それいけポンコツ指揮官とM1895おばあちゃん!! 作:焔薙
それは想定外の人物、指揮官と副官までは予想していたヴァニラでもまさか彼女、スプリングフィールドまでも聞いてるとは思わなかった、いや、そもそもにして彼女に聞かせる理由は……
「聞かせる理由が無い、なんて口が裂けても言えないですよねヴァニラ?」
「……本当に、性格悪いわよアンタ」
「それだけが取り柄ですので~?」
クツクツと笑うFMG-9、だが起きようとしない所を見るにあの接続時のダメージは思ったより高いらしい、なのでヴァニラもそれ以上は強く言えず、と言うより今は目の前に立ったままでいるスプリングフィールドにどう声を掛けるかを考えるべきだろうと思う、が
先程のFMG-9との会話からも分かるように彼女に自分のあの話を聞いてる理由は心当たりが無いということではない、あるにはあるのだ。正直に言えばスプリングフィールドからの好意は気付いている、気付いた上でヴァニラはそれを受け止めずに押し返すこともせず逃げ続けるという選択をとっている。
自分は愛されていい人間ではないのだ、狂気に囚われ娘を蘇らせようとするためだけに幾人の人間を実験に使った大罪人、それが私だという感情が彼女には存在しているのだ、だからスプリングフィールドの気持ちには答えられないと
「わかったでしょ、スプリング、どうしようもない程に私は汚れているの、貴女みたいな綺麗な娘の気持ちには……」
「関係、ありません。いえ、それを聞いた所で私の心は揺らぎません」
真っ直ぐな綺麗な瞳がヴァニラを射抜く、恐らくはヴァニラの過去を聞いて心優しい彼女は泣いていたのだろう赤くした瞳、だがそれを加味しても綺麗な瞳をヴァニラは見ることが出来ない、心は揺らがない、そう言われてしまい逃げ場を失う。
彼女の真っ直ぐな瞳とは対象的に酷く揺れるヴァニラの瞳、そこに普段の飄々としてだが何処か凛としていた彼女の姿はなく、まるで罪を明かされた罪人のように顔を俯かせ指をせわしなく動かしている姿しか無い。
「心は揺らがない、ね。は、はは、だったら尚更、私は駄目よ……どう振る舞っててもこうやって簡単に揺れる女とは釣り合わないわ」
「良いじゃないですか揺らいだって、私はそういう人がす、あ、いや、と、ともかくそうやって卑下するのはどうか思います!」
「……今のは言い切るべきだと思うんですよ私」
「だ、黙ってて下さい!!」
絶好の場面で最後の最後でヘタれるという快挙を成し遂げたスプリングフィールドに苦言を漏らすFMG-9、これには副官も苦笑いを浮かべ、隣の指揮官は急に砕け出す真面目な空気に気が楽になった感じに息を吐く。
対してヴァニラはまだ煮え切らない顔だった、のだがギャーギャーと賑やかになりだした広報室に居る面々を見つめ、それから
「直ぐには、無理よ。でも……ミーシャに情けない姿のまま逝ってほしくはない、ていうのもあるわ」
「恐らくはまだ見てます、ただ反応は無いですけど……ああ、色も正常に戻りだしてます」
「時間は、無い……か、ねぇ指揮官、副官、少し相談があるのだけど」
そう切り出して彼女は自分に踏ん切りを、そして娘にせめて形だけでもとある提案を出す、二人は勿論と許可を下ろして人員に通信を入れて、それ自体は数十分もすれば準備は終わりヴァニラとFMG-9、それとスプリングフィールドはあの教会の裏に作られた一角に集っていた。
指揮官と副官は席を外していた、これは今日は彼女達の事、ならば自分たちはコレ以上踏み込みはしないと言ったからだ。ともかくそんな三人の視線の先には一つの至って普通の墓石、刻まれている名は【ミーシャ】、せめてキチンと弔ってあげたい、それがヴァニラからの願いだった。
遺体などは彼女が過去を全て捨てる際に思い出の詰まった自宅と共に火葬しているので此処には埋まってはいない、だから本当に形だけのお墓を前にヴァニラはG3から貰った【ブルースター】を供えて手を合わせる
ブルースターの花言葉は【幸福な愛】彼女は花と気持ちで伝える、ミーシャと共に過ごせた時間は幸せだったと、幸福だったと、故に狂ってしまったのだがそれでも貴女を愛していると言いう気持ちは今でも変わっていないと。
