そんな感じのおはなしです。

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第1話

窓から差し込む温かい日差しの誘惑に負けてうつらうつらと遠のく意識を、綱引きでもするかのように引っ張って何とか現世に留めていると、最後にテンポが下がっていって不安になる我が校の校歌に倣ったチャイムが教室に鳴り響く。

 

「んあ……」

 

 今回の綱引きは意識を保つ軍が勝利。俺は前にいるクラスメイトの背に隠れる様にして目を擦った。

 

「では、本日の授業は終わり。宿題として56ページの練習問題1番を解いて置く事。では、日直さん」

 

 今日の日直が先生に促されて、起立を執る。俺は先生の指定したページの角を折りながら立ち上がり、日直の礼と言う号令に合わせて身体を折り曲げ、着席の言葉を聞き届けてまた椅子に座った。

 

 先生が教室から出ると、先程まで静寂に包まれた教室は何処へやら、皆で合唱をするかの如く教室が喧騒に包まれる。

 

 それもその筈、この独特なチャイムが鳴るのは、この学校に置いて二回。一つは、放課後を示すとき、もう一つは、昼食の時間を示す時だ。

 

 授業と授業の間の短い休み時間じゃ無くて、一時間程の長い休み時間だ。皆が騒ぎ出すのも無理が無いだろう。

 

 それと、この学校。昼食を食べる場所は自由だ。流石に廊下や階段や特別な教室では食べられないが、他クラスでも食べれるし、食堂でも食べて言い。天気が良ければ屋上で食べる人もいる。

 

 皆が自由に楽しく、一緒に食べたい人を誘って楽しくご飯を食べる。そんな一時の癒しの時間。

 

 ――の筈なのだが、俺にとってはそうではない。

 

 その原因は、俺のクラスの昼前の授業が終わると、同時に俺のいる教室に侵入して来る。

 

 その原因達の気配を感じ取り、俺は首を錆びついて動かない歯車を無理矢理動かすかのようなぎごちなさで、教室の出入口へと顔を向けた。

 

 まるで予め練習したかのように、揃った足並みで同時に別々の出入口から教室に侵入してきた原因達。

 

 一人は、セミロングの狐色の髪にオレンジ色のカチューシャを着けた少女、白露。もう一人は、白波色の長い髪を三つ編みにして編み込んだ少女、海風。

 

 二人の共通点は、この学校の制服を着てる事と、お弁当の入った包みを持っている事。

 

「来たよ!」

 

「お邪魔しますね」

 

 そう、この二人の少女、自体が、俺の平穏をぶち壊す原因なのだ――

 

 

 

 

「よ、よう……!」

俺が軽く手を挙げて返事をすると、二人は笑顔を浮かべながら、(しかし、笑顔に反して二人が纏っている雰囲気は何処か殺伐としたものだ)俺の側に近寄ると、近くの使われてないから机を引っ張ってきて、俺の机とくっつける。机の配置は凸上下逆にした感じだ。

 

「うん」

「登校の時ぶりですね」

二人は相変わらず笑顔を浮かべている。しかし、それは善意が100%とは言えない。笑顔とは本来威嚇の為と言われている。今の二人の笑顔はその本来の用途に使われていると、俺は思う。

 

「あら、白露?今日も早いですね」

「そりゃあね。一番に食べてもらわないと」

 

二人は笑顔を浮かべたまま見合い、世間話でもするかのように互いに牽制する。

怖い……。二人とも笑っているのに笑ってない。

 

正直、今すぐにでも逃げ出したいのだか、逃げれない理由がある。逃げても二人がかりで追って来る上に、連携がとれた追い込み漁をしかけてくるから。普段はいがみ合ってるのに、どうしてこんな時ばかり……。

 

それと他の理由としては、

 

「今日こそ!」

「ここで!」

「「どっちのお弁当が美味しいか決めて貰うんだから(貰いますからね)!!」」

 

「あは……あははは……」

 

今ここで行われる二人のお弁当対決と言う恒例行事は、俺のせいで執り行われるからだ。

 

 

 

 

 

白露は幼馴染みだ。幼稚園の頃からの同級生で、今も一緒に遊んだりしてる、かけがえのない友人。お互いの家が遠いのが、たまに傷なのだが。

 

海風も幼馴染みだ。小学校に上がる前頃に引っ越してきたお隣さん。登校班が一緒だったり、クラスも同じだったから、自然と仲良くなって今も一緒にいることが多い。

 

白露と海風は、俺を経由する形でお互いに友と認める存在になった。なったのだが、ある日、いがみ合うようになった。

 

その理由は俺だ。自慢じゃないのだが、二人は俺に対し好意を抱いてるのだ。

 

『あ、あたし……あなたが好きなの!』

 

『私だって貴方の事が好きです!』

 

二人からそう言われたのは、いつの日の事だっただろうか……。

 

ただ、言えることは。俺はその時、答えを出せなかった。

 

確かに白露と海風の事は好きだ。だけど、それは友として好きなのであって、異性として好きなのかと言われると首を捻ってしまうような、曖昧な心境。

 

だから、答えを出せなかった。どちらの方が好きなんて考えたことが無かった以前に、そういう風に見たことが無かったから。正直に伝えた。

 

そこからと言うもの、二人のアピール合戦が始まった。以前よりお洒落したり、積極的になったり、女子力を見せつけてきたり。

 

