己の実力とより高度な戦術をもって打ち破る。

 真っ向からの戦闘を避け、隠密行動に徹し各個敵を撃破する…地味だが確実なゲリラ戦術を駆使し、ついには、敵を殲滅する。

 同時にフィールドのゲートが開かれ、アルケミストはゆっくりと演習場を出ていった。

 

 

「お疲れさま、アルケミスト」

 

「マスター!」

 

 

 聞き覚えのある言葉に笑顔で振りかえるアルケミストであったが、サクヤの他にいた知らない研究者姿の人たちを見て笑顔を消した。

 

「先ほどの戦闘を見させてもらったが、なかなかの成績だった。このまま順調に開発が進めば、軍部への売り込みにも大きな希望を持てるだろう」

 

「お褒めいただき光栄です」

 

 まだ相手が何者なのか分からなかったが、鉄血工造の上層部の人間だろうと予想しあたり触りのないよう挨拶をする。その予想はある意味正解で、彼はこの研究所の所長であった。

 アルケミストの丁寧なあいさつを、所長はそれがさも当然であるかのような態度を示す。

 

「それに比べあの小さい人形は……なんだったか、そうだデストロイヤーという人形は期待できんな。あれでは軍への売り込みも、PMCへの売り込みもできん。サクヤ主任、この人形のことは評価できるが、他の人形に関してはまるでダメだ。もっと開発に力を入れろ、相手は人形だ、人間と違って多少の無理はきくのだからな」

 

「申し訳ありません。ですが、人形たちのメンタルモデルへの影響を考慮致しまして…」

 

「君は下らない感情論で企業の業績に悪影響を与えるつもりかね? いまや我々鉄血工造とI.O.Pがこの分野の二大シェアとなっている。わが社がI.O.Pに負けるわけにはいかんのだ」

 

「おっしゃる通りで…」

 

「君の能力は評価するが、これ以上開発が遅れるのであれば相応の処分があることを忘れるな。それに、小耳に挟んだ話しだが、君はここの人形に対して不必要な交流をしているそうだな。勘違いするなよサクヤ主任、我々が造っているのは戦術人形であり家庭用の自律人形ではないのだ。家族ごっこは止めてもらおうか」

 

 所長の容赦のない言葉にサクヤはうつむき、何も言い返せないでいる。

 マスターを目の前でこんな目に合わせ、ましてやマスターと自分たちとの関係を家族ごっこと評した所長へアルケミストは苛立ちを覚える。そんなアルケミストの感情の変化にサクヤは気付いたのだろう、サクヤはアルケミストの目を見つめ小さく首を横に振る。

 

「とにかく、これ以上の開発の遅れは許されない。これには君の進退もかかっていることは忘れるな。人形ごときに情をかけて、自分の将来を犠牲にすることもあるまい」

 

「承知いたしました、所長…」

 

 所長の指摘にサクヤは頭を深々と下げる。

 サクヤに対し言いたいことを言い切ったとばかりに、所長はさっさと部下を引き連れてその場を立ち去っていく。

 やがて彼らの姿が見えなくなったのを見計らい、アルケミストはそっとサクヤへと歩み寄る。

 

「えへへ、怒られちゃった…」

 

「マスター…大丈夫ですか?」

 

「うん…大丈夫だよ。ごめんね、情けないところ見せちゃって」

 

「いえ、そんなことは……マスター、あの…何かあたしに手伝えることがあれば何でも言ってください。できる限りの事は致します」

 

「今はその言葉だけでもうれしいよ。大丈夫、まだまだ頑張れるよ。君のためにもね」

 

 そう言いながら笑うサクヤだったが、以前よりも少しやつれ笑顔にもどこか影がある…もしかしたら自分の願望のせいでマスターは無理をしているのではないか? それが原因であるのならやはりあの時のことは言うべきじゃなかったのでは…?

