Serial experiments □□□  ー東方偏在無ー   作:葛城

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地震で食器がぶち割れるやら、台風で停電して蒸し暑さに耐えしのぐやら、今年はほんま厄日やで……うちの近所、屋根がブルーシートになっているところ多すぎて、もう物珍しさすらなくなってしまったよ



だからさ、これを読む奇特な方は、lainを見てlainを好きになってlainの二次創作を書こう(提案)。大丈夫、見れば見るほどlainの世界に引き込まれていくから、気づけばかけるようになっているさ




うちも、やったんだからさ


夏の章:その1

 

 ――幻想郷の8月半ば。前に雨が降ってから、晴天続きが6日続いた。そして、昨日と同じく晴天が広がる7日目の今日の暑さは例年よりも酷く、夏に強い人や妖怪が嫌気を覚えるほどであった。

 

 

 

 

 

 外の世界と違い、幻想郷内にはコンクリートやアスファルトというものがほぼ無い。それ故に外の世界より幾らかマシではあるものの、それでも猛暑と断言される暑さであった。

 

 その結果、人里内における人間の往来数は激減した。ちょいとぶらり出歩く……といった行為は控え、必要でなければ屋内に引っ込んでいるようになっていた。

 

 だからなのか、獣同然(あるいは、獣以下)の知性である木端妖怪も、しばらく前まで軒並み姿を見かけなくなっていた。

 

 結果、異変なのではないかという疑問の声と、妖怪が減ったぞと喜ぶ声の二つが上がった。住人の何人かが慢心して外に出て命を落とす事件が起こったことで妖怪排除を声高に謳う者がちらほら姿を見せたが、その声はすぐに鎮静化することとなった。

 

 何故かと言えば、原因の調査を進めた結果が、あんまりな結果であったからだ。有り体にいえば、妖怪たちとて暑いのは勘弁してほしい、ただそれだけであった。

 

 腹は減っていても、照りつける日差しが気力を削ぐ。獲物が掛かるのを今か今かと待ち続けるよりも、大人しく夏が過ぎ去ってくれるのを待つことを選んだ結果、姿を見せなくなったというだけなのが分かったからだ。

 

 ぶっちゃけてしまえば、不用意に外に出る人間が悪いのだ。幻想郷はあくまで忘れ去られた幻想に溢れる世界であって、人間の為の世界ではない。人里という安全が極力確立された場所から自分の意思で出た以上は、人間側の落ち度という他なかった。

 

 

 

 ……悲しいかな、それが幻想郷のルールである。

 

 

 

 しかし、襲われたのが人里の中……あるいは、人里の上空や、すぐ傍であったなら話は別だ。範囲は明確になっていないが、里を囲う外壁からさらに外へ、直線距離にして数十メートル。その範囲にて妖怪が人を襲った場合……秩序の天秤である博麗の巫女が動く。

 

 幻想郷は人間の為の世界ではないが、同時に、妖怪の為の世界でもない。忘れ去られる幻想を守らんが為に、八雲紫を始めとした妖怪の賢者たちと、初代博麗の巫女とが力を合わせて作り上げ、生まれた世界である。

 

 故に、人間が狩られることもあれば、妖怪が狩られる場合もある。それは霊夢が生まれるはるか前から続く決まり事であり、おそらくは今後も続いてゆくであろう決まり事でもある。仕方ない、それが幻想郷なのである。

 

 

 

 ――だからこそ、霊夢は決まり事を守る。先代より続く決まり事を途絶えることなく、彼女は今日も守り通していた。

 

 

 

 

 

 

 みんみん、と。喧しく鳴り響く蝉の声が幻想郷全てを震わせている、その最中。それらを跳ね除けるかのようにして奇声をあげる妖怪が、人里の傍にて暴れ回っていた。

 

 妖怪は、熊を思わせる身体をしていた。顔は皺だらけの老人であるという点とを除けば、正しく熊だ。2メートルを容易く超える巨体から繰り出される手足の爪は大きく、強い。

 

 大きさは、一つの武器だ。例え当人にその気がなくとも、その威力は跳ね上がる。巨大なハンマーで殴りつけたかのように傷つく木々を見せつけるかのようにして……その妖怪は、眼前にて佇む霊夢を睨みつけた。

 

 ……それが、無駄な行為だと妖怪は気付いていなかった。

 

 常人なら……いや、鍛え抜かれた者であっても思わずたじろぐ程の眼光。それを真正面から受けた霊夢の方は……平坦であった。怒りもせず、怖がりもせず、殺意もない。

 

 ただ、川を流れる落ち葉の中でひと際大きな落ち葉を見つけた程度の、淡い眼差し。己の倍近い巨体を前にして、霊夢はどこまでも自然体で、どこまでも暢気であった。

 

 片や、憤怒を露わにし。片や、平静を滲ませて。

 

 対照的な二人が、そうして見つめ合う事、早5分。ふうふうと鼻息荒く興奮を維持している妖怪が……動くよりも前に、霊夢が前に出た。

 

 その足は、まるで散歩に出かけるかのような気軽さであった。あまりに突然で、あまりにあっさりと行われた霊夢の初動に、妖怪は思わずその場から一歩飛び退き……次いで、屈辱にさらに鼻息を荒くした。

 

 ――ぶおぉああああ!!