今行われようとしているお弁当対決もその一環。

 

ただ……その……最初は密かなものだったのだが、今はご覧の通り、大分大胆になってる。

 

最初の方は友達に冷やかされたり、何だかんだで助け船を出して貰って離脱できたりしたのだが、今は二人が醸し出す邪魔をするなと言わんばかりのオーラに弾かれて、寧ろ率先して逃げるようになってしまった。

 

今だって回りから囃し立てられそうな状態なのに半径三メートル以内には誰も居ないし、こちらの話をしてる人は誰も居ない。

 

恐るべき、女の戦い。

 

そんな事を思いながら現実逃避をしていると、白露は自分が持ってきた水色の包みを解いて包みと同じ色の二段になったお弁当箱を露にした。

 

「もっちろん、今日のも一番の出来だよ!」

 

毎日が一番の出来と言う、どこぞのワイのようなキャッチコピーを言いながらお弁当箱を開けてく白露。一段目は、アスパラの肉巻きに卵焼き、ウィンナー、ほうれん草のごま和え、それとオレンジ。二段目は鶏そぼろのご飯。至ってシンプルな出来。凝ったものが無いのが白露らしい。

 

「おぉーいいなぁ」

 

「でしょでしょ!?好きな物、出来るだけ詰め込んで来たよ!」

 

 

白露は鼻を鳴らしてどこか自慢気。流石に好きなものはバレてるか。お陰で視線は好物の肉巻きに釘付けだ。

 

対する海風は、白露の弁当を一別すると、自分の包みを解き始める。

 

「今日も精一杯作ってきました」

 

海風は包みは白露の物より大きいし、幅もある。何だか嫌な予感がして、机の下に隠した拳を密かに握りしめる。

 

海風の包みが解け、中から出てきたものに、俺は凍りつく。

 

「アヴァ……」

 

思わず動物の鳴き声のような、気持ちの悪い声を出して。

 

「うふふ、沢山作って来ちゃいました!」

 

海風の掲げるお弁当箱。それは漆塗りの三段重だった。

 

昨日まで一段か、白露と同じサイズの二段弁当だったのに、今日はまさかの三段重。

これには白露も目を剥いている。

 

ちょ、弁当二個食べるのもかなりキツいのに、三段重も食べるとか無理なんですけど。

 

「一段目は、和食中心です。唐揚げに、煮物にーーー」

 

凍りつく俺らを余所に海風は三段重を広げて説明し始める。

 

計五段分のお弁当。今すぐにでも逃げ出したい。

 

「ちょっと!それはズルくない?」

 

白露が声を荒げる。流石に俺の心労を察してーー

 

「それ使っていいなら、あたしだってお重で持ってきたし!!」

 

察してくれてなかった。寧ろ、やろうとしてたという。

 

「だって、お弁当箱の指定はしてないでしょ?沢山食べて欲しいから、沢山作ってきたんです」

 

海風はおかしいことをしましたかと言わんばかりに首を傾げる。そうだ、海風はそういうところがあるのだ。ルールの隙を突こうだとか、相手を出し抜こうとか思ってない。善意でやるのだ。

 

「うふふ……」

 

あっ、前言撤回。やっぱり、口角の持ち上げ方が怪しい。ちょっと出し抜こうとした気持ちはあるな絶対。

 

「むぅ……いいもん。明日は沢山作るし……」

 

厳密なルールを決めてなかった方が悪いので、何も言い返せず、白露は小さく頬を膨らませる。若干涙目になってるのが、なんとも白露らしいというか……。

 

「てか、明日って言ったな!?決着つけるんじゃ無いのか!?と言うか、これ以上のインフレは止めてくれ!」

 

我慢ならずに言葉にしてしまったが、もう知らん!誰もお重を持ってくるのは想像できないだろ!!

 

「そんなことより」

 

「そんなことじゃない海風 」

 

「審査をお願いします」

 

審査、その言葉にいじけていた白露が復活する。

 

「そうだよ!ボリュームで負けても、味で勝負すれば!」

 

「ボリュームがあるとかそんな領域じゃないだろ!」

 

「ふふっ、ボリュームをあげたことで質が落ちたとお思いですか?大間違いです!海風はそんな隙は作りません!」

 

 

活路を見いだし瞳に光を宿した白露と、口元に手を置いて怪しく微笑む海風と、大ボリュームに絶望する俺。

 

この勝負の審査方法、お互いのお弁当を食べきった上で審査するからだ。

 

「さぁ」

「どっちが美味しいか」

「「審査をどうぞ(してね)!!」」

「ひ、ヒェ……」

 

逃げ場が無いことを悟った俺は手の震えをなんとか抑えて箸をとることにしたのだ……。

 

結局、何とか食べきったのだが、お腹いっぱいで何もコメント出来なくて、決着はついてない。

 

それと、この日からインフレし始め3日足らずで、二人は五段弁当を持ってくるようになったのだが、その日にやりすぎだとそれぞれの親から怒られたらしいので、ルールが改訂され多くて二段になった。二段でもキツいだけど……。

 

ちなみに二人がそれぞれ持ってきた五段弁当は二人分食べきった。食べ過ぎて死ぬ思いをするのは、金輪際無くなることを祈りたい……。



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