 

「気にしないでアルケミスト。私が好きでやってるだけだからさ…君は何も心配しなくていいんだよ?」

 

「分かりました……」

 

「うん、素直が一番だよ。さて、今日は急に呼び出しちゃってごめんね…後はもうないから、ゆっくり休んでてね」

 

「はい、マスター」

 

 

 去り際に、サクヤは疲れ切ったようなため息をこぼす。

 いつも笑顔で、みんなを見守る存在だったマスターの初めてみる姿に、自分は何もしてあげられないことに悔しさをアルケミストは感じる。

 でもこんな事はいつまでもそう続くわけがない。

 しばらくすればまた以前のような毎日が帰ってくる、そう思っていた…。

 

 しかし、そうはならなかった……事件はそれからほどなくして起こった。

 

 

 

 

 

 

 ある日の事だ、予定された通りに演習場へと向かっていたアルケミストはデストロイヤーの泣きわめく声を聞き走りだした。声のする場所はその日デストロイヤーが使う演習場のエリアからであった。

 駆けつけたアルケミストが見たものは、地面に座り込み泣きじゃくるデストロイヤーとその前で厳しい表情で睨みつける所長の姿であった。何が起きているのか、事情は分からなかったが、デストロイヤーが追い詰められているその状況にアルケミストはすぐさま彼女の傍へと駆け寄った。

 

「そこを離れろアルケミスト、お前はまだ優秀だがその使えない人形はそうもいかん。これ以上このような失敗作に高額な開発費を投じるわけにはいかない」

 

「待ってください、デストロイヤーが何をしたというんですか!?」

 

「今言った通りだ。これ以上無駄な開発費は用意するつもりはない、この人形は廃棄するか一から造り直すべきだ。そこをどけ、命令だ」

 

 研究所所長の命令を、アルケミストは拒絶することができなかった。

 自身の本意とは裏腹に、デストロイヤーの傍を離れる。

 そして、傍に控えていた雇われの警備兵が泣きじゃくるデストロイヤーの髪を乱暴に掴みあげる。大声で泣くデストロイヤーを叩いて黙らせる……助けを乞うように見つめてくるデストロイヤーに、アルケミストはどうすることもできない…。

 

 

「もう止めてください!」

 

 

 その声にアルケミストは咄嗟に振り返る。

 

 

「マスター…?」

 

 

 デストロイヤーの髪を掴みあげる警備兵を睨みつけるサクヤ、今まで見たこともない彼女の様子にアルケミストは呆気にとられる。

 それは初めて見る、彼女の怒りだった。

 

「その手を離しなさい…!」

 

 あまりの剣幕に、警備兵はデストロイヤーの髪を手放し引き下がる。

 サクヤは警備兵を少しの間睨みつけ、解放されたデストロイヤーをそっと抱きしめる……声を押し殺して泣くデストロイヤーを優しく撫でながら、彼女はその目を所長へと向ける。

 

「もう我慢できません。この事はロボット人権団体へ告発します…!」

 

「なんだと…? 貴様、自分が何を言っているのか分かっているのか?」

 

 所長は明らかな動揺を見せた、それほどまでにこの世界でのロボット人権団体という組織が持つ影響は大きいのだ。

 時に世論も大きく動かす存在、鉄血工造も常日頃その動向を気にしているほどの存在であり、このような問題が露見すれば面倒事は避けられないだろう。

 

「後悔するぞ、貴様…!」

 

「このまま黙って見ているよりマシです…!」

 

「くっ…! この私を告発しても何も変わらんぞ、本社の上層部も私と同じ考えのはずだ。貴様が告発をするにしろしないにしろ、処分は免れない。必ず、後悔することになる……必ずだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マスター…いますか?」

 

