今回は日照り続きの年の事、存在を維持するのに必死な神様の気まぐれによる物語。
神託其の一 御狐様と神の物の子
何時からかは解らないけれど、気が付けば漠然とそこに存在していた。
人型をとれば金髪長身、稲荷の御狐様として存在している獣。獣の型をとればその大きさ、化け物と呼ばれるには十分な要素となる。一般の人には見えないし、そもそも高貴な気品あふれる神としてあがめられて居なければの話だが。来る日も来る日も石像に向かって念じられ、それが何年も何十年も何十人と代替わりしていくのだ。像を核とした念獣の様な物が出来てもおかしくはない。
それに加え、数多の人間は御狐様を信仰して死んでいくのだ。つもりに積もって死後の念とも組み合わされ強力な念獣、もとい神が生まれる事など時を重ねれば容易な事だ。
鰯の頭も信心から、などと言うことわざがある国だからこそ起こった現象なのだろう。そんな御狐様の物語。
「御狐様、どうか雨を降らせてください」
(ここの所、良うあの少女がそうせがんで来る。雨を降らすなど、些細な事。なれど近年は豊作続きじゃった故信仰が離れていく。そうなっては我も困るでな、少したたりと言うモノを味わえばよい)
社の上、必死に願う少女を残酷に見下すは御狐様。それは自分の存在意義のために授かった力を使っていた。慈悲を持っていようとも、所詮は畏れを求める神。そう形作られ、そうして存在してきたもの。だから御狐様は、少女を見捨てた。
「死にたくありません、どうか」
(生贄、か。私にとっては有りがたいものだな)
自分に思いが向けられて死ぬ、それが御狐様のごちそうだった。それが怨念だろうと、信仰だろうと。
(本当に生贄ならば、夕立位降らせてみるかの)
最近は特にひどい日照りが続いている。畑にやる分どころか自分たちの飲む分さえないのだからどんどん脱水症状で倒れていく。川ももうすぐ枯れてしまうだろう。井戸を掘り起こすのに必死になっている人が多い。今年の作物は諦めた方が良いと言われている位だ。別に食べる者に困っている訳では無い。だって近年は豊作だったのだから。それでも水が無いだけで人が死んでいくのだ。
(人とは不便な物だ。……そんな人から生まれ、支えられねば存在出来ぬ我も、な)
来る日も来る日も、少女はお参りに来た。
(何故来るのか、我は恨まれようが構わぬのにな)
服は毎日同じ物を着ている事から、貧乏なのだろうと推測していた。そして一刻ほど祈って帰って行く。この日は何の気まぐれか、御狐様は姿を子狐に変えその少女の後を憑けた。社の外に出るには人に憑くしかない。狐憑きと呼ばれる術で、狐の概念そのものである御狐様と同一視される、妖狐の使えるとされる術である。
同一視されると言うよりも、御狐様は福をもたらし妖狐は御狐様の祟り役とされる伝承がその地方に多かった。
社のある山を下り、森を抜けた先の、社へのお参り客目当ての宿泊や物の流通が盛んな町へと少女は向かう。どこに家が有るのかと思ったら、社とは反対側のボロ屋敷に住んでいるみたいだった。
(大人の住んでいる気配が無い。孤児か、なれば贄となるのも時間の問題)
生きるために必要な物は揃ってはいるが全てお古と解るレベルの使い古された道具だった。そして家にある食材で料理しはじめる少女。その動作に無駄はなく長い事同じことをしている事が解る。
(子供は七つまで神の物とは良く言ったものだ。六つに成ったか解らぬような娘)
特に気になる事も無かったため、憑くのをやめ御狐様は社に帰った。子狐の姿を、狐の姿に成っている時は人に姿を現している時だ。そして人型を取っている時は姿を隠している時と見せている時との二択だ。自在に姿を見せる事も出来るがそれをしない。それは自分への勝手な願掛けを避けるためである。気軽に何でも願われて叶えていたら身がいくつあっても足りない。それに御狐様は多くの人が念じる
(よくよく見れば可愛ゆい娘であった。力も有るのだし神託を託して巫女にするも面白い)
微弱に流れる力を目覚めさせ生涯使えるが良いか、微弱な力を生への執着にして取り込むも良い。そう御狐様は考える。自分にとって力となるのはどちらがいいか。あの娘の様な七つに成る前の孤児など生贄として必要ならいくらでも探し出して捧げるだろう。雨が降らないたびにそうなるのも悪くはない。そう考えるがもし毎年必要だと考えられてしまったらそれはそれで面倒だとも考える。