 

 妖怪が、吼えた。その怒声は、周囲の蝉の声をかき消す程のものであった。妖怪にとって、それは武器であった。この怒声によって、これまで幾度となく獲物の足を竦ませ、胃袋を満たす手助けとなった。だから、今回もそうなると確信していた。

 

 だが、霊夢は止まらなかった。煩いなあ、といった様子で眉根をしかめながらも、その足取りは軽やかで。全く効いていないという現実を前に、妖怪は……牙を剥き出しにして、霊夢へと飛んだ。

 

 ――妖怪には、名が無かった。

 

 いや、もしかしたら、知らないだけで、本当は有るのかもしれない。しかし、暴れ回る妖怪の頭には、既に理性はなかった。暑さと空腹とが重なって正気を失ったことに加え、強大な霊力を放つ霊夢の出現でパニックを起こしたからだ。

 

 でなければ、この妖怪は戦おうなどとはしなかっただろう。

 

 逃げ切れる可能性はほぼ0だが、戦えば確実に殺される。それを理解するだけの知性が妖怪にはあった。だが、混乱しきっていた頭は、逃げの一手よりも妖怪としての矜持を優先してしまった。

 

 ――それが、己の死を確約する分帰路であることに、妖怪は最後まで気付けなかった。

 

 妖怪が繰り出したのは、毛むくじゃらの太い腕。その先端には鋭く弧を描く白い爪が伸びている。人間の……それも、肌の柔らかい年頃の女子の肌なんぞ、豆腐を砕くかのようにあっさりと引き裂かれる……と、妖怪は考えていた。

 

 けれども、そうはならなかった。迫り来る妖怪を前に、霊夢が取った手段は一つ。それは、掌に浮かべた膨大な霊力を、吐息で持って吹き打つ……ただ、それだけ。

 

 しかし、それだけで十分であった。

 

 ふっ、と吹かれた吐息に混じる霊力は、さしずめ不可視のショットガン。その破壊力は妖怪の巨体を空中に押し留めるばかりか、そのまま反対方向へと飛ばし……木々にぶち当てるほどであった。

 

 妖怪の胸元……いや、身体中に開けられた風穴から噴き出す鮮血。己の死を理解することもなく、悲鳴一つ上げる間もなく絶命した妖怪を一瞥した霊夢は……やれやれと頭を掻くと、「――で、何時まで覗き見してんの?」鬱陶しげに振り返った。

 

 途端、ぱしゃりと閃光が霊夢の視界を覆う。ある程度予測はしていたが、鬱陶しいのは事実。不機嫌そうに(実際、不機嫌である)顔をしかめる霊夢を他所に、「博麗の巫女、大復活といったところですな」ふわりと地面に降り立った文は、満面の笑みで霊夢にカメラを向けた。

 

「一時は死にかけの老人みたいになっていましたが、もうすっかり全快したようですな。いやあ、何というか、感慨深いものを感じますなあ」

「全快という程でもないわよ。まだ本調子ってわけじゃないし、どうもしっくりこないもの」

「またまた御謙遜を。立ち昇る霊力が以前と同じ……いえ、以前よりも幾らか増していますよ。それで本調子じゃないって、恐ろしいことを言わないでくださいな」

 

 文の言うことは御世辞ではない。霊夢自身はそこまで実感出来ていなかったが、霊夢の身体より放たれている霊力は負傷する前よりも確かに強大になっていた。それは文のみならず、霊夢を知る妖怪のほとんどが初見で気付くほどの変化であった。

 

 原因は全くの不明である。月のモノやその日の体調によって多少なりとも霊力に変化が生じる(要は、調子の良し悪し)が、それを考慮しても変動が大きく、急激過ぎた。

 

 只でさえ化け物染みた霊力だったのに、そこからさらに上がると暗に言われれば、文でなくとも止めてくれと零すのは……まあ、妖怪としては当然の話であった。

 

「お世辞はいいから、息を吐くように盗撮するのは止めなさい」

「おや、これは心外。治って良かったと思っているのは本当ですよ」

「あらそう、ありがとう。それで、盗撮は何時になったら止めるのかしら?」

「盗み撮るから盗撮なのです。堂々と正面から撮れば、それはもう盗撮ではありませんよ」

「そういうのをね、世間では屁理屈っていうのよ」

 

 霊夢の腕を掻い潜りながら、ぱしゃぱしゃとフラッシュが焚かれる。ふざけた態度だが、幻想郷最速と称される天狗の中でも、文は一目置かれた俊足だ。マジギレした霊夢相手ならともかく、本気で捕まえる気のない霊夢から逃れるのは朝飯前であった。

 

 実際、霊夢には文を捕まえる気は全くなかった。というのも、霊夢は初めから、後方で文が盗撮しているのが分かっていたからで。文も、霊夢が撮影を了承(暗黙、ともいう)しているのを察したからこそ、こうして逃げも隠れもせず前に出てきたのであった……と。

 

 

 ――っ、れ…む。

 

 

 鳴り響く蝉の声の合間に紛れる、呼び声。聞き覚えのあるその声に霊夢もそうだが、文も足を止めて顔を上げる。そうして頭上へと向けられた二人の視線が捉えたのは、箒に乗って上空よりまっすぐ向かって来る……魔理沙であった。

 

 風を切って飛ぶという言葉が実に似合う速度で、地上へと接着する。舞い上がる砂埃を飛び退いて避ける二人を他所に、レーサー顔負けのドリフトを決めて地面に降り立った魔理沙は、「よお、そっちはどうだ?」軽やかな様子で手をあげた。

 

「どうもこうも、まるで油虫よ――で、そっちは?」

「とりあえず、里の出入り口周辺は追い払った。退魔士総出で簡易結界を張るらしいから、少しは楽になるそうだ」

「まあ、そうなるわね。さすがに、こうも絶え間なく来られると私の身も持たないわ」

 

 上げられた魔理沙の手に軽くタッチし返した霊夢は、「それにしても、いったい何なのよ……」軽くため息を零した。

 

「倒しても倒しても次から次へと出て来るし、どいつもこいつも暑さで頭をやられたのかってぐらいに後先を考えていないわね」

「頭がやられているんじゃねーの? まあ、妖怪が暑さで頭がやられるのかどうかは知らんけどな」

「そのまま茹ってくたばってくれたらいいのに、いちいち里に来るのは勘弁してほしいわよ。おかげでこっちは朝から晩まで働きっぱなしよ」

「普通は朝から晩まで働くもんだぞ。まあ、ぐうたら巫女なんてあだ名で呼ばれないように働いたらいいじゃんか」

「巫女は極力働かない方がいいのよ。素敵な巫女さんが素敵に暢気にぐうたらしている方が平和ってことなんだから」

「……一理ある。確かに、茹って勝手にくたばってくれた方が色々と楽だよな」

「でしょ? こんの糞暑いのにぎゃあぎゃあ喚かれて暴れ回るのをぶっ飛ばさなければならない気持ちを妖怪たちも察しなさいよ、全く」

 