「……」
隣ではスプリングフィールドも手を合わせている、顔も声も知らない、だけどせめてヴァニラの気持ちが届き安らかに逝ってほしいと。
だがFMG-9だけは彼女達の後ろで二人を見つめているだけだった、彼女は見せてあげたかった、今もう微かにしか残っていない彼女の残留思念にヴァニラは、そして此処の心優しい人形の一人がこうやって祈ってくれているということを、貴女は本当に優しい母親に恵まれたのだと言うことを、すると先程までうんともすんとも反応がなかったミーシャから、しかもはっきりとした表示で
【フタリニ ツタエテ】
【アリガトウッテ】
「その状態になっても律儀ですねこの娘は、ええ、伝えておきますよ」
【エヘヘ バイバイ】
そのメッセージが流れた時、FMG-9の目の前に一人の少女が映った。白のワンピースに身を包み自分と同じか、それよりも濃いスカイブルーの瞳、ヴァニラと同じ銀のセミロング、顔も何処と無く彼女の幼い感じで育てば美人になるだろうと断言できる少女はFMG-9に笑顔で手を振ってから『お母さんとずっと仲良くしてね』と彼女に言葉を掛けてから、まだ手を合わせている二人の傍まで行ってスプリングフィールドの手に自分の手を重ねて何かを呟き、ヴァニラには後ろから抱きしめ、こちらにも小さく何かを呟いてからフワッと光の粒子となって天に昇っていった。
人形である自分でもまるでそこに居るかの様に見えた彼女が天に昇った、そんな非科学的なことを前にしても不思議と冷静に、心が安らかになった気がし何気なく持ってきたコンパクトタイプの手鏡で自分の右眼を見れば
(ああ、本当に逝ったんですね。何でしょう、今日まで認識すらしてなかったってのに何だかポッカリと空白ができた感じですよコレ)
パタンと手鏡を閉じて視界を二人に戻せば祈りを終えて顔を上げている姿、だがヴァニラは驚いた感じに空を見上げ、スプリングフィールドも同じ様に空を見上げていた。恐らくはあの瞬間、二人にも感じたのだろうと思いながらFMG-9は側まで歩き
「お二人とも、ミーシャから最後の伝言です。ありがとう、との事でしたよ」
「そう、ふふ、幻聴かもしれないけど私、あの娘の声で『お母さん、大好きだよ』って聴こえたのよね」
「ヴァニラさんも、ですか?私も『お母さんをお願い』と女の子の声が聴こえました」
FMG-9、スプリングフィールド、ヴァニラ、三人が聞いたとなればあれは幻聴でも何でも無い、そう思いながらもう一度空を見上げ、それから漸く見せた何時も通りの、だが少しだけ穏やかな感じも合わさった笑顔を空に向け。
「……戻ろっか」
「と良い話で終わらせて上げたいのは山々なのですが、マスターさんの気持ちに答えてあげたらどうです相棒~?」
「え、FMG-9!?あ、ちょ、待ちなさい!!!」
「おっと、へいへ~い、なんだったらマスターからでもあっぶね!?」
おちょくる感じの声にヴァニラが反応する前にスプリングフィールドが行動を起こすが彼女は即座に逃亡、急に始まった追いかけっこを見送りながら、参ったなぁと呟く
「(惚れるってこんな感じなのかぁ、どうすりゃあいいかなコレ)ねぇ、ミーシャ……お母さん、恋愛したこと無いんだけどどう動けばいいと思う?」
頑張って、今度こそ幻聴だと思われる娘の声が頭に響き、ヴァニラは穏やかな微笑みを浮かべたまま整備室に戻るために歩を進めるのであった。
その後、ミーシャのお墓にはヴァニラとは限らず基地の全員で毎日のように綺麗に管理される。だがこの手に関しては何かしらの反応を見せる大福が特に反応を見せないので本当に成仏したんだなぁと言うことになっている、まぁだからといって清掃が止められたり墓参りが行われないというわけではないのだが。
Q なんで急に空気変えたん?
A 耐えられんかった。
簡易紹介
『ミーシャ』
生まれた経緯とか容姿はは本編参照。性格は聞き分けがよく、気配りが上手い少女。
キチンと育っていた場合、ヴァニラと双璧をなせるほどの才能を見せてたかもしれない