「御狐様、どうか雨を降らせてください」
少女だけでなく色々な人間が、神主も巫女も弟子も参拝客も願う事は同じだった。それでも一刻近い時間祈っている参拝客はあの少女だけだった。
(飽きもせずに良く来るものだ。確か、明日だっただろうに)
生贄を捧げる準備でどたばたとしている神主たち。あわただしくて一人一人の願いを聞く余裕さえない。それでもあの少女はお参りに来ていた。そしてそのまま巫女に社の中へと案内されていく。なけなしの水を使って禊をさせる。その様子をずっと、御狐様はただ見て居るだけだった。自分の事だけを考えながら。
祭壇の上に捧げられた少女は、死んだような目をしていた。もう既に儀式を終えて神主さえも自らの家へと返った。松明に灯された火が揺らめいていて、それ以外は闇に包まれている真夜中の事。さんざん考えて、御狐様は大きな狐となって闇の中から現れた。
「ヒィ!お、御狐様?!」
少女は少しだけ後ずさった。美しくも恐ろしい大狐は静かに清められた少女を噛み、背中に乗せた。
「え?」
そして、御狐様は少女を背中に乗せたまま星の夜を飛んだ。大狐に乗せられた少女は背にしがみついてその景色を見た。
「美しかろう」
初めて御狐様は声を発した。少女は驚いたが小さな声で頷いた。そして慈悲深い安心できる優しい声をかけられて、少女は涙を流した。
「雨雲を探しなさい。お前なら見つけられるだろう。お前はまだ神の物なのだから」
夜を飛ぶ狐。もしも生贄をそのまま返せば今度は確実に殺される可能性の方が高かった。だから雨雲を探させたのだ。そうすれば、雨と同時に帰る事が出来るから。
「あっち!星が見えないから雲が有るとおもう、ます」
前方右側を指さして少女は叫んだ。夜風は昼間の風よりもはるかに冷たくて気持ち良かった。御狐様は空を駆ける様に飛び雨雲の方へと向かっていく。そして少女に語り掛けた。それは入れ知恵に近い物で、ある種神託でもあった。
日が昇った時、町の者達は騒然としていた。生贄とした少女が消えたのだ。きっと逃げ出したのだろうと考える人々は口々に怒鳴ったり可愛そうな事をしたとひそひそと話したりしている。神主が必死に取り繕い、御狐様が妖狐へと変わらぬ様に祈り文を口にしている。
そんな神主の元へ、一滴の水滴が落ちた。神主が驚いて顔を上げると同時に振り始める雨。町人はそれを喜んだ。
「あ、あれは!?」
神主も一安心で祭壇へと視線を向けると、木造りの祭壇の向かい側の森から現れる、贄を横に連れた壮麗な獣。
「御狐様?!」
「御狐様だ!」
人の子は口々に礼を述べ、礼に準じる。神の厳麗なるお姿を見る事が出来たなら、一生を幸福で埋める事が出来るだろうと言われるその姿。そして、贄の少女は狐よりも一歩前に進み出て、進言した。
「神託を授ける!丑の門近くに御狐様のお姿を模った物を奉るべし!これ即ち御狐様の命で有られる!」
雨の中、少女は神託を、御狐様の入れ知恵の通りに堂々たる態度で宣言した。大狐はそれを見届けると昨晩の、夜闇を飛んだ時の様に空へと駆ける。そして雨雲の中に消えていくのだった。
「近年の豊作、誠にありがとうございます」
数年後、少女は成長し立派な巫女として社に仕えていた。あの一夜の事は忘れられない。何故ならば御狐様が教えた事、即ち雨雲を操作して呼び寄せる技であり、術だったからだ。この時はまだ遠い未来では全て念能力で片づけられてしまうほどの事。それでも彼女は感謝した。一生をこの神様に与え、そして命散らす時にはそのお力の一部に成れれば良いと願いながら。
{待っている}
時々聞こえる声を支えに、巫女様は修行と人への説法に明け暮れるのだった。
(あの娘が死す時、あの娘の力は我が物になる。それに生きている限り我の身を保証してくれるのだと思えば、アレは安いモノだったか)
時々助言をしながらもじっと見ているだけの御狐様は、社の上で捕ったタヌキの皮算用をするのだった。
巫女様はゆくゆくは神託を下す神主よりも偉い位を手に入れる事に成ります。勿論死後はきっちりその魂を御狐様に頂かれますが。
御狐様に性別は有りません。その時代によって御狐様=男と言うイメージが人の中で多きれば男。=女と言うイメージが多ければ女に成る設定。だから萌えアニメとかめっちゃ美人の狐の登場するゲームがある原作時では女性に成る予定。