 本当に、鬱陶しいと思っているのだろう。御世辞抜きで美少女の範疇に当たる霊夢と魔理沙が愚痴交じりに談笑する様は、まあ見ていてそこまで悪いものではなかった……のだが。

 

「……あのー、ここに清く正しい妖怪の鴉天狗がいるってこと、忘れていませんかね?」

 

 その横で、矛先が向かないように無言のままだった文にとっては別で。非常に居心地悪そうにしつつも、我慢ならんと言わんばかりに頬を引き攣らせていた。

 

 

 ……鴉天狗は、(妖怪における)種族的には上位に位置する。それ故に、大なり小なり気位が高く、自分たちを、暴れ回っている有象無象の雑魚共とは根底から異なる存在として見ている。それは、文とて例外ではない。

 

 

 だから、霊夢たちがいくらそいつらを馬鹿にしようが虚仮にしようが、どうでもいいというのが文(というより、天狗)の本音だ。

 

 しかし、こうまでぼろ糞に『妖怪』そのものに駄目出しされれば、文とて、さすがに一言口を挟みたくなるのも仕方ないことであった。

 

「うっさい。そもそも、暴れている妖怪の大半はあんたらの『お山(妖怪の山)』から来ていること……分かってんの?」

「うっ……そ、それは、私共も中々な頭痛の種と言いますか、痛い所をあまり突かんでくださいな」

 

 けれども、文からすれば当然の抗議は、霊夢たち人間からすれば『ふざけた事を抜かすな』という他なかった。

 

 何故なら、実質的に『お山』を独占しているのが、文を含めた天狗たちだからだ。もちろん、幻想郷内における重要な食料資源地でもある山そのものを私物化してはいないが、それに近い状態となっている。

 

 何故そうなっているかといえば、霊夢を含めた有力者たちより黙認されているからで。それが許されている理由は、ただ一つ。

 

 戦力的な意味で幻想郷内における最大勢力が天狗たちであるから……ではなくて、管理権を得る代わりに山に住まう妖怪たちをコントロールするということで、他の勢力たちから了解を得ているからだ。

 

 ……言うなれば、だ。幾らか懐に入れてもいいから、知性も理性も希薄で本能のままに動く木端妖怪をしっかり見張っておけよ、ということで。それを行う代わりに、天狗たちは山の独占が許されているのであった……のだが。

 

 

 ――ちょいちょい、と。

 

 

 唐突に辺りを見回した霊夢が、文へと手招きした。首を傾げつつも歩み寄れば、霊夢の腕がグイッと文の肩に回され、互いの頬が引っ付いた。「……汗臭いのですが」少しばかり嫌そうに眉をしかめる文ごと、霊夢は頭を下げると。

 

 “……一部のやつらから、お山の管理権を一部剥奪すべきという意見が出てんのよ”

 

 そう、文へと囁いたのであった。その瞬間、ほんの……瞬きしていただけで見逃してしまう程の僅かな一瞬。不自然に揺れ動いた文の瞳が、次の瞬間にはもう、自然に揺れ動いた。

 

 “今の所は天狗に任せた方が良いと大半が考えているけど、こうも不手際が続くと日和見しているやつがそっちに流れるわよ”

 “……ご忠告、感謝致します。ですが、私共もただ静観しているわけではありません。そこらへんは、どうかご理解いただきたく……”

 “分かっているわよ、そんなこと。私も紫も、山の管理については天狗以上の適任はいないと思っているから”

 

 

 ――おかげで、こっちは毎日汗だくよ。

 

 

 その言葉と共に、霊夢は文を放した。何事も無かったかのように張り付いた汗を拭う文を他所に、ちらりと魔理沙を見やれば……「……あ、終わり?」気怠そうに両耳から手を離しているところだった。

 

 察しが良くて助かるわ……そう思ってため息を吐く霊夢を見て、「……博麗の巫女ってのも、色々と大変なんだな」魔理沙も困ったように苦笑を零した。二人の頬や首筋には大粒の汗が伝っており、傍目にも暑そうにしているのが見て取れた

 

 

 ――実際、大変である。

 

 

 というのも、二人が汗だくになっているのは、何も暑いからだけではない。いや、暑いのも理由の一つだが、何より二人がこうも愚痴を零す理由は今しがた霊夢が零したように……ここしばらくに渡って里を襲う妖怪が一気に急増したからであった。

 

 襲ってくる妖怪の数が減ったのではないかという疑問に思う者はいるだろう。だが、嘘ではない。事実、襲撃してくる妖怪の数は減っていたのだ……しばらく前までは。

 

 前触れもなく、突然だ。まるで張り詰めた風船が破裂したかのように、それまで姿を消していた妖怪たちが一気に姿を見せ始め、里を囲う壁を乗り越えて侵入してきたのだ。

 

 原因は、分からない。何故なら、侵入者たちの正体は、魑魅魍魎を始めとした知性なき妖怪でしかなくて。問い質そうにも、会話すら出来ない相手しかいなかったからだ。

 

 ……里に妖怪が襲撃すること自体は、特に珍しい(危険ではあるものの)というわけではない。妖怪が人間を襲うのはある種の本能でしかないし、そもそも襲ってくるのは犬や猫ぐらいの小さい個体ばかり。里の中にいる退魔士でも、十分に対応出来ていた。

 

 

 だが、その見通しはすぐに見直された。何故ならば、襲撃してくる妖怪の周期と数が、あまりに異常であった。

 

 

 初日だけで、その数なんと27体。これまで、里に入り込む魑魅魍魎は数日に一度という頻度であり、霊夢が出動するレベルの妖怪なんて、数か月に一度有るか無いかの頻度であった。

 

 それが数日前から、一日に70体近い妖怪が押し寄せて来ている。加えて、日が経つに連れて、どんどんと強い妖怪が姿を見せるようになってきた。

 

 今では身体も人間より大きい個体が珍しくなくなった。これまでは退魔士でもない里人でも倒せるぐらいのものだったのが、気付けば、里の退魔士でも手に余るレベルが続々と里を襲撃するようになったのである。

 

 

 今しがた霊夢に倒されたような妖怪も、そうだ。

 

 

