それいけポンコツ指揮官とM1895おばあちゃん!! 作:焔薙
「……ここに顔を見せに来るなんて珍しいこともあるものだね」
ヨレヨレの白衣、目の下にははっきりと分かるレベルの隈、頭には猫耳、その手にはコーヒーが入ったマグカップを手に自身のラボに入ってきた客人にそう告げるのはここ16Labの主任、ペルシカリア。
そしてそんな言葉で迎えられたのはグリフィンの赤い制服に右目にはモノクルを掛けたペルシカとは真逆の出来る女な感じを漂わせるヘリアントス。
「偶には見てやらないと倒れてた、というのが洒落にならんからな」
「面白いジョークだ、これでも体調管理は徹底してるつもりだよ」
じゃあその目の下の隈は何だと問いても、これはもう跡になってるから無理だねと返しながらペルシカは彼女に新たに淹れたインスタントコーヒーを手渡す。
ヘリアンはそれを受け取りつつ、部屋を見渡す。相変わらず片付けが全くされておらずそこかしこにゴミだったり資料と思われる書類だったり、脱ぎっぱなしの服だったりが散らばっておりコイツはと思いながらふと、彼女の手机に視線を移せばそこには写真立てが複数、中身は
「む?ああ、彼女の写真だよ、一番新しいのはそこのあの娘の誕生日のやつさ」
「誕生日、私も行ければ良かったが……お前が動いた以上私まで動くと他の奴らが煩いからな」
「大層な肩書があると面倒だね~」
お前にもある筈なんだがなぁ、そんな感じにボヤきたくなるが目の前の天災がそれを気にする人間ではないというのは分かっているので言葉を飲み込むついでにコーヒーを一口、それから改めてその写真を眺める。
思うのは指揮官の少女の心からの笑顔、その隣の彼女によく似た少女も見つめてから、最後にペルシカを見て
「此処まで笑顔、と言うのは初めて見たな」
「おや、君の前でも彼女はよく笑うだろうに」
「違う、お前の事を言っているんだ、愛想でも作り笑いでもないというのは初めてだという話だ」
写っていたのは指揮官の隣に座り笑みを浮かべているペルシカ、確かに彼女はよく笑うのだがそれは悪巧みだったり愛想笑いだったりする中、その写真にあったのは心からの祝福の笑顔、少女が笑顔だから自分もという感じの物にヘリアンは驚いたように話したのだ。
言われた本人はその写真を見つめて、ふむと唸ってから
「まぁ、あの娘のことは気に入ってるからね」
「気に入っている、で済むのか?私から見ればまるで娘でも見つめる顔だったぞ」
君からその言葉が出るとは思わなかったと驚くように言えばヘリアンは気恥ずかしそうにコーヒーを飲んでから、で、どうなんだと促す。
ペルシカとしては彼女、ユノは最初こそは本当に唯の興味本位だった、それこそ捨て猫をただ拾っただけ、そのくらいの認識だったということは否定しない。軟禁され感情も何もかもを削ぎ落としたかのような彼女にただちょっとかわいそうだなという感情が働いただけ。
だが後見人となり、彼女に様々なことを教え、指揮官になってからも自身を気にして、いつぞやは言い間違いだったがお母さんと呼ばれ、そこまで整理してから
「そうだね、君の言う通りかもしれない、ふふっ、私も変わってしまったものだね、人形と科学以外はと思っていた私がたった一人の少女にそこまで想ってしまうとは」
「無理もないだろう、何だかんだで衣食住を共にしていたのは確かだ。私だって教え子である彼女がここまでの存在になって実を言えば少しだけ鼻が高い」
もし、今此処で彼女に何かがあったと、それこそいつかの暗殺未遂レベルのことが起きたと分かれば即座に行動を移すだろう、ヘリアンはその持っている権限で彼女らの暗部が自由に動ける許可を、ペルシカはAR小隊や404を動かしたり自身が出来る事を模索し始めたりと。
二人にとってユノという少女はそこまで大きな存在になっていた。本当に始めの頃はそうではなかった筈、ただその目の有用性、彼女自身の不安定さを安定させるため、そのくらいの目的で接していたはずだと。だがそれも気付けば手のかかる自慢の生徒、天真爛漫な笑顔で捻くれ者だと言われてる自分を慕ってくれる娘のような存在、そんな風に変わっていた。
「そんな彼女も気付けば立派な指揮官になってもう一年なわけだ、感傷深い物を感じるね」
「はっきり言えば此処まで大きく、そして実力が伴うとは予想してなかったのだがな、嬉しい誤算であると同時に……」
「無理させることが多くなってしまったね、何かがあれば彼女にお鉢が回ってしまうくらいに」
S09地区の監視、そのくらいが彼女の仕事だったはずだったP基地は、キューブ作戦を皮切りに様々な仕事が舞い込むようになりその殆どを出来る範囲でこなし、だが決して表彰などはされない基地という事と、ナデシコの実装によって09だけではなくS地区全体の監視を始めたことで嫌でも目立ってしまうようになった。
「結果として、彼女を訝しぶ声も増えてしまった。一部では本当に彼女は人間なのかとすら言葉にしている者も居るらしい」
「一応、ナデシコは高性能AIによる制御だって事で広めてはいるんだっけ?」
ペルシカの言葉通り、ナデシコに関しては流石にユノがコアとして稼働させて監視してますとはバカ正直に言えるわけないということで高性能AIによる制御、という事にはなっている。こうでもしなければ色々と面倒事が起きたり、もしくは更に彼女に接触しようと動くものが増えてしまうからだ。
それでも、とヘリアンは続ける。
「気付く者は気付いている。彼女がそうだとな、だが同時にそこまで聡明なら」
「あの娘に手を出せば、結末がどうなるかも分かる、ある意味、今までの彼女らの行いが運よく牽制になっているね」
更に言えば彼女らは知らないがユノは二人のお気に入りであり、ペルシカと何故かクルーガー社長も後ろ盾に居るという噂も流れているのもその実力者が手を出してこない理由の一つとしてある。
しかし、唯でさえ指揮官クラスの人手は足りないというのが現実だと言うのに楽してのし上がろうとして見てくれ純粋無垢な彼女に手を出す新入り、もしくはその程度の指揮官が決して少なくないのも事実、この辺りどうにかできないかというのがヘリアンの此処最近の悩みの種である。
「本当であれば表彰なり出来れば良いのだが、本社の扱いがああではそれも出来ない……やはりもう暫くはあっちの暗部に頑張ってもらうしかないのか」
「心苦しいのは私もだよ、だがその扱いだから寧ろ今日まであの基地は回っていることも否定はできない事実だろ?コレばかりは本当にどうしようもない事だよ」
大人二人の疲れた溜息がラボに広がる、保護者役と先生役、その二人の気苦労はこれからも続くのである。
こういう場面も偶には書きたくなる、いっそ雑貨屋の老婆の視点で一話もありかもしれないとすら思う。