 辺りが暗くなった頃、アルケミストは宿舎を抜け出し研究所内のサクヤのもとへと訪れていた。

 門限の時間はとうに超えている…昼間あれだけの騒動があった後、門限を超えて外に出ているところを見つかりでもしたら大変な騒ぎになるだろう。

 ノックの末に開いた扉の向こうでは、サクヤが少し困った表情で出迎えてくれた。

 室内へ入ってまず気がついたのは、それまであった部屋の家具や衣服がきれいに収納され殺風景なものへと変わっていたことだ。

 

「マスター……」

 

 不安を隠しきれず、アルケミストはサクヤへ声をかけた…彼女はただ哀しそうに微笑む。

 

「ごめんねアルケミスト……わたし、左遷が決まっちゃった。明日、ここを追い出されちゃうんだ」

 

「そんな……おかしいです、そんなこと。マスターが絶対に正しいのに…!」

 

「うん、わたしもそう思う。でもね、正しい行いがいつも評価されるわけじゃないんだ……でもロボット人権団体にはきちんと告発した、このことがうやむやにはならないと思うんだ」

 

「わたしたちのことはどうでもいい、マスターがそれで追い詰められるのは嫌だ!」

 

「あの子を助けるにはああするしかなかったんだよ。デストロイヤーだって、君の大切な仲間であり家族なんだから。みんなのことをよろしくね、あなたが一番お姉ちゃんなんだから」

 

「マスターがいない家族なんて……家族じゃない…! 行かないでくださいマスター…まだ、まだあたしにはあなたが必要です。まだ教えてもらってないことだってたくさんあります!」

 

「ごめんね…本当にごめんね…」

 

 サクヤは何度も、何度もアルケミストに謝る……その言葉を聞くたびに、アルケミストはやるせない思いと胸の苦しみを大きく感じる。

 自分のわがままがより一層マスターを苦しめている。

 そんな思いから自己嫌悪に陥り、自分が酷く醜い存在に思い込む。

 

 そんな時、サクヤの手がアルケミストの頬へと延びる。

 

 彼女は今にも涙がこぼれ落ちそうな瞳で、アルケミストを見つめている……大好きなあの微笑みを浮かべながら…。

 

 

「笑って、アルケミスト……あなたの笑ってる顔が”好き"なの」

 

「マスター……」

 

 こんなに苦しいのに、辛いのに…どうして笑顔が浮かべられようか?

 今まで受けたどんな命令よりも難しい、その願いにアルケミストはどうすることもできないでいた……それでもなんとかマスターの願いを叶えようと、頬を無理矢理引っ張ったり、楽しかった思い出を思いだそうとしたが…。

 ただ、それでサクヤは満たされたのだろう…そっとアルケミストの身体を抱き寄せ、その胸に顔をうずめる。

 

 

「ありがとう、アルケミスト……あなたと出会えて本当に良かった。あなたのおかげで、私は本当の家族のぬくもりを思いだせたんだよ?

あなたが私から学んだように、私もあなたにいろんなことを教えられたんだよ。

あなたたちは人と同じくらい、あたかかい存在なんだって…。

 

だからね、あなたにこれだけはどうしても伝えておきたいの……。

 

わたしは、心の底からあなたを……愛してる――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マスターとの別れの日、いつか必ず来るであろうその日を覚悟しているつもりだった…。

 

 でもそれはあたしが思っていたのとは違った形でやって来たんだ。

 

 マスターがいなくなった時、あたしの世界から色彩が消えた…。

 

 マスターはわたしの全てであり、世界そのものだ……なのに、明日は必ず訪れる……それがたまらなく許せなかった。

 

 でもそんなことよりも、マスターが最後に残したあの言葉の意味は?

 

 初めて聞いたその言葉の意味を、あたしはまだ知らない…。

 

 マスターが言った最後の言葉…"愛してる"を、あたしは知りたい…。




ワイの残機残り1(あと一撃で死亡)


次話にて、過去編終了です……ドルフロのストーリーに繋がるあの事件来ます…。

とりあえず寝ます…。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。