 会話をする知性こそもたないものの、その力は雑魚妖怪の中では抜きん出ていた。霊夢だからこそあっさり終わったからであって、並の退魔士であれば数人掛りの大仕事になっていただろう相手だ。

 

 おかげで、リハビリを兼ねて軽い気持ちで助力を買って出た霊夢は、その時から大忙しである。いや、忙しいのは霊夢ばかりではない。人里では暮らしておらず、退魔士でもない魔理沙が里の防衛に当たっているのが、その証左だ。

 

 里には今、魔理沙を始めとして『力』を持つ人間に対して友好的な実力者が集結しており、24時間体制で里の防衛に当たっている。幻想郷史において数える程度にしか起こっていない戦力の集結によって、今のところは里の平和は保たれている……というのが里の現状であった。

 

「――しかし、文の擁護をするわけじゃないけど、さすがにこの数は異常だな。いくら何でも数が多過ぎるし、一向に勢いが衰える様子も見られないし……そこんとこ、博麗の巫女としてはどうなんだ?」

「異変ではあるけど、これ自体は異変じゃない。私の『勘』では、そんな感じよ……ていうか、前にも言ったでしょ」

「前にも聞いたけど、それってどういう意味なんだ? とんちは嫌いじゃないけど、好きでもないぜ。爺婆の説教の次ぐらいには御免だな」

 

 ぱたぱたと尖がり帽子で己を扇ぐ魔理沙に、「とんちじゃないわよ。そうね、分かり易く何て言ったらいいかしら……?」霊夢はしばし視線をさ迷わせていた……のだが。

 

「……やっべぇ、爺婆で思い出した」

 

 霊夢が口を開く前に、魔理沙の顔色が変わった。何だ何だと魔理沙を見やる霊夢と文を他所に、魔理沙は少しばかり罰が悪そうな顔で……実はさ、とポツリと呟いた。

 

「『長老会議』を開くから霊夢を連れて来いって『長老会』から呼び出しされているのを……すっかり忘れてた」

 

 ……少しばかりの沈黙の後。霊夢は暑い日差しの中、空へと舞い上がって里へと向かうのであった。飛び立ったその場所にて、手を振って見送る魔理沙と文を後にして。

 

 

 

 

 

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………外の世界とは違って、コミュニティが本当の意味で隔離されている人里には、老若男女を問わず一目置かれていたり畏怖されていたりする人物や事柄がある。

 

 それは大体にしてどこそこの家系であったり、どこそこの権利を所有していたりといった即物的な理由なのだが、その中でも特に重さが異なるのが、一つある。

 

 

 それが、『長老会』と呼ばれている存在だ。

 

 

 長老会とはその名の通り、人里における重鎮的存在のみで構成された会のことで、この者たちが『稗田の屋敷』に集まって会議を開くことを、人里においては『長老会議』と言われている。

 

 その顔ぶれは、紫たちが以前開いた緊急会議(博麗の巫女が負傷した際のこと)とは違い、物理的な実力においてははるかに劣っている者が多い。それは謙遜ではなく、事実である。

 

 その証拠に、集まっている者の大半は老人だ。魔力も霊力も持たない、皺が目立つ普通の老人だ。中には年若い者も幾人か混じっているが、誰も彼もが吹けば飛ぶような者たちばかりである。

 

 しかし、この場においての『力』とは、腕力ではない。この老人たちが持つ力とは、すなわち人里内における発言力(権力)であり、この内の一人ひとりが数百人、数千人の生活を動かしているといっても過言ではないのであった。

 

「……遅いですな」

 

 その、一般人が入れば縮こまって肩身を狭くするばかりであろう空気の中で。集まった重鎮たちの数は二十にも達していたが、それでもなお余るぐらいに広い和室の中で……最初に沈黙を破ったのは、そんな発言からであった。

 

 発言をしたのは、集まっている顔ぶれの中でも比較的年若い部類にはいる老人であった。傍目にも不機嫌になっているのが丸わかりのその老人は、咥えていた煙管の灰を苛立ち気味に叩き捨てると、睨みつけるように天井を見上げた。

 

「15にも満たぬ生娘だとしても、博麗の巫女。実力は一流の本物なれど、不遜な態度も一流か……やれやれ、博麗の巫女は何時から天狗になったのやら分かりませんな」

 

 はっきりとした、侮蔑。何とも、場の空気を悪くするやつだ。これが公共の場所であったなら、さぞ白い眼……あるいは遠巻きにされて、厄介者扱いされるところだろう。事実、この場にいた年若い者たちの内の一人は苦い顔をした……が、しかし。

 

「ははは、そうだそうだ。天狗よりも早く飛び回り、天狗の頭を足蹴にするような娘ですからな。そりゃあ、天狗とて御免被ると頭を抱えて逃げ回るというものですよ」

 

 老人たちの中で、彼の発言を止める者はいなかった。この場にて苛立っているのは、何も彼だけではなかったのである。見れば、彼に釣られたのか、集まっている顔ぶれの幾人かが彼の発言に同調し、彼と同じように顔を顰めては、煙管片手にぷかぷかと紫煙を立ち昇らせていた。

 

 もちろん、そのような失礼をせずに黙って座している老人たちもいる。しかし、それはあくまで言葉に出していないというだけで、よくよく見れば深々と頷いてはため息を何度も零していて、態度自体があまり宜しくなかった。

 

 おかげで、場の空気は最悪一歩手前である。一人が呟けば、一人がそれに続けて愚痴を零す。二人が愚痴を零せば、三人が呟き始める。そうして気付けば、ごく一部の者を除いた誰も彼もが博麗の巫女に対する文句を零していた。

 

 ……幻想郷内において、博麗の巫女というものはある種の不可侵的存在である。気安く交友を続ける魔理沙たちが異常であり、一般の者はそうじゃない。それは老若男女を問わず、里の中を出歩けば誰も彼もが巫女様だと挨拶に来る程度には特別視されているからだ。

 

 しかし、この場に集まった老人たちにとっては違った。相手が博麗の巫女であるということなんて、関係がなかった。それは何故か……決まっている。この老人たちは、妖怪の恐怖というものを実感したことがないからである。

 

