それいけポンコツ指揮官とM1895おばあちゃん!!   作:焔薙

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副官が作ったシチーは、少し酸っぱい。


経験値不足

「……」

 

執務室、ナガンが作業の手を止めること無く、ちらっと指揮官を見る。あの襲撃後、ナデシコは未だ使用不可であり、専ら眼だけでS地区のみの監視や、キャロルの行方を探るべく繋がりがある基地、人物全員に彼女の特徴や事情などを説明し情報をもらえるように根回しをしていた。

 

「えぇ、はい、そうですね、特徴は先程のであってます、はい、ありがとうございます、もし見つけたら情報だけでも回してもらえれば、え、ははっ、はい、ありがとうございます、では失礼します……ふぅ、これで皆に連絡は回ったかな」

 

「だがそう安々と見つかる相手でもあるまい、アヤツは頭は回るじゃろうしな」

 

「間違いなく外見を悟られないような格好で行動してると思うよ、でもお店、街とかならもしかしたらってあるからさ」

 

或いは、と言うレベルの推測なのでこれはユノも正直半々という感じなのだが、それでも情報を回しておけば何か見つかるかもしれないという期待も込められていた、せめて無事に生きていることだけでも分かればという期待が。

 

と、そこで時計を見れば長針も短針も丁度てっぺんを指していた。ナガンは一旦書類をトントンと纏めてからまだ書類を整理し、書く手を止めてない指揮官に

 

「まぁ上手くいくことを願おう。さて、そろそろ昼じゃ、休みを……」

 

「あ~、ごめん、先に取っちゃって。私はもう少し書類とか片付けてから行くから」

 

これだ、ここ最近の彼女は大体こうである、何かに取り憑かれたようにやれ書類整理がまだ、だとか、やれナデシコの様子を見るために特殊戦術室に向かうだ、基地の復旧状況纏めたいからと各施設を巡ったり、と休みを今までならガッツリだったのを急に程々にシフトさせ仕事を優先するようになっていた。

 

原因は分かっている、あの襲撃で自分の落ち度が、慢心を思い知らされたから、だからこそ次を無くすために彼女は行動を起こしているのだが

 

「馬鹿者、休みを取らずに仕事をしてはミスが出始めるだけじゃ」

 

「まだ疲れてない、だからナガン先に行っちゃっていいよ」

 

「……駄目じゃ、行くぞ、せめて食事だけでも」

 

「だからまだ平気だって言ってるじゃん!!!」

 

いきなり荒らげられた声、これはナガンも予想外の反応であり思わずユノを見てしまうが、当の本人も驚いた表情をしていた、つまりは彼女も声を荒げるつもりはなかったということになる。

 

だが荒げた、それからユノは顔を俯かせ、それから

 

「……ごめん、一人にして」

 

絞り出すような声で告げてきた、ナガンは悩んだ、このまま一人にしてしまって良いのかと、今のやり取りだけで彼女は心理的に追い込まれ始めていることが分かってしまった。

 

つい先日、息抜きを挟むためにMSF主催の祭りに行かせた、だがそれでも彼女の心の中に巣食ったあの戦闘の傷は簡単には消えてくれなかったようだ、いや

 

(コヤツにとって初めての失敗、そして敗北による負い目……本来であれば今日までに何度も体験すべく事じゃが)

 

言うとすれば今までが完璧に近い勝利を掴み続けていたが故に発生した【ツケ】確かに戦闘に出した人形が重傷を負う、ということはあった、だがそれも片手の指で足りるくらいであり、つまりはユノには敗北の経験値、そしてその際の心の持ち直し方を知らないのだ。

 

そして知らないからこそ、次が生まれないようにユノは仕事をこなし、自分であれこれ考え、周りの人形から意見を聞き、その都度、修正をし、再度書類を纏める、と言うサイクルで動き始めてしまっていた。

 

「今この場にはわししか居らん。外にも……誰も居らんな、だから話せ、お主、今何を抱えて動いておるのじゃ」

 

まぁその前に昼飯じゃとナガンは執務室奥に設置された簡易キッチンに向かい、エプロンを付けてから冷蔵庫から適当な材料を取り出して調理を始める。少々久しぶりなので彼女本人も不安はあるがと作り出したのはシチーと呼ばれるキャベツをベースとしたスープ、材料を切り、グツグツと作っていけば匂いがユノの鼻を擽り、俯いていた顔を上げさせる。

 

思えば、最近の食事も手早く済ませてあまり食べてなかった、とにかく修繕を改修を、それからキャロルの行方を探し、せめてやれることだけでもと自分の眼のみを使った監視に時間を割き、次第に余裕というものが無くなり始めていたと

 

(私、弱いなぁ)

 

今度は椅子の背もたれに身体を預けて天井を仰ぎ見る、とここで調理を終えたナガンがキッチンからそれぞれ器に分けたスープを持って現れそれを執務室中央のテーブルに置いてから

 

「取りあえず、飯を食え、空腹じゃ何考えても碌な事にならんぞ」

 

「ふふっ、おばあちゃんの料理って初めてかも」

 

「そうだったかの、まぁよい、ほれ冷める前に食べるのじゃ」

 

もう既に作られたそれを無碍に出来るほどユノという少女は非情になれるはずもなく、彼女もソファに座ってからシチーを一口、少し酸味が効いた味に驚くがこれはこれでありだと考えて食べ進めていく。

 

ナガンもそれを確認してから自身の分を食べ始めるが

 

(思ったよりも腕が落ちておるな……如何せん最後に作ったのはかなり前じゃからなぁ)

 

「美味しいよ、あと、ごめん」

 

急にユノが謝る、あの時声を荒げたことに対する謝罪だと気付くまでに時間なんて要らない。だからこそナガンはスープをまた一口飲んでから

 

「今回に限っては、仕方があるまい。慣れぬことだらけ、しかもナデシコは使えない、となれば嫌でも余裕がなくなるじゃろうて、寧ろそれを悟っておきながら手を出さなかったわしの落ち度じゃよ」

 

「え、ううん。私がまた勝手に抱え込んじゃっただけ、相談すればいいのに……またしなかったから」

 

「相談するにもどう話せばいいか分からんかったのじゃろ?」

 

指摘にユノは驚いたような表情でナガンを見る、何で分かったのかと言葉にしなくても理解できるそれにナガンは呵々と何時ものように笑ってから彼女の隣まで行き、それから頭をなでながら

 

「お前のことを伊達に見ては居らぬ、こればかりはクリミナにも負けぬと言い張れるほどじゃ、すまぬな、お主は負け慣れておらんかったことを知っておきながら放置してしまっていた、怖いのじゃろ、もし次負けたらと考えたが故に」

 

「……怖い、だって次また敗北したら今度こそ皆と別れるかもしれないって、基地が無くなっちゃうかもって考えたらさ、怖いよ」

 

その後もポツリポツリと知らずに抱えていたユノの心の叫びをゆっくりと聞いていくナガン、お昼のそんな一時、久しぶりとも言える祖母と孫のやり取りが終わる頃には

 

「よしっ、じゃあ頑張ろう!」

 

「前々から言おうとは思っておったのだが、お主はやはりワーカホリックなのではなかろうか」

 

「ワーカホリック?」

 

ナガンの心配の種はまだまだ付きない模様ではあった。




まぁこういう時もあるんだよってことで。ユノっちのワーカホリックいい加減どうにかしないとなぁとか思ってるナガンが居たり居なかったり。

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