第四次聖杯戦争
第五次聖杯戦争にて冬木の聖杯戦争を終結させる要因となった衛宮士郎、遠坂凛、セイバー、アーチャーに関係する人物たちが聖杯を求めて争ったとされている。
もし衛宮切嗣がいなければ、遠坂時臣が殺されていなければ、言峰綺礼が第四次アーチャーと出会わず己の資質にも気付かなければ。
――もしも、召喚されたサーヴァントが全て違っていれば?
きっと、世界は大きく変わっていたのだろう。
「――さあ、もう一つの第四次聖杯戦争を始めよう」
これは、そんなもしもしが起きてしまった世界の物語。
※
「……」
第四次聖杯戦争参加者の一人、衛宮切嗣は自身が召喚したサーヴァントを柱にくくりつけ、こめかみに拳銃を突きつけていた。
「な、なあマスター? たしかに俺が悪かった。だからそれをしまってくれねえか?」
衛宮切嗣のサーヴァント、アサシンはあたふたとしつつこの場をきりぬける術を考えていた。
「……こんなことで令呪は使いたくない。アイリに今後ああいうことはしないでくれ」
「わ、分かった」
切嗣はアサシンの様子を見て今後は大丈夫だと判断し、縄を解いた。
「……んで、今回の聖杯戦争で危険なのは誰だ?」
「間違いなく言峰綺礼だ。他のマスターとサーヴァントが先にヤツを倒してくれるなら手間が省けるが、望みは低いだろう」
「宝具を使って先に仕留めるか?」
「召喚したサーヴァントにもよるが、先に殺すことができるならこれ以上にない好都合だな」
しかし、切嗣は最初に言峰綺礼を殺せるとは思っていなかった。
それが出来るならば未だ判明していない二人のマスターを除けばもはや衛宮切嗣にとっての敵はいないと断言出来る状況に持ち込める。
もちろん、出来ればの話だがと切嗣は頭の中で付け加えた。
※
ケイネス・エルメロイ・アーチボルトには悩みがあった。
元々彼が召喚するはずだったサーヴァントに関係する聖遺物を何者かに盗まれ、急遽別のサーヴァントを召喚しなければならないという自体に陥ったのだ。
そこでケイネスは魔力を許嫁であるソラウと共に特殊な方法で召喚を行った。
「……結果的に三騎士の一つであるアーチャーを召喚できたとはいえ、貴様は何者なのだ? そのような格好の者が私の召喚しようとしていた人物だとは思えないが」
ケイネスの質問にアーチャーと呼ばれた少女は無視をし、辺りを見渡していた。
「……真名を隠すか。ならばアーチャー、貴様は聖杯に何を望む?」
「私の望み? そんなものはただ一つ」
少女は腰にかけていた二丁の拳銃を手に持ち、硝子を撃ち抜いた。
「私が主人公になること。それ以外は望まない」
アーチャーが発砲した先ではよく見れば人影が動いているのがギリギリ確認でき、ケイネスは感心したようにそれを見つめ、椅子に座った。
「……何者かの存在には気付いていたが、この距離から狙い撃てるとは。流石はアーチャーだ」
「マスターの願いには興味がない。ただ私の願いさえ叶えてくれるって約束してくれるなら私も心置きなく本気で戦えるわ」
「勿論だ。この聖杯戦争に勝利した暁にはアーチャーの願いを叶えると約束しよう」
ケイネスにとってアーチャーは真名も判らなければどのような人物なのかさえも知らない英霊だ。
だが、アーチャーの腕は確かなものであり、願いも意味は分からなかったが碌でもない恐ろしいものではないと判断していた。
聖杯戦争に勝利したという箔が手に入ればそれでよかったケイネスにとってアーチャーとの利害は完全に一致しているのだ。
「……ところでマスター、スマホは持っているか?」
「スマホ? なんだねそれは」
「……知らないならいい」
アーチャーはそれ以上何かを発言することもなく、ただじっと外の景色を見続けていた。
ケイネスもそれ以上アーチャーに関わることもなく魔術工房の最終調整を行うために部屋を後にした。
※
遠坂時臣は第四次聖杯戦争にて最強とも呼べるサーヴァントの召喚に臨んでいた。
「セイバー ギルガメッシュ。召喚に応じて来てやったぜ」
しかし、彼の召喚しようとしていたサーヴァントは弟子である言峰綺礼のサーヴァントとして召喚されるという思わぬ事態に陥ってしまっていたのだ。
「……呼んでしまったものは仕方がない。私は別のサーヴァントを召喚する準備に取り掛かろう」
時臣は急遽新たな聖遺物を用意することも出来ず、仕方なく聖遺物もない状態で召喚を行った。
「――召喚に応じて馳せ参じた……なんてね。貴方が僕のマスターかな?」
現れたのは、英雄と呼ぶには現代的な服装に整った顔立ち。
その手には拳銃が握られていた。
「……あ、ああ。私がマスターだ」
「今回はキャスターで召喚されてしまったみたいだけど、僕の願いのためにも期待以上の働きはしてみせるよ」
時臣は一瞬ハズレサーヴァントだと感じていたが、その考えを瞬時に取り消すことになる。
キャスターの放つオーラはキャスター――魔術師の放つそれではなく、もっとも人間的で、魔術師でない一般人の放つドス黒いオーラそのものであった。
それに時臣だけでなく、言峰とセイバーもいつでもキャスターを攻撃できるように戦闘態勢に入っていた。
「……ああ、何故か警戒されていると思えば狂化が抜けていないのか。やっぱり難しいな」
キャスターが狂化を解除したと思われた瞬間、言峰たちも敵意がなくなったように警戒を解いた。
「……さて、早速だけどそこの同名別人のギルガメッシュにお願いがあるんだ」
「同名別人? なんだそりゃ」
時臣も不思議に思ったのか首を傾けた。
キャスターは少し考える素振りを見せながらセイバーをジーッと見つめていた。
「……今は置いておこう。共闘関係にあるなら、今から言う僕の頼みを聞いてほしいんだ」
「……だそうだ。どうするマスター」
「私は構わないが、師は……」
「構わないさ。何も考えなしの行動なら止める必要があるが、そうではないのだろう?」
時臣は落ち着いてキャスターの次の言葉を待った。
すると、キャスターは再び黒いオーラを放ちながら笑顔を向けた。
「もちろん、勝つための下準備ですよ」
※
一連の遠坂時臣とキャスター、アーチャー、言峰綺礼の動きを監視している者が存在した。
「……こんなことに付き合わせて本当に申し訳ないと思っているよ。ただ、君たちの願いを叶えるにはこの戦いを終わらせる必要があるんだ」
男は一人でそう呟くと手に持っていた袋からパンを取り出した。
「美味しそう? どこにでも売ってる普通のパンだけど……そう見えてるのか」
男はパンをくわえ、立ち上がった。
「……待っていてくれ桜ちゃん。必ず君を助けてみせる」
男は微かに光る令呪を見つめながら、それを包帯で隠した。
「そのためにも俺に力を貸してくれ、フォーリナー」
男は遠目で遠坂時臣を見つめつつ、興味をなくしたのか数分も経たないうちにその場から姿を消した。