 生まれも育ちも隔絶されているが故に、里の重鎮という絶対的立場が故に、真っ先に安全を確保されるが故に、彼らは本当の意味で妖怪の恐ろしさを知らないのだ。人里内におけるバランスを考慮するが故に、大妖怪ですら(面倒臭がって)相手にしないからこそ、彼らは老人になってもまだ知らないのだ。

 

 

 博麗の巫女が相手にする『妖怪』という存在の、本当の恐ろしさを。

 

 

 だから、このような発言が出る。生活の一部として妖怪と関わる者ほど、妖怪に対しての恐れは消えない。幻想郷という地に生きる人間であれば、誰もが抱く妖怪に対する恐れが、老人たちにはないのだ。

 

 故に、彼らは博麗の巫女というものを自分たちよりも下に見る傾向にある。あからさまに口に出すことは少ないが、言葉の端々にそれが漏れ出ている。大妖怪たちからすれば失笑されるようなことを、平然と行う。

 

 それは、正しく滑稽であった。けれども、老人たちはそれに気づかない。次々に零される愚痴に比例して立ち昇る紫煙も相まって、物理的にも精神的にも場の空気は清浄とは言い難い有様となっていた。

 

 何とも、醜い光景だ。言葉に出して苛立ちを見せるか、態度に出して苛立ちを見せるか。どちらがマシかと言われれば甲乙付け難い選択肢ではあるが、見ていて気分が悪くなる類であるのは確かであった……そして、それは。

 

「――歳は取りたくないものですな」

 

 この場において、最も発言力を持つ人物。すなわち、里の実質的トップであり、この集会の為の場所を提供している稗田家の当主、『稗田阿求』を苛立たせ、怒りを誘うには十分な燃料でしかなくて。パン、と膝を叩けば、それだけで老人たちは一斉に口を噤んだ……黙らせるだけの力が稗田にはあった。

 

 ……稗田阿求の外見は、紫(むらさき)を思わせる淡い色合いの髪をおかっぱにしている、10歳に至るか至らないかの少女である。けれども、放つ雰囲気が常人のソレではなかった。

 

 それも当然だ。何故なら、稗田阿求という少女はただの人間ではない。その始まりは1200年も前に遡り、8代にも渡って転生を繰り返してきた歴史の生き字引……たかが百年も生きていない小童とは、胆力が違い過ぎるのだ。

 

 大き過ぎることもなければ小さすぎることもない、年相応の華奢な見た目とは裏腹の、不相応な気迫。里の頂点に君臨するということは、有象無象の妖怪共を相手に力及ばずとも心では一歩も退かないということ。

 

 幾ら老人たちが海千山千の古狸とはいえ、言ってしまえばそれは、同じ人間を相手にしかしたことがない。気紛れ一つで物理的に首を断つことが出来る相手と幾度となく相手取った阿求と比べれば、大樹と枯草にも等しい差がそこにはあった。

 

「己が誰のおかげでそうしていられるのか、誰の尽力によってその地位が守られているのか。歳を取ると、子供ですら分かっていることを忘れてしまう。何とも、空しいとは思いませんか……ねえ、慧音さん?」

「……さて、私も半分は妖怪の身。長らく人と寄り添って生きて来ましたが、まあ良くあることかと存じております」

 

 答えたのは、この場にいた数少ない若い者の内の一人である、慧音と呼ばれた女性である。

 

 彼女は自身が口にした通り、半分が妖怪の半妖である。その彼女がこの場にいる理由は、彼女が寺小屋紛いのことをしており、人々より多大の信頼を受け取っているから……これに尽きる。紅潮していた頬がすっかり元に戻った彼女は、仏頂面を隠そうともせず阿求をチラリと見やった。

 

「良くあること、ですか?」

「はい、言うなればこれは、人の業というもの。各々方が悪いのではありません。人である以上、こうなってしまうものなのです」

「なるほど、貴女がそう言うのであれば、そうなのでしょう。各々方、歳を取ると誰しもがそうなるようですので、恥じ入る必要はありませんよ」

 

 誰に言うでもなく、阿求はそう締め括って傍の盆に置かれた湯呑を手に取り、茶を啜った。愛らしい見た目とは違い、その所作はこの場にいる誰よりも様になっていた。

 

 だが、この場にいる老人の誰もが、それに目をくれることはせず、ただただ居心地悪そうに項垂れて、畳に視線を落としていた。言い替えそうにも、相手は稗田……己よりも圧倒的に格上を相手に彼らは沈黙することしか出来なかった……と、その時であった。

 

「――まだ始めていなかったの? いちいち私なんて待たずにさっさと始めれば良かったのに」

 

 些か雰囲気が悪くなっている室内へと広がる、鈴を鳴らしたような声。ガラリと障子を開けて顔を覗かせた霊夢の出現に、蠢きながらも淀んでいた醜悪な空気が、形を変えた。

 

 軽く汗を流してきたのだろう。スルリと室内に入って来た霊夢からは淡い湯の香りがして、身に纏っているのも何時もの巫女服ではなく、淡い桃色の着物であった。

 

 阿求より視線で促された霊夢は、黙って俯いたままの老人たちの姿に首を傾げつつも特に気にすることもなく老人たちの合間を進み……どっかりと、阿求の傍にて腰を下ろした。

 

「お似合いですよ。宜しければお貸し致しますが?」

「服が渇くまででいいわよ。というか、そんな事よりも本当にまだ始まっていないの? かれこれ半刻は経っているはずでしょ?」

「そうしてしまうと、あなたは会議が終わるまでここに来ませんでしょう? こうでもしないと、あなたは色々な理由を付けては帰ってしまいますから」

「……出ろというからには出るけど、こういう面倒臭いのは嫌いなのよ、私はね」

「構いません。というか、博麗の巫女である貴女が下手に発言されるとこちらとしても面倒なので、黙っていてくれた方がこちらとしても有り難いのですよ」

「それなら、私が出なくても何も困らないでしょ」

「博麗の巫女はあくまで中立の立場にいなければなりませんが、だからといって知らぬ存ぜぬの無知で宜しいかと問われれば、そうではない……あまり駄々を捏ねますと、保護者(八雲紫)に言い付けますよ」

「……止めて。あいつ、そういうことに関しては本気でお説教してくるから」

 

 嫌そうに……それはもう嫌そうに顔を顰めた霊夢は、何食わぬ顔で阿求の傍に置かれたお盆より湯呑を手に取る。「……やっぱ高いだけあるわね」ほんのり温くも美味な茶の味に目を細めた霊夢は、さて、と急須より茶を注ぐと、それを片手にしたまま……居住まいを正した。

 

 それを見て、阿求が己の居住まいを正す。一拍遅れて慧音が、老人たちが、一斉に居住まいを正す。そうすれば、まるで何日も前から練習をしていたかのように場の空気が一気に静まり返り……張り詰めた。

 

「――では、これより『長老会議』を始めます」

 

 阿求の号令に、この場に集まった者たち全員が一斉に頭を下げた。それは霊夢とて例外ではなく、頭を下げる時だけは湯呑を置いたぐらいであった。まあ、その後すぐに湯呑を手に取ったのだが……それはそれとして、だ。

 

 長老会議にて行われる会議の内容は、その時によって違う。毎回採り上げられる通例みたいなものはあるが、基本的にはその時生じている問題が議題として上がる場合が多い。

 

 その理由としては、この長老会議自体、開かれるのが不定期であるからだ。長老会議はその他一般の集まりとは違い、後々にまで影響が及んでしまう。だから、滅多な事では開かれないのであった……が、しかし。

 

「各々方も大なり小なり御存じだとは思われますが、此度の議題は『急増する妖怪の襲撃について』、と、『地底より登って来た妖怪たちの住居について』、と、『幻想郷の端に出来た異変地帯』……この三つとなります」

 

 その滅多な事が起これば、阿求の鶴の一声によってこうして急に開かれる。それが猛暑の中だとしても、異変の最中であったとしても、開くと決まれば開かれるのが、長老会議なのであった。

 

「各々方にも思惑があって、早急に推し進めたい話があるとは思います。しかし、今はそれよりもこの3つをどうするか……それが急務であると私は考えております。何か異論がある方は、この場にて申し出てください」

 

 阿求の問い掛けに、老人たちは……難しい顔をしたまま何も答えなかった。たっぷり一分ほど、反応を伺っていた阿求は……では、と話を進めた。

 

 

 ――配布した資

料をご覧ください。

 

 阿求のその言葉と共に、老人たちは一斉に手元の紙束へと視線を落とした。それは、彼らがこの場に集まってすぐに配られた物であり、今回の議題において必要となる情報等が記された資料である。

 

 そこには、各事柄にて必要となるであろう経費の予想額、それに伴う負傷者や死傷者の救済、並びに、長期化した際の懸念事項を始めとした、現時点で里全体より報告されている問題が事細やかに記されていた。

 

「ひとまず、早急に対策を行わなければならないのはこの三つの内の、『妖怪の襲撃について』だと私は考えております。各々方も御存じの通り、度重なる襲撃を抑えることが叶わず、外部の手を借りてようやく平穏を維持している状態……これが、里の現状です」

 

 阿求の言葉に、老人たちは一様に表情を苦々しく歪めた。彼らとて馬鹿ではない。いや、むしろ年齢を考慮したとしても一般的な里人と比べれば優秀な方だ。

 

「既に、ジリ貧に陥り掛けている現状……何か、これはという良い案はございますか?」

 

 だからこそ、阿求の発言を彼らは何の否定もせずに受け取り……各々が意見を述べ始めた。

 

「一時的に里全体に強力な結界を張るのはどうだろうか? 例えば、妖怪たちが活発になる夜にそれを行い、護りの負担を軽減させてみては……?」

「いや、それは難しい。里全体を覆うほどの大規模な結界ともなると、準備するだけでひと月は掛かる。それに回される人員を考えれば、幾らかの犠牲を考慮しなければならん」

「左様……加えて、それだけの結界を張れば最後、里の警備に回っている協力者(妖怪たち)を里の外へ締め出すことにもなる。今を乗り切ったとしても、今後のことを考えれば、それは悪手になりかねん」

「だが、防人たちの体力とて有限だ。将来のことを見据えるのも重要だが、ここを乗り切らねば犠牲者が爆発的に増大する危険性がある。現に、何度か危うい事態になりかけたという話がワシの所まで来ておるぞ」

「それは俺の所も同じだ。いや、俺だけじゃない。この場にいる誰もが似たような話を耳にしているはずだ。それを踏まえたうえでの対策を取らねばならない……今は、そういう場であろうが」

「そんなことは百も承知! しかし、だからといって目の前の危機を捨て置いては、将来の話など出来るわけがなかろう。とにかく、死傷者を出さないように対策を立てねばならぬ」

「それはワシも同意見だが……されど、どうする。単純に武器防具を増やそうと思っても、すぐには出来ぬ。負傷者治療の為の薬を用意するにしても、里の外に出られないとなると……」

「……外部の薬売りに頼めば良いのではないか? 詳しい話はワシも知らぬが、妖怪の薬売りなるものが時折里にやってきては、薬を売りさばいていると小耳に挟んだ覚えがある。その者の協力を得られれば、あるいは……」

「阿呆、既にその薬売りより全面的な支援を受けておる。そのうえで、足りぬと嘆いておるのだ。だが、問題は薬のことよりも、食料だ。備蓄にまだ余裕があるとはいえ、こうも外への出入りが隔絶されれば……」

 

 あーでもない、こーでもない。この場に集まった誰もが、内心に抱えていた意見を打ち明け始める。老いてもなおその立場にいるだけあって、彼らの意見全てに一理があった。

 

 

 ……けれどもそれは、阿求が欲した意見ではなかった。

 

 

 白熱する老人たちの議論を他所に、彼らを見つめる阿求の眼差しはゾッとする程に冷め切っていた。軽蔑しているのではない。ただ、呆れているだけ。阿求は、眼前の重鎮たちの体たらくに溜息すら零せなかった。

 

 何故かといえば、老人たちの意見の全てが阿求にとっては遅すぎるのだ。彼らが考えている懸念や対策なんてものは、襲撃する妖怪の数が増え始めた当初より考えられ、そして実行されていることばかりである。

 

 今更……そう、阿求にとっては今更な話でしかない。けれども、阿求はそれを老人たちに伝えようとはしなかった。伝えた所でどうこう変わるような相手ではないことを、阿求は知っていたからであった。

 

「――阿求様、一つ宜しいでしょうか?」

「……構いませんよ、慧音さん」

 

 だから、この場において。霊夢を除けば唯一といってもいいぐらいに話の分かる(というより、現状を理解している)慧音より向けられた意見が、阿求にとっては有り難かった。

 

 幸いにも、老人たちはお互いの意見(というよりは、考え方)を押し通すことに忙しいようで、誰も阿求と慧音に注意を払ってはいなかった。

 

「先ほども仰っていましたが、阿求様のお考えとしては妖怪の襲撃を対処することを第一に考えていると、捉えてよろしいのですか?」

 

「ひとまず、三つの中では最も緊急を要する問題だとは考えています。如何ほどの予算と人員が割り振られるかは未定ですが、現状より2割近く人が回されることになると思いますよ」

 

 阿求としては、それが手一杯だと判断していた。というのも、里の防衛に回される者たちの大半は、普段は別の仕事に就いている者たち……対妖怪に対しては、素人に毛が生えた程度でしかないからだ。

 

 普段ならばそんな者たちを現場に駆り出すようなことはしないのだが、今回ばかりは緊急事態だ。加えて、彼ら自身の生活を守る名目上、ほぼ無償に近い形で動員させている……正直、これ以上は逆立ちしても無理だというのが阿求の考えであった。

 

「……4割に増やして貰えますか?」

「……はい?」

 

 ところが、慧音はその倍を要求した。これには流石の阿求も面食らい、「……御冗談のつもりですか?」思わずといった調子で聞き返していた。

 

「冗談ではありません」

 

 けれども、慧音は本気であった。あくまで真剣な面持ちで、人員を4割に増やせと繰り返した。これには阿求もしばし絶句し……次いで、それはどうしてだと尋ねた。

 

「阿求様も御存じとは思われますが、現在、里の防衛に回っている内の3割を妖怪が担っています。ですが、単に妖怪といってもその性質は様々……さらに言えば、その3割には『妖精』を入れた上での計算となっております」

「把握しております。しかし、『妖精』はあくまでオマケ。性根が向いていないので、戦力としては9割方期待しておりません。それは、慧音さんも理解しておられますよね?」

「分かっております」

「では、何故?」

 

 阿求の疑問は、最もであった。

 

 ……『妖精』とは、自然界より放たれた精気(草木等から発せられる)が凝縮して生まれる存在のこと。言うなれば、自然のエネルギーが意思を持って形を成した存在であり、その見た目は人間の6,7歳前後の場合が多い。

 

 自然の精気そのものが具現化しただけあって、基本的に妖精というのは人間(妖怪もだが)の言う事は聞かない。注意は散漫で物覚えは悪く、『力』もそこまでではないうえに、感情に直結した行動を取ることも多いので……非常に使い勝手が悪いのだ。

 

 阿求もそうだが、聡明な慧音も当然ながらそれは理解していた。いや、妖精のことだけでなく、現状では1割、多くて2割しか人を回せないことも理解している。

 

「ここに来る前に様子を見に行ったことで分かったのですが、チルノが動けなくなっていました」

「――っ、あの氷精が、ですか?」

「はい、おそらく連日の猛暑に耐えきれなくなったのだと思います。休息を取ってはいましたが、この熱気がひと段落するまでは、もう……」

 

 しかし、それでも慧音は言うしかなかった。何故ならば、戦力として運用出来る残り1割の戦力が、この猛暑でついに動けなくなったから。「それは、真ですか?」思わず目を瞬かせる阿求に、慧音は固く唇を噛み締めたまま……静かに頷いた。

 

 

 ――『氷精のチルノ』

 

 

 氷精とは、氷の妖精とも呼ばれている妖精の一種であり、冬の気質が強く表に出た妖精である。妖精はその成り立ち故に春や夏といった自然が活発な時期に生まれることが多く、冬の気質を持った妖精は、今の所チルノ以外には確認されていない。

 

 そのチルノは、標準的な妖精の特徴とは別にの、氷精固有の特徴がある。それは、その身より放たれている冷気だ。その身体は氷同然に冷たく、吐息は常に白い。動き回るだけで周辺の温度を下げ、空を飛べば氷雪を舞い上げ、潜れば水面に氷を浮かべる程である。

 

 その冷気は夏場において最大限に発揮され、これまでもそうだが、此度も縁の下の力持ちとなっていた……が、しかし、チルノの本領はそこではない。チルノの本領は何と言っても、妖精の範疇には収まらない規格外の実力にある。チルノは他の妖精とは違い、圧倒的格上である妖怪に対抗するだけの『力』を有しているのだ。

 

 それがどれ程かといえば、名のある妖怪相手では分が悪いが、少なくとも木端妖怪程度であれば自力で返り討ち出来る程度といったところだろう。平時であればまだしも、この場面においてチルノが離脱するのは阿求から見ても由々しき事態であった。

 

 

 ――困ったことになりましたね。

 

 

 苦悶する慧音を見やりながら、そう、阿求は呟いて思案する。

 

 ……戦力的な意味でもチルノが抜けたというのは痛手だが、痛手はまだそれ以外にもある。それは、氷精という即席の冷却装置が失われたということだ。

 

 というのも、先述した通り幻想郷には温める手段は多々あっても、『冷やす』という手段が非常に少ない。無いわけではないのだが、外の世界と比べれば……どうしても大掛かりで非効率な方法しかない。

 

 しかも、それを行うとなると、只でさえ人手不足な人員をさらに割かなくてはならない。一日二日程度ならまだしも、この暑さが続く間ずっとそれを行うのは……無理だ。それでも押し通せば、間違いなく防衛線が崩壊する。

 

 そうなれば、最悪は里の一部を放棄しなければならなくなる。人間の立ち位置を守る為にも、安易に大妖怪クラスに助力を申し出るわけにもいかない。今後の人里の立場がどうなるか否やという現実を前に、阿求は目が眩みそうな想いであった。

 

「……2割では回せませんか? どこの勢力も出せる限りを出してもらっているのです。これ以上の御代わりは、今の所望めません」

「無理です、回りません」

 

 辛うじて。溜め息にも似た声で零した妥協案は、ばっさり切り捨てられた。

 

「半妖の私ですら、この猛暑は堪えています。既に自警団の幾人かが倒れて医者の下へ担ぎ込まれている現状、6時間ごとの4交代制がギリギリの妥協点だと私は思います」

「その言い分は理解出来ます。只でさえ限られた人員を減らさない為にも、少しでも一人当たりの負担を減らそうとするのも分かります。分かりますが、しかし……」

 

 うむむ、と。

 

 思わず、阿求は唸り声をあげる。無い袖は振れない……その言葉を、阿求は寸での所で呑み込んだ。そして、掴む袖が存在していないことを理解している慧音も、内心にて頭を抱えていた。

 

 現時点より4割増し……やろうと思えば、出来ない事はない。絞れば、何とでもなる。だがそれは見紛うわけもない、もろ刃の剣。己の足を食う蛸と同じであり、実行すれば近い将来返ってくる爆弾のようなものでしかない。

 

 ……只でさえ、この時期に溜め込んでおかねばならない食糧等の確保がほとんど出来ていないのだ。

 

 毎年、冬に餓死者や凍死者が出ることを想定して念のための対策をしてきたが、ここで4割も出せば、それが確実な未来となってしまう。それが分かっているからこそ、阿求もそうだが、慧音も思い悩むしか出来なかった――そんな時であった。

 

「――それじゃあ、地底のやつらに頼んでみたら? 今なら、鬼のやつらも暇を持て余している頃でしょ」

 

 それまで温くなった茶を啜りながら静観していた霊夢が、話しに入って来たのは。えっ、と目を瞬かせて振り向く二人を他所に、霊夢は空になった湯呑を盆に置くと、さて、と立ち上がった。

 

 

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………いや、待て。

 

「――ちょ、ちょっと待て、霊夢!」

「ん、なに?」

「なに、じゃない。お前、まさか地底の妖怪たちに助力を頼むつもりか?」

「そうよ、使える物は猫だろうと妖怪だろうと些細な違いでしょ。暇を持て余しているみたいだし、有効活用したらいいのよ」

「いや、猫と妖怪を同列に扱うのはお前ぐらい……待て、だから待て、さっさと行こうとするな!」

 

 のそのそと部屋を出て行こうとした霊夢を、経年は寸での所で呼び止めた。というか、その腰に抱き着いて無理やり止めた。未だ呆気に取られている阿求を他所に、慧音は霊夢を抱き留めたまま、頭痛を堪えるかのように顔を顰めた。

 

「霊夢……本当に分かっているのか、地底の妖怪だぞ。よりにもよって、地底の……あいつらが素直に協力してくれると思うか?」

 

 慧音の疑問は最もであった。地底の妖怪というやつは、何かしらの理由があって追いやられた者たちである。話の分かるやつだっているにはいるが、大半は地上に住む者たちを嫌っている。

 

 実力だけを考えれば確かに有力だが、一癖二癖どころか十癖は有るやつばかり。加えて、当然といえば当然なのかもしれないが、裏切る可能性だって0ではない……正直、リスクが高すぎると慧音は思った。

 

「大丈夫、大丈夫だってば。そりゃあ、あいつらだって私たちに良い気はしないだろうけれど、だからといって裏切るようなことはしないから」

「大丈夫って、いったい何を根拠に……」

「あんたも知っているでしょ。地底には、嘘が何よりも大嫌いな鬼がいるじゃない」

 

 けれども、懸念する慧音を他所に、霊夢は暢気であった。

 

「仲間意識が強いあいつらでも、裏切り者が出れば真っ先にぶっ殺しに行く。鬼ってのはそういうやつだし、そういうやつが地底では頂点に君臨しているのよ。むしろ、地上のやつらよりもよっぽど分かり易いやつらよ」

「しかし、それでも危険すぎるぞ」

「大丈夫だってば。私も無策のまま突っ込むわけじゃないし、ちゃんと仲介役を連れていくから。前も大丈夫だったし、今回も大丈夫だから」

 

 

 さあ、話しはお終い。

 

 

 そういって、霊夢は腰に巻き付いた腕を強引に振り解く。そうされて、色々と諦めた慧音は心配そうにがっくりと肩を落とした。「明日ぐらいに服は取りに来るから」それを見て、ひらひらと霊夢は手を振ってその場を離れようと。

 

「――霊夢さん」

 

 する前に、阿求より待ったが掛かった。今度は何だと振り返った霊夢に、阿求は何かを言いたげに視線をさ迷わせた後、「何か、必要なものは有りますか?」当たり障りのない言葉を零した。

 

 必要な物、必要な物……ねえ。顎に指を当てて、そう呟きながら考え込んだ霊夢は……ああ、と手を叩くと、懐より皺だらけの写真を撮り出し、首を傾げる阿求と慧音の二人へと見せた。

 

「この子に見覚えはない?」

「……いえ、全く。霊夢さんの御知り合いですか?」

「まあ、そんなところよ。それと、あんた達……『ワイヤード』って言葉に、聞き覚えはないかしら?」

「わい、やー……すみません、私には聞き覚えはありません」

 

 首を横に振った慧音より写真を受け取った阿求は、しばし写真を眺めた後、そう言って首を横に振った。「差し支えなければ、その子の名前を教えてくれませんか?」と続けられた言葉に、霊夢はしばし目を瞬かせた後。

 

「……『岩倉玲音』。まあ、忘れて貰っていいわよ。どうせ、明日には全部忘れているだろうし」

 

 霊夢の物言いに、「……忘れて?」阿求と慧音は訝しんで互いの顔を見合わせた。

 

 

 けれども霊夢は構うことはなく、未だ白熱している老人たちの言い合いに背を向けて廊下へ出ると……ふわりと、熱気を立ち昇らせている庭先から、青空へと飛び立ったのであった。

 

 




今更だけど、登場する東方キャラのイメージはあくまで私の中でのイメージ(原作によって性格が違い過ぎるので収拾つかなくなるからね、しょうがないね)ですよ。原作とはけっこう違うからね……とりあえず、ある程度は似